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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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帰郷

 ユリウスの放った炎は燃え盛り、居館全体を覆っていた。ユリウスもピエールも、紅蓮と黒煙に染まる空を見上げている。

 すると、居館の外壁に魔法陣が浮かび、再び高熱のレンガが飛んできた。兵士や傭兵たちは声を上げて逃げ惑うが、ユリウスだけは動じなかった。

 レンガの弾丸のひとつが、ユリウスの真後ろの地面に着弾した。レンガは跳ね返り、ユリウスにとびかかってきた。それは炎を纏ったミチタカだった。両手に剣を持ち、ユリウスの後頭部めがけて思い切り振り降ろした。

 だがユリウスは、腰の剣を抜いて悠々と受けた。

「魔力の流れから、居場所はわかっていたよ」

 それでもミチタカは続けざまに二合、三合と剣を打ち合った。

 涼やかに受け流したユリウスは、魔力の光を放った。術式の刻んである魔力の塊だった。

 しかし炎でも氷でもないことを見抜くと、ミチタカは剣でそれを切り捨てた。そして間合いを詰めると、上段から剣を振り抜いた。剣を受けたユリウスと、鍔迫り合いになる。ただ、二刀流のミチタカは、もう一本の剣で横薙ぎに斬りつけた。刃はユリウスの脇腹に食い込む。

 ところがそれ以上、ユリウスの体に刃は通らなかった。それどころか、ユリウスは刀身を素手で握り、力任せにへし折った。

 ミチタカは思わず飛びすざった。折れた剣を見ると、茶色に変色している。

「錆て……さっきの魔術はウェザリングかよ」

 折れた剣を捨てると、残ったもう一本の剣に電流を流した。これなら斬れなくても、触れるだけでスタンガンのように感電するはずだ。

 剣を振るうと、狙い通りユリウスは自分の剣で受けた。しかし倒れなかったし、感電もしていない。ユリウスの手元を見ると、鍔に魔法陣が浮かんでいる。それで雷の魔術を防いだのだ。

 嘲笑するユリウスを間近に見て歯ぎしりしていると、脇腹に鈍い痛みが走り、後ろへふっ飛ばされた。ユリウスに蹴られたのだ。しかも蹴られた部分に触ると、服が凍結しているのに気づいた。左の脇腹が凍傷している。

 負傷した部位を確認している間に、ユリウスは次の魔術を放っていた。巻きあがった風がミチタカを覆う。竜巻の中に閉じ込められ、真空の刃と巻きあがった石礫が豪雨のように襲った。

 やがて一陣の風が止むと、ミチタカは四つん這いに倒れた。ぼろきれのようなその姿に、周りの兵士からは歓声が上がる。ユリウスは懐から霊薬を取り出して口にした。

「そんな便利な物を湯水のように使えるんだから、敵わねえよなぁ」

 満身創痍のミチタカがふらふらと立ち上がった。

「やっぱり戦争は物資量と武器の性能の差か。どんなに戦術を練っても、限界があるな……」

「……まるで、同条件の……例えば、チェスのような勝負なら負けない、と聞こえるね」

「そのつもりだけど?」

 ユリウスは噴き出して笑った。

「いやいや、君の戦術と作戦はどれも稚拙だよ。私に近づけば勝てるだろうという、浅はかな考えとかね。これでも軍人だよ、剣も格闘技もそれなりにできる。そういえば、確か君は不死身だとか言ったね。今はずいぶんと弱っているようだけど? どれ、ちょっとどれぐらい不死身なのか、確かめてみようか」

 近づいてくるユリウスの眼は、弱った獲物をいたぶる大型猫科動物のようだった。

 ミチタカはジリッと後ずさりした。思い切ってユリウスに剣を投げたが、軽く打ち払われた。

 しかし注意が逸れた隙に、走って距離をとった。出血と太ももの傷で、跛行はこうしながら必死に逃げる姿は、かなりマヌケだっただろう。自分でもおかしいくらいで、口の端が上がった。だが何とか礼拝堂までたどり着いた。ミチタカは瀕死のていで中に入っていった。

「よし、奴は傷だらけで歩くのもやっとだ。もう何もできない。とどめを刺しに行くぞ!」

 ピエールが傭兵たちを扇動し、礼拝堂になだれ込んでいく。

 相手が弱ると居丈高になるピエールに対して、ユリウスはそこまで楽観視していなかった。確かに重傷だが、これで終わる男ではないはずだ。何より、不死身の謎がユリウスの警戒心を解かせていなかった。例え自分の方が実力は上だとしても。

 さらに礼拝堂の外壁を見て、ユリウスは顔をしかめた。壁には文字が書かれている。

「“イリス”……魔鉱石で書いてあるのか?」

 嫌な予感がした。


 息も絶え絶えに、ミチタカは祭壇にたどり着いた。天井の抜けた礼拝堂は、残骸で散々な散らかりようだった。ここまで来るにも、今の怪我では一苦労だった。

 一息つく間もなく、ピエールと傭兵たちが踏み込んできた。人数はおおよそ三十人くらい。残ったピエールの傭兵たちは全員来たようだ。しかしユリウスは見当たらない。誘いに乗らないとは、まるでこちらの手の内を見透かされている気分だ。

 ピエールたちが祭壇を取り囲んでいく。

 そこでミチタカは、自分の名を呼ぶか細い声に気付いた。足元を見ると、精錬所に続く隠し通路の蓋が開き、そこからイリスが顔を出していた。

「おまっ……何してるっ?」

「ミチタカ 助けに きた」

「う……お……どうする?」

 予定が狂った。どうしたらいい? 考えがまとまらないうちに、イリスが抜け道から這い出てくる。そして傭兵たちを確認すると、ナイフを身構えた。

「オレが 守る。はやく 逃げる」

 イリスは顎をしゃくって抜け道を示した。しかしここを切り抜けられたとしても、抜け道が見られた今、アリシアたちが追われることになる。

 その時、イリスの胸元にある魔石がミチタカの眼に映った。それで即座に考えがまとまった。

「イリス、俺のいた世界に来るか? 二度とここに戻って来れないけど」

 ミチタカの問いかけが、一瞬何のことかわからない様子のイリスだったが、すぐに頷いた。

「ミチタカ 一緒なら どこでも」

「よし!」

 ミチタカはイリスの手を引いて、腕の中に抱き寄せた。そして胸元にある黄色い魔石を握る。魔力の光が灯ると、ピエールたちが身構えた。

「じゃあなピエール、色々と楽しかったぜ」

 ミチタカはもう片方の手に魔力を溜めて、祭壇の上に描いてある魔法陣に触れた。そこから伸びている魔鉱石の線が導火線となって、壁に伝わっていく。外壁に書かれたイリスという文字に沿って、火花が散り、壁を切断していった。亀裂が礼拝堂全体に走る。

 次の瞬間、轟音とともにバランスの崩れたレンガ造りの建物は崩れ、ピエールたちの頭上には屋根が落ちてきた。

 ミチタカは壁が崩れる前に、イリスを抱きしめて、魔石の宝箱があった部屋へ二人で入った。掌の中の魔石はさらに光を増していく。魔力に共鳴して、部屋の壁中に描かれていた複数の魔法陣も光りだした。光が強くなると、壁がすうっと消えていった。そして宇宙空間のような、上も下もない真っ暗な空間を漂い始めた。魔石の光と魔法陣が二人を包んで、どこかへ運んでいく。

 この空間で離れ離れにならないよう、ミチタカはイリスを抱き寄せた。イリスもまた、ミチタカを抱きしめた。腕の中のイリスは細く柔らかく、そして力を込めれば崩れてしまいそうなほどはかない感じがした。このか細い体で傭兵稼業をしていたことに、また魔族と差別されていたことに、胸が震えた。それは哀れみのせいではない。怒りと、やるせなさと、さらには彼女を守りたいという熱い感情がよぎったためだった。

 イリスはミチタカの胸に頬を押し付け、赤くなっていた。


 気付けば、足元に無数の明かりが見えた。頭から足へと重力を感じる。二人は抱き合ったまま、何処かに立っていた。夜なのはわかる。足元にあるのはネオンの灯りだ。しかし、何処だ?ミチタカは辺りの様子を伺った。何処か、高層ビルの最上階のようだ。

 眼下には灯りのない場所もある。一筋の線となっていて、川だと見当がついた。それが二本交差して、さらに深い闇の淵へと注ぎ込んでいる。海が近い場所らしい。そして無数の摩天楼の灯りの中、遠くに赤く輝く鉄塔が見えた。

「あれ、東京タワーか……? じゃあ、ここはまさか、スカイツリーの上?」

 しかも寒風吹きすさぶ中、二人は展望台の屋根の上にいた。

「帰ってきたはいいが、とんでもないところに出ちまった……」

 東京に来るのは久しぶりだし、スカイツリーに来たのは初めてだ。

 ここからどうしようかと思案していると、イリスがふらふらと屋根のふちまで歩いて行った。好奇心に突き動かされる子猫のように、這い寄って高層ビル群の電燈を覗き込む。

「地上に 星 ある」

 イリスは今にも叫びださんばかりに破顔した。それは敵を倒した時の嘲笑ではなく、差別された時の諦観した悲しい笑顔でもなかった。十代の少女が見せる、初めての無垢な笑みだった。ミチタカも自然と嬉しくなった。

 明かりのない、廃城の夜を思い出す。月がない夜などは、一面が墨を塗ったように真っ暗になる。それを考えると、自分が生まれた世界は特別な場所に思えてきた。

 やがて、戻ってきたことに実感が沸いた。涙がにじむ。零れないようにと、夜空を見上げた。しかし、見上げた夜空には星がない。あの廃城では埋め尽くすほどに輝いていた星が、ひとつもなかった。今にも降り出しそうな曇り空のようだ。

 地上の光が、空の星を消している。そう思った。

 その時、ミチタカの体がエメラルド色に光りだした。さらに、ホログラムのように透けていく。イリスも気付いて慌てた。

「ああ、もう時間か。思っていた以上に早いんだな……」

「ま、魔術?」

「いや、これは寿命だ」

「じゅ……?」

「俺、もう死んでいるんだ」

「? ミチタカ ここに 居る」

「そうだな。でも、体が、質量のない魂だけの存在だから、時空を超えられるし、瞬間移動もできる……。向こうの世界の体は、城の地下に通っている地脈から魔力をもらって、それっぽく象っていただけだったんだ。だからどんなに傷ついても、地脈から魔力が供給されれば、治ってしまう。けど、城から離れると消えていく……成仏してしまうんだろうな。この世界の、本当の俺の体は、すでに灰になっているだろうから」

「…………」

「全部、宝箱に書いてあった通りだ。その魔石を残した人も、一度こっちに帰ってきたらしい。けど、光になって消えそうになったから、あの廃城に戻ったそうだ。ここに来た時の時空の歪みが、まだそこにあるだろ」

 ミチタカが指さした先には、夜よりもなお暗い闇があった。

「あれに飛び込めばいいんだ。そしてそいつは城に戻ると、別の方法であの城を離れたらしい。宝箱の最後には、日本に戻って死ぬか、向こうの世界に残って新しい人生を歩むか選べって、書いてあったよ」

 そこでミチタカは一息ついた。それは何かを諦めるようであり、また何かを決意するような、そんなため息だった。

「ここはもう、俺の居場所じゃないんだな……」

「ミチタカ……」

「いいんだ。未練がないわけじゃない、けど、ようやく踏ん切りがついたよ」

 そしてイリスに向かって、優しく微笑んだ。

「戻ろう、あの城に」


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