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廃城の七人  作者: 中遠 竜
19/33

灼けつくほど乾いた日に

 肌がヒリつくような乾いた空だった。晴れ渡った中、城内は眠ったように静かだ。この間まで地底を探索したり、戦いの準備をして騒がしくしていたのが嘘みたいだ。

 俺はフィーがいつもいる塔に上った。眼下に見える街道の先をずっと眺めた。二人が戻ってくるのを、そこでじっと待った。しかしなかなか帰ってこない。

 イリス、どこまで行ったんだ? フィーはイリスに会えたのか? もしかして二人とも捕まったとか? 出来れば、今すぐ飛び出して、二人を捜しに行きたかった。でも俺はここを動けない。ひたすら待つしかない。ただ待つだけってのは辛いものだ。こうしていると、悪いことしか思い浮かばない……。

 床に座って空を見上げた。焦燥感に駆られた気持ちには不似合いなほど、澄み渡った青空だった。それがまた、不安を募らせた。

 いつの間にか眠っていた。それに気づいたのは、感知結界に反応があったからだ。俺は飛び起きた。西の山間やまあいに日が沈んでいる。山間部は太陽が隠れても夕暮れ時が長い。どれくらい寝ていたのだろう。

 一ノ門に二人いるのがわかる。塔を駆け下りて、走った。

 フィーと、アーマープレートを血まみれにしたイリスが、そこにいた。フィーに手を引かれているイリスは、魂が抜けたように虚ろな目をしていた。

「敵の兵隊と戦ったんだ。全部返り血だよ。俺たちは怪我してない」

 フィーの言葉でおおよそ理解できた。街道はユリウスの兵で封鎖されているのだ。出ていこうとしても、逃げ道がなくて、戻ってきたというところか。

「そうか……フィー、ありがとう。よくイリスを連れ戻してくれたな。二人とも休んでくれ」

「うん」

 フィーは相変わらずひょうひょうと頷いた。

 とりあえず二人を俺の部屋に迎えた。桶に水を入れ、布切れをイリスに渡した。

「それで血糊を拭いた方がいい」

 彼女は疲れ切った様子で、無言のまま受け取った。

「お腹すいたぁ!」

 フィーのこういう空気を読まないところが、今は救いだ。俺は少し笑ってしまった。

「わかった、リズに聞いてこよう。フィーはイリスの面倒見ていてくれ」

 食堂に行き、リズから干し肉とスープを分けてもらった。

「あの人、戻ってきたんですか?」

 食堂を出る時、リズに訊かれた。

「あの人、ってのはイリスのことか?」

 訊き返すと彼女は黙ってしまった。目が泳いでいた。俺も無言で引き揚げた。

 リズの言い回しに、うすら寒いものを感じた。

 それでも俺はまだ、話せば説き伏せられると思っていた。みんなで次の戦いに備えられると。

 しかし、甘かった。処刑場に連れてこられても、災害か何かが起こって命が助かると、自分に都合の良いことを妄想する死刑囚のようだったのかもしれない。

「ミチタカ!」

 部屋に入る直前で声をかけられた。振り向くとアリシアがいた。その両隣には、クレマンとリズも。

「奴隷魔族が戻ってきたんですって?」

「……イリスだろ。何か問題があるのか?」

「おおありよ。魔族となんか一緒に居られないわ」

「どうしろってんだ。出て行けっていうのか? 街道はユリウスの兵が見張っていて、アリの子一匹通れやしないんだぞ」

「だったら洞窟にでも閉じ込めておきなさいよ。この建物の中で一緒にっていうのは、絶対に嫌なの!」

「そこまでする必要はないだろ。一緒に戦ってきた仲間に、そんな仕打ちができるか!」

「仲間じゃないわ、魔族よ、奴隷よ」

「お前……」

 俺はこぶしを握った。しかしそこで「どうしたの?」という声が後ろからした。フィーが部屋から顔をのぞかせていた。俺たちの話し声が聞こえていたようだ。

 するとアリシアの敵意は、フィーにも向かった。

「フィー、あんたがあの魔族を連れ戻したの? 何でそんなことをしたのよ!」

「よせ、フィーを責めるな。頼んだのは俺だ」

「わかってるのフィー、あんたが連れ戻したのは奴隷魔族よ。一緒にいていい相手じゃないの!」

「やめろ! 何でそんな風に言うんだ! イリスは仲間だし、それにお前だって毒から命を救ってもらっただろ」

 アリシアが俺を睨んだ。思わず息を呑んだ。鬼の形相ってのは、こういうのだろうか。少なくとも、俺はそう思った。

「ミチタカ、あんた、やけに肩を持つじゃない。もしかして……そういう関係なの?」

躊躇いがちに、くぐもった声で訊いてきた。

「……何のことだ?」

「奴隷魔族の女はね、権力者に身体を差し出して、取り入ろうとすることもあるのよ。あいつら、寿命は短くなるけど、体は若いままで生きられるらしいから……」

 アリシアは赤い顔で言った。

「そうすれば衣食住は保証されるし、身も守られるし、身分を隠したり買うこともできるからね。そういう卑しいことをして、生き伸びてきた奴らなのよ。私たち女からしたら、そんなのと同じ屋根の下に居るなんて、冗談でも願い下げなの。もちろん奴隷魔族を囲ってるパトロンだってサイテーのクズよ。当然だけど、パトロンが死んだら、本妻に酷い目にあわされるのよ。仕方ないわよね、魔族なんだから」

 話を聞いていたら、流石に俺も切れそうになった。

「おいっ、いい加減にし……っ」

「あんただって、心当たりがあるんじゃないの? あの女が色目を使ってきたことない? 裸で迫ってきたりとか……?」

 アリシアの詮索に、俺は言葉を詰まらせた。

「最近、やたらと二人でいたのは知ってるのよ。あの魔族は、あなたをここのリーダーだと思って迫ってきたんじゃない?」

「……」

「どうなの? 無いなら無いってハッキリ言いなさいよ!」

「それは……」

「……言えないってことは、やっぱりそういうことを……」

「ミチタカぁっ、そうなのぉっ?」

 突然、クレマンがしゃくりあげるような声で叫んだ。涙目だった。

「姐さんと……し、したのぉ?」

「し、してない!」俺は必死に首を振った「クレマンまで何を言い出すんだよ!」

「不潔……」

 それは小さな声だったのに、全員が黙り込んだため、やたらと響いた。リズが漏らした一言は、波のない水面に広がる、ひとつの波紋のようだった。激しくはないし、荒れ狂うわけでもない。しかし広がるにつれ、徐々に高さを増していく津波のように、俺の心の何かを踏みにじっていった。凍り付くほどの静けさに、気持ちが悪くなった。そして三人の視線にも……。

 そうか、これがイリスの受けてきた境遇なんだ。イリスがどういう気持ちで、身の上を隠してきたのかがわかった。どういう覚悟で、秘密を守ってもらう代わりに、俺に身を預けてきたのかも。今ならわかる。

 俺は深呼吸して言った。

「軽蔑するなら勝手にしろ」

 三人が驚いた顔をした。俺がイリスと寝たことを肯定したと思ったのかもしれない。だが、そんなことを言いたいんじゃない。

「俺にとってイリスは……大事な仲間だ。魔族だろうと何だろうと、ここまで一緒に命をかけて戦ってきた戦友を、そんなことで差別できるか! それにお前らだって、何度もイリスにピンチを助けてもらったじゃないか。それが魔族ってだけで、何でそんな簡単に掌返せるんだよ。そっちの方が信じられねえよ」

 アリシアの顔色が変わっているのがわかった。でも俺は話し続けた。

「それから、生まれでイリスを軽蔑する理由があるなら、俺だって異世界人だ。どこの馬の骨ともわからないのは一緒だろ。気味悪くないのか? 何か違いがあるのか? それに、この城を守るのにイリスは必要だし、あいつだって最後まで俺が守る」

 するとアリシアが俺の前にきて、首の下から睨んできた。

「嫌だと言ったら?」

「……言わせない」

 睨み合ったまま、長い沈黙が訪れた。

 いつもなら折衷案を出してやり過ごしてきたが、ここは譲れなかった。感知結界で知っていたのだ、イリスが部屋の扉のすぐ後ろで聞き耳を立てているのを。彼女を見捨てるわけにはいかない。

 するとイリスが扉から離れ、窓の方へ歩いていくのがわかった。ここは三階だ。

その瞬間、一気に金縛りが解け、俺は彼女を追っていた。

 部屋の中を見ると、イリスが窓際に立っていた。いつもは無表情なその唇が、わずかに笑った。初めて見る笑顔がそんなのであってたまるか!

 俺は全力で駆け出した。後ろへ倒れるイリス、まるでスローモーションのようだった。あるいは本当に魔術で時間を操っていたのかもしれない。上半身が全部外に出たところで、俺は辛うじてイリスの腕を掴んだ。間髪入れずに思い切り引っ張った。彼女の上半身が部屋に戻ってくる。しかしその反動で、今度は俺が窓の外に放り出された。

 重力を逆さまに感じた。あとは、頭蓋と首に感じる、鈍い衝撃……。誰の、悲鳴だ……?


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