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廃城の七人  作者: 中遠 竜
23/33

相違

時間が少し遡ります。ミチタカが落ちたすぐ後からです。

                     ■


 夕闇の中、血だまりに横たわる四肢は動かなかった。血は今もミチタカの頭蓋から流れ、首はおかしな方向に曲がっている。半開きの口が滑稽に映るほど、事態の異常さと深刻さと、そして不可逆的な絶望感を彼ら五人に与えた。

 全員が震えて動きの取れない中、まず冷静に対処したのはフィーだった。彼は生き物の生き死にも、体の構造にも慣れていた。ミチタカの首の動脈に指を当てると、いつもは飄々としているその表情が凍り付いた。

「首の骨、折れてる……」

「いやぁっ………………」

 誰かの悲鳴が響いた。

「……………………………………い、生きているの?」

 恐る恐るアリシアが訊いた。

「息はしているけど……このままじゃヤバイ。血を止める布とかないの?」

「持ってきます!」

 駆け出したのはリズだった。しばらくして彼女が持ってきたのはアリシアのドレスや下着だった。フィーは躊躇いなく、それを出血が続くミチタカの頭部に押し当てた。自分の衣服が血に汚れても、アリシアは何も言わなかった。呆然として気づいてなかったのかもしれない。

 圧迫止血をしながらフィーは「部屋に運んだ方がいい」と言った。

 クレマンがドアをひとつ壊し、担架にした。

「首を動かさないように乗せるんだ」

 そう言ったのも、首を持ったのもフィーだった。

 ミチタカを板の上に乗せると、四人はゆっくり持ち上げて運び出した。

 そこへ、イリスが今にも倒れそうな足取りで近づいてくる。まるで自分自身の死体を見たかのような、青白い顔をして。

「オレ……オレは……」

 彼女の震える唇が動いた。

「あんたどきなさいよ!」

 アリシアが一喝すると、その場に崩れるように座り込んだ。動かなくなったその後姿は、泣いているようだった。

 ミチタカを三階まで運ぶのは難しいので、一階のクレマンが使っている部屋へ移動した。担架にした板を床に置くと、フィーが再びミチタカを触診した。明かりが欲しいと言うと、アリシアとリズがイェヒーオールの光を灯した。

「……頭の血は止まったみたい。でも脈が弱いし、息をしてるが不思議……。魔術で治せないの、アリシア?」

「……呪文を唱えて怪我や病気が治る魔術なんてないわ。そういうときは霊薬を使うんだけど……今は持ってないの……材料だってなくっ……て…………う……あああああ……」

 アリシアは突然嗚咽を漏らし始めた。手に灯っていた赤い魔力の光が消えた。続いてリズも泣きながら、アリシアの手を取った。二人はその場に座って泣き続けた。

 魔力の光が消えた室内は、暗闇に戻った。喪失感と虚無感がのしかかる。

「二人とも、あんまり騒がないで。首に振動が伝わると、まずい……と思う」

 フィーが遠慮がちに言った。

 どれぐらいの時間がたったのだろう。窓からは満天の星空が見える。二人の嗚咽がすすり泣く声に変わり、やがて背中で呼吸をするような緩やかな息遣いとなり、そして最後に深いため息がひとつ漏れた。

「あいつのせいで……あいつのせいでミチタカは……」

 アリシアがやおら立ち上がった。すぐにフィーが訊いた。

「何処に行くの?」

「あの魔族を殺してくる」

 リズが泣き腫らした目でアリシアを見つめた。クレマンも唖然として言葉を失った。

「……どうして殺さなきゃならないの?」

 訊いたのはフィーだった。彼は本当にわからないというように首を傾げた。

「どうしてですって?」

 アリシアは激高した。

「わかりきったことを訊かないでよ。あの魔族のせいでミチタカはこうなってんのよ。やっぱり奴隷魔族なんてろくでもない連中だったんだわ! 一緒にいていい奴らじゃないの!」

「でも、ミチタカはイリスを助けようとして……それで、落ちちゃったんだから……。ミチタカがせっかく助けたのに、それを殺しちゃったら、ミチタカ、困ると思うよ」

「そ、それでもあいつは魔族なのよっ、魔族は不吉なのっ、あいつがいたからミチタカはこうなってるのよ! このままだと私たちだってどうなるか……」

「そりゃ、イリスのせいかもしれないけど……でも、イリスを殺して済むわけじゃないし、意味がないんじゃないかな?」

「い、意味が無いって……」

「だって、そんなことをしてミチタカの怪我が治るの? 明日にでもユリウスが攻めてくるかもしれないのに、これ以上人を減らすのはまずいだろうし、その……ミチタカが言ってた……何ていうか……あれだ……」

 フィーはうーんと少し唸って、そのあと細めていた目をパッと見開くと言った。

「理論的じゃない……かな」

「……り、理論的……?」

「そう、頭を使って理論的に考えて動かないと、ってミチタカよく言ってた。そんでミチタカの言ってたことは大体正しかったと思うし、戦いにもいつも勝てた。それって理論的に考えていたからでしょ。で、この場合、イリスを殺すのは、理論的に良いと思えないんだ」

 そんなんじゃない。とアリシアが首を振った。

「理論とか、理屈じゃないのよ。このままじゃ気が収まらないって言ってんの!」

「だから殺すの?」

「そうよ!」

「……ゴメン、俺、頭が悪いから、アリシアの言うことがやっぱりよくわからないや」

 フィーは困ったように苦笑いした。

「ミチタカがこうなったのは辛いよ、こんなに辛いのは親父が死んだとき以来だ。それはわかる。でも、それでイリスを殺すのも、嫌うのも、おかしいと思うんだ」

「何で、何でわからないのよ! あいつは奴隷魔族だって言ってるでしょ。奴隷なの、魔族っていう卑しい生き物なの、不吉なの。いい加減わかりなさいよ、バカ!」

 半狂乱のアリシアに、フィーも口をつぐんだ。するとリズが「お嬢様」と、たしなめるように声をかけた。

「街の人たちは、変なことを言うんだね」

 フィーがおもむろに言った。

「王子とか貴族とか魔族とか奴隷とか、細かいとこで区別するのが好きな人たちなんだな。それで威張り散らしたり、命令したり、何もしなくても飯が食えたり……リズやクレマンも避けるようになるんだし……。難しくてよくわからないや」

「な、何よそれ?」

「山はもっと簡単だったよ。獲物の命は、すべて同じひとつの命だって親父に教わった。シカでもヤギでもトリでも。違いは味と毛皮の使い道くらいかな。でも、人間は違うのかな? 街では、人の命の重さが違うの? アリシアとイリスじゃあ、命の重さが違うの?」

「……!」

 クレマンが下唇を噛んで、うつむいた。

「ニコラスが出ていったのも、王子は俺たちと命の重さが違うからかな?」

「ど、どうして急にニセ王子のことなんか……」

「……ずっと考えていたんだ、ニコラスが出ていったこと。アリシアがイリスを嫌うように、ニコラスも俺たちを嫌って出ていったのかな、って思った。王子は偉いから、俺たちとは一緒に居れないってこと? 俺は……仲間だと思っていたのに……。前にミチタカが、一緒に戦う奴らは仲間だって、教えてくれたんだ……。でも、ニコラスは俺たちを仲間だと思っていなかったってこと? どうなの、アリシア?」

「……わ、私の……私のせいだっていうの? ニセ王子が出ていったのも、ミチタカがこうなったのも、全部私のせいだって言いたいの? あんたはっ!」

「……違うよ、この中で一番頭がいいのはアリシアでしょ。頭がいい人は、難しいことに何でも答えてくれるじゃないか。ミチタカはいつもわかりやすく教えてくれた。だからだよ。ねえ、教えてよアリシア」

「えぇ……は……ハァ、ハァ……」

 アリシアの呼吸が徐々に荒くなっていった。

「ニコラスは、どうして出ていったの? もう戻ってこないのかな? イリスは、俺たちと何が違うの? どうして嫌わなきゃいけないの?」

「それは……だって……だって……ハァ、ハァ……あいつは魔族で……ハァ、ハァ……」

「アリシアでも答えられないことなの? 仲間を作って生きていくのは、難しいことなんだ……。だったら俺は、山でひとりで生きていた方がいいかなぁ。ねえ、どう思う?」

「ええ? ハァ、ハァ……うう……」

「イリスのことを仲間だと思っていないなら、もしかして俺のことも、仲間じゃないと思っていたりするの? エルフだからって理由で……」

「そ、それ……はっ……ハァ、ハァ……」

 アリシアは一歩、二歩と後退した。過呼吸で口を動かしても、上手く言葉にならなかった。彼女は乱れた呼吸を整えようとすることで、精一杯だった。

「そんなことありません! みんな、みんな仲間です!」

 声を上げたのはリズだった。絞り出すようなかすれ声だった。

「ニコラスさんもイリスさんも仲間です、友達です。そうですよね、お嬢様」

 リズの問いかけに、アリシアは呆けたように「え……?」と返事をした。

「お嬢様!」

 リズが大声を上げて睨んだ。アリシアが弾かれたように硬直した。リズの凄みにフィーもクレマンも呆気にとられた。リズの双眸から涙があふれ出す。

「ニコラスさん、馬車に閉じこもっていたお嬢様の様子を、毎日私に訊いてたんです。あんな態度でしたけど、お嬢様のこと気にされていたんじゃないですか!」

「…………」

 やがてアリシアは青白い顔で、何も言わず部屋を出て行った。

 だが、廊下に出たところで、彼女は息を呑み立ち止まった。そこには膝を抱えて座り込んでいるイリスがいたからだ。頬は涙にぬれている。

 無表情だったアリシアだが、やがて苦虫を噛み潰したような顔になっていった。ギリリと奥歯をかみしめると、真っ暗な廊下を荒々しい足取りで去っていった。


 誰もが眠れない夜になった。喪失感と倦怠感の中で、失ったものの大きさを実感していた。それは時間が経つにつれ増した。ミチタカが重体というだけでなく、自分たちの置かれている絶望的状況と事態の深刻さに、気持ちはさらに沈んでいった。

 ユリウスが明後日には来るのだ。そのとき、戦いの指示を出す人はいない。ミチタカなら何とかしてくれるという万能感は消え、不安と恐怖が巨大な壁のように迫ってくる。そして、自分たちだけでは何もできないという無力感にさいなまれていた。鬼胎に囚われ、全員が思考停止になっていた。それまで夜は、城中に篝火を焚いていたのに、今夜はひとつの灯もなかった。城が機能不全に陥ったとわかるのに、十分な証拠だった。

 当然ユリウスは、その様子を見張らせていた。報告を聞き、自分の策が順調に進んでいることを確信した。


アリシアとフィーの価値観の違いです。言ってもわかりあえないはありますよね。

ただこの言い合いがチープなものになっていないか、悩んでいるところです。意見や感想お願いします。

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