【第6話】 夢であるように
再び、手を取り合い歩き出す私たちだけど、私は目的地を知らないことに気付く。
「ところで、アルくん。今、どこに向かっているの?」
「え? いまさらそれを聞くの? まぁ、言わなかった僕も悪いけど」
本当にいまさらだった。
だが、裏を返せばそれだけ、私はこの少年に心を許している証拠ともいえる。
絶体絶命の危機を救ってくれた。
たかだか十六年生きただけの経験値でうそや悪意を見抜けるほどの洞察力も考察力もないけど、それでもこの少年は信じられると思う。
理由付けが必要なら女のカンだけで充分だ。
一度当てたのだから、二度目も外れないだろう。
「僕の家だよ。多分、トウカお姉ちゃんはこことは違う別の世界から、この世界『エデン』に来たと思うんだ。次元の歪みが発生してたしね。年に一~二回は起きる現象なんだけど、僕も直に見たのは初めてなんだ」
エデン? 違う世界? なにやら想像していたのとは違うベクトルに向かっているような。
「何もない空間から、いきなりトウカお姉ちゃんが現れたんだもん。ビックリしたよ。とにかく、僕の家に行けば落ち着けると思う。さっきのやつらからも逃げないとね」
「ちょっとまってまって! これって夢じゃないの」
私自身おかしなことを言っているのは重々承知だ。
夢の中で夢じゃないのなんて、文法自体がおかしい。
けど、こんな夢のような世界で夢ではないといわれても、はい、そうですか。
と納得できるはずがない。
だけど、だけど。
頬の痛みが夢ではないと示唆するように、訴えてくる。
実は何度も何度も危ない目に遭っている最中、頬を何度も抓った。
ヒリヒリとした痛みが返ってきたが、それでも夢だと信じてた。
頬を抓って痛くなければ夢なんて、眉唾物な断定は夢だからこそ信じていなかった。
今もそれを信じたい。
最後にもう一度と思いっきり力の限り、頬を抓ってみた。
「トウカお姉ちゃん、なにしてるの!?」と心配した声をアルくんが上げた。
結果は――――――とっても痛い。
ただ、それだけ。
目も意識も覚醒ざめる感じはない。
ひりひりする痛みを癒すように頬を撫でながら、願望を口にした。
「コレって私の夢じゃないの?」
「……残念だけど、夢じゃないよ。おなかも空けば眠くもなる。なにより死んでしまったら、もう目を覚ますことは一生ないよ。トウカお姉ちゃん、ちゃんと現実を見ようね」
「Oh……夢のような世界なのに、現実を直視しろとか……難易度が高すぎる」
理解の範疇を超え過ぎ。
ここが私の生まれた世界ではないのは、身を持っての体験で教えられた。
だからこそ、夢であるようにと願ったのだけど。
項垂れる私をよそに、アルくんは話を続ける。
「僕の目的は別世界の人間の保護。つまりトウカお姉ちゃんの保護だね」
「私の保護?」
「そう……だったんだけど、初めてやるお仕事のせいか、警戒されないように話し掛けたつもりなんだけど、トウカお姉ちゃんにはすごい勢いで逃げられるし、僕も僕で首輪買ってなかったし、そもそも人間を飼ったことないから、どの首輪がいいのかなんてさっぱり分からない」
シュンとしおらしく伏し目がちに話すアルくんの声が徐々に小さくなっていく。
「分からないから店員さんに聞いたりしてたら、おススメですって一番高いのを買わされて……急いで探しに探して、ようやく見つけたらトウカお姉ちゃん、なんか変なのに絡まれてるし……けど、無事でよかった」
「その節はご迷惑かけてスミマセン」
アルくんの説明のおかげで、アルくんが私に構う理由も分かった。
最初の出会いで私が逃げなければ面倒ごとは避けられたかもしれないけど、警戒されないようにもなにも初対面でいきなりペットや野良なんていわれれば、どんな人間でも警戒心ゼロからMAXに一っ飛びでしょ。
逃走した私を責める人はいないと私は断言したい。
仕事だからというのは、ちょっとショックを受けるけど、この少年は仕事ではなくても助けてくれたような気もする。
いずれにせよ、人間が畜生同然の扱いを受けている世界なんて一分一秒でもいたくはない。
いたくはないけど元の世界に帰る方法なんて言わずもがな分からない。
それにアルくんの言葉には重要なワードが混じっていた。
「私の世界にいた人たちもこの世界にいるの?」
「うん。多分、トウカお姉ちゃんと同じ世界の人間だと思うよ。会話や雰囲気がエデンの人間とは違うし、なにより明確な違いが発現するから……まぁ、これは家に帰ってからの方がいいか」
「ねぇ、その私と同じ世界から来た人たちの中に、小さな女の子……ううん、私より二歳程年下の女の子はいなかった?」
「トウカお姉ちゃんより二歳程年下の女の子? ちょっと、分からないかも。そういえば、トウカお姉ちゃんて何歳なの?」
「私は今年で十六歳になったばかりよ」
「あ! やっぱり僕より年上だったね。僕は十四歳なんだ。となると、そのトウカお姉ちゃんが指す女の子は僕と同じ歳か。…………う~ん、いたような、いないような。異界人は全員保護しているとは言い難いし……」
聞いたことない単語が耳朶をたたく。