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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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ヤマネコ

 夕食後、木の棒の先に魔鉱石をつけて地面に線を描きながら歩いた。

 もう辺りは暗闇だ。今頃、下の川ではアリシアがリズに手伝ってもらって沐浴中だろうか。人に会いたくなくてずっと馬車の中にいるアリシアだが、髪と体を洗うには仕方ないらしい。

「何してるの?」

 声がした方をイェヒーオールの光で照らすと、フィーがいた。

「こんな時間でも戦いの準備?」

「気になることがあってな。用心に越したことはないだろ」

「ふーん、今度の魔術はどんなの? 雪か嵐でも呼ぶの?」

「それはなかなか難しいな。これは探知の結界だ。この魔法陣の中にいる生物のすべての居場所がわかるようになる」

「……それってすごいの? ピエールを追っ払える?」

「追っ払えないけど、勝つには必要な魔術だ」

 線をつなぎ、魔法陣が完成した。手を合わせて魔力を練り、魔法陣に触れた。魔鉱石で描いた線に光が走っていく。光は城中を一巡して俺のところに戻ってきた。すると頭に妙なイメージが浮かんできた。それは触覚のような、ザラッとした感覚だった。

 まず驚いたのは城の中にいる小動物の数だ。これはネズミだろうか。十、二十どころじゃない、百匹以上はいる。それを感知していると、まるで体中で何かが這い回っている感覚になる。思っていたより辛い魔術だな、これは。

 魔力の出力を下げよう、ネズミほどの小動物は感知できないくらいに。他には、庭に馬が四頭いる。

 川辺からは、アリシアとリズが上がってくるのがわかった。沐浴が終わったのか。……ん? ニコラスとクレマンも川辺にいるな。アリシアたちとは少し離れているが……まさか、あいつら覗きか? しかしこんなに暗くて見えるのか?

「…………あ?」

「何、なに?」

「礼拝堂の天井裏に誰かいる……」

「敵?」

 俺は剣を手にした。

「フィー、一緒に来い」


 礼拝堂の祭壇の横には階段がある。そこを上ると天井裏への入り口だ。この建物、壁や屋根は石造りだが、天井には木の板を使っている。

 俺は跳ね上げ式の木戸を上に押し上げた。顔だけを天井裏に入れ、中を覗いた。真っ暗で何も見えなかったが、違和感があった。蜘蛛の巣がないし、埃も舞わない。頻繁に誰かが出入りしているようだ。

 魔力の明かりで視線の先を照らした。二本の裸足が見えた。誰か倒れている。猫のように丸まって寝ていた。イリスだった。彼女はいつも身に着けている手甲や脛当てだけでなく、皮の服も脱いでいた。シュミーズとパンツの下着姿で、静かな寝息を立てている。

 無言で槍をふるう冷血な彼女と、今の愛くるしい寝顔とのギャップに言葉を失った。

 イリスは昼でも夜でもときどき姿が見えないことがあった。ここで仮眠をとっていたのか。長い傭兵生活から、強姦される恐怖が消えず、身を守るためにこうしていたのだろう。あるいは猜疑心から、夜眠れないのかもしれない。誰にも知らせず、寝かせておいてやるか。

 と、木戸を閉めようとしたところで、彼女の首にかかっている細いチェーンに気付いた。魔石だ。今なら取り返せる。

「ねえ、誰かいる?」

 下からフィーの声がした。

「……ヤマネコが入り込んでいる。お前はそこで待っていろ、すぐに追い出すから」

 物音を立てないようにゆっくりと天井裏に上がった。板がミシッと軋んだ音を立てる。手を伸ばし、首のチェーンを指でつまんだ。しかし肝心の魔石は二つとも胸の中だ。服と胸の間に挟まっている。俺は気づかれないように、そっとチェーンを引いた。

「んっ」

 イリスが小さく呻いた。次の瞬間、見開いた彼女の目と目が合った。俺が言葉を掛ける間もなく、イリスは猫のような俊敏さで、頭の傍にあった短剣を抜いた。

 俺も咄嗟に剣を半分抜いて、イリスの短剣を受けた。

「どうしたの、ミチタカ? ヤマネコはすばしっこいから捕まえるのは難しいよ」

「ああ、ちょっと噛みつかれそうになった」

 喉ぼとけに短剣を突き付けられながら、階下のフィーに応えた。イリスは剣を引き、横蹴りを放ってきた。彼女の裸足が脇腹にめり込んで、俺は後ろに飛ばされた。天井板に背中を打ち付けて、ガシャガシャと大きな音がした。ついでに蹴りのせいで一瞬、息ができなくなった。

「ミチタカぁ?」

 フィーの声が不振そうだった。けど返事をしている余裕はない。イリスが短剣を持って襲い掛かってきた。

 仕方がない。指先に魔力を集中して突風を起こした。

 イリスはカウンター気味に魔術を喰らって飛ばされた。短剣が落ちる音がした。急いで走ってイリスを組み敷いた。

「やっ うーっ」

「違う、そういうつもりじゃない、落ち着け!」

 真っ暗な中でも、マウントポジションをとってしまえば手足の位置はおおよそわかる。加えて槍の名手でもイリスは女で、体重は軽い。俺の方が男で重量があるから、このまま抑え込める。と、彼女の体を両手で探っていて、ハタと気づいた。

 ひょっとしてイリス、上半身に何も着ていないんじゃ……。まさか、さっきの風の魔術で、下着を飛ばしちまったのか? さらにひょっとして、今触っているこの柔らかいものは、もしかして……。意識すると、さらに指先に力が入ってしまった。

 イリスが小さなうめき声を上げた。同時に体が一瞬波打つ。そして抵抗する力が抜けていくのを感じた。イリスはか細い声で言った。

「したい の?」

「いや……いやいやいや、待て待て待て、勘違いしている」

「お前に いろいろ 助けられ た。いい 好きに しろ」

「だから違うって! 俺は魔石が……」

 ミシミシと軋む音がしていたかと思うと、突然床板が抜けた。いや正確には天井板なのだが。ともかく俺は叫びながら、イリスと一緒に落下していった。

 頭から床に激突した、はずだったがそれほどの衝撃も痛みもなかった。

 ただし助かった安堵感はそれほど続かず、すぐに起き上がってイリスの攻撃に構えた。

 だがイリスは床に倒れたままだった。礼拝堂の窓から月明かりが入る。仄暗い中で、上半身裸のイリスが左肩を抑えているのがわかった。顔は蒼白で、脂汗が滲み出ている。

 それで気付いた。俺が天井から落ちたとき、やけに地面が柔らかかったことを。イリスが俺の下敷きになって、礼拝堂の床に思い切り体を打ち付けていたのだ。

「大丈夫か? まさか、骨折か?」

 左肩に触ると彼女はさらに顔をゆがめた。どうする?

 そうだ、探知の魔術を応用すれば、人体の異常も分かるはずだ。俺は城に描いた魔法陣と同じ術式を呪文で唱え、魔力を右手に集中させた。その手で触れると、骨格から内臓の様子まで、映像として感じ取れた。

「脱臼している。肩の関節をはめるぞ。いいな。暴れたりするなよ」

 イリスは何も言わなかった、何も抵抗しなかった。俺のなすがままだった。彼女の左腕をとって、腕十字をかけるようにして、腕を引っ張った。

「があっ!」

 イリスは胃が縮みあがるような悲鳴を上げた。だがこれではまったはずだ。もう一度感知魔術を使い、確認した。

「これで大丈夫だ」

 イリスは両腕で胸元を隠した。俺は自分が着ていたパーカーをかけてやった。彼女は項垂れたままだった。やっぱり勘違いされているんだろうな。このままじゃ俺は強姦未遂犯か?

「えっと、誤解なんだ、違うんだ、別に君に何かしようってわけじゃないんだ。その……そういえば、それってつのか?」

「……!」

 バンダナを着けていないから気づいた。両耳の少し上から、骨のように堅い突起物がある。しかも、折れているのか?

 魔術で体中を内視したが、人間じゃないのはわかっていた。フィーもエルフだし、何か別の種族なのだろうか。

 イリスは慌てて頭に手を当て、角を隠した。代わりにおっぱい丸見えなんだけど……。

 しかもいきなりポロポロと涙をこぼし始めた。俺に体を触れられたことがそんなにショックだったのか? どう謝ればいいんだ? ていうか、俺もけっこう傷つくんだけど……。

「ミチタカ、どうなってるの? 天井が壊れちゃったけど。あれ、イリスもいる?」

 間が抜けたように、フィーが俺たちのところへ来た。

「ヤマネコは?」

「あー……逃がした、かな?」

 不意に、魔力の揺らぎを感じた。網のように張り巡らされた糸が一本ピンと切れるような感覚が、脳に直接飛び込んできたのだ。魔法陣の感知結界に誰かが入ってきた信号だった。

「フィー、今度こそ本当の侵入者だ。下だ。行くぞ、ついてこい」

「うん」

「イリス、すまない。また後で話をしよう」

 イリスには本当に申し訳ないけど、今は緊急事態だ。このままだと侵入者は、川にいるニコラスたちと鉢合わせになる。


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