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1 卒業

 お読みいただきありがとうございます。


 はじめましての方も、前作から引き続きの方もよろしくお願い致します。

 

「おーい、ブラン~」



 後ろから俺の名前を呼ぶ声がする。


 俺が卒業証書の入った筒を手に持って3年通った学び舎の玄関から外に出たところ、友人のルークからそう声を掛けられた。


 今日は俺たちが通っていた王立高等学院の卒業式の日だ。


 無事にセレモニーを終えて卒業証書を受け取った俺は別れを惜しむ他の学院生たちを尻目に一人学び舎を出たところだ。


「おう、お疲れ」


 俺は足を止めて振り返ると俺と同じく卒業証書の入った筒を手に持った赤毛の男にそう返した。


「まったく、こんな日くらいゆっくり別れを惜しんでいけよ」


「そうは言うがなかなかな」


「いや、その気持ちはわかるがだからといってな……」


 この王立高等学院はこの国の王都にある高等教育機関で主に貴族の子弟・子女が通う学院だ。


 この学院は、文官科、騎士科、魔術科、そして俺が所属していた錬金科の4つの科から構成されている。


 それぞれの課程で一定の成績を修めて卒業することができればその成績に応じた資格を取得することができ、就職にも大変役に立つというわけだ。


 俺も錬金科をそこそこ優秀な成績で卒業できたことで『中級錬金術師』の資格を取得することができた。



「今日くらい目立ってもいいんじゃないか? なあ、錬金科の首席卒業生様よ~」


「学院での成績なんて社会に出たら何の役にも立たないさ」


「何言ってんだ。普通の成績なら良くても『初級』錬金術師の資格しか取れないんだろ? それなのにちゃっかり『中級』資格まで取ってる奴の言うことじゃないだろ?」


「……それはそれ、これはこれだ」


 そう、こいつが言うとおり、俺は錬金科を首席で卒業した。


 しかも、通常であれば良くても『初級錬金術師』の資格しか取れないところ、『中級錬金術師』の資格まで取ることができた。


 これまで全く例がなかったわけではないが、十数年ぶりの快挙だとかなんだとか。


 そんな俺が上級貴族の子弟であったのならその家は沸きに沸いたことだろう。


 しかし残念ながら俺は平民。


 しかも生まれすらどこだかわからない、いわゆる孤児だ。


 そんな俺とこうして気軽にやりとりするルークも平民の家の者だ。


 ルークとはこの学院で数少ない同じ平民同士ということで入学して直ぐに知り合い友人となった。


 この3年間、無事にこの学院で過ごすことができたのは、こいつがいてくれたおかげと言っても過言ではないだろう。



「おや、卒業式は無事終わったみたいだね」


 学院の玄関口でルークと戯れていると後ろから声を掛けられた。


 しわがれたお年を召された女性の声だ。


 その声を聞いた瞬間、俺の背筋はピンと伸び、声の聞こえたほうへサッと身体を向けた。


 10年以上聞いてきたこの声。


 最早俺の身体は条件反射として反応してしまう。


「しっ、師匠! ご機嫌麗しく、本日もご尊顔を拝し恐悦至極!」


「ああ、大儀だね」


「ははぁ!」


「相変わらずだな、お前……」


 ルークが苦笑いしながら師匠に向けて90度上半身を倒してお辞儀する俺にそう声を掛けた。


 いや、だってしょうがないだろ!


 孤児院から俺を引き取り、育ての親として育ててくれた大恩ある女性にして、俺の錬金術の師匠だ。


 俺が孤児院から引き取られて10年余り。


 徹底的に、いや冗談や誇張ではなく文字通り徹底的に教育ちょうきょうされた結果、俺はその細胞の一つ一つに至るまで師匠には絶対的に服従してしまっている。


 ううっ、あの夜に振るわれたムチのしなる音は未だに耳の奥にこびりついて離れない……。


「ボンも元気そうだね。いつもうちのと遊んでもらってすまないね」


「いえ、こちらこそ、お世話になってます」


 ルークがナチュラルに師匠に挨拶を返す。


 何気にこいつコミュ能力たけーよな。


 そういえば同じ平民なのにこいつは騎士科で他の貴族の子弟たちとそこそこ上手くやっていたようだ。


 あれっ?


 ちょっと待て。


 俺ってひょっとしてコミュ障?


 いやいやいや。


 だってさ、貴族の子弟ばかりの学校に平民が行ったらいじめられるのが鉄板だろ?


 多少、距離があってもそれは仕方ないよな。


 そうだよな、うん。


「じゃあ、わたしは用があるから行くよ。お前たちも今後しばらく会えないんだ。せいぜい別れを惜しむといいさ」


 師匠はカラカラと笑いながら学院の玄関へと入っていった。


「…………」


「…………」


「しかし相変わらずお前んとこの師匠は迫力あるな」


「ああ、まあ、俺は一生頭が上がらないな。いろいろな面で勝てるシーンが想像できない」


 俺たちはゆっくりと歩みを進める師匠の後ろ姿をしばらく眺め続けた。

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