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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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奇襲

 門の上から見ると、領主の兵が見える。息をのんだ。この間まで五十人くらいだったのに、今日は百人を超えている。いや、まだいる。一平米の広さに一人いるとして、十平米で百人になる。その計算でざっと見たところ五百……六百人はいるか。しかも兵隊たちは全員プレートメイルかフルプレートの鎧を着ている。手にしているのは槍だ。鍬や鋤を持った農兵じゃない。職業軍人だ。今までと様子が全然違う……。

 フィーが最初に来た。塔から二ノ門までは結構距離があるのに。狩人だけあって体力あるな。

「助かったぜ、フィー。さっきはもう少しで俺の理性が落城してたよ」

「??」

 そのうち六人集まった。

「アリシアは?」

「馬車の中です、その……会いたくない……と……」

 俺が尋ねると、リズがニコラスを横目でちらちら見ながら言った。ニコラスは口をへの字に結んでいる。

「何だい、あの数。本当に戦争みたいだよ」

 クレマンが唖然としている。他のみんなも言葉を失っている。これだけの戦力差があると、どうしようもないのがわかる。絶望を通り越して、諦めてしまう。

 しかしあの領主の私兵がこんなにいるとは思えない。傭兵を雇うにしても、こんな短時間でこれだけ集まるとは考えられない。何か裏がありそうだ。

「何をビビることがある。数ばかりの雑魚ども、一騎当千である我が威光にて退かしてみせる!」

 ニコラスが吠えた。しかし声に震えがある。虚勢なのはみんなわかった。でも、あの数を見てそんな強がりが言えることに、俺はちょっと感心した。

「では頼むぞ、軍師! 今日もいつものようにパパっと追い払ってやれ!」

 感心撤回する。そういうの丸投げって言うんだぜ。

 しかし俺が何とかするしかないのも事実だ。とはいえ六対六百なんて戦、世界史も日本史もかなり読み込んできた俺でも聞いたことがない。普通ならこのままただの虐殺になるぞ。

「でも、数にビビるなってのは間違いじゃない。向こうも、こっちが百人以上いるってブラフに、半信半疑なんだから。きっと慎重になってるはずだ。そこに付け入るスキはある。あと、あの中には荷物持ちだっているみたいだから、六百人全員を相手にする必要はないだろ……」

 話が難しかったのか、全員無表情で俺を見ている。俺は深呼吸して、声を張って言った。

「奇襲だ、奇襲しかない。一気に五十人倒せば、残りはビビッて引くはずだ」

 おお、と言ってみんな頷いてくれた。説明するときはなるべく簡潔に言うことにしよう。

 領主の兵はお行儀よく隊列を作り、陣形を整えている。このあと名乗りや言葉合戦があるわけだが、もうお互いのことはよく知っているから省略してもいいよな。陣形が整う前に仕掛ければいい。

「オレが 行く。援護 たのむ」

 イリスの言葉に俺は待ったを掛けた。そして眉間を指して言った。

「策はある。フィー、例の矢を使うぞ」

 矢じりに魔鉱石を使った矢だ。俺はその矢じりを掴んで魔力を込めた。

「あの辺りの地面を射ってくれ」

 俺は兵隊が並んでいる少し前を指した。

「いいの、いきなり攻撃して。卑怯とか言われない?」

「言われるだろうな。けどこの方法じゃないと、負けるぞ、王子」

「よし、ならやれ!」

 勝つためには作法も矜持も外聞も問わない。王族というのに、考え方はそこらの夜盗か盗賊と変わりない。まあ、神輿は軽くてバカがいいか。

「フィー、射て!」

「了!」

 放たれた矢が兵士たちの目の前の地面に刺さる。その瞬間、爆発が起こった。ここの魔鉱石は相変わらず魔励起反応が激しい。兵たちは驚いて後ずさった。効果はてきめんの様だ。

「リズ、俺の代わりに魔鉱石に魔力を注いでやってくれ」

「私が……ですか?」

「この中で魔力を練れるのは君だけだ。頼むよ、君にしかできないことだ」

 リズは顔を赤くして頷いた。

「フィー、あの岩があるところへ兵を追い込めるように射れるか?」

「やってみる」

「ミチタカさんは?」

「魔力を練る。でかい魔術を使うから。他のみんなは、石や矢が来ないか俺を守っていてくれ」

 俺は掌を合わせて、魔力を練った。この間は無防備になる。

 フィーが立て続けに矢を放つ。リズが込めた魔力では、俺のよりも爆発は小さい。でも兵士たちを追い立てるには十分な威力だった。フィーの矢はもはやミサイルだ。兵士たちは慌てふためき、隊列を乱して逃げていく。反撃など石ころひとつ来なかった。ピエールが何か叫んでいるのが見える。卑怯だ、とか言っているのかもしれないが、爆音で聞こえない。

 頃合い良し。陣形はかなり崩れた。ダメ押しだ。

「準備したばかりだけど、いきなり使うことになるとはな」

 足元の地面には魔鉱石で描いた線がある。そこに練り上げた魔力を注ぎ込んだ。導火線のように魔力が地面を走っていく。そして兵士たちのいるところにはあらかじめ書いておいた魔法陣がある。俺の魔力を受けて、魔法陣が発動した。

 魔法陣の中心から風が起こり、渦を巻き、竜巻となって兵士たちを飲み込んでいった。兵が宙に浮いて飛ばされていく。フィーの矢に頑張って耐えていた兵たちも、これを見て一目散に逃げだした。その先頭にはピエールが見える。竜巻は三十秒ほどで終わった。飛んでいた兵士たちも、地面に落下して次々に逃げていく。今日はこれで終わりだろう。

 この魔術、もともと大した威力はないし、覚えるのも難しくない。どこかの貴族が秘伝にしている魔術でもない。小さな風と熱の魔術を、魔法陣で連立して作りあげた、俺独自のものだ。組み上げた術式に自信はあったが、こんなに上手くいくとは……。

「見たか、腰抜けどもが! ニコラス・カイザーいるかぎり、この城が落ちることはないのだぁ。ふははははは、よくやってくれたぞぉ、軍師! ……どうした?」

 高笑いしているニコラスの横で、俺は尻もちをついた。体が鉛のように重くなって、汗が噴き出した。百メートルを全力ダッシュした後のように息が切れる。

「はぁ、はぁ、魔法陣と……ここの地脈に……流れている……魔力を、借りたんだけど、はぁ、はぁ……それでも……しんどいな……」

 予想以上に魔力を消費したらしい。

「けど、こんなすごい魔術が使えるなら、ピエールが何度来ても大丈夫だね」

 クレマンが笑う。すると、バカじゃない、という声がした。振り向くと、アリシアがいた。

「あんな大魔術、何度も使えないわ。無理しているミチタカが一番わかってるはずよ。向こうは何回でも戦えるけど、こっちは一回の失敗で終わり……。どんなに善戦しても、最後に男は殺されて、私たち女は犯されて首を切られるのよ」

 するとニコラスが形相を変えた。

「お前は何でそんなことを言うんだ。せっかく軍師が工夫を凝らして勝ったというのに、水を差すようなこ……と……を……」

 最後の方、ちょっと声が小さくなった。昨日のことが尾を引いて、ニコラスもさすがに強くは言えないか。

 アリシアはため息をついた。

「使用人が三十人もいる屋敷に住んでいた子爵令嬢の私が、領地を追われて、今はこんなところで野宿しているなんて……。伯爵家との縁談も、持参金がないんじゃ無理ね。もう、私には未来も、生きてる意味もないのよ……」

 そう言って馬車に戻っていくアリシアの後ろ姿、それは革命で監獄に捕らわれ、失意のうちに亡くなった王女の幽霊みたいだった。


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