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廃城の七人  作者: 中遠 竜
12/33

侵入者

「何だ、お前たちは?」

 暗い川辺で、ニコラスは見知らぬ人間に出くわしていた。二人組の中年男だ。

「まさか、泥棒か?」

 ニコラスの顔はこわばっている。横にいるクレマンも、剣の柄に手をかけていた。

「い、いいえ、違います。すぐそこの村のもんです」

 男の一人が震える声で言った。よく見ると、二人とも丸腰で、髭は伸び放題、よれよれの小汚い服を着ている。

「こ、ここの城の方ですか? お願いがあります」

「んん? 願い?」

「へい、どうか俺たちを家来にしていただけませんか?」

「け、家来……?」

「へい。オラたちは、あのひどい領主のせいで、その日に食うものにも困っておりやす。このままじゃ、そう遠くない先に餓死するしかありやせん。でも最近、あの性悪領主を戦で何度も負かしている英雄がいるっていうじゃないですか。しかもその人はたいそう強くて、でもそれだけじゃなく、あらゆる魔術を使いこなし、頭もよく、オラたち農民にも優しく接してくれる、徳のある方だという噂を聞いたんです。もしその人が新しい領主になってくれたら、これ以上幸せなこたぁない、と村のみんなでよく話しておりやす」

「ほう、そうか、そうか」

 ニコラスは嬉しそうな声を上げた。

「もしオラたちを家来にしてくれたら、村の仲間に声をかけて、領主の屋敷へ乗り込むときにゃあ、手引きをしますぜ」

 ニコラスとクレマンは顔を見合わせた。

「そういえば、その英雄はどこぞの王族の末裔だとか聞きましたが……」

「ああ、その通りだ。俺が、そのニコラス・カイザーだ!」

 男は悲鳴のような声を上げて後ずさった。

「ご、ご無礼しやした」

「うむ、気にするな。しかし村では俺の噂で持ちきりか。そうかそうか、ふははははは」

 ニコラスは弓のようにふんぞり返った。

「ニコラス!」

「んん? フィーか」

 崖の上段からフィーが現れて、声をかけた。

「お客さん?」

「うむ。俺の家来になりたいという農民だ。これでまた戦力は上がるぞ!」

「わかった。こっちへ連れて来いって、ミチタカが」

「そうか!」

 フィーが「こっちこっち」と手招きする。ニコラス、クレマン、そして二人の男が続いた。

「何処へ行くのだ? 居館はこっちだぞ?」

 五人がたどり着いたのは、魔鉱石の坑道の入り口だった。

「ああ、もうちょっとそっちに立って」

「? どういうことだ、フィー?」

 すると農民二人の足元に、魔法陣が浮かび上がった。驚いていると、次の瞬間、雷が降り注ぐ。男たちは悲鳴を上げて倒れた。

 俺はそこでようやく坑道の奥から外に出ることにした。

 唖然とした顔のニコラスとクレマンがそこにいた。

「安心しろ、殺しちゃいない」

「な、何だこれは! いきなり!」

「魔鉱石で描いた線を魔法陣につなげて、遠距離から起動させたんだ。フィーには、そこへ誘い込むように案内してもらった」

「そうじゃない。家来にしてほしいという善良な農民に何てことをするんだ!」

 俺は倒れた二人の手と顔を覗き込んだ。

「おい、聞いているのか?」

「こいつら本当に近隣の村人か?」

「何?」

「デボラさんがああやって昼間、食べ物を届けてくるんだ。俺たちを応援してくれるなら、同じように正面から堂々と来ればいい。こんな夜中に抜け道通って来るなんて、怪しいだろ」

「む……」

「それからクレマン、農民ってのは日に焼けていて、爪は泥がつまって栄養不足で黒ずんでいるはずだろ。けど、こいつらの顔は白いし、爪もきれいだ。そして手には豆ができている」

「それが何だ?」

「領主のスパイじゃないか、って言ってるんだ。服装はそれっぽいが、農民とは思えない。体つきから見るに、兵士だ」

「す、スパイ……?」

「もちろん本当に近隣の村人かもしれないから、殺さないように手加減したわけだけど……でも例え村人だったとしても、城内に入れるのは得策じゃない」

「何故だ?」

「ピエールたちはこの城に百人いると勘違いしているはずだ。それがこっちのアドバンテージになっている。だが村人を招き入れたら、それが嘘だとバレる。すると村全体にそのことが知れ渡るだろう。そして人の口に戸はたてられないから、いずれピエールも知ることになる。こっちにとって、致命的な弱点が知られてしまう……」

「じゃあ、この人たちどうするの?」

 フィーの言葉に、全員が口をつぐんだ。気が重い……。お互いを探るように見合った。

「こ、殺すのか?」

 ニコラスがためらいがちに言った。俺は答えられなかった。

「クレマン、ってくれ」

「ええ? 僕ぅ? ニコラス、どうして僕ぅ? 僕、今まで人を殺したことないんだよ」

「傭兵だろ! 人を殺したことないって、どういうことだ?」

「剣とか槍を直すのでお金もらってたんだ。人を殺すのはちょっと……。ニコラスは?」

「王子は処刑などの、汚れ仕事はせん」

「じゃあミチタカ、魔術で焼いちゃってよ」

「待ってくれ。無抵抗なヤツをやるのは、ちょっと……。それに骨も残さず焼き尽くすなんて火力、今の俺の魔力じゃ無理だ」

「……じゃあ、俺、やる?」

 フィーが、俺のシャツを引っ張って訊いた。

「鹿や猪、イタチにキツネ、鳥、猿、いろいろ解体してきた。人間の死体でも、骨も皮も残さず処理できるよ」

「「「…………」」」

 こいつ、何気に恐ろしいことさらっと言うんだな……

 ただ、これまで戦いでは、相手を殺さないようにしてきた。農兵を殺して、近隣住民の恨みを買わないために。それと、この七人の中で人を殺したことがあるのは、たぶんイリスだけだろう。だから人を殺さずに、殺されずに済ませられる策を練って、切り抜けてきた。

 今回も殺さずに済ますなら、この二人を門の外に捨てておくのがいいか。いや待て、もっと重要なことがある。

「こいつら、何処からここに入ってきた?」

「「「あ……」」」

「フィー、抜け穴がいくつもあるって言ってたな。たぶん魔術の感知結界で異常を感じた場所に、抜け穴のひとつがあるんだろうけど……。その場所を調べるぞ。フィー、ついてこい。クレマンはリズを呼んでくれないか」

「いいけど、どうして?」

「いい策が浮かんだんだ」

 俺は自分のコメカミを、人差し指で軽く突いた。


 鎧人形が三体ある。ナイトの他に、ゴーレム、ブレイカーと名付けた。あの後フィーと一緒に、男たちが入ってきたであろう抜け道を見つけた。そこの入り口に鎧を三体並べた。なかなか迫力がある。

「無理言ってすまないな」

 隣にいるリズに言った。彼女に鎧を魔術で操作して運んできてもらった。

「さっきのドカーンって音、ミチタカさんの魔術だったんですか? お嬢様が怯えてましたよ」

侵入者を気絶させた落雷の音か。

「すまない。アリシアに事情を話しておいてくれ」

クレマンが鎧の前に、侵入者二人を運んで横たえた。ニコラスは昼間のロッククライミングでもう、手が上がらないと言って何もしなかった。

「これでどうするの?」

 クレマンが尋ねた。

「二人にトラウマを植え付けて、ピエールたちに誤報を伝えてもらう」

「どういうこと? トラウマって、何?」

「まあ、見てな。じゃあ、リズ、フィー、手はず通り頼むぞ」

 二人は頷いた。

 まずフィーが侵入者二人の顔に、桶の水をぶっかけた。目が覚めた侵入者たちは、目の前にある鎧に驚いていた。

「今だ」

 リズに合図を送った。リズはナイトに、俺はゴーレムとブレイカーに魔力を送った。走れという命令を受けた三体の鎧は、侵入者たちに向かって駆け出した。

「「うわわわああぁぁぁぁ」」

 寝ぼけ眼の侵入者たちは状況が分からず、悲鳴を上げて逃げだした。城の抜け道を、走り、転び、急いで起き上がり、そしてまた走り……と、夜の暗い道を一目散に去っていった。

 その様子を見たニコラスとクレマンは、ゲラゲラ笑っていた。

「ハハハハハハ、軍師よ、何だこれは。どういう作戦なんだ?」

「これでこっちには鎧を着た屈強な兵士がいるって、ピエールに伝わるだろ。そうすればこの城を攻めるのに、慎重になるはずだ。逃げる時間を稼げる」

 俺の言葉に三人は頷いた。

「それから、この抜け道は塞いでおこう」

「え、いいの?」

「何がだ、フィー?」

「脱出できなくなるよ」

「…………もしかして、ここが街道に出る抜け道?」

「うん」

 なんてこった……。

「それでも塞いでおくべきだ。魔鉱石で爆破するぞ。脱出には別の策とルートを考える。それから城の回りにかがり火を焚こう。なるべくたくさん」

「そんなに灯りをつけてどうするんだ?」

 ニコラスが訊いた。

「兵がたくさんいるように見せるためだよ」

「ずいぶん慎重だな。今までそんなことしなかったのに」

「スパイがあれだけとは思えない。きっと他にも見張られているだろう」

「そうなのか?」

「今日、フィーに街道を行く行商人を数えてもらっていた。五人もいたらしい。この時期にはありえない大人数だそうだ。あれもきっとこっちの様子を見ていたんだろう」

 そもそも朝来た兵も、今までにない規模だった。何かが変わった気がした。だから感知結界を急いでつくったのだ。

「これからは、常にこの城は見張られていると意識した方がいい。そして、本格的に脱出する準備をしよう」


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