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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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鉱脈

 フィーは廃城の北側にそびえる山脈で、父親と狩りをして暮らしていた。夏の間は山脈に点在する山小屋で、冬はこの廃城を中心に、渡り鳥のように季節で住処を変えながら生活していた。弓と狩りの技術は全て父親から教わった。二人で狩った獣の肉や毛皮を町で売って、生計を立てていた。二年前に父親が亡くなっても、その生活は変わらなかった。だから越冬に使っているこの城のことを、よく知っていた。

「今年も冬の間はここで過ごそうと思っていたら、先客がいて驚いた」

 迷惑だったか?

「ううん、ずっと山の中に一人だったから、こんな大勢で話せるのは面白い。王子様や貴族様にも会えた。異世界の人にも会えた。やっぱり山から下りてくると、色んな人がいるんだな」

 たとえ町にいてもそうそう王族や貴族には会えるもんじゃない。ましてや異世界人に会えた人間など、有史以来お前ら六人だけだろう。

「人と話すのも面白い。今度町に行ったら、ギロウに言ってみたい」

「……ん? 今、何て言った?」

「妓楼。そこに行くと女の人といっぱい楽しく喋れるって、親父が言ってた。夜になるとよくそこ行ってた。俺、人と何を話していいのかわからなくて行こうと思わなかったけど、ミチタカたちと話してて面白かった。だから今度行ってみる」

 フィーの父親、夜中に子供を放っといて何してるんだ?

 するとニコラスがフィーの肩を叩いた。

「じゃあ、こんど俺と一緒に妓楼へ行くか?」

「……ニコラスは妓楼、行ったことあるの?」

「愚問だな、俺は王子だぞ」

「やめなさい! 不潔よ、不純よ! 絶対に行っちゃダメ! そこのサギ王子、サイテーよ!」

 たまりかねてアリシアが金切り声を上げた。

「え? ダメなの? どうして?」

 フィーは本当にわからない、という顔をした。純粋さってこういうことか。これにはアリシアも顔を赤らめて口籠るだけだった。それを見たニコラスがニヤニヤ笑いながら言った。

「教えてくれよ、アリシア。何故行ってはダメなのだ? さっき頭の悪い俺に何でも教えてくれると言っていただろ~」

「な、何でもとは言ってないわよ!」

「着いたよ」

 フィーが言った。城の地下にあった階段を抜けると、岸壁だった。右横に吊り橋があり、それを渡った先もまた渓谷の断崖なのだが、そこには大人でも十分入れる大きさの洞窟が口を開けている。地下宮殿の入り口らしい。

「一人ずつ来て」

 フィーが吊り橋を渡り始めた。フィーの後はニコラス、クレマンが続いた。

 吊り橋の下は深い渓谷だ。毎晩水浴びしている場所が見える。そこは川が褶曲していて、小石の積み重なった浅瀬の岸になっていた。岸には朽ちた船が何隻か見える。逆さまになったり、船体が半分以上埋まっていたりする。そして桟橋があった。昔は水運を使って荷物の運送が行われていたのかもしれない。こんな何もない、辺境の山城で、何を扱った貿易していたのだろうか。ひょっとすると、ニコラスの言う地下宮殿と関係あるのかもしれない。

 イリスも吊り橋を渡り終えた。

「落ちないわよね……」

 アリシアが足元を見て青い顔をしている。

「クレマンが渡れたんだ。大丈夫だろ」

 アリシアにそう言って俺も渡った。橋の真ん中まで来ると風が強く、歩みに応じて大きく揺れた。俺が渡り終えても、アリシアは尻込みしている。

「おーい、早くしろ。王子を待たせる気か!」

 ニコラスが煽る。しかしアリシアはなかなか動こうとしない。仕方なくリズが手をとった。二人で手を握りながら吊り橋を渡ってくる。

「は~、こんなところ渡るなんて、バカじゃないの?」

 渡り終えるとアリシアは膝をついてため息を漏らした。俺は彼女の肩を叩いた。

「よく頑張った。後でもう一回頼む」

「もう一回?」

「帰りも渡らないといけないだろ」

「あ……」

 意気消沈するアリシアに対して、ニコラスのテンションは今まで見てきた中で一番高い。

「行くぞ、者ども。これより地底探検だ! 明かりを持てい!」

 クレマンが松明に火を点けようとする。

「おいおい、一酸化炭素中毒になるぞ」

 ニコラスとクレマンが顔を見合わせた。

「何だそれは?」

 そうか、知らないか。周期表もない世界じゃ、元素だ燃焼反応だと言っても理解されないだろう。だったらじつで納得させたほうが早い。

「松明より便利な明かりがある。イェヒーオール」

 指先に集中させると、魔力は球体状になって青く光った。わずかにバチバチと放電している。完全にコントロールできていないということか。でも明かりにはなるだろう。

 ニコラスは俺が魔力を操ったことに驚いていたが、気を取り直して「いいだろう」と言った。

「アリシアとリズも頼むよ」

「……そんなことのために魔術は使わないのよ」

 とアリシア。予想通りの返答だ。

 でもリズは応じてくれた。俺とリズが明かりを照らして先頭を歩く。すぐ後ろをフィーが続いて案内役になった。

 狭い洞窟を、魔力の光を維持したまま歩くのは神経を使い大変だった。途中から長い坂道を下った感じがする。坂が緩やかになると、道が三つに分かれていた。

「どっちだ、ニコラス?」

「うむ、以前右の道を行ったが、行き止まりだった。今回は真ん中の……」

「宮殿はこっちだよ」

 フィーが左の道を指差した。全員が黙ってフィーの指示に従った。

「行くぞ、ニコラス」

「…………うむ……」

 そこから十分も歩くと、広い場所に出た。終点かと思ったが、そこで明かりが急に小さくなった。

「リズ?」

 リズが魔力の光を消して、その場に膝をついた。

「すいません。何だか疲れてしまって……魔力が上手く出せないんです……」

 確かに、魔力を出し続けるのは結構しんどい。俺も疲労が溜まっていた。

「初心者が無理をするからよ」

 アリシアが俺たちの前に歩み出た。

「仕方がないわね、サービスよ」

 彼女は両手に炎を灯して、四方に飛ばした。魔術で遠隔操作された炎の塊は洞窟を隅まで照らす。その途端、全員が息を飲んだ。アリシアも言葉を失っていた。

 俺が想像していた以上に巨大な空間が広がっていた。見えている範囲だけでも、悠に野球場以上の広さはある。そして等間隔に方形の柱が立っていて、十メートルほど上にある岩盤を支えていた。五メートルくらい先からは池があり、奥にずっと続いている。その先はアリシアの炎でも見えない。かなり奥まで広がっているようだ。

「すごい! 本当にすごいぞ! 地下にこんな空間が広がっているなんて!」

 興奮したニコラスが声を上げた。声が壁に反響して洞窟の奥へと飛んでいく。

「ニコラス、さっきから気になっていたんだけど、ここに来るの初めてなのか?」

「ああ、そうだ。フィーに聞いていただけだが……何なんだこれは、ええ? 太古に栄えた都市か? 魔術士の宮殿の跡か? それとも秘密結社が魔人を召喚する儀式を行っていたとか? これなら、この奥にはすごいお宝があるかもしれない……」

「いいや、違うだろ。ここはただの鉱山だと思うぞ」

「へ?」

 俺は自前の魔力の光で、地面を注意深く見ながら言った。

「地面や壁に削った後がある。軽くて崩れやすそうな地層だから、几帳面に直方体に削り取って外に運び出したんだ。柱みたいなのは、岩盤が崩れ落ちないようにしたんだろう。そして池だけど、地下水が染み出て溜まっているんじゃないか? 小学校の遠足で閉山した鉱山に行ったことがあるけど、こんな感じの洞窟だったぞ」

「じゃ、じゃあ何か? ここは山師が掘ってできた洞窟だっていうのか?」

「入ったときから薄々そんな気はしてたけど……。外に船着場があったし、切り取った岩を下流まで運んでいたんじゃないか? ここに城まで建てたくらいだから、貴重な金属か宝石か、あるいは城郭に使う石とかが採れたんだろう……」

「魔鉱石よ」

 アリシアが足元にある石を拾って言った。ところどころに黒い粒子が混じった白い石だ。

「ここは魔鉱石の鉱山よ」

「それ、城の庭にもたくさん転がってるな。それがマコウセキってやつか?」

「その欠片、純度が低すぎるわ。質のいい魔鉱石が採れなくなって、閉山したんでしょうね」

「魔鉱石ってのは?」

「精製すると魔石って宝石になるの。魔石は魔力を増幅したり、魔術を封じ込めたり、召喚の儀式に使ったり……貴族の間では重宝されているわ」

 ここはそれで繁栄した砦だったのか。しかし魔鉱石が枯渇し、寂れて廃城になったと。

「ここに残っている魔鉱石は使えないのか?」

「使えないわ。不純物が多すぎるもの。恐らく魔力を込めても、上手く魔術が発動しないと思う。試してみようか?」

「試す?」

 アリシアは拾った魔鉱石の小石を握り締めた。わずかな時間、彼女の赤い魔力の光が手の中で輝いた。そして、地下水の溜まった池に投げた。水の中に落ちた瞬間、爆発し洞窟内に轟音が響いた。壁のような爆風が全身を叩きつける。水柱が立ち、跳ね上がった地下水が横殴りの雨のように襲った。これには魔鉱石を使った張本人のアリシアも目を丸くしていた。

「おお~、ここの魔鉱石はこんなに魔励起反応が激しいのね。まあ、でも上手く魔術が出ないのはわかったでしょ。ね!」

「ね! じゃねえよ。何だあれ? 失敗すると爆発するなら先に言え。いや、こんな場所でやるな。生き埋めになったらどうすんだ!」

「あんなの私も想定外よ。本当は込めた魔力が消費されるまで、石が静かに燃え続けるだけなの。だから池の中に投げたのに」

「じゃあ、ここの魔鉱石が変わった特徴を持ってるってことか?」

「あんなの見たことないわ。ひょっとしたら貴重な魔石が精製できた鉱山なのかも……」

 ともかく地下宮殿の正体がわかったので、帰ることにした。


 扉を開けると、炉が幾つも並んでいる部屋に出た。陶器製の坩堝るつぼにフイゴ、桶と色々転がっているが、どれもカビが生えて埃を被っている。金属を精錬する道具に似ていた。恐らくここで魔石の精製をしていたのだろう。城にこんな場所があったとは知らなかった。先を行くニコラスがくもの巣に引っかかって慌てている。

 フィーの案内で、さっきとは別の坑道を通って城に戻ってきた。アリシアがつり橋を渡るのを嫌がったために、道を変えたのだ。今回の探索で、鉱山の坑道も、城の地下も、迷路のように入り組んでいるのがわかった。ただし、フィー曰く、つり橋を渡るのがあの地下空洞へ行くのに一番近いのだそうだ。

 階段を上ると日の光が差し込んだ。地上へ戻ってきたのだと思ったら、そこは礼拝堂だった。

「!」

 その瞬間、妙な違和感があった。アリシアとリズも何かを感じ取っているようだった。俺はアリシアに訊いた。

「これって魔力の流れか?」

「そう。魔力の流れが集まってるのよ。地脈が入り組んでいる場所には、こういう魔力のたまり場ができるわ。ここを祭壇にしたのも、それが理由かも。こういうところだと、魔術が増幅されたり、逆に魔力のコントロールが難しくなったりするのよ」

「へえ、そうなのか。イェヒーオール」

「リスクも考えずによく試すわね」

「好奇心旺盛と言ってくれ。確かに上手く魔力が集中できない……ん?」

 指先に集めた魔力が、線香の煙のように横へ流れていく。それは祭壇の後ろの壁に吸い込まれていった。壁に一筋の線が浮かび上がる。

「これって……」

 ニコラスが獲物の臭いを追う猟犬のように、壁を調べ始めた。そして右側から十センチくらいずつ場所を変えてノックしていった。数箇所、音が違った。

「隠し部屋だ……」

 ニコラスは短剣を取り出し、壁に浮かんだ魔力の光に沿って漆喰をはがしていった。起用だ。というか慣れた手つきだ。やがて人が通れるほどの長方形の溝が現れた。更に溝に短剣を刺して、てこの原理で少しずつ開けていく。誰も声をかけられないほど、ニコラスは夢中だった。目をぎらつかせ、活き活きとしている。王子と名乗ってふん反り返っているときより、よっぽど様になっていた。やがて扉がこじ開けられた。

「こんなところ、俺も知らなかった……」

 フィーがつぶやく。

 隠し部屋の中を見たニコラスが、甲高い歓声を上げた。二畳ほどのスペースに、古びた宝箱があった。RPGの世界みたいだ。ニコラスがピッキングの道具を取り出し、鍵穴をいじりだした。ていうか、こいつ何でそんなもの持ってるんだ? しかしニコラスは表情を曇らせた。

「……何だこれ、ピンシリンダーも何もねえ。この鍵穴、空洞じゃねえか。どうやって開けろっていうんだ?」

「それ、魔術で封じられているわよ」

 アリシアが言った。

「箱の上に魔法陣が描かれているでしょ。だから魔術でしか開錠できないわ」

 彼女は宝箱の上に手をかざした。

「イフタフ・ヤー・シシーム」

 唱えると、魔法陣が一瞬光った。アリシアがおもむろに宝箱の蓋を開けた。全員が後ろから覗き込む。

「……空っぽ?」

「何ぃ? 何だそれ。魔術で鍵をしていたのに、何もないのかよ」

「僕たちをからかって遊んでいただけかも……」

「どしたの、ミチタカ? お化けにでも会ったような顔して」

「日本語……」

 宝箱を覗き込むと、底には日本語が書かれていた。漢字とカタカナで書かれている。今の常用漢字じゃない。でも崩し文字でもない。推測するに、明治期から戦前に、ここに来た日本人がいる……。

 よく見ると、壁と天井には魔法陣が幾つも描かれていた。宝箱にもこの隠し部屋も、まだ何か秘密がありそうだ……。

「ちょっとミチタカ、これ何て書いてあるの?」

「…………この城を去る。自分と同じ国の人間が来たら、会いに来てくれ、と……。異世界に一人で来たから、同郷の仲間を捜していたんだろう。でも、俺の世界じゃ百年も前の人だから、もう無理だろうな……。タイムカプセルか、手紙のつもりで、こんな風に厳重に封をして置いたんだろう。ついでに、ここは異世界と繋がりやすい場所らしい」

「ミチタカと同じ国の人……?」

「ああ……。なあ、この宝箱、俺にくれないか?」

 満場一致で空っぽの宝箱を譲ってもらった。

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