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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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魔女

 太陽が傾くと、居館の中はすぐに暗くなる。外にはまだ明るさが残っていてもだ。松の木を細く切って火をつけ、ろうそく代わりにした。松は油脂を多く含んでいるので長い時間、明るく燃える。ニオイもオマケでついてくるけど。

 居館の長テーブルには、リズが作ったスープとパンが乗っている。中央の席にはニコラスがふんぞり返って座っている。イリス、クレマン、フィーも席についていた。

「諸君、宴だ。存分に食べて疲れを癒すがよい!」

 お前が作った料理じゃないだろ。

「いただきます、リズ」

「どうぞ」

 栗色の髪をおさげにしたメイドが微笑んだ。何だろう、この癒し。

「君も座りなよ、一緒に食べよう」

 俺はリズに、クレマンの隣の席を勧めた。

「いえ、これからメインのドバトの料理を持ってきますので」

 フィーが射ったドバトだ。

「焦げるわけじゃないんだろ。仲間なんだし、一緒に食べよう」

「……」

 躊躇っている。この子は根っからの使用人らしい。

「ニコラス王子、いいだろ」

 うん? とニコラスは聞き返した。この王子、とても王族とは思えない食い方をしている。皿の周りはスープで汚れているし、バケットは千切らず大口で頬張っているからパンカスを撒き散らしている。それでも一応かしこまって言った。

「リズ、お前も座って一緒に食べるがいい」

「王子様の言うことは聞いておきなよ」

「で、では……先にアリシア様のお食事を持って行ってから……」

「……あいつ、まだ馬車の中で? さっきは一緒に勝ち鬨あげてたのにな」

「貴族様は平民と一緒に食べないってやつ? 相変わらずだよね~」

 クレマンがバケットを頬張りながら言った。

「でも貴族より偉い王子は僕たちと一緒に食べているよねぇ?」

 猫のようにスープをすすっていたニコラスが手を止めて、全員を見た。

「あ、あれだ……支配者たるもの、民の暮らしというものも知っておこうかと……」

「バカじゃないの? バカ王子」

 声の主に全員が驚いた。アリシアだった。彼女は俺の横の椅子に座った。そしてリズを見る。リズは、弾かれたように動いてスープを持ってきた。

「そういや、あんたも一緒に食べるって言ってたけみたいだけど」

「す、すいません。お嬢様と食卓を一緒にするなんて、私がそんなこと……」

「早く自分の分も持ってきて、食べなさいよ」

「………………」

「何よ、みんなして私を見て……」

 するとフィーが口を開いた

「これって、アレ? ミチタカが前言ってた、デレたってやつ?」

「か、勘違いしないでよね」

 アリシアが顔を赤くした。


 アリシアは北の山脈を越えた先の国の出身で、爵位持ちの貴族だったそうだ。

 ただ、領地は隣国との国境近くにあった。そして半年ほど前、カスティーリャという大国に攻められ、国内で真っ先に戦うことになったらしい。カスティーリャは兵数も物資も桁違いで、領地は瞬く間に征服され、アリシアは危ういところで居城を脱出したという。

 その後の逃避行も命からがらだったらしい。敵の追撃から逃げているうちに家族は散り散りになり、山を越え、ここまで落ち延びてきたそうだ。その際、召使は一人離れ、二人離れ、残ったのは屋根つきの馬車とそれを引く馬が二頭、そしてメイド一人だけだったという。そのメイドがリズというわけだ。

 彼女たちはその日の寝床として、廃城へ立ち寄った。ただし、城には先客がいた。可笑しな自称王子と、二人の傭兵だ。

 その後、俺とフィーがこの城にやってきたわけだが、そのときのアリシアは取り付く島もない状態だった。

 戦争によって家を奪われ、領地を無くし、家族は生死が知れない。貴族の優雅な日常から、その日の食べ物にも困る乞食のような生活に叩き落されたのだ。心がすさんでも仕方がない。

 平民となんか口を利きたくない、廃城の埃が汚い、と言って馬車の中に引きこもっていた。

 イリス、クレマン、フィーが山野の獣を狩って、それをリズが料理する。そんな食料事情だったわけだが、アリシアは何もしないし、礼も言わない。顔も見せないのでみんなの心象はよくなかった。


 そんなときにピエールが初めてやってきた。三人の従者と共にいきなり“邪魔だ、明日までに出て行け”と怒鳴った。しかも俺たちのことを汚らしい乞食のガキどもと言った。交渉する気のない傲慢な態度に、全員が憤慨した。ピエールの要求は無視すると、満場一致で決まった。

 翌日、宣言どおり再びピエールがやってきた。相変わらずの威圧的な態度に、ニコラスが罵声を浴びせた。自分はボロボン王朝の末裔であり、城は自分の領土とした。卑しい小領主の戯言など聞く謂れはないと。続けて領主の周辺国での悪評や、領民がこんな悪口を言っていたと捲くし立てた。さらに自分の方がよっぽどいい善政を敷けるので、領地を明け渡せとまで。ピエールは顔を真っ赤にして、ニコラスに悪口を言い返した。子供のケンカみたいだった。けど戦国時代のいくさも、言葉合戦という悪口から始まったっていうしな……。

 するとピエールの従者の一人が弓を射掛けてきた。矢はわずかにれて城壁に当たった。ニコラスは怯んだようだったが、フィーがすぐさま射返した。矢は弓を射った従者の腕を射抜いた。それを見てニコラスが気を持ち直したようで、ざまあみろと言い放った。後は醜い罵詈雑言と石の投げ合いが続いた。小一時間くらいして、ピエールは去っていった。

「まずいな……」

 従者の血で地面が染まっている。傭兵の二人も険しい顔をしていた。このままだと間違いなく大勢つれて、仕返しに来るだろう。

 するとフィーが申し訳なさそうに訊いた。

「射ってきたから、やり返しただけだけど。ダメだった?」

「そんなことはないぞ」

 ニコラスが声高に言った。

「どんな理由があれ、最初に射掛けてきたのはむこうだ。お前は防衛手段を使ったにすぎん。ゆえに俺たちに非はない。むしろ、このニコラス王子を護ったことを褒めてつかわす!」

 フィーはうんうんと納得していた。ニコラスがどういう生まれかは知らないが、口から生まれてきたのは確かなようだ、良くも悪くも。

 それに考えてみれば、遅かれ早かれ避けられない衝突だった。フィーを気落ちさせなかったニコラスは、ナイス・フォローだ。天然だろうけど。

 ただしこの後、危機感を持っていたのは俺とイリスとクレマンだけだった。

 ニコラスは楽天的で、リズは説明してもよくわかっていないようだった。

 そしてアリシアは馬車の中で引きこもり中。

 だから領主が攻めて来た場合についての準備は、三人で進めることにした。責任を感じたのか、フィーも途中でこの準備に加わった。

 ピエールは二日後に兵を集めて来た。兵といっても農兵が二十人ばかり。

 こっちはところどころ穴の空いていた一ノ門を補修し、裏側に岩や木材を立てかけて、守りを固めておいた。俺たち六人は城壁の上から、門に近づく農兵に石を投げつけた。他にも熱湯や燃え尽きたばかりの灰なども。

 六人対二十人、大きなケンカで、小さな小競り合いだ。戦略というほど、大層なものができるわけじゃない。味方は出会ったばかりで、連携が取れるわけでもない。それで単純なこのやり方にした。

 でも結構効果はあったようで、農兵たちは尻ごみした。すると斧を持った男が出てきた。城門を壊す気だ。簡単に破られることはないが、周りが盾を持って石つぶてを防ぎながら粘られるとまずい。早々に弓で斧を持った男の腕を射抜くべきか? それとも一気にピエールを狙うか……。

 考えていると悲鳴が聞こえた。振り返って見たのは、城壁を滑り落ちていくリズだった。石の補給をしていたはずだったが、足を滑らせたようだ。

 うつ伏せに地面へ落下すると、ピエールの農兵が彼女に群がった。まるで角砂糖に群がるアリみたいに。男たちによって、羽交い絞めにされ、メイド服が破られていく。

 咄嗟のことに何もできない俺の横を、小さな黒い影が城壁を飛び降りていった。イリスだった。彼女はリズに馬乗りになっていた男を槍で斬り付け、蹴飛ばして引き剥がした。さらに数人の手足を斬って怯ませた。

 だが多勢に無勢、彼女も城門の前に追い詰められた。二人は十人ほどに囲まれている。イリスでもリズを連れて突破するのは難しいはずだ。加えて人質にされたらもう打つ手がない。

 飛び降りて加勢するか? だが飛び降りた後どうする? 敵全員を殺すつもりで突撃を掛けるか? だが人数はこっちの方が少ない。逃げるのがベストだ。だが逃げる算段は? 逃げ場所は? 現状この廃城の中しかない。城の門を開けないと逃げられないが、門を開けるにも時間がかかる。城門の裏に岩なんかを置いて簡単に開けられないようにしたのが裏目に出た。

 突破口が見つからず逡巡していると、突然目の前で炎が舞った。イリスとリズを囲んでいた農兵たちが、炎を受けて距離をとった。俺の横には、引きこもっていたアリシアが仁王立ちして、炎の魔術を繰り出している。

「男がこれだけいて、女の子の一人や二人助けだせないなんて、情けないわね」

 嫌味を言うと、さらに魔術でピエールたちを攻撃した。チャンスと見てイリスが周囲の農兵を叩き伏せ、フィーが弓矢でピエールを狙って射掛けた。形勢は再び逆転し、ピエールたちは逃げ出した。俺とクレマンは急いで城門を開けに行った。イリスとリズを回収するために。

 こうして初陣は何とか勝てた。

「す、すいません……私、迷惑かけて……」

 服はビリビリで、髪もボサボサのリズが掠れた声でいった。しかしアリシアを見ると、気丈に振舞っていたリズがいきなり泣き出した。

「ご、ごめんな……さい、お嬢様……ごめんなさ……」

 するとアリシアは、いきなりリズの頬を平手で張った。そしてリズを抱きしめて、アリシアも号泣しだした。二人は一緒に、そのまま崩れるように膝をついた。

「私を残して、いなくならないでよ、ばかぁ……。もうあなたしか、いないんだから、あたしには、もうあなたしか……うああぁぁぁぁ……」

 俺たちはもう黙って見ているしかなかった。

 それからアリシアも戦いに参加するようになった。後から聞いたが、馬車の中からでも外の会話は聞こえていたらしい。だから領主がここを明け渡せと言っていることも、俺たちが戦おうとしていることも、それにリズが協力していることも、全部知っていたようだ。だからタイミングよく助けに来てくれたらしい。

 ただし、その後も食事はずっと馬車でしていた。


 ドバトの香草焼きが出てきた。本当にリズは料理が上手い。みんな行儀悪く手づかみで頬張った。ただ一人、上品にナイフとフォークで食べているアリシアを、ニコラスとクレマンがニヤニヤと笑って見ている。彼女はキッと睨んだ。

「何よ?」

「いや~、深窓の令嬢がみんなと食事なんて、珍しいなあと思って」

「フフフ、気にすることはないぞ、アリシア嬢。宴には花がある方がいい。そして今日の戦での魔術は見事だった。疲れを癒し、またこのニコラスのために戦ってくれ!」

 アリシアがジト目でニコラスを見た。

「あんたのために戦ったわけじゃないわよ。てか、あんた本当に王族なの?」

「ど、どういう意味だ?」

 ニコラスが顔色を変えた。

「従者もいないし、食べ方汚いし、魔術も使えないじゃない」

「魔術って、王様や貴族しか使えないものなの?」

 フィーが首を傾げた。

「それなりの身分か、あるいは没落していても歴史のある家系ならね。王族や貴族以外にも、祭司や商人の中にも使える人はいるわよ。魔術の中には、その一族だけで秘伝にされているものもあるわ。ニコラス、あんたボロボン朝の末裔とか言ってたわね、ボロボンは土の魔術に特化していたはずよ。使ってみてくれない?」

「んな、ん……いや……」

 ビッグマウスのニコラスが珍しく言葉に窮している。

「あ、あれだ……お、俺は……父上が、俺が産まれる前に、母上と別れて……だな、その……」

「使えないの? じゃ、やっぱり王子じゃないの?」

「お、教えてもらっていないだけだ。だがこれを見ろ。ボロボン朝の紋章が刻まれしメダル、そしてこのマント! 父上が別れ際、母上に託していったもの……」

「その父親の名前は?」

「んんっ?」

「だから父親の名前。ボロボン王朝は傍流も含めたら相当な数になるけど、ミドルネームで派生した家系がわかるから、教えてよ」

「ち、父上の名前は……その……」

「親の名前でしょ? しかも王族なんでしょ?」

「う……」

「ちなみに領地は何処だったの? ここの廃城、先祖のものだったって言ってたけど、その先祖は誰?」

 辛辣だな。これが引きこもっていない、本来のアリシアなのか。

「王子を疑うとは無礼な! せっかくの宴がおまえのせいで台無しだ! 不愉快だ!」

 ニコラスは大声で吐き捨てると、大股で食堂を出て行った。

 するとフィーが口を開いた。

「よくわからないけど、ニコラスって王子じゃないの?」

「ボロボンって百年近く前に滅んだ王朝よ。貧乏貴族として細々と生きている子孫はいるけど……でも有名だから、ボロボンの末裔を語る詐欺師も多いのよ。王国が滅んだとき、王墓の盗掘がけっこうあったらしいわ。遺品がかなり出回ったし、あのメダルも何処まで本当か……」

「じゃあ、王子ってのは嘘? 僕、王子と一緒に戦ってるって、すごく誇らしかったんだけど」

「クレマン、あんたも信じてたの? あからさまに嘘っぽいじゃない。ミチタカ、どう?」

 正直ブラフだと思ってた。でも……

「万が一ってこともあるからな。それに、嘘をついているのはニコラスじゃないのかも」

 クレマンとフィーが首を傾げた。思い至ったのはアリシアだけだったようだ。

「母親が?」

「あー…!」

 他の四人が一斉に頷いた。

「あるいはその母親だって騙されていたのかもしれない。だとしたらあんまり突っつかない方がいい。誰にだって触れられてほしくない部分はあるんじゃないか? こんな廃城に集まった連中なんだから、尚更だろ」

 沈黙。少し空気が重くなった気がした。俺は食べ終わったドバトの骨を皿に戻して訊いた。

「ところでアリシア、相談があるんだけど」

「何よ?」

「魔術って俺たち平民は覚えられないのか?」

「え?」

 全員が驚いて俺を見た。

「もし魔術を使える人間が増えたら大きな戦力になるし、城の防衛がもっと楽になるだろ」

「だ、ダメダメ、駄目よ、そんなの!」

「どうして?」

「魔術はその家を象徴するもので、門外不出なの。簡単に見せるものじゃないし、争いで使うなんて、下品で野蛮な行為なのよ。もし戦争で魔術師がいたら、そいつははぐれ者か、落ちぶれ貴族で…………うっ……」

 アリシアは何かに気付いたようだ。頭を抱えて俯いてしまった。

「貴族の生まれじゃないと、魔術は覚えられないのか?」

 うな垂れたままアリシアは首を振った。

「じゃあ、教えてくれないか?」

「……し、仕方ないわね。ただし、あんたたち字は読める?」

「ん?」


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