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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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魔術の条件

 翌朝。非常によく眠れた。この世界に来たばかりの時は、不安と興奮とベッド代わりの板の寝心地の悪さに不眠症が続いた。しかし人間はどんな状況でも慣れるもんだ。硬いベッドでも熟睡できるようになってしまった。でも、異世界に来ても朝が弱いのは変わらない。

 瞳に入ってくる朝日が沁みる。寝ぼけ眼で居館のテーブルに座った。ニコラス、クレマン、フィーはすでに席についていた。俺の目の前にはアリシアが座る。あくびが漏れた。

「だらしない顔ね」

「朝、弱くてな……。アリシアはしっかりしてるな」

「リズが身支度してくれるから」

 確かに、化粧も衣装も貴族の名に恥じない格好だ。落ち延びてきても、身を飾る道具を忘れないところにプライドの高さを感じる。

 イリスが槍を持ったまま現れ、フィーを押しのけて俺の横に座った。するとアリシアが嘆息して言った。

「仲いいわね、あなたたち」

「そうか?」

 スープを口に運んだ。イリスが俺の皿を覗き込んでくる。

「ミチタカだけ 肉 多い」

「ん? そんなことないだろ」

 言いながらリズを見た。目が合った瞬間、彼女はウインクした。思わず肉を噛む顎の動きが止まった。そういうことなのか?

 俺なんかより、彼女の方がよっぽどの策士じゃないか。


「いい、あんたたち、今から魔術を教えるけど、最初に必ず守ってほしいことがあるの」

 礼拝堂の前でアリシアが手に腰を当てて言った。

 朝食後、俺とイリスとフィー、そしてリズは、アリシアに魔術を教えてもらうために集まった。

「私から魔術を教えられたって、絶対他の人に言わないで! 一族以外の人に魔術を教えるのって、すっごい恥なんだから。落ちぶれた貴族が成金に金貰って教えるのがよくあるパターンなんだけど、でもそれって一族が大切に守ってきた秘術を売ってるってことで、すっごい不名誉なことなんだから、ぜっっったいに言わないで!」

 彼女の念押しを聞いて、俺は昨日から疑問に思っていることを口にせずにはいられなかった。

「なあ、貴族は何のために魔術なんて強力な力を代々受け継いでいるんだ?」

「へ?」

「強力な力を他人に教えたくないのはわかる。自分たちの既得権益や命に関わるからな。だが軍事目的で使わないとすると、何のために学んで次代に受け継がせているんだ?」

「それは、あれよ、魔術は世界の真理を追求するために学ぶのよ」

 どこかで聞いたような言葉だ。

「……というのは建前。実際は……権威の象徴ってところかな。より強力な魔術が使えると、国王や貴族からの注目は高まるし、人脈も広がる。大臣とか重要なポストにもつけるのよ。まあ、中には本当に真理を追究している人もいるけど……極少数ね」

 すると今度はフィーが手を挙げた。

「シンリって何? すごい魔術なの?」

「し、真理は真理よ。魔術じゃないわ」

「じゃ、何なの?」

「そ、それは……知識の根源というか、事象の起因と終末における道理のような……」

「一言で言えば、森羅万象における普遍的な定義、ってところかな」

 アリシアが言葉に詰まっているようだったから、口を挟んだ。それでも言葉が難しかったらしく、フィーは首を捻っている。

「損をせずに正しく生きていくための理だ。でも、この世界では違うのかもな。わかったか?」

「……何となく」

「しかしフィーは時々深いことを言うな」

 するとアリシアは目を丸くして俺に訊いた。

「……あんた、何者なの? 平民にしてはやけに知識があるし、でも魔術は使えないし……」

 するとフィーが「ミチタカは異世界から来た」と答えた。彼女はさらに目を丸くした。そういえばアリシアはずっと馬車の中にいたから、聞いてなかったかもしれない。

「何よそれ、ちょっと詳しく聞かせてよ」

「今度な。それよりも今は魔術を頼む。そういえば昨日、領主の魔術師が硬化の魔術ってのを使ってたけど、ありゃあ金縛りみたいなものか?」

「ええ、魔術が使えるなら防げるけど、魔力をコントロールできない人は少なくとも一分は動けなくなるはずよ」

「俺たちでも出来るのか?」

「一番簡単に覚えられる魔術のひとつよ。一族秘伝とかでもないから、お金で買うときも一番安いわ。その前に、魔力をコントロールできないといけないけど」

 アリシアは足元の石を拾った。全体的に乳白色だが、ところどころにキラキラ光る黒い鉱物が混じっている石だ。このあたりによく転がっている。レンガに強く引っかくと、ボロボロと削れる軽石だ。彼女はそれで礼拝堂の壁に文字を書いていった。

「これは古代文字。魔術の術式は古代文字で書くの。異世界人はこれ読める?」

「……俺の知ってる文字じゃないな。でも見たことはあるような……アラビア語か……サンスクリット語に似ているかな」

「知ってるの? じゃあ、読める?」

「いや、無理だ」

「これを読めないと魔術は使えないわよ」

「じゃあ読み方を教えてくれ。何て読むんだ?」

「イェヒーオール。始まりの光あれ、って意味よ。手を胸の前に持ってきて唱えるの。これは魔力を発動する呪文。これができないと魔術は一切使えないわ。やってみせるから見てなさい」

 アリシアはおもむろに手を構えて、イェヒーオールと唱えた。すると両手が紅く輝きだした。俺たちが「おー」と感嘆すると、彼女はドヤ顔で見返した。魔術は教えたくないと渋っていたが、人に何かを教えること自体は好きなのかもしれない。

「ここに術式を加えて、魔力を熱や風など他のエネルギーに変換していくの。そうすると魔術になるわ」

「つまり、イェヒーオールは魔術を使う前の下準備ってわけか」

「……ホントに物分りいいわね。じゃあ、みんな試しにやってみて」

 緊張するな。ゲームやマンガで見たような魔術が使えるのか。ドキドキする。深呼吸して唱えた。

「イェヒーオール」

 ……一秒、二秒、時間は流れていく。しかし何も起こらない。

「イェヒーオォーーール!」

 大声で言ったがやっぱりダメだった。

「イェヒーオール、イェヒーオール、イェヒーオール、イェヒーオール、……」

 動画のリプレイのように何度も唱えるイリス、彼女も何も起こらない。

「ぬぬ……ぐぐ……ううぅ……」

 唱えてから両手に力を入れているフィー。脳の血管が切れそうだがやっぱり何も起こらない。

「うわっ、わっ、これ、出来たんですか?」

 その声にみんなが振り向いた。リズの両手が白く光っている。

「すげえ、才能あるんだな、リズ」

 リズは少しはにかんだ。

「でも何でアリシアと魔力の色が違うんだ?」

「個性みたいなものよ。個人個人によって魔力の色は違うの。それで得意な魔術も違ってくるのよ。ただ、血の繋がった相手だと同じ特性になりやすいわ」

「なるほど。つまり俺たちが同じくらい練習しても、アリシアほど炎の魔術は使えないだろう、けど自分の得意な魔術の系統を見つければアリシアよりも上手くなる可能性がある、ってところか」

「……う、うん」

「そしてアリシアの家系は炎の魔術が得意なんだろ。魔力において似た特性を持っているからこそ、一族秘伝の魔術も伝えやすい、ってとこか?」

「そ、その通りだけど……」

「ただ、どうしてリズだけが一回で成功したんだ? 俺には魔術の才能無いのか? それとも魔術師の傍にいると魔術師の素質を得やすいのか? ついでにリズの特性は?」

「……」

「どうした?」

「いや、頭いいのに、当たり前のことを知らないから……あんたホントに何者なの? 異世界から来たって本当?」

「だからそう言ってるだろ。それよりも、俺はやっぱり魔術が使えないのか?」

「……後で詳しく聞かせてもらうからね。まず、リズだけが成功したのは文字が読めるからだと思う。この古代文字を理解していないと、魔力は発動しないわ」

 腑に落ちなくて、俺は首を捻った。

「どういうことだ? 読み方はさっき教わっただろ?」

「ただ読めばいいってわけじゃないわ。文字一つ一つの意味を理解して唱えないと意味無いの」

確かに、読み方だけ教わって、この壁に書かれた文字のどれが“始まり”で、どれが“光”なのかすらわかってない。俺は壁の文字のひとつを指差して訊いた。

「これは何て意味なんだ?」

「“闇”」

「これは?」

「“深淵”」

「これは?」

「“~より”」

「これは?」

「“太陽”。そのあとは、“イコール”で、最後は“中心”って意味」

「ちょっと待て、どこにも“始まり”も“光”もないじゃねえか」

「この古代文字は始まりの光がある状況を表しているのよ。文字だけが伝わっていて、内容を解読した人が、術式を発動させるための読み方を後付けしたのよ。古代人がどう呼んでいたのか、正式な読み方は誰も知らないわ」

 何だそれ? いや、ちょっと待てよ。俺はこういう文字の使い方を知っている。中国から伝わった漢字を、日本人が自分たちの使っている読み方や文法に当てはめて使うようになったのと同じだ。このアラビア語のような古代文字が古文や漢文の類で、呪文を現代人の使っている口語文と考えて唱えてみよう。

「深遠な闇の底に太陽が生まれ、それで宇宙の中心が定まった……世界の中心、それがはじまりの光…………イェヒーオール!」

 体の内側を熱いものが走りぬける感覚がした。その熱が両手に集まっていく。指先でバチンッという破裂音がした。掌全体が青い光を出して、弾けていた。

「せ、静電気?」

 それはすぐに消えた。

「また失敗か? でも何だったんだ?」

「違う。ミチタカ、あんた魔力を発動するどころか、魔術を使ってたわよ。術式も唱えないで。しかも雷光系……」

「へぇ、俺の個性は雷ってことか? でも何でいきなりすっとばして魔術が出たんだ?」

「私が訊きたいわよ。あんた、まさか雷帝イーエルの生まれ変わりとかじゃないわよね?」

「誰だ、それ?」

「最初の覚者よ」

「最初の……カクシャ?」

「知らないの? ウソでしょ? 魔術を使えなくても名前くらいは聞いたことあるはずよ」

 俺はイリスとフィーを見た。二人も知らないと首を振った。アリシアは更に呆れていた。リズだけはたどたどしく答えた。

「えっと……千年以上前の魔術師で、魔術の基礎を作ったとか……とにかくすごい大魔術師で、宰相にもなった方で、王国の領土を過去最大にしたとか……」

 アリシアはうんうんと頷いていた。

「世間的にはそう知られているわ。でも本質は違うの。本当は、世界で最初に真理を悟った人」

 真理、さっきも出てきたな。それで魔術師は真理を目指すのか。

「そして真理を悟った人間を覚者っていうの。別名でワイズオールドマン、あるいはフィロソフォスとか言われることも……」

「その、覚者になるとすごい魔術が使えるのか? どうやったら覚者になれるんだ?」

「真理を極めればなれるわ」

「……真理の極め方は?」

「そんなの知らないわよ。この世界には逸れ者も含めて今も一万人以上の魔術師がいるけど、覚者になれたのはこの千五百年間で五人しかいないんだから。修行あるのみってことよ」

「千五百年で五人? 雷帝さん以外にも覚者がいるのか?」

「ええ、雷帝イーエルの他に雷神ボルディー、天空王リオⅢ世、大地母神マーリー、海神サリサリウムの五人よ。そのうち雷帝と雷神と天空王の得意だった魔術が……」

「雷だった。だから俺が雷帝さんの生まれ変わりじゃないかと?」

 そこでアリシアはマジマジと俺の顔を覗きこんだ。

「そんなはずはないわよね。あんたの髪も瞳も真っ黒だもの」

「髪の色が何か関係あるのか?」

 するとアリシアはすまし顔で口を開いた。

「おお、かの者の頭上には眩き光あり。そのあおき瞳は星よりも輝き、碧き髪は闇の深淵を照らす。天と大地を従え、昼を夜に、夜を昼に渡り歩く……」

「急に歌いだしてどうした? この生活が不安なのはわかるが、取り乱すな」

「違うわよ!」

 アリシアは顔を真っ赤にして言った。

「雷帝イーエルを称えるうたよ。私の国ではそういう風に伝わっているの。他の覚者のものもあって、国や地域によって色んなパターンがあるわ。でも共通しているのは後光が差していて、魔力で地震を起こし、天候さえ操る。そして緑色の瞳と髪をしているってこと」

「緑の目と髪?」

「昔は緑を“碧い”って言ったのよ。だから貴族の間で少しでも緑がかった髪の赤ん坊が生まれたりすると、大騒ぎになるわ。国王が慶事に来ることもあるくらい」

 真理に覚者か……まるで宗教みたいだな。

「控え、控え、王子様の巡業であるぞ」

 昨日領主の兵から奪った甲冑を着たクレマンが、居館から仰々しく歩いてきた。その後ろではニコラスが大仰にマントを翻している。呆気にとられている俺たちの前に、二人はゆっくりとやってきた。

「これより謎の洞窟へ遠征に行く。供をする者はいないか?」

 ニコラスの寸劇に、アリシアが訊いた。

「何? 洞窟? 何言ってんの、あんた?」

「この城の北側に、鉱山で掘ったような洞窟が幾つもあるんだ」俺は言った。「裏側の抜け道から行けるぞ」

「行ってどうすんの?」

「探検ごっこだよ。よく二人で行ってる」

「違う!」

 ニコラスが大声を上げた。

「これは調査だ。この城の下には地下宮殿が広がっている。そこにはとてつもない秘宝が眠っているのだ」

「……」

「信じてないな? 軍師よ」

「まあね。それよりも魔術を覚えたい。次に攻められたときの準備をしておかないと」

「そうよ。遊んでないで、あんたたちも現実の問題を考えなさいよ。少しは勉強したらどうなの。どうせ読み書きもできないんでしょ」

 アリシア、お母さんみたいなことを言うなぁ。

「な、な、何故文字が読めないなどと言えるのだ? 王子に対しての侮辱だぞ!」

「だってさっき“王子の巡業”とか言ってなかった? サーカスじゃあるまいし、そういう場合は“行幸”とか“巡幸”って言うのよ。あと敬称は“様”じゃなくて“殿下”ね」

 ニコラスとクレマンが顔を赤くした。

「あんたたち、ミチタカと違って頭悪そうだけど、特別に私が教えてあげてもいいわよ」

 アリシアがふんぞり返って言った。この傲岸さ、絵に描いたような貴族のご令嬢だな。

「いいや、遊びじゃない! この廃城の下には本当に荘厳な地下宮殿があるのだ!」

 ニコラスが拳を握って力説した。

「我々が生活している大地の下に、正体不明の宮殿があるのだぞ。もしかしたら領主はその秘密を知っていて、この城を奪おうとしているのかもしれん。調べる必要はあるぞ。そうすれば領主と対等に交渉できるかもしれん」

 本当に口が上手いな。ひとまず筋は通っているように思える。でもそれは……

「本当にそんなものがあるならね」

 俺が思っていたことをアリシアが代弁した。するとニコラスが俺の後ろを指さした。

「あるんだろ、フィー!」

 みんなが一斉にフィーを見た。

「……あるよ。すごいのが」

 フィーは表情を少しも変えずに頷いた。にわかに現実味が帯びてきた。


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