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私はゆっくりと歩いて行く。
隣にはクルト君が歩いているけど、二人とも終始無言。
私とクルト君が気まずい訳じゃない。
私の頭の中がノルデイッヒであったことでいっぱいだったからだ。
おばあちゃんは……本当に残念だけど、もう会えないだろう。目も見えない、耳も聞こえない、指一本動かせない……HPはもうないのだ。だけど、MPをたくさん持っていて、それが残っていたから、最後に私と話せたのだ。きっと、そのために大事に取っておいてくれたのだ。
おばあちゃん…… 私はノルデイッヒでさんざん泣いたのに、まだ、涙が出て来た。
ふと、隣のクルト君を見てみる。
不思議だ…… 笑顔じゃない。まだ笑顔は少し苦手みたいだ。でも、出会ったばかりの頃のような無表情でもない。何と表現したら良いかはわからない。でもっ、でもっ、見ていると安心する…… そんな表情だ。
あ、目が合った。あ、また、目を逸らした。こういうところは一向に変わらないね。うふふ。何だかおかしくなってきちゃったよ。
◇◇◇
! 魔物だっ! 全く無粋な奴らだね。 せっかく、クルト君と少しいいムードになりかけていたのに……
「デリアッ! 僕の手持ちは『治癒』15、『状態回復』8、『不死退散』2っ! そっちは?」
「『火炎』1、『冷凍』2、『雷光』1、『治癒』2。敵はスライム5でいいですか?」
「それでいいと思う。『雷光』で全部潰せそう?」
「やってみますが、分散傾向にあるので厳しいかもです」
「分かった。残ったら僕も攻撃する」
私は「雷光」を放つ態勢に入る。クルト君とのいいムードに水を差されたのは残念だけど、この緊張感は嫌いじゃない。
「雷光」が草むらに潜むスライムどもを撃つ。だけど、やっぱり、全部は倒し切れなかったようだ。クルト君が槍を持って、突進する。
戦闘経験がない人ほど、スライムを雑魚モンスターとか言うが、一撃で人に痣を作るくらいの攻撃力はある。二撃三撃と喰らえば、骨が折られることだってある。
結局。5体いたスライムのうち、私の「雷光」で3体が動かなくなった。クルト君は両サイドでまだ動いている2体のうち、右側の1体に向かう。
スライムはジャンプし、クルト君の顔面を狙う。戦意を喪失させようという狙いだろう。しかし、私のクルト君はレベル18の「僧侶戦士」。真正面から槍の柄でスライムを叩き落す。
おっといけないいけない。いくらかっこいいからと言って、見惚れている訳にはいかない。左側に1体残っているスライムの退治は私の仕事だ。
むっ、残ったスライムめ。不埒にも背後からクルト君に襲いかからんとしているな。「魔法」でとどめを刺すか。いや、ここは・・・・・・
クルト君の背後に向け、飛び上がったスライムに向け、私は突進し、大きく杖を振りかぶった。
ドカッ
スライムと私の杖は絶妙なタイミングでぶつかり合い、スライムは45度の角度で中空に飛んで行った。
正確には分からないが、相当な飛距離が出たようだ。
「......」
後ろを振り返ると、クルト君があっけにとられた表情でこちらを見ている。
「あ、あのクルト君。そちらは片付いたのですか?」
◇◇◇
クルト君は我に返った。
「あ、ああ。大丈夫だよ。こっちは全部とどめを刺した」
私が飛ばしたスライムを見に行くと、見るも無残に体全体が砕け散っていた。
クルト君は淡々と話す。
「うん。これはとどめの必要もないな」
うーん。これはロマンチックのかけらもないね。
◇◇◇
スライムの死体の脇にあった銅貨を拾うと、感じるのは敵の気配。無粋なのは「魔物」だけではないらしい。
野盗だ。しかも、嫌なことに少しできる相手のようだ。
弱い敵ほど一か所に固まってくる。そうなると私の「魔法」で狙いやすい。
戦闘慣れしている敵ほど分散してくる。いっぺんで倒すのが難しくなる。
敵の数は5。そう言うと、クルト君も頷く。どうやら包囲を狙っているらしい。
「ウオオオオーッ」
敵は一斉に突撃してくる。
クルト君から声がかかる。
「デリアッ、『魔法』で行けそうなのは何人?」
「2人までは」
「分かった。3人、出来るだけ防ぐっ!」
◇◇◇
突進してくる敵に「火炎」を食らわせる。やったか。いや......
1人でも倒せたらと思ったが、何と2人とも立ち上がってきた。これは手強い。今度は「冷凍」を食らわせるか?
いや、駄目だ。「魔法」を発するまでに集中する時間が取れない。私は杖を振るい、敵を攻撃しようとしたが、やはり強い。攻撃するどころか、こちらが防戦しているような状態。
クルト君もさすがに手練れの3人相手はきつそうだ。相手が1人なら心臓を狙って槍を一突きだが、3人では刺している間に、他の2人にやられる。勢い柄での戦闘になる。柄だと多人数相手の戦闘が可能になるが、当然、穂先と違い、敵に致命傷は与えにくい。
こういう時の打開策。肉を斬らせて骨を断つである。別の方からの攻撃による負傷を覚悟のうえで1人を確実に倒す。そして、残った力でもう1人を倒すのである。
この方法は3人を相手にしているクルト君より、2人相手の私の方がやりやすい筈だ。私は杖を握る手に力を込めた。