魔弓
「何? 何? どうして? どうして戦うのぉ~? どーいうこと~?」
一ノ門の上で様子を伺っていたクレマンが錯乱状態になった。隣にはフィーとリズも居る。
「落ち着きなよ、クレマン。降参するのをやめて、やっぱり戦うことを選んだんでしょ」
フィーが言った。
「その理由がわかんないんだってえぇぇぇ。アリシア、どーしちゃったの? 何で降参しないの? もしかしていつもの癇癪起こしちゃったぁ? それに、この軍隊を見て落ち着いてなんかいられるかあぁぁぁっ。絶対に死ぬでしょ! 間違いないでしょぉぉぉ!」
「逃げる時間を稼げば何とかなるんじゃないの? ミチタカの作戦はそうだったでしょ」
「そ、そうだけどぉ~」
「じゃあ、クレマンはミチタカを逃げ道まで運び出しておいてよ」
「わ、わかったぁ!」
クレマンは戦線から離れられるとあって、急いで居館に走っていった。リズもその後について行こうとしたが、フィーが呼び止めた。
「魔鉱石の矢を使いたいんだ。魔力を込めてくれる?」
フィーはすうっと目を細めてユリウスを見据えた。
「あの澄ました顔、気に入らない……」
一ノ門の下では、アリシアとイリスがすでに戦端を切っていた。アリシアが魔術で炎を放ち、イリスが斬り込むというテンプレートな戦い方だった。しかし充分効果的だった。そもそも炎の燃焼で周囲には酸素がなくなり、窒息か二酸化炭素中毒で気絶していく傭兵が多かった。劣勢はピエール側だった。
緒戦の様子を見物していたユリウスはつぶやいた。
「戦っているのは二人だけ、伏兵も城内からの増援もない。やっぱり百人の兵がいるってのは嘘か。本当は二十人……いや、十人以下かもしれない。よくここまで持ちこたえたものだ。しかしあのナヴァール家の四女、魔術師でもない一般の兵に魔術を平気で使うとは、誇りも失ったか。それにしても考えなしに突っ込んでいくね、あのピエールってのは。噂以上に頭悪いな」
「手を貸さないでよろしいのですか?」
側近の兵士が尋ねた。
「我々が兵を損じることなく城と魔石が手に入るなら、それに越したことはないよ」
「わかりました。…………む、閣下お下がりを」
正面から一本の矢が飛んできた。側近の兵士はユリウスの前に来て、鉄の盾を掲げた。矢じりが盾に当たって防がれた。
しかしその瞬間、目が眩むような閃光が走り、破裂音とともに爆風がユリウスを馬から振り落とした。落馬した痛みで気絶はしなくて済んだ。ただ、耳がキンキンしてよく聞こえない。何が起こったのかわからず、状況を確認しようと起き上がると、愛馬が倒れたまま錯乱して鳴き続けている。馬の足は折れていて、立ち上がれず、もがき苦しんでいた。
その横には、矢を盾で防いだ兵士が倒れている。ただし盾を持っていた腕は飛散したのかなくなっており、顔はザクロのように潰れていた。息をしていないのは確認するまでもない。その周りには、他にも数人の兵士たちが倒れていた。兵の呻き声と、馬のいななきが響き渡る。
ニコラスはその状況にも慌てることなく、矢の飛んできた方向を見た。門の上にエルフがいるのに気づいた。その唇が動く。
『いい顔になった』
そしてニヤリと笑うのが見えた。
「……エルフの弓兵だと……?」
エルフはもう一矢放ってきた。ユリウスは魔術で風を起こし、矢の軌道を変えた。地面に刺さった矢は爆発して、数名の兵士を吹き飛ばした。
「これは何という魔術だ? どういう仕掛けだ?」
だが百戦錬磨のユリウスは、矢の仕掛けより、この攻撃を止めることが最優先だと判断した。
「弓兵部隊を呼べ!」
一ノ門の上にいるリズは、矢じりに魔力を込めてフィーに渡した。手が震えていて落としそうになった。眼下には、フィーの矢が起こした爆煙が広がっている。自分の魔力で人が死んでいくことは恐ろしかったが、相手の兵など気遣っていられる状況ではなかった。それに、矢を射っているときのフィーには断れない凄味があった。
「ふっ、ふふふふ……」
不意にフィーが笑い出した。
「俺、初めて人を殺したんだけど……、結構簡単なんだな……。鹿とそう変わんないじゃないか? いや、人間ってのは、鹿よりもどん臭い獲物なんだなぁ。あはははははは」
高笑いしながら矢を射るフィーに、リズは背筋が寒くなった。この少年にとっては、鹿も人も等しく獲物でしかなかった。そこに差別はなく、ひとつの命でしかない。そして猟師の本能からか、矢を当てることを純粋に楽しんでいた。
リズはハタと、魔力を込める手を止めた。爆発の煙で見え辛くなっていたが、カスティーリャ軍の後方に、弓を構える兵士たちが見えた。射ることに夢中のフィーはまだ気付いていない。
リズは悲鳴を上げて逃げた。
だがフィーは気付くのが遅かった。兵士たちが放った何十という矢は、少年の上に雨のように降ってきた。矢が降り注ぐと、一ノ門の上からは二度と矢が飛んでくることはなかった。