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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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名前

 朝日を浴びながら手を合わせる。そして魔力を練ると、地脈との繋がりを感じる。ここはプレートの境目なのか、大地から膨大な魔力が立ち上ってくるのを感じる。魔鉱石の採掘所だった理由もわかる。魔術を覚えてから、大地との魔力が日に日に馴染んでくるのがわかる。

 昨日の夜は早めに寝た。さすがに連日で徹夜は厳しい。おかげで爽やかな目覚めだった。窓からは四頭の馬が庭の草を食べているのが見える。アリシアが乗ってきた馬車の馬と、この前領主から奪った馬だ。

 アリシアはまだ馬車の中にいる。昨日の夜も食事に出てこなかった。アリシアもニコラスも頑固でへそ曲がりで、クセがきつい。少ない戦力が内輪揉めしていたら、落城は必至なのに。俺が間を取り持つしかないか……。まずはアリシアから話してみよう。

 居館を出て馬車のところへ行こうとして、礼拝堂で立ち止まった。

「何だこれ……?」

 礼拝堂の壁に、魔鉱石で字がいっぱい書かれていた。

「何だい、これ?」

 大きな体をしたクレマンが、礼拝堂の角から現れた。

「これ、字? ミチタカ、何て書いてあるの?」

「イリス……だな」

 その名前だけが、壁を埋め尽くすようにいくつも書いてあった。

「じゃあ、姐さんが書いたのかな? 礼拝堂の中にもいっぱい書いてあったよ」

「何?」

 扉を開けて中を確かめると、本当に床にも壁にもイリスの名前が書いてあった。礼拝堂は自分の物っていうマーキングか、それとも自分の名前が書けるようになってうれしかったのか?

「イリス、何処だ?」

「さあ? 姐さんは寝るとき何処にいるのか、いつも秘密にしているよ。誰にも教えないし、知られないようにしてる」

「どうしてそんなことを?」

「傭兵は男ばかりだからね。宿営地じゃ、女は夜中に襲われることもあるんだ。儲けている人は娼婦を買うけど、手柄を上げられなかった人は、憂さ晴らしも兼ねてそういうことをするんだ。だから女ってことを隠して傭兵やっている人もいるよ。僕も初めて会ったときは、ずいぶん格好いい男がいるなあ、って思ったくらいだから。姐さん、二枚目の役者みたいだよねぇ」

 彼女の一人称が“オレ”なのも、男を装っていたためか。きっと俺が思っている以上に過酷な経歴を持っているんだろう。

「そういえば気になっていたんだけど。クレマンはどうしてイリスを“姐”って呼ぶんだ? 姉弟じゃないだろうし、それにクレマンの方が年上だろ?」

「ああ、それ? 実は仕事の後、同業者に報酬を奪われそうになったところを、姐さんに助けてもらったんだ。一瞬で三人も串刺しにしちゃったのは、ホントにすごかったなあ。後で聞いたら、姐さんは自分を襲ってきたんだと勘違いして、殺しちゃったみたいなんだけど」

 俺、あいつの裸見て、よく生き延びているな。運がいいのか?

「でも救ってもらったことに変わりはないから、お礼に雑用とかして、ついて行くことにしたんだ。姐さんと一緒だと、ガラの悪いのから守ってもらえるし。それに僕、戦闘苦手で……でも槍や剣を研いでいれば、それで姐さんが手柄を立ててくれて、ついつい甘えちゃったよ」

「傭兵なのに戦闘が苦手って……」

「僕、元は農民の子供だったんだ。でも年貢を納めるのがギリギリの貧乏一家だったから、家を出て、仕送りするために傭兵になったんだよ。でも戦いじゃ全然稼げなかった。代わりに宿営地で武器の整備とかして稼いでいたんだ。小さいころから鎌を研いでいたのが役に立ったよ」

 こいつも苦労人だな。

 そこへリズが馬車に近づいていくのが見えた。持っているトレーにはパンと皿が乗っている。

「リズ、おはよう。もしかして、アリシアの朝食?」

 するとリズは頬を膨らませて無視をした。

「どうした……?」

 歩くリズの後を追って訊いた。彼女は目を細めて俺を睨んだ。

「……あの“イリス”の字はミチタカさんですか?」

「え? いや違うよ……」

「昨日もイリスさんと門の前で仲良く話しをしていましたね、私たちが石を拾っている間に。どういう関係なんです?」

「どういう関係も何も……」

「来ないでください。お嬢様にこれ以上淫らなことをするようでしたら、赦しません」

「……君、勘違いしていないか?」

 俺の言うことを無視して、リズは馬車のドアを叩いた。

「お嬢様、お食事をお持ちしました」

「……いらない」

 中から陰気な声がした。今日も引き籠るつもりか。仕方がないから一計を案じて声をかけた。

「アリシア、ちょっといいか。魔術書でわからないところがあるんだ。教えてくれないか」

「……もしかして、ミチタカ?」

 不意に馬車のドアが開いた。中から出てきた腕が俺の手首を掴んで、馬車の中へ引っ張った。ドアが閉まる瞬間、リズの甲高い声が聞こえた気がした。

 しかし馬車の中に入ってしまうと、すぐに忘れてしまった。座席に座らされると、アリシアがすがるように抱き着いてきたからだ。

「えっと……ア、アリシア……? どうした?」

 俺を見つめるアリシアの目には、泣いた跡がある。

「ねえ、私ブスなの?」

「え? は? ええ?」

「上から二番目のお姉さまにも可愛くないって言われて、悔しくって悔しくって……」

 その姉さま、トラウマなのか?

「ねえミチタカ、私可愛くないの?」

 アリシアはチラチラ上目遣いで俺を見てきた。なるほど、これは……脅迫だ。この状況、この問いに対する女への答えは一つしかない。それを言って減るものはないし、失うものもない。ただ、しゃくに障るだけだ。おだてなきゃいけないってのも面倒くさい。そもそも信条に反する。しかしアリシアは貴重な戦力だ。機嫌を損ねたら落城する可能性は高い。だとすれば、言わねばならない。私情は捨てろ。みんなのため、軍師としての務めを果たすんだ。

「アリシア、君は可愛いよ」

「ホント?」

「うん」

「どのくらい?」

 うわ、追い打ちが来た。だが乗り切らなければ……。

「今まで見てきた女の子の中で、い、一番可愛い……」

 何を言っているんだ、俺。こんな歯の浮くようなセリフ……。死にたくなった……。いや、心は死んだ。失うものはないと思っていたが、やっぱり失うものあった……。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、アリシアは満足したようで、さらに抱きついてきた。

 そこでいきなり馬車の扉が開いた。地獄の窯から這い出てきたような、すごい形相のリズが乗り込んできた。

「な、何よリズ、断りもなく!」

 アリシアが俺から離れて声を上げた。ただやっぱりビビったのか、声が上擦っている。

「お嬢様、朝食です。それと……お嬢様の貞操の危機だと思ったので。私、旦那様からお嬢様に悪い虫がつかないよう、仰せつかっておりますので」

「お、お父様に? わ、悪い虫って……」

 リズは俺を睨んだ

「ミチタカさん、今、お嬢様をあま~~~い言葉で口説いていませんでしたか?」

「口説いてない、口説いてない」

「“君は可愛い、世界で一番可愛い”とか言ってたじゃないですか!」

 こいつ外で聞き耳立てていたな。

「世界で一番なんて言っていないだろ」

「え?」

 今度はアリシアが俺を睨んだ。

「あ、いや、世界一……可愛い……です」

 俺のライフはもうゼロだ……。

「ほら、口説いているじゃないですか。見過ごせません!」

「それで、何であんたまでミチタカに抱き着いているの?」

 俺は今、アリシアとリズに左右両方から抱き着かれている。

「見張りです。これ以上お嬢様に何かしないように。それにお嬢様には早すぎます。もっと大きくなってからです。もっと大きく!」

 と、胸を押し付けてくるリズ。彼女が抱き着く二の腕には、弾力のある柔らかい感触が……。アリシアも同じように俺にくっついている、が…………何てことだ、彼我の戦力差は圧倒的だった。さらにリズが耳元でささやく。

「どうですか。ミチタカさんも大きい方がいいでしょ?」

 悪魔のささやきだ。この子、本当に恐ろしい策士だ。

 ピーーーーーーーッ!

 突如、笛の音がした。フィーの笛だ。

「……敵襲か」

 我に返り、二人を振りほどいた。馬車から飛び出て、二ノ門の上に向かった。


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