表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃城の七人  作者: 中遠 竜
7/33

魔法陣

 朝食後、俺はみんなを中庭に集めた。そして地面に魔法陣を描き、その中心に薪を五本無造作に置いた。魔法陣から一本線を長くひいて、その前に立った。

 みんなが見ている前で呪文を唱え、魔法陣に繋がるその線に触れた。導火線のように魔力が伝わって、魔法陣から青い炎が燃え上がり、薪を焼いた。みんなから驚嘆の声があがった。

「すごい。ミチタカの魔力の色が青いから、炎も青いの?」

 クレマンが興奮気味に訊いた。

「いや、温度が高いと炎は青くなるんだ。俺は炎の魔術だけじゃなくて、風の魔術も同時に使ってる。二つの魔術を同時に使うのは少し難しいんだけど、それをサポートしているのが、あの魔法陣だ。これでアリシアの炎を強化することができるよ」

「あ……そう」

 アリシアは呆然とした顔で頷いた。

 魔法陣と魔術の組み合わせ、魔術の系統の基本的なことは大体わかった。しかし一番大きな収穫は、魔鉱石だ。魔法陣も導火線も魔鉱石で描いた。アリシアは使えないと言っていたが、使い方次第だ。

「フィー、矢じりにこの魔鉱石をつけてくれないか」

「……これじゃ当たっても、鎧どころか服だって貫けないよ」

「いいから。試しに十本ほどそれで矢を作ってみてくれ。他のみんなは魔鉱石を集めてくれないか。できるだけ白いやつを。それで城を守る戦力は大幅にアップする」

 魔法陣の炎が収まると、そこには炭だけが残っていた。


 徹夜をしたのに眠くならないし、体調もすこぶる良い。魔術を学んだからか? 地脈から魔力を受けているせいか?

 ともかく元気があるなら、今のうちに城の防御をもっとかためておくべきだ。俺は城門の外に大きめの魔法陣を描くことにした。一メートルくらいの棒の先に魔鉱石をつけて、大きな円を描く。そのあと中心から術式を描いていくわけだが、俺の隣にはいつの間にかイリスがいた。

「何か用か?」

「……」

「さっきのやつ、返してくれないか?」

 彼女は首にかけている魔石を胸元から取り出した。俺にちょっと見せると、また胸元にしまった。返す気はなさそうだ。

 こうなったら力ずくで奪うか? しかし女の子の胸を漁るわけには……。そもそも素手でもイリスは強い。魔術ならどうにかできるだろう。けど、うまく奪い返したとしても、きっとみんなに言いふらされてしまう。

 そうなったらニコラスが怒る。仲間内で揉め始めたら、そのうち疑心暗鬼になって籠城戦どころじゃなくなってしまう。難攻不落と言われた城が落ちるときは大抵、裏切りと内通者がいるもんだ。ここは説得するしかない。

「宝を独り占めするつもりはなかったんだ。でもそれは魔石で……俺が使って意味のあるものだ。君らには使えないし、使っても意味がない」

「……金に なる」

 否定できない。この世界の経済はわからないが、おそらく高額になるだろう。

「じゃあ、どうしたら返してくれるんだ? その魔石がないと、すごく困るんだけど……」

「……誰にも 言うな」

「言わないよ、魔石を独り占めしていることは。それに金がほしいなら、このあと鎧や剣を売った売上、俺の取り分を全部上げてもいい」

「そうじゃ ない……」

 おもむろにイリスは近づいてきた。

「そこ踏むな!」

 咄嗟に大声が出て、イリスが立ち止まった。

「そこは起動式だ。魔法陣が発動するのに大事な部分だ」

 イリスはゆっくりと魔法陣から離れていった。そして足元の字を黙って見つめた。

「それは“大地”って意味だ」

 教えてやると、彼女は別の字を指さした。

「それは無形のものに使う冠詞だよ。呪文って、抒情詩みたいなんだよな」

 イリスは魔法陣に書かれている他の文字も指さした。俺はそれにも答えた。同じ事を五回繰り返したところで、さすがに面倒くさくなった。

「俺に訊くより、アリシアに習った方がいいぞ。俺より詳しいから」

「……アリシア 言っていること わからない。難しい」

 ああ、なるほど。“名選手、名監督にあらず”ってやつか。アリシアは難しいことを難しいまま伝えるから、イリスやフィーにはわかりにくいんだろう。

「字を覚えたいのか?」

「……いろいろ 便利 だから」

 そういえば昨日、アリシアが魔術を教えるときにも彼女はいたな。興味はあるけど、敷居が高いのかもしれない。

 俺は魔法陣から出て、一ノ門の地面にこの世界の字でイリスと書いた。君の名前だと言うと、彼女は食い入るようにじっと見つめた。

「ファミリーネームは?」

 イリスは首を振った。なるほど、そういう身の上か。

「ミチタカは? ファミリーネーム」

「俺は磯崎っていうんだ。ファミリーネームも、あったほうがいいか?」

「……オレも イソザキ」

「いやいや、そういうわけにはいかないだろ。発音し辛そうだし。この世界、戸籍とか住所録とか細かい決まりはないんだよな。じゃあ、俺がファミリーネームをつけてもいいか?」

 イリスが目を見開いた。好意的に受け取ってもらったようだ。

「う~ん、強そうな武将や軍師とかがいいかな。カエサルとかハンニバル、ビスマルク、あとロンメル? それとも持ってる武器から……ランス?」

 イリスは首をひねっている。どうやらピンとこないらしい。

「少し考えさせてくれ。いい名前を付けるから」

「……わかっ た」

「そんで……気に入ったら、それ返してくれないか?」

 俺はイリスの胸元を指さした。彼女は魔石を握って少し考えた後、頷いた。

 上手く説得できた。あとはファミリーネームを考えるだけだ。

 するとイリスが南の街道を見た。誰か来るのが見える。女の人が五人、手にはバスケットを提げていた。近隣の農民だ。

「やあ、デボラさん」

 手を振って声をかけると、先頭の女の人がほほ笑んだ。俺の母親と同じ年くらいの農婦だ。

「まあまあ軍師さん、この間はあのバカ領主を生け捕りにしたんだって? やるじゃないか。けど困るわねえ、どうして殺してくれなかったんだい」

 なかなか辛らつだ。どうやら、一昨日の戦いに参加していた農兵から、話を聞いてきたらしい。

 ここの領民たちはみんな、あのドロドロヌとかいう領主を嫌っている。きびしい重税が理由だ。他にも若い女をさらっていくとか、辻斬りを楽しんでるとか、悪評が絶えない。

 そんなときに、領内の廃城に不法滞在している少年少女を追い出せないでいる。それどころか兵士を送り込んでいるのに、負けて追い返されているという噂が広まった。領民たちはざまぁみろと歓声を上げ、隠れて俺たちを応援してくれるようになった。今日も貴重な麦で、パンを作ってきてくれた。

 フィーの獲ってくる鳥獣だけじゃ七人の胃袋を満たすのは難しいし、肉も連日だと飽きる。だからこういう援助は助かる。

「おお、マドモワゼルたち、わが城によく来てくれた。今日も貢物を持ってきたのか?」

 マントを翻しながら颯爽とニコラスが現れた。農婦たちから嬌声があがる。なんでも彼女たちの間では、ニコラスがやたらと人気らしい。デボラさんと一緒に来た若い女たちが、ニコラスを取り囲む。俺の隣ではイリスが首を傾げている。その気持ち、よくわかるぞ。

「ニコラス様の活躍を聞きました。一騎打ちで、あの憎っくきピエールを倒したとか」

 ピエールを倒したのはイリスだ。噂というのはいい加減なものだな。だがニコラスは臆面もなく、うむと頷いた。

「このままニコラス様が領主になってくれればいいのに」

「領主? 小さい小さい、いずれ王となって、皆に不自由のない暮らしをさせてやろう!」

 再び嬌声が起こった。ニコラス、口から生まれてきたような奴だ。戦力としては低いが、カリスマ性はあるのかもしれない。ちなみに俺が軍師だというのも、ニコラスが広めている。ただ、彼女たちは軍師が何か分かっているのだろうか?

 しかし戦国時代でも、領主を嫌っている農民が外敵を手引きしたり、裏切ったりっていうのはよくあったことらしい。それで潰れた国もある。ニコラスの人気で、ここの領民の援助を受けられるなら、長期戦もできそうだ。

 ニコラスを散々もてはやして農婦たちは帰っていった。

 城に戻るとアリシアが忌々しそうに腕を組んで待っていた。

「どこ行ってたのよ、私に地面の石を拾わせておいて。あんたたちはサボっていたの?」

 するとニコラスがパンの入ったバスケットを、アリシアの鼻先に突き出した。

「オレへの貢物だ、ありがたく思えよ。民衆の声に手を振ってやるのも王族の仕事とはいえ、大変だ。特に俺ほどになると、慕う者も多いから困ったものだ」

 パンを見てクレマンとリズが歓喜の声を上げる。アリシアも文句が言えなくなった。

「で、そっちはどうなんだ?」

「アリシア、手が汚れるって何もしてなかったよぉ」

「バカ、何で言うのよクレマン!」

「それに怒ってるのも、ミチタカがイリスと一緒にいなくなったからだよ」

「あー、違う違う、うるさいうるさい! 燃やすわよクレマン!」

 顔を赤くするアリシア。対してリズは黙ってふくれっ面をしている。

 不意に服の袖を引っ張られた。フィーだった。

「あれだけあればいい?」

 フィーが指した場所には、魔鉱石が山になって積まれていた。しかも白い部分の割合が多いものばかりだ。

「いいの集めたな。何処にあった?」

「向こうの墓」

 礼拝堂の裏には墓地があり、多くの墓石があった。鉱山に事故はつきものだ。ここの礼拝堂はそういった人を弔うために建てられたのかもしれない。

「ん、どうした?」

 フィーが餌をねだる犬のように俺を見ている。少し考えて、頭をなででやった。すると満足そうにドヤ顔をした。いつも冷静沈着だが、こういうところは十三歳だと感じさせる。

 そこでアリシアが大声を上げた。今度は何だ?

「ミチタカ、ニコラスが勝手にパン食べたのよ!」

「別にいいだろ。俺に献上されたパンだぞ」

「あんたバカ? あんたへの貢物じゃなくて、領主と戦っている私たちにくれたものでしょ。きちんと分け合って食べないと、すぐ無くなるじゃない。バカのせいで寿命が縮むわ」

「何だと。今まで馬車の中に引きこもっていた奴が、少し活躍したくらいで威張るな!」

「あんたこそ、うぬぼれんじゃないわよっ、このニセ王子!」

「やかましい。お前こそ、馬車の中でうじうじしていた辛気臭い没落貴族だろうに。このヒステリックなブスが!」

「ブスって何よ、ブスって! あんたブスって言った、私のことを……うう、うわぁ~あぁ~」

 アリシアが泣いた。リズに抱き着いて嗚咽を漏らして泣き続けた。

 醜い口喧嘩だった。結末も幼稚園児の泥仕合並みだ。まさか泣いて幕引きとは……。ニコラスだって勝っても後味悪いだろう。実際、困惑して固まっている。

 その日からアリシアは再び馬車の中で食事をとるようになった。相変わらずの情緒不安定ぶり。引きこもりの社会復帰は、なかなかに厳しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ