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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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覚悟

 約束通り、ユリウスは来た。アリシアたちは城壁の上から様子をうかがっていた。それは、早朝から、カスティーリャの軍事演習を見ることと同義になった。敵ながら惚れ惚れする布陣だった。絶望を通り越して、諦観するほどだ。クレマンが苦笑した。

「こんなの、勝てるわけないじゃん」

 一番大きくて煌びやかな軍旗が、軍隊の中央を突っ切ってこっちに来る。

「ユリウスが来たわね。じゃあ、行ってくるわ」

 虎口へ向かおうとしたアリシアへ、クレマンが不安げに訊いた。

「ねえ。上手くいくかなあ? 降伏した後、全員殺されるってことはなぁい?」

「ミチタカから聞いたけど、あいつは魔鉱石から精製された魔石が、城の何処かに隠されていると思っているらしいわ。魔石が何処に隠されているか知っているって言えば、すぐに殺されることはないはずよ。まったく、でかい図体して、ビビッてんじゃないわよ」

「頼むよ~アリシア~」

 クレマンは神に祈るように、アリシアに向かって手を組んだ。

 意を決してアリシアは一ノ門に向かった。交渉はアリシアの役目になった。しかし一ノ門の前に来ると、眉根を寄せた。槍を持ったイリスが居たからだ。戦闘準備万端の格好だった。

「戦いはないわよ。降伏の交渉は私がする。あんたの出番はないわ」

「ミチタカ 守りたい」

「……勝手にしなさい。でも私の邪魔はしないで」

 アリシアは門に手をかけた。そこで彼女は、イリスに向かって何か言おうとした。だが……

「ごめんなさい」

 唐突にイリスから言われ、アリシアは息を呑んだ。心の内から何かがあふれ出そうになったが、必死でこらえた。たゆたう己の心をイリスに悟らせまいと、静かに深呼吸をした。

 そして一ノ門が開門した。

 布陣を終えた軍隊の先頭に、騎乗したユリウスが颯爽と待ち構えていた。彼の後ろには敢然と軍旗が翻っている。アリシアとイリスの姿を見たユリウスは微笑んだ。

「今日はまた、可愛いお出迎えだね。では、軍師殿を呼んでもらえるかな?」

「今日の交渉役は私よ」

「……どういうことかな? 軍師殿にも逃げられたのかな?」

「そうじゃないわ。ちょっと風邪を引いただけよ……」

「……風邪ねえ」

 ユリウスは薄く笑って二人を見据えた。まるで全てを見透かしているようだった。穏やかな口調なのに、アリシアは足が震えた。緊張していたし、何より経験から裏付けされたユリウスの重厚な凄味に気圧されていた。彼女は下腹部に力を入れて言った。

「でもミチタカから交渉内容は聞いているから、問題ないわ」

「そうかい、それで?」

 アリシアは躊躇うように少し間を置き、そして言った。

「……降伏するわ。この城に隠してある魔石の場所も全部教えてあげる。その代わり、私たちの身の安全と、食料と霊薬を分けてもらうのが条件よ」

「ほお……」

 ユリウスは微笑し、そのまま黙った。彼女たちの様子を探っているようであり、思考をめぐらせているようであり、また何も考えていないようにも見えた。

 アリシアは思わず身構えた。ユリウスでなくても、ミチタカが重傷だと勘づいたらすぐに総攻撃をかけてくるだろう。

「どうしたの? 戦うっていうなら、死ぬ前に魔石を全部壊すわよ」

「ふふふ……必死になって可愛いね。まあいい、大体わかったよ。それで、そちらの条件はそれだけでいいのかな?」

「それだけって……何があるっていうのよ」

「では、こちらの条件を言おう」

「え……?」

 想像もしていなかった言葉だった。城を明け渡せばとりあえず満足すると思っていたからだ。むしろ、有無を言わさずいきなり攻めてくるのではと、そればかり考えていた。ところが向こうが新たに条件を突き付けてきた。

「二日前、この街道の先で検問をしていた私の兵が五人殺された。いずれも若くて将来性のある兵たちばかりだ」

「それと何の関係が……」

 ハッとアリシアは気づいた。イリスが出ていって、フィーに連れられて戻ってきたとき、おびただしい返り血を浴びていたことを。

「亡くなった兵の慰霊に、そちらのお嬢さんの身柄の引き渡しを求めたい」

「それは……」

 アリシアが返答に窮していると、イリスは槍を地面に突き刺して、前に出た。

「それを つかって」

 イリスはアリシアに向かって自分の首を指さした。

「ミチタカを たすけて」

「あんたさっき“ミチタカを守りたい”って言ったの、自分が犠牲になるって意味……?」

 イリスの覚悟に、アリシアは唇が震えた。

「できれば、生きたまま譲ってほしいんだけど……」

 ユリウスが口をはさんだ。

「まあ、一息で死なせてやるのが、せめてもの慈悲かな。それにこれはこれで見ものだし。さあ、アリシア嬢、君の友人は覚悟を決めているようだよ。君の覚悟も見せてもらおうかな。そこまでするのなら、私も約束は守るよ」

「……こいつは友人なんかじゃない」

 アリシアは槍を引き抜いて、穂先をイリスに向けた。

 イリスは目を瞑った。ほほ笑んでいるようにも見えた。

 人を殺したことなどないアリシアの手は振るえた。でも、こいつは奴隷で、魔族で、人間扱いされていないわけで、しかも大事な人を重篤にさせた張本人なんだから……だから殺せる! しかし力を入れても、手の震えは止まらなかった。むしろ全身に伝わっていくようだった。本当に人を殺せるのだろうか? いいえ、奴隷魔族は人じゃない。家畜のように扱われるもの。でも……でも……。葛藤を振り払うようにアリシアは叫んだ。

「こんな奴、殺してもなんともない!」

 アリシアはイリスに槍を投げ渡した。

「でも断る!」

 槍を受け取ったイリスは目を丸くしていた。

 一方、ユリウスは特に驚いた様子もなかった。そして淡々と言った。

「友達は殺せないか。情に流されるなど……君は、父上と同じ過ちをするんだね」

「うるさい! 友達なんかじゃない! 理由は、あんたが家族の仇で、大嫌いだからよ。それに、毒入りのパンを喰わせる奴の約束なんか信じられるか!」

「交渉決裂か……。判断や状況認知には少なからず感情というフィルターを通すものだ。しかしこれほど愚かな判断も珍しい。とはいえピエール、これで君の望んだ展開になったよ」

 するとユリウスの後ろから、カスティーリャの軍隊をかき分けるようにして、騎乗した男が現れた。ここの領主の執事、ピエールだった。

「彼女たちを城から引っ張り出してあげたんだ、これで勝てるのだろう? これまでの汚名を存分にそそぐといい。主の名誉のためにね」

「ははっ、ありがたき幸せ! このクソガキども、今日こそぶっ殺してやる! ヒヒヒヒヒ」

「……あー、ピエール君、城を落とそうと本気で考えているなら、彼女たちは生け捕りにした方がいいよ。城内に残った敵を誘い出しやすいから」

 忠告されたピエールは「エッヘヘヘヘ……」と気持ちの悪い照れ笑いを見せた。

 整然と並んでいたユリウスの兵士が中央で左右に分かれた。その奥からガラの悪そうな傭兵たちが現れた。ピエールの兵だった。数は百人くらいだろうか。

 アリシアはその様子を見ながら、ため息交じりに言った。

「ああ、あいつらやっぱり裏でつながってたのね。もう隠す気もないんだ」

「どうし て?」

 戸惑っているイリスをアリシアは睨んだ。

「私はね、あんたが死のうが殺されようが犯されようがどうでもいいのよ。ただ、ユリウスなんかに言われるがまま、子爵家令嬢のこの私が、処刑人のような真似なんかしたくなかっただけよ。勘違いしないで!」

「…………」

「それよりも手伝いなさい。あいつら軍隊だから、怪我のために霊薬を大量に持っているはずよ。それを奪えばミチタカを助けられる」

「…………うん」

 アリシアの言葉にイリスも腹が座ったようで、槍を構えた。


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