16 精錬
不本意ながら俺の遭難事件をきっかけにダンジョンに入る場合のルールが新たに追加された。
具体的には、村人はマップがはっきりしていて安全性が確認できた場所までしか潜ることができないということになった。
冒険者たちには未踏破エリアに進んだ場合には、そのエリアのマッピングと情報の提供をしてもらうということがダンジョンに入ることを許可する条件として明確に決められた。
こうして未踏破エリアは冒険者たちに任せて、俺たちは既知のエリアを徹底的に調べて安全を確認するという分担をすることになった。
しばらくの間は外の冒険者と自警団の中でも一人前と言われている年長者たちがダンジョンの1階層を徹底的に調査した。
そして今では1階層は取り敢えず安全だろうということになって村人には1階層だけが解放されている。
あと、俺は村長さんにダンジョンで落ちた先にあったミスリルと思われる鉱石の採れる場所の報告をしておいた。
村長さんはミスリルと聞いてもあまりピンときた様子ではなかった。
普通の人たちにとってはミスリルという金属はなじみがないのだろう。
だから俺は「とても貴重な金属なんです」とだけ説明しておいた。
そのうえで、あれが本当にミスリルということになればその場所を村の管理下に置いた方がいいと説得した。
その結果、今後その部屋までのルートが開けた場合には直ぐにそこは村の管理する場所として封鎖し、一般の冒険者たちには解放しないということになった。
ダンジョンを外部に開放してしばらく経つが冒険者たちはダンジョンの初回報酬とやらでそれなりに珍しいアイテムや宝飾品といった価値のある物を入手することができたとかでそれなりに評判がいい。
もっとも、階層が深くなればなるほど魔物も強くなっていくので大きな怪我をした冒険者たちも出ているとのことだ。
今のところ死者は出ていないようだが、俺の工房で買ってもらった上級ポーションで一命を取り留めたという話は何度か聞くことがあった。
こういう話を聞くと錬金術師冥利に尽きるというものだ。
こうして俺を含めた自警団の若手たちはしばらくダンジョンに入れなかったのだが、その間、俺は錬金術師としての本業に勤しむことになった。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
俺は工房の奥で一人笑いながらダンジョンで採取した鉱石を作業机の上に並べる。
誰かがこんな俺の姿を見ればドン引きされるか街であれば衛兵さんに通報されてしまうだろう。
それだけ俺は興奮冷めやらないというかとてもテンションが高めなのだ。
そう、これは俺が魔法銀ではないかと思って持ち帰った鉱石だ。
今日はこれを精錬して本当にミスリルが取り出せるかどうかを確かめることにする。
ダンジョンの中で俺がした解析はあくまでも鉱石段階でのものなので、実際にそれから取り出せた金属が本当にミスリルなのかを確認することが必要になる。
なぜかと言えばミスリルの場合は銀の成分と魔力の成分とがそれぞれ反応することで合わせてミスリルに近い反応を示すことがままあると言われているからだ。
そのため鉱石レベルでの解析はあくまでも参考にしかならない。
というわけで今からするのが鉱石から金属を取り出すという作業だ。
こんな貴重な物を扱うことができるというのは錬金術師としては大変名誉なことなので思わず力が入ってしまう。
本来、鉱石から金属を取り出す工程は、まずは製錬をして荒い金属を取り出し、その荒い金属を今度は精錬という工程を経て純度を高めるという流れになる。
この一連の作業は魔力を使わない化学でも技術的には可能だが、魔力を使った錬金術の方がはるかに効率がいい。
というのも、一般的に魔力を使わない場合は、複雑な手順や多くの材料を必要とする他、巨大な設備が必要となる。しかも二つの工程を順々にやらざるを得ないが、錬金術ではその術師の力量と魔力の量次第で鉱石から一気に純度の高い金属を取り出すことができるからだ。
自慢ではないが俺も師匠からそのレベルの技能は叩き込まれているので製錬と精錬を足した錬金術としての精錬をすることができる。
俺は鉱石を右手で掴むと魔力を流して精錬を始める。
すると次第に鉱石内の純度の低い金属が次第に同じ金属同士で結合を始め、それ以外の不純物と分離し始めた。
そしてさらに魔力を流して純度の低い金属からさらに不純物を分離させていくと最後に純粋な金属が残り、そうではない不純物との二つに分かれていく。
最後にこの塊を二つに割って完全に分離させることで精錬作業は終了するのだが……。
「う~ん、本当に少ないな~」
精錬作業で得ることができたのは小指の先というか豆粒みたいな青白い光沢を持つ金属だった。
外見は情報として聞いたことのあるミスリルの特徴どおりで期待は膨らむがいかんせん量が少ない。
この量でも一応解析は可能だが精度を高めるためにある程度の量を確保してからしたいところだ。
一度の精錬では得られる量が少ないので、俺は次から次に鉱石を手に取ると魔力を流して精錬作業を繰り返した。
豆粒みたいな金属の塊がある程度集まると今度はその塊をこれまた錬金術の一つである合成術を使って一つの塊にしていく。
化学では金属を熱して溶かすなどの工程が必要になるのかもしれないが、錬金術では魔力の量と技術次第でその工程が実現可能だ。
「できた……」
一つにした金属の塊の形を簡単に整え、俺はようやく小さなインゴットを作ることができた。
そしていよいよこのインゴットの正体を確かめるため、改めて解析スキルを使うことにする。
その結果得られたデータと既存の情報とを照らし合わせて本当に目の前の金属がミスリルであるかどうかを検証することにした。
「ははっ、やっぱりこれは本物だ!」
解析スキルで得られたデータは教科書に載っていたミスリルのデータと完全に一致した。
つまり、このインゴットは間違いなくミスリルのインゴットということだ。
超貴重金属のミスリルを生産できるとなるとあのダンジョンの、いや、この村の価値は180度変わることになるだろう。
「これは大変なことになるぞ!」
降って湧いたような事態に俺は自分の頬が緩むのがわかった。




