14(完結)
だけど、クルト君は休めなかった。
ノルデイッヒのギルドメンバーの男の子たちにたちどころに囲まれてしまったからだ。
ん? という感じのクルト君に男の子たちは口々に叫ぶ。
「クルトさんっ!」
「槍使い凄くかっこよかったです」
「僕らも槍使いこなせるようになりたいです」
「教えてくださいっ! クルトさん」
こうなると断れないのがクルト君。木の部分が砕けている自分の槍では使いにくいとカール君の槍を借りて、突きを教えたり、柄を使った攻撃や防御を教えたり……
それをうっとりと見ている男の子たち。そして、男の子たちがクルト君を見つめている光景をこれまたうっとり見つめているのがパウラちゃん。
「うふ。うふ。うふふふふ。いいですねえ。いいですねえ。夢が広がりますう」
何の夢なの? 一体?
◇◇◇
だけど、パウラちゃんの夢の時間はあっさりと終わりを告げた。
はにかみながらパウラちゃんの袖を引っ張る小さな女の子が一人。
はい? という感じのパウラちゃん。さっきのクルト君みたい。
小さな女の子はか細い声をやっと絞り出すかのように話しだす。
「あっ、あの…… 『治癒』の魔法、素敵でした。わっ、わた、私にいろいろ教えて…… も、もらえませんか?」
パウラちゃんは驚きの表情。自分がそんなこと言われるとは思っていなかったようだ。何か可愛らしいね。
そんな様子を眺めていたら、今度は私がカトリナちゃんに袖を引かれた。ん?
見るとノルデイッヒのギルドメンバーの女の子たち。
「お二人の『魔法』と鉄の杖を使っての戦闘。かっこよかったです。憧れます。いろいろお話してもらえませんか?」
おやおや、私の方まで来たよ。ギルドが実質閉鎖状態で、住み慣れたノルデイッヒも急に離れなければならなくなって、不安だったんだよね。そこで私たちの戦いぶりを見て、憧れてくれたのかな。
よろしいっ! 私も「クルトの彼女」。知ってることはお教えしましょう。
夜はしんしんと暮れていく。私たちの話は止まらない。かつては「そろそろ寝ないか」と諭したゼップさんだけど、今夜は何も言わなかった。
「これから先はロスハイム周辺だから、そんなに強い野盗や魔物も出ないだろう。ノルデイッヒのギルドメンバーのメンタルケアも必要だし、今夜くらいはいいだろう。場合によっちゃ、ここにもう一泊すればいい」
そう思ったと後で教えてくれた。
◇◇◇
結局、みんな徹夜で話していて、寝たのは日が昇ってから。私たちは結局廃屋で二泊した。
それでも、ノルデイッヒのギルドメンバーの子たちは随分気持ちが落ち着いたみたいだ。残して来たギルドマスターのトマスさんとその奥さんのアンナさんが心配という子もいたが、ロスハイムのギルドで修業を積んで、一刻も早く強くなり、ノルデイッヒの立て直しをすると考え直したようだ。
廃屋を出てからロスハイムに向かう道中は、それまでより随分楽になった。
スライムが出て来た時は、あえて私たちは手出しせず、ノルデイッヒのギルドメンバーの男の子たちがひのきの棒で苦戦しながら倒すのを見守った。
更にコボルドが飛び出して来たので、すわ奇襲かと杖を構えたら、その後からロスハイムのギルドメンバーが追いかけてきて、追われて逃げて来たと分かり、胸をなでおろす一幕も。
そうこうしているうちにロスハイムに帰着。ギルドメンバーは12人も増え、「ギルドの新しい波」の発展に拍車がかかった。
慌ただしくも楽しい毎日が続いていた。クルト君と私が18歳になったあの日までは……
◇◇◇
その情報は突然に入って来た。
「ファーレンハイト商会が編成した一大商隊がロスハイムとノルデイッヒのほぼ中間地点で待ち伏せしていた大野盗団の襲撃を受けて、潰滅的な打撃を受けたらしい」
え?
「その一大商隊にはファーレンハイト商会の現当主とその夫人、それに長男で次期当主のエトムントがいた模様。次男のエルンストはロスハイムのファーレンハイト家で留守番しており、無事」
え? え?
◇◇◇
次々、届く情報の書簡を囲むのは、ゼップさんにクラーラさん、そして、ハンスさんにナターリエさん。その表情は今まで見たことがないほど真剣だ。
ゼップさんは私の方をちらりと見てから言った。
「今まで届いたのは全て伝聞情報だ。これだけ大きな事件だと、現場は相当混乱する。案外、荷物は略奪されても、人間は脱出に成功して無事ということも考えられる」
ハンスさんがすっくと立ちあがると言う。
「私とナターリエのパーティーが現場を偵察してきましょう」
ゼップさんはホッとした表情になる。
「行ってくれるか。ハンスのとこのパーティーなら安心だ。だが、無理はしてくれるな。これは『討伐クエスト』じゃない。『偵察クエスト』だ」
ハンスさんは大きく頷く。
だけど、ハンスさんの申し出はすぐに意味を持たなくなった。
◇◇◇
早馬と共に届けられたのは、オーベルタールの警備隊、つまり、グスタフさんからの書簡。
ゼップさんはこの書簡をゆっくり読み上げ始める。
「このような情報を伝えることは慚愧に耐えない。しかし、伝えない訳にはいかない。ファーレンハイト商会の商隊に生存者はいない。ファーレンハイト商会の現当主とその夫人、そして、長男も全員死亡が確認された。オーベルタールの警備隊員にはノルデイッヒのギルド出身者が多くいる。ファーレンハイト商会の現当主と夫人、長男の顔を知る者、複数に確認した。残念なから間違いないそうだ」
「……」
「ファーレンハイト商会が機能しなくなった以上、ノルデイッヒの治安が心配だ。グスタフさんはオーベルタールの警備隊員のうちノルデイッヒのギルド出身者を引き連れて、ノルデイッヒの治安維持に向かう。とにかくロスハイムの周辺も極めて危険な状況だ。しばらく市外に出ることは控えてもらいたい」
「……」
おかしい。どうして悲しい? どうしてあの人たちが死んで悲しい? あの人たちは私に花嫁修業だけをさせて、政略結婚の駒にしようとしてたじゃないか。
おかしい。どうして涙が出る? どうしてあの人たちが死んで涙が出る? あの人たちは花嫁修業を放棄して、家を出た私をなじったじゃないか。数々の暴言を浴びせたじゃないか。
おかしい。どうして? どうして? 体が崩れ去りそうになる?
……
私の体は崩れ去った。前方に倒れそうになった。
でも、倒れなかった。
クルト君が支えてくれたからだ。
あたたかい……
その時、私はそう思った。
第四章 ENDE




