表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃城の七人  作者: 中遠 竜
15/33

仲間割れ

 連邦の東征軍が帰っていく様子を、一ノ門の上から観察した。

 一万近い軍隊が、離岸流のように素早く退いていく。無駄なく、素早い撤退行動だった。そこから窺い知れる兵の練度に、血の気が引く思いがした。殿しんがりの警戒も厳しく、隙が無い。今後ろから不意打ちの襲撃をしても、きっと勝てないだろう。

 ユリウスとの交渉では白星をひとつ獲ったが、何も意味がないことがわかった。暗澹とした気分になった。

 そして居館に戻ると、案の定アリシアとニコラスが言い争っていた。皆が二人を囲んでいたが、誰も止められないようだ。

「同盟を結ぶべきだ! そうすれば連邦国の仲間だぞ、カスティーリャの援助を受けられるんだぞ。そうすれば食べ物に困ることはないし、こんな盗賊まがいの状況から抜け出して、連邦国兵士だ。ナイトになれる可能性だってある。大出世だろ!」

 そう言うニコラスに、アリシアは猛然と反論した。

「バカ言わないで! 私の家はあいつに滅ぼされたのよ。連邦の庇護の下で生きるなんて、そんな恥辱にまみれた生き方するくらいなら、死んだ方がましよ。刺し違えてでもユリウスを殺してやるわ!」

「出来るわけないだろ。あの人数と装備を見たか?」

「私とミチタカの魔術で何とかなるわよ!」

「じゃあ、百歩譲って倒せたとして、その後はどうするんだ? 相変わらず乞食みたいにここに住むのか? それよりも連邦国騎士になった方が安泰だろ。きれいな服を着れるし、美味いもの食えるし、川の水浴びじゃなくて広い風呂にだって入れるんだぜぇ」

「あんた王子じゃないの? プライドはないの?」

「うっ……それは……」

 ニコラスは助けを求めるように、俺を見た。すると先にアリシアが口を開いた。

「ミチタカ、さっきはよくもやってくれたわね。赦してほしかったら、死んでもユリウスを倒しなさい。異論は許さないわよ」

「悪かったよ。けどあのままユリウスを襲っていたら、即交戦だったからな。さすがに理由も知らないまま戦うのは勘弁してほしい。俺はカスティーリャのことも、ユリウスのことも全然知らないんだ。だから聞いておきたい、ユリウスってのは何もんだ?」

 アリシアは肩を怒らせたまま話し始めた。

「元々は下級貴族出身の士官らしいわ。でも十年前の初陣から連戦連勝……。相当頭が切れるらしくて、稀代の軍略家って呼ばれてる。カスティーリャの領地を過去最大に広げた第一の立役者で、周辺国にも名前は知れ渡っているわ。将来は最高議長だろうって言われてて、そして……今代の覚者……」

「覚者? 大悟したっていう魔術師? 髪は緑じゃなくて金髪だったけどな」

「古い言い伝えなんてそんなものよ。でも間違いなく、現代最強の魔術師……だと思う」

 頭に血は登っていても、力量が測れないわけじゃないようだ。

「だったら戦うことがどれだけ無謀かわかるだろ。ユリウスの魔力は桁違いだ。俺とアリシア二人がかりでも、奴のマントを焦がすことも無理だろう」

「じゃあ、ミチタカもカスティーリャとの同盟に賛成なんだな」

 ニコラスが嬉々として言った。

「やはりミチタカは頭がいいな。これで連邦のお墨付きで城主と言えるんだ。もう不法占拠と言われずに済むぞ。そしてこれこそが全員が生き延びる道だ。死ぬと決まっていて戦うなんて、バカとしか思えん」

「カスティーリャに媚びへつらって生き延びるなんて、臆病者のすることよ。ミチタカはこんな腰抜けとは違うわよね? あなた、軍師でしょ。今までみたいに、ユリウスを出し抜く策ぐらい考えてよ」

 二人に詰め寄られた。どうする? ただその前に、戦力差は正確に分析するべきだ。でないと本当に死ぬことになる。

「うーん、ユリウスを出し抜く策か……悪いがどんなに知恵を絞っても、どんなに策をめぐらしても、これだけの兵力差があるとどうにもならないな。それにユリウス相手に出し抜くのも厳しい」

 ニコラスが勝ち誇った顔をする。アリシアは顔を赤くして、俺に激高した。

「何でそんなことを言うのよ! ミチタカなら一緒に戦ってくれると思っていたのに!」

「バカと心中はできないってことだろう」

「何ですって、バカ王子。あんた黙ってなさいよ!」

「待てよ二人とも、俺は戦力差を確認しただけで、まだ同盟を結ぶとは言っていないぞ」

「「え……」」

 俺は六人の仲間全員を見回してから言った。

「あと、ユリウスと話して感じたことがある。奴は、ピエールたちと裏でつながっているぞ」

「……!!」

「推測だがな。きっと同盟を結んでこの城に兵を入れたら、皆殺しにされる可能性もある」

 一刻の静寂の後、アリシアが早口でまくし立てる。

「ほら見なさい! ユリウスってのはそういう奴なのよ。あいつは軍略家って言われているけど、そうとう卑怯なことをしてきたって噂よ。裏切りや暗殺を平気でやる奴なのよ。同盟だなんて甘い言葉に引っかかって連邦兵を招き入れたら最後、全員殺されるに決まっているわ。そんな嘘も見抜けないで、連邦の騎士になれるって舞い上がっている奴は、バカよ、バーカ!」

 今度はニコラスが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「だったら軍師、どうするっていうんだ。同盟を結んだら死に、戦っても死ぬというなら、もうどうしようもないじゃないか」

「いいじゃない、これで決まったわ。同じ死ぬなら、あいつに一矢報いてからよ!」

「だから二人とも、早合点するな。まだ死ぬと決まったわけじゃない。それと、ここまで領主と戦い続けたのは、少なくとも死ぬためじゃない。皆、生き延びるために戦ってきたはずだ。だから最後まで生き残ることを考えるべきだ」

 アリシアとニコラスが一縷の望みにすがるような顔をした。

「勝つ方法があるのね、ミチタカ」

「上手くユリウスと交渉して、正式な城主になる方法があるんだな、軍師」

「いいや、逃げる!」

「「は……?」」

「当初の予定通りだろ。戦闘中に城に火をつけ、その混乱に乗じて抜け道から脱出する。これが一番生存確率が高い方法だ。ユリウスは三日後に来ると言っていた。そのときに決行す……」

「ふざけないで!」

 アリシアが叫んだ。

「この私に、親の仇を前に、尻尾巻いておめおめと逃げろっていうの? 冗談じゃないわ! 私はね、生きている意味がようやく分かったわ。あいつを殺すために、私はあの地獄から生き延びたのよ。それに抜け道はもう塞いだんでしょ。だったら戦うべきよ!」

「……………………」

「何よ、皆逃げるっていうの? ここには腰抜けと臆病者しかいないわけ? わかったわ、だったら私とリズだけでも最後まで戦うわ」

「え、私……も、ですか?」

「あんただって、私と同じでしょ。故郷を焼かれて、家族とも離れ離れで、悔しくないの?」

「あ……そ、それは……」

 リズも流石に困惑している。しかし主従とはいえ、これは理不尽だ。俺はアリシアに言った。

「落ち着けよ、アリシア。死んでどうする。生き別れたお姉さんや弟がいるんだろ。特に弟のこと、ずいぶん気にかけていたじゃないか。死んだら、二度と会えなくなるぞ。なあ、かたき討ちより、家族を捜すことの方が大事じゃないか……と、思うんだけど」

 するとアリシアは俺を睨んだ。

「その弟があいつに殺されたのよ!」

「!!」

「別々に逃げていたところを、あの子だけが捕まって……。お父様が最後まで降伏しなかったから、まだ戦争継続中だからって、それで処刑されたのよ。でも本当の理由は違う。弟の髪は少し緑がかっていた……魔術の才能もあった。きっと弟の将来を恐れたのよ。でもまだ八歳だった……。どんなに才能があっても、まだ甘ったれの、やんちゃで、でも優しい子だったのに……あいつは……。北の山を越える時、関所で首が晒されてて……」

 あとは言葉にならないようだった。馬車に引き籠るほど心神耗弱になっていたのも、理解できた。

 しかし、まずい。これは言い返しにくい内容だ。特にクレマンとかは、こういう話に弱そうだ。でも弟くんには悪いが、かたき討ちに参加するのは避けたい。情に流されて戦ったら、間違いなく全滅する。

「じゃあお前は俺たちに、会ったこともない弟の仇討ちのために、命をかけろっていうのか?」

 ニコラスがゆっくりと口を開いた。

「冗談じゃない。アリシア、弟のことは陳腐な言葉だが、かわいそうだと思う。涙を流したっていい。けど、お前の弟のことと、俺たちが生き延びることは別問題だ。俺にとっても生きるか死ぬかの問題なんだから、言わせてもらう。お前は顔も見たことのない人間のために、死ねるのか? 俺は死ぬ気なんかない。自分の復讐に周りを巻き込むな。ついでに俺は王子だ! お前の家来じゃない! 命令するな!」

「…………」

 ニコラスのやつ、俺の言いたいことを代わりに全部言ってくれた。しかも泥までかぶってくれた。本人にそのつもりはないだろうけど。

「あ、あんたなんか、あんたなんか、人でなしよ! ニセ王子のくせに!」

「泣くなバカ。それに、他人を自分のかたき討ちに利用しようとして、あまつさえ死ぬまで戦えと言っているお前こそ、人でなしじゃねえか!」

「あんたなんか大っ嫌いよ! 死ね!」

「お前こそ一人で戦ってユリウスに殺されろ!」

 壮絶な泥仕合になった。本当に反りの合わない二人だ。アリシアは咽び泣いているし、他の四人は皆引いている。仕方なく、俺は声をかけた。

「ニコラス……」

「何だ軍師、女を泣かすな、なんてぬるいことを言うんじゃないだろうな?」

「いいや、俺もお前の方が正しいと思う。けど……正しさだけじゃ、割り切れないし、救えない問題もある。そうだろ?」

「じゃあ、どうするんだ?」

 俺は全員をゆっくりと見回してから言った。

「自分の身の振り方は、自分で決める、でどうだ?」

「……どういうことだ?」

「俺たちは産まれも育ちも、受けてきた教育も、国だって違うんだ。意見が合わなくて当然だ。しかしこれは、ニコラスが言ったように生き死にの問題だ。一歩間違えたら後悔すらできない選択肢だ。だから何をしたいかは、自分で選ぶ。戦いたい奴は戦い、ユリウスに下りたい奴は下り、逃げたい奴は逃げる。唯一のルールとして、他のやつの邪魔をしない。王子や貴族だからって、命令もしない。これなら諍いも恨みもないだろ、どうだ?」

 ニコラスは少し渋い顔をしていたが、「いいだろう」と頷いた。

「ま、待ってよ、そんなこと急に言われたって、僕、どうしたら……」

 クレマンが困惑していた。俺は彼の言葉を手で制して言った。

「答えは今すぐじゃなくていい。奴が再び来る、三日後にしよう」

 するとイリスが俺の服の袖を引っ張って訊いた。

「ミチタカ は どうする?」

「俺は皆を逃がしたら、自分の国に戻るよ」

「……オレも 一緒に」

「あ、俺も!」

 イリスに続いて、フィーが両手を挙げた。

「ダメだ!」

 イリスとフィーが少し驚いた顔をした。無意識のうちに、きつい口調で言ったようだ。

「悪いが、逃げた後は一人一人が自分の力で生きていってくれ。身勝手で、都合のいいことを言っているのはわかっている……でも、俺はこの城を出たら、みんなとは一緒に行けない」

「何だい、それ? よくわかんないんだけど? どうして?」

 クレマンが首を傾げる。

「納得できなくても、そうなるとわかってくれ。それからアドバイスするなら……イリス、フィー、お前たちは逃げて、山で暮らした方がいい。二人なら、狩りで生きていけるだろ」

 その後、みんな黙り込んだ。ただ、アリシアのしゃくりあげる声だけは、なかなか止まなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ