炎上
アリシアたちは礼拝堂の裏、すなわち墓地に来ていた。墓地の真ん中にある墓石のひとつに、魔法陣が描かれている。ニコラスが見つけた。
「ここに置けばいいのね」
アリシアは魔法陣の上に、さっき受け取った魔力の塊をかざした。魔法陣が魔力を吸って、一筋の糸のように流れていく。光は流れて、地面に落ち、魔法陣を広げていく。やがて墓地全体を囲む、巨大な魔法陣が完成した。
すると地鳴りがし、地面が揺れた。アリシアとニコラスが近くの墓石につかまり、イリスはナイフを構えた。
不意に地面が膨れ上がり、中から人間の全身骨格が這い出てきた。それも何十、何百という数だった。
当然のごとく、アリシアは悲鳴を上げた。ニコラスでさえ、高音の叫び声を洩らした。
這い出てきた骸骨たちは、蜜を見つけた兵隊アリのように、一斉に同じ方向へ走っていった。二ノ門の方角だった。取り残されたアリシアたちは唖然として、それを見送った。
「こ、これが切り札だっての?」
ミチタカは負傷したフィーを背負って、居館に向かっていた。
途中、二ノ門の近くを通ると、骸骨の集団に襲われているピエールたちに遭遇した。
「な、何ですか、あれは?」
後ろのリズが怯えながら訊いた。
「鎧のナイトくんを操った魔術の応用だよ。人を象っているものならあの魔術で動かせる。だから墓地で眠っている、遺体の骨を使わせてもらった。ただ走っているだけだけど、あの数できたら相当きついだろ。今のうちに居館から川へ降りるんだ」
居館に入ったミチタカだったが、そこで感知結界で外の異変に気付いた。骸骨兵の魔術が解かれたらしい。どうやら元の物言わぬ骨に戻ったようだ。
「……来たか」
魔術を解いたのが誰かなど、詮索する必要もない。
「リズ、悪いがフィーを頼む」
ミチタカはフィーを下ろした。代わりにリズがフィーに肩を貸した。
「先に行ってくれ」
「ミチタカさんは?」
「もう少し足止めが必要みたいだから、ちょっと行ってくる」
「でも……」
「早く行くんだ。俺とユリウスの魔術に巻き込まれたら……死ぬよ」
「…………待ってます、必ず後から来てください」
リズとフィーを見送ると、ミチタカは元来た道を戻った。
居館の玄関に来た時、目の前の中庭にユリウスが現れた。ほぼ同時に互いの姿を確認した。ユリウスの後ろにはピエールもいる。ミチタカは咄嗟に壁に隠れた。狙い撃ちされないように。
ユリウスはそれを怯えていると受け取ったのだろう。嘲笑して言った。
「こそこそ隠れて、君も分かっているようだね、実力差が。それでもまだ抗うのかい?」
「もちろんだ。こっちはもう少しで掴めそうなんだ。だから引くわけにいかない」
ミチタカは胸元に大きなイェヒーオールの光を練った。
「これで最後だ。出し惜しみしないで、城中に作った仕掛けを全部使い切ってやる」
足元にある魔法陣に、魔力の光を吸わせた。光は魔鉱石で引いた線を伝って、中庭へ走っていった。中庭の地面に複数の魔法陣が浮かび上がる。
風が吹き始めた。次第にそれは石礫を含んだ強風になっていった。中庭で草を食んでいた馬車馬が驚き、二ノ門の方へ逃げだした。やがて雷を伴った竜巻が起こり、アリシアの馬車を浮かび上がらせ、飛ばしていった。竜巻がユリウスやピエールたちを飲み込んでいくと、その真上に馬車が落ちてきた。馬車は粉々になって潰れた
「まだまだ、これで死ぬ奴じゃないだろ」
ミチタカは壁の魔法陣にも魔力の光を与えた。居館の外壁に魔法陣がいくつも浮かび、大砲のように火を噴いた。飛ばしているのは壁のレンガだった。炎を纏ったレンガが砲弾のように襲い、中庭を破壊していく。着弾した際に土煙が広がり、敵の姿が全く見えなくなった。
ミチタカの額と頬に汗が伝った。息が切れる。魔力を使いすぎたようだ。小休止していると土煙が晴れてきた。ミチタカは窓から顔を半分出して、外の様子を伺った。
ユリウスは泰然としてそこにいた。動いた様子もなかった。彼の前には黄金色の魔法陣が輝いている。
「これでもまだ及ばないか……」
次の瞬間、ユリウスは指先から火炎を放った。狙ったのは居館の窓だった。窓から入った炎はあっという間に、屋内に燃広がる。ユリウスは立て続けに炎を放り込んできた。
「あぶりだす気か?」
だったらこのままここでやり過ごし、焼死したように見せかければいい。気流を操って炎を避けるくらいの魔術ならまだ使える。
「建物を囲め、出てくるものを逃がすな。それからこの城には抜け道があるはずだ、それを探せ。そこから逃げる可能性もあるぞ」
ユリウスの声が聞こえた。ユリウスたちが何処かひとつでも抜け道を見つけたら、アリシアたちが追われることになる。ミチタカは倦怠気味につぶやいた。
「……楽はできそうもないな。確か俺の部屋に、まだ武器が隠してあったはず……」
そしてやおら立ち上がった。
アリシアたち三人は、城の裏側にある城壁の崖に来ていた。目の前には魔鉱石の坑道が口を開けている。そこを抜けて崖を下っていけば、川岸に着く。川辺にはクレマンが待っているはずだ。
ニコラスは逃げるように、急いで坑道に入った。アリシアは魔力を使いすぎたのか、それともさっきの骸骨兵がよほどショックだったのか、くたびれた様子で岩壁を手探りしながら進んでいった。そしてイリスも洞窟に入ろうとした。
その時、雪のようなものが降っているのに気づいた。イリスはすぐに灰だと気付いた。戦争になると家屋が焼ける。すると灰が火災旋風で舞い上がり、雪のように降ってくることを、傭兵稼業の経験から知っていた。振り返ると、城から火が上がっているのが見えた。すでに洞窟に入った二人は気付いていない。
イリスは迷わず踵を返した。ミチタカを助けたい、その一途な想いだけで。
ミチタカは奴隷魔族だとわかっても差別しなかった。それどころか大事な仲間だと言って、庇ってくれた。その姿に、イリスは胸の内が熱くなるのを感じた。
ミチタカを守りたい、命を懸けてでも。彼のことを考えると、力が漲ってきて、自分には不可能なことなんて無いような気になるのだ。