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廃城の七人  作者: 中遠 竜
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軍師

 城を舞台にした物語を書いてみたかったのですが、時代物だと上手くいかなかったので、異世界転移にしてみました。異世界転移は初めて書きます。

 ピーーーー……

 

 空気を切り裂くように、笛の音が鳴った。山に、渓谷に、そして城壁にこだまする。

「フィーの笛だ。バカ領主の執事が来るぞ」

 居館の食堂で昼食中だったが、ニコラスが立ち上がって言った。

「ふふふ、愚物どもが。何度きても結果は同じよ。我が城はこの王子ニコラス・カイザーの威光によって守られている。絶対に落ちん。では軍師、後は任せたぞ!」

 大仰な物言いに、むずがゆくて俺は苦笑いした。ニコラスはさらに大きな身振りで話す。

「行くがよい、我が臣下たちよ。愚物どもに格の違いを見せてやるのだ」

 そこへ魔女のアリシアが食堂に現れ、ジト目でニコラスを睨む。

「戦力は七人なんだから、あんたも行くのよ! あとクレマンも!」

 アリシアがニコラスを連れて行く。

「ひょっ、ひょっと待っへ……」

 パンを頬張りながら、体重百キロを超える大柄な傭兵のクレマンが、その後を小走りでついていった。

「ごちそうさま、リズ」

 皿を返すと、メイド服の女の子がはにかんだ。

「どう する?」

 俺の横に座っている別の女の子が、抑揚のない片言の口調で尋ねた。

 イリスだ。褐色の肌をしていて、頭にはいつもバンダナを巻いている。髪は灰色のショートヘアで、何処か儚げな雰囲気が漂う。でも実はこれで傭兵なのだ。タートルネックの服に、軽装のアーマープレートを身につけている。

「まずは敵戦力の把握だな。塔に行こう」

 この城砦に唯一ある見張りの塔に登った。そこにはフィーがいた。

 俺たちの中で一番年下の、エルフの少年だ。噂に聞いていたが、エルフは本当に美形だ。スッと通った鼻筋に、中性的な顔立ち。輝くようなブロンドの髪をポニーテールにしている。睫毛も長く、一見、女の子と見間違う程だ。

「何人くらい居る?」

「……五十人くらい」

 聞き漏らしてしまいそうな小さい声だった。フィーは猟師でもある。獲物を追う間は静かにしなければいけないらしく、普段からあまり喋らない。

 城壁から見下ろすと、南側の山道から行列が来るのが見えた。まだゴマ粒くらいにしか見えない人影を、よく数えられるものだ。エルフの視力は恐ろしい。

 ここは山間の城だ。もっと言えば、渓谷に作られた小さな砦にすぎない。とはいえ居館や塔、そして礼拝堂までちゃんとある。中世ヨーロッパ風の城砦だ。西側には崖のような山がそびえ立ち、城は東向きに建てられている。そして東側には南北に渓谷が流れ、天然の堀になっている。つまり南側の城門を固めれば、この城は非常に守りやすい。

 そんな城砦に、俺たち七人は無断占拠していた。つまり今やって来ている領主の兵隊たちは、この城に無断で住み着いた浮浪者の子供たちを追い出すことが目的だ。

 兵隊たちが来ている山道から南へ下っていくと、扇状地になっていて、農村がある。俺たちを追い出したいのは、そこの小領主らしい。

 そして渓谷沿いの脇道を北へ行くと、二千メートル級の山脈になる。そこを抜けると別の領地になる。

 ここは国境の砦ということで、領主は不法住居している俺たちが邪魔らしい。事情を整理すると、領主の主張の方が正しいように思える。とはいえ、俺もこの世界に来て、ここしか住めるところがない。だからおいそれと引き下がるわけに行かない。他の六人も同様に他に行き宛がない。故に立ち退き勧告を断って、領主の兵を二回ほど追い払っていた。

 二回とも兵は三十人に満たない数だった。しかも鎧は着ていなかったし、武器は棒や鍬といった農民ばかりだった。とはいえ七人の子供を追い出すには十分だ。

 しかし俺も史記、三国志、南北朝に戦国史が大好きな歴史オタクだ。兵法、というほどじゃないけど、知識を総動員して虎口や座間、落とし戸など、城の守備機能を利用して戦ったら、七人でも勝つことができた。仲間に傭兵や魔女がいたことも大きいが、生兵法でも通用するもんだなと思った。

 魔女のアリシアが言うには、このあたりの平民は文字を読めないし、計算もできないらしい。だったら歴史も兵法も何も知らないのだろう。だから勝つことができた。知識は武器だな、と思い知らされた。

 それからこの世界では火薬がまだ無いことも勝因になった。飛距離のある鉄砲や、城壁を壊せる大砲を撃たれたら、勝算はなかった。

 しかし前回、前々回と比べ、今回は倍の兵員だ。イリスが表情を強張らせた。

「増えて る……」

「いや、下策だ。戦力の逐次投入は、総合的に消耗が大きい。怪我人が増えるだけだし、それに何度やっても落とせないとなると、人心も離れていく。それがわかってないなんて、やっぱりここの領主はバカだな。ピエールに同情するぜ」

 これまで前線で兵の指揮をとってきたのは執事のピエールだ。領主は見たことがない。でも噂では、役人や城兵は平民に威張り散らして暴力を振るい、重税で農民は不満だらけらしい。

「ミチタカ、一番後ろに馬車が一台見えるよ」

 馬車? 妙だな、ピエールはいつも馬に乗っていたはずだ。馬車に乗れるのは、それなりの身分の者だけだという。もしかして、領主自ら来たのか。

「勝て る?」

 イリスの質問に、俺は自分のコメカミを指さして言った。

「大丈夫、我に策あり、だ」

 俺は足元にあった五色の旗の中から、赤い旗を取った。城門の上にはアリシアたち三人がいる。アリシアが腕を掲げた。彼女の指先から火が出て、打ち上げ花火のようなに空へ昇っていった。了解した、の返事だ。

「よし、行こう。向こうが門の前にそろう前に、こっちも準備を終えよう」

 三人で塔を降りると、途中でリズと合流してアリシアたちのところまで行った。

「準備は終わったぞ。まったく、王子をこんなにコキ使いおって……」

 俺たちが到着すると、ニコラスが恨み節を言った。

「ともかく首尾を見させてもらうよ」

 俺は今いる二ノ門の上から、一ノ門との間を見下ろした。

 ちなみに一ノ門は一番外側の門だ。城門と聞いたら、多くの人はこれを思い浮かべるだろう。そして侵入者を阻むため、大抵その先に二ノ門、三ノ門がある。

 一ノ門と二ノ門の通路は広くて直角に曲がっている。日本の城では枡形と呼ばれる虎口だ。文字通り、侵入者を噛み殺す場所だ。

 初めて見たとき、西洋風の城なのに構造や機能が日本の城と似通っているところが多いのに驚いた。人が考え付くことはあまり変わらない、ということだろうか。これまで、二ノ門より先は突破されていない。

 今、二ノ門の前には薪が積まれている。そして一ノ門の上には木で組んだ柵がある。柵には、乾燥させた草を布団のようにかけてあった。それを見て、俺は口元を緩めた。

「充分だ」

 するとアリシアが疑わしそうな表情を向けた。

「これで大丈夫なの? 今日はかなり大人数じゃない? この前あなた、城を攻めるには城内の人数の三倍は必要だって言ったでしょ。はるかに超えていそうなんだけど」

 ニコラスやクレマンが頷く。イリスは指を折って、数を数えていた。

「最低で三倍だ。三倍いれば勝てるもんじゃない。実際、これまでも三倍の人数はいたけど、退けてきただろ」

「まあ、そうね」

 それに、向こうはこっちが七人だけだと知らないはずだ。敵の兵力もよくわからず闇雲に来るんだから、必ず勝つとは思っていないが、どうにもならないとも思えない。だから俺は仲間たちを鼓舞するためにも言った。

「城攻めの場合、まず内通者を送り込む必要がある。でも俺たちに裏切り者はいない」

 全員が頷いた。

「そして裏口から逃げられないように、城の周りを取り囲んでおくのがセオリーだ。けど、裏の隋道は塞がれていないどころか、向こうは気付いてもいない。正面にのみ陣取っている。力任せの正面突破なんて怖くはない。おまけに向こうの兵士の顔はどうだ? やる気がありそうか?」

 というか、兵士じゃない。鎧すらない、継ぎ接ぎの服を着た農民たちなのだ。しかもこれだけの距離が空いているのに、やる気の無さが同情するほどに伝わってくる。

「あれって無理やり駆り出された農民でしょ。きっと、傭兵を雇うとお金がかかるし、廃城の子供を追い出すのに手間取ったと思われたくなくって、徴兵したのよ。貴族の見栄ね。これから麦の収穫があるって時季に駆り出されて、やる気どころか、むしろ領主を恨んでいるわよ」

 元貴族だけあって、アリシアは領主の考えがよくわかるらしい。でも、彼女に“元”貴族なんて言うと怒るけど。

 前に傭兵のクレマンから聞いた。馬に乗っている騎士は貴族かその直属の部下で、兵隊はほとんど金で雇う傭兵だという。この世界の領主は、常に兵隊を養っているわけではなく、戦争が起こると金で募集するそうだ。

 目の前の部隊を見ると、五人ほどが馬に乗っている。他は全員歩兵だ。この歩兵全てが農民ということだろうか。そうなると、実際の敵兵力は馬上の五人と、馬車に乗っている奴だけか。

 するとフィーが言った。

「ピエール、包帯している」

 馬に乗ったうちの一人が、頭に包帯を巻いている。この前の戦いで、火傷したんだっけ。

「あそこ、はしごが見えるけど……」

 アリシアが言うように、長いはしごを持っている農民がいる。門の両側は高い城壁だ。あれで登ろうというのだろうか。

 そういえば前回攻めてきたときは、わざと一ノ門を開けておいて、虎口まで誘い込む作戦をとった。そこで岩や礫や熱湯や松明やらを投げ込んだ。トドメはアリシアの火炎魔術だった。人が密集した狭い場所での炎はかなり効果的だった。

 それでも死人が出なかったのは、逃げ道を塞がなかったからだ。戦意喪失した農兵は我先にと一ノ門から出て行った。農民に踏まれていくピエールをみんなで笑ったもんだ。痛い目をみて、門から入ったら危ないと、さすがに学んだのだろう。

「少しは知恵を働かせてきたか」

「どうする? はしご、焼いちゃう?」

 アリシアが指先に炎をともした。

「いいや、せっかく持ってきてくれたんだ。むしろ使ってやろう。いいアイデアが浮かんだ」

 全員到着したのか、馬車から誰かが降りてきた。ボリュームのある長い髪をして、刺繍の入った派手な服を着ている男だった。他にも貴金属を色々と身につけている。

「砦にいる者どもよぉ、よぉく聞けえぇ!」

 隣のピエールが叫んだ。

「こちらにおわすお方は、ルティアンの領主アンリ=フランソワ・ド・ゲッター・ドロドロヌ様であーる!」

 領主、そんな名前なんだ。しかし俺たち敵の真ん前に出てきて、無防備もいいところだ。

「貴様らのような卑しい身分の者が、不遜にもランズクロン砦を不法占拠し、なおかつ退去せよという命令を無視し、アンリ様に歯向かう不埒な態度、死んでも償えない大罪であーる。ゆえに、本日はアンリ様が遠路はるばる、貴様らを直々に誅罰しにいらっしゃった!」

「……偉そうにしおって、小領主ごときが……」

 ニコラスが敵意をむき出しにした。

「小物の下級貴族ほど、平民に偉そうにするもんだわ」

 アリシアが呆れ顔で言う。

「しかーし、慈悲深きアンリ様は、砦を明け渡すのなら、恐れ多くも貴様らを許してくださるそうだ。早々に武器を捨て、砦から出てくるがいい。そうすれば危害は加えない。だが、もしまだ歯向かうというのなら、命の保障はなーい!」

 ピエールの声が山間部にこだまする。領主は満足そうに仁王立ちしている。

「本当に許してくれるのかな?」

 クレマンが尋ねると、アリシアが一喝した。

「んなわけないでしょ、バカ。貴族ってのはねぇ、体面をめちゃくちゃ気にするものなの。自分の顔に泥を塗った奴や歯向かった奴は絶対に許さないんだから。平民相手なら尚更よ。城を出た途端に捕まって拷問よ」

「じゃ、アレは形式事例ってことか。早速始めていいんだな?」

 俺の質問に、アリシアは首を振った。

「割と本気で降伏すると思ってんじゃない? あの手の領主は、自分が現れればその威光で領地の人間は何でも言うこときく、って考えているのが多いから」

 おめでたい脳みそだ。まるで錦の御旗だな。無防備なのも納得だ。

「フィー、作戦を決めるのにお前の弓の腕を見たい。領主のドロドロさんで試していいか?」

「うん、頭を射抜けばいいの?」

「いいや、殺さずに、びびらせて仰け反らせることはできるか?」

「……殺すより難しい」

 そう言って矢を弓につがえた。

 フィーの射形は滑らかで、いつも見入ってしまう。その一瞬だけ周囲が静寂に包まれる。放たれた矢はツバメのように飛んで、中空に白い線を引いた。そして領主の頬を掠め、後ろの馬車に刺さった。

 一秒ぐらい間があってから、領主はしりもちをついた。ピエールと鎧を着た兵士たちが慌てて領主を抱え、馬車の裏に連れて行った。

「仰け反るどころか、微動だにしなかったな……」

 予想外のことに驚いて動けなかったのか。それとも避けることすらできない運動神経なのか。

「下手に避けたら、目玉を串刺しにするところだった。これって、失敗?」

 不安げにフィーが訊いた。

「いいや、十分だ。みんな集まってくれ」

 七人で輪になると、俺は作戦を伝えた。

「そ、そんなに上手くいく? 本当の戦争でもなかなか聞かないわよ」

「アリシア、チェスの勝利条件を知っているだろ? キングを獲ったら勝ちなんだぜ。のこのこ前線まで来てくれたんだ。このチャンスをありがたくいただこう。あと殺すな。怪我もなるべくさせないように。そうすればあの農民たちは味方になる」

 最後にそう言うと、全員が持ち場に移動した。そこでイリスが俺の服の袖を引っ張った。

「どうした?」

「今日の敵 五十 だから、オレたちの 五倍!?」

「……約七倍だ」

 固まった後、彼女は驚いた表情を見せた。さっきからずっと計算していたのか?

「貴様らぁー! アンリ様に弓を向けるとは、神をも恐れぬ蛮行。万死に値するぅ!」

 ピエールが門の下で騒いでいる。するとニコラスが一ノ門の上で怒鳴った。

「やかましー! 何が“万死に値する”だ、小領主風情が。貴様が領主なら、俺は王子だ! ボロボン王朝の御落胤、ニコラス・カイザー様だぞ。証拠にこのメダルを見よ! ボロボン王朝の紋章が刻まれしこのメダル、別れ際に父上が母上に託してくれた物。俺が王朝の血を引く末裔である証よ!」

 ニコラスの口上に、ピエールが結構驚いていた。

「わけあってこの砦は我が物とする。不服があるなら領主のアンリとやら、出てきてこの私と一騎打ちせよ。剣の錆にしてくれる。それとも怖くてできないか? 腰抜け領主がっ!  執事が無能なら、領主は腰抜けか! ふはははははははは!」

 あいつ、挑発するの本当に上手いな。

 するとピエールが顔を赤くして「殺せ!」と叫んだ。はしごを持って兵がやってくる。来るのは農民ばかりで、鎧を着た男たちは領主の周りを囲んでいるだけだった。予想通りだ。

 はしごは二つあり、門の両側の城壁にかけられた。ただし、はしごの先にはイリスとクレマンをそれぞれ配備しておいた。傭兵の二人だ。個人戦では農兵など相手にならない。しかも足場は不安定なはしごだ。案の定、二人が少し小突いただけで、農兵は城壁を滑り落ちていった。やがて敵わないと見て、農兵たちははしごの途中で立ち止まるようになった。

 すると鎧を着た一人がはしごを登ってきた。フルフェイスの兜を被っている。農兵じゃなくて、領主直属の家来だろう。イリスの方のはしごに来た。大男のクレマンより、線の細いイリスの方が倒しやすいと思ったのだろうか。しかし華奢に見えて、本当はイリスの方がずっと強かったりする。

「イリス、あいつにしよう」

 横で俺が言うと、イリスは頷いた。彼女は自分の身長よりも長い槍を構えた。フルフェイスの鎧男が長剣を振りかざす。一合、二合と打ち合うが、次第にイリスが後ろへ退いていった。焦りの色が見える。やがて鎧男がはしごを渡り終え、俺たちと同じ足場に来てしまった。

「退却だ、イリス!」

 俺とイリスは城壁を伝って逃げた。鎧男が後ろから追いかけてくる。鎧男の後ろからは更に、はしごを渡って農兵が上がってこようとする。が、空を切って矢が飛んできた。途端に先頭の農兵はバランスを崩して、はしごから落ちそうになった。はしごの枠に挟まって、しがみついていた。後続の農兵が必死に引き上げようと手間取っている。

「フィーのやつ、いい仕事をする」

 フィーが塔の上から矢を射掛けて、はしごを登ってくる農兵を更にけん制する。決して射殺さないようにして。

 俺とイリスは逃げた。城壁を下り、やがて三ノ門と塔の間の袋小路に行きついた。行き止まりだった。息を切らした鎧男が長剣を構えた。そんな重いもの着て走ったらふらふらだろうな。




 一ノ門が軋んだ音を立てて開いた。門の内側から、フルフェイスの鎧男が現れた。そして手招きをする。「よおっし」とピエールが歓喜の声を上げた。

「門が開いたぞぉ! いけぇ!」

 領主の周りにいた鎧の兵士たちが一斉に門へ突入した。はしごに登っていた農兵も降りて、門へ殺到した。そうして領主の兵士のほとんどが俺の前を素通りして行った。

 しかし虎口を通り抜けた先の、二ノ門の前は閉まっている。しかもその前には薪が積み上げられていた。兵たちの足はここで止まった。すると二ノ門の上からアリシアが現れた。ふっと笑うと、指先から炎を放って薪に火をつけた。すぐに延焼し、兵たちの周りは火の海になった。

 さらに頭上からは石つぶてが雨のように降ってきた。メイドのリズがやっている。本当は投擲器を作りたかったが、良い材料がなかったので、岩を支点にしたシーソーで飛ばしている。板の片一方に小石をたくさんのせて、反対側にリズが高台から勢いよく飛び降りるという仕掛けだ。怪我をする兵はいるだろうけど、致命傷にはならない。こっちが大勢いると錯覚させることもできる。

 城側の反撃に混乱した兵たちが、一ノ門まで逃げようとした。

 だがニコラスが一ノ門の上に置いてある干し草と柵に松明で火をつけ、クレマンがそれを落とした。出口を封じられ、兵士は火の中に閉じ込められた。悲鳴が響き渡る。

 実は、赤い旗は虎口での火攻めを意味するサインだった。サインを見たニコラスとクレマンが、柵に干し草を積んで火をつけやすい場所に運び、アリシアが魔術で火種の松明を準備しておいてくれたのだ。

 領主を護る兵隊はピエールと、あともう一人だけだった。

 黒い煙が上がる中、一ノ門の上に六人の仲間が駆けつけた。そしてはしごを伝って降りてくる。俺はようやくフルフェイスの兜を脱いだ。さっき倒した鎧男のものだ。

 手招きした兵が俺と知って、領主が呆気にとられていた。なかなか傑作の表情だ。馬車や馬で逃げる暇もなかったようで、俺たちは容易に領主たちを取り囲めた。俺は剣を抜いて言った。

「さて、ニコラス王子、気の利いた決め台詞を頼む」

「うむ。王族に逆らった貴様らは……死刑だ!」

 違うだろ。台本を変えるな。

「死刑……と言いたいところだが、このニコラス・カイザーの慈悲によって死一等は免じてやろう。代わりに身包み置いていけぇ!」

 最後の方、王族じゃなくて盗賊の台詞みたいだな。するとピエールがニコラスを睨んだ。

「……お、お前が頭か」

 そう言うと、刀を抜いてニコラスに斬りかかった。悲鳴を上げて飛び退くニコラスの前にイリスが割って入り、ピエールの剣を槍で受けた。その隙に領主が走って逃げ出した。が、クレマンが立ちふさがった。すると残りの一人の兵士の手が光った。魔力の光、こいつは魔術師か。クレマンに魔術が放たれる。

 見ていたら勝手に体が動いていた。俺はクレマンを庇って、魔術を左腕に受けてしまった。

「ミチタカ!」

 アリシアの声がした。彼女が手を振ると突風が起こって、敵の魔術師を吹っ飛ばした。

「ミチタカ、大丈夫?」

 クレマンが抱き起こす。やっぱり力あるな、こいつ。

「ああ、左手が動かない……石みたいに固まって……けど、それ以外は特に……」

 心配そうにしていたアリシアが、ホッと安堵のため息を漏らした。

「それは硬化の魔術よ。その魔力量なら三分もすれば解けるから安心しなさい」

 左腕に受けたから、左腕だけ動かなくなったのか。正面で受けていたら三分間身動きできず、リンチをくらっていたわけか。破壊力はないけど、恐ろしい魔術だな。

 そうこうしているうちに、イリスがピエールをねじ伏せていた。どの世界でも女は強いな。

 とりあえずチェックメイトだ。膝をついたドロドロヌとかいう領主を確保した。

「さあ領主様、兵隊が全員焼き死ぬ前に、撤退命令をだして降参しろ。城の中にはまだ百人近く仲間がいて、貴様の部下を順番に殺しているところだぞ。あの悲鳴が聞こえるだろ」

 嘘だった。城内にはもう仲間は誰もいない。燃えているのも虎口の前後だけで、中の農兵が焼け死ぬことはない。煙で苦しんでいるだろうけども、火はもうすぐ収まるはずだ。

「う、う、うわああぁぁぁああ」

 すると領主はいきなり泣き出した。それも子供が駄々をこねるような泣き方だった。

「こんな、こんな酷いよぉおお、あんまりだあぁぁ、うわあぁぁぁぁ……」

 流石に言葉を失った。

「ど、どうしよう?」

 クレマンも困惑している。領主に命令させて兵隊の武装解除をさせるつもりが、こんなに錯乱しちまったら無理だな。

「仕方ない。人質にしよう」


 俺たちは一ノ門の前にいる。門の内側には馬車、馬、そして鎧や剣、槍がある。領主から取れるものは全てとっておいた。

 門の外には領主の兵たちがいる。鎧を着ていた男たちは、今は下着姿だ。

 農兵はとりあえず何もせず解放した。鍬や鋤を奪ったら農業ができないだろうし。でも全員顔がすすで真っ黒だ。

 ここまで、領主を人質にして武装解除させた。そして人質引渡しだ。領主は解放すると最初は恐る恐る様子を見ながら歩いていたが、途中から一目散に走っていた。そして半裸のピエールと抱き合って泣いた。もしかしてあの二人、できているのか?

 ともかく、すぐに門を閉めた。

「今回も鮮やかに勝ったわね」

 アリシアは得意満面だった。

「アリシアの魔術のおかげだよ」

 彼女は少し顔を赤らめて、「そう」とだけ返事をした。

「じゃあ、ニコラス、勝ち鬨を頼むよ」

「う……うむ。では……えいえい、オー!」

「オー!」

「「「「「「「エイエイ、オー!」」」」」」」

 七人での合唱では物足りないので、奪った剣や鎧を叩いて山間部に響かせた。領主やピエールに、大勢いるよう錯覚させるために。散々叫んだ後、城壁の上から領主たちが長い列になって去っていくのを見送った。悲壮感と哀愁が漂う行列だった。

「この、ニコラス・カイザーの威光による勝利だな、ハハハハハハ」

 挑発も上手いが調子に乗るのも天才的だな、こいつは。

「食料、ないねぇ~」

 奪った戦利品を見て、クレマンがぼやいた。領主たちは一日で戦いが終わると思っていただろうから、食料はそんなに持ってきていないはずだ。実際に結果はそうなった。描いていた結末と違うだろうけど。するとクレマンの腹の虫が鳴った。それを聞いてリズが笑った。

「すぐに用意します」


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