【第5話】 指切りゲンマン
お互いに名前を名乗り、災難からも逃れ、心強い天使の少年アルくんと一緒のおかげか、私は心に多少の余裕を作れたこともあり、街並を改めて観察した。
天使も人も、最初にいた場所と比べれば少なく、煉瓦の家が何軒か見受けられるところ住宅街のように見える。
町名はフェイコフとあのチンピラ誘拐犯は言った。
こうしてみると、天使がいることを除けば、普通のありふれた町並みに思えた。
前を歩くアルくんの方を見てみる。
背後から見るとどうしても、アルくんの背中に生えている六枚翼に目を奪われる。
純白という言葉がこの翼を表すためだけにあっても不思議ではない真っ白な翼。
翼を織り成す一枚一枚の羽からは光の粒子でも生成している様に輝いているみたいだ。
けど、左手に首輪、右手には私という女の子。
もし、これが夢でもなく現実でアルくんが少年ではなく、中年だったら、いろいろな意味で通報待った無しのスリーアウトチェンジ、バッター刑務所だろう。
それにしても綺麗な翼だ。
触れてみたい衝動に駆られる中、ふと違和感を抱く。
その違和感の正体は初めてアルくんと出会ったところにあった。
「ねえ、アルくん、ちょっといい?」
「なに? トウカお姉ちゃん」
アルくんが顔をこちらへ向ける。
聞きたいことは山ほどあるのだ。
互いに疲れない位置で会話するため、アルくんの横へちょこんと移動した。
「たしか私、アル君と初めて会ったとき、他の天使さんたちみたいに翼が二枚しかなかったような気がするんだけど。……だけど、今はアルくんの翼は六枚あるじゃない。天使って翼の数が増えたり減ったりしたりするの?」
「トウカお姉ちゃん!? 僕の翼が見えているの!?」
アルくんが雷にでも打たれたように、驚愕の声を上げる。
「こんな間近だし、それは見えるよ。近くじゃなくてもそれなりの距離は見えるわ。視力は両目ともに二.0。山育ちを舐めたらダメだよー」
得意気げに言うと、そういうことじゃないといわんばかりに、アルくんが首を振る。
「ちがうよ。トウカお姉ちゃん、そういうことじゃないんだ。僕の言いたいことはそうじゃない。……ごめん、僕の言い方が悪かったや。僕の翼がトウカお姉ちゃんには六枚に見えてるの?」
「うん。六枚に見えてるよって、あれ!?」
アルくんの背中には翼が二枚しかなかった。
会話中、視界の中心はずっとアルくんの顔だったが、翼もたしかに視界に収まっていたから見落とすはずがない。
おかしいな? さっきまでたしかに六枚だったのに? 翼が二枚になってる。
マジシャンの手品の様に種も仕掛けも分からない子供のように私は首をかしげた。
その様子だけでアルくんは無言の解答を得たのか首を縦に振る。
「トウカお姉ちゃんには見えてるんだね。四枚の翼が見えなくなったのは僕が収納したからさ。もしものことも考えて、全部出してたけど、まさか全ての翼が見えてると思わなかった。トウカお姉ちゃんはやっぱりすごいね!」
「いやぁ、それほどでも~。なにを褒められてるのか、分かんないんだけどね」
「分からなくても大丈夫だよ。僕がトウカお姉ちゃんはすごいって知ってるだけでいいんだ。あとこれはお願いなんだけどいいかな?」
立ち止まり、アルくんが神妙な顔をする。
私も釣られて真面目に返事した。
「お願い? なに? 私にできること?」
「うん。この僕の翼のことは誰にも言わないんで欲しいんだ。どんなことがあっても。約束してほしい」
アルくんの声は外連味のない真っすぐな願いに聞こえた。
一拍の間を置いて、私はほほ笑みながら、逆にアルくんにお願いをする。
「アルくん、少し手を離していい?」
「え? あ! ごめんなさい。痛かった?」
アルくんが心配した声を上げる。優しい子だな。
「ううん。大丈夫。逃げたりしないからいい?」
「うん、いいよ。遠くに離れたりしなければ大丈夫だし。もしかしてトイレ?」
「ちがうわよ! もう、デリカシーがないなぁ」
つないだ手を離し、アルくんと向きあう。
つないでいた右手を一度、握りしめ小指だけ立て、アルくんの眼前に固定した。
「はい。アルくんも手を同じ形にして」
「うん。わかった」と素直に右手を、私のやったように模倣してみせた。
「はい。よくできました。じゃ、私の小指とアルくんの小指を絡めてっと。じゃ、いくよー。ゆ~びきりげんまんうそついたら針千本の~ます。指きった はい。私はアルくんの翼の秘密を誰にもいいません。これで天使のアルくんと契約成立ね」
にこやかに笑顔を浮かべる私とは対象的に、アルくんはきょとんとしている。
「トウカお姉ちゃん、今のはなに?」
「今のは約束を守りますよっておまじない。もし、私がアルくんとの約束を破ったら、針を千本のみますよって意味合いであってるのかな。まぁ、約束は守りますってことだよ」
詳しく指きりの説明なんてできる人なんて、そうそういないよね? 子供のころに遊ぶ『かくれんぼ』や『かごめかごめ』、恋占いやキューピットさん、いろいろあるけど、みんな伝承なんて分からずにやってることだ。
それにしても、指きりなんていつ以来だろう。
思い出すのは――ああ、あの子がまだいたころだ。
物思いにふける私をよそに、アルくんは自分の指きりされた右手の小指をじっと眺めている。
「おまじないかぁ。なんの魔力の流れも感じなかったし、ただの口約束のようにしか見えないけど……なにかいいねコレ。本当は約束を破ったとき、体が燃えちゃう魔法をかけたりするんだけど、トウカお姉ちゃんとはこれがいいや。けど、約束破らないでよ! 破ったら針千本飲むんだからね」
なにかすごく物騒なことが耳に入った気がするけど、気に入ってくれたみたいだし、指きりしてよかった。
魔法など気になる単語もあるけど、夢だし棚に上げておこう。
「うん。絶対に守る。けど、いいの? アルくん」
「いいのって? なにが?」
「だって、大切なことなんでしょ? そんな大切なことをここでいっちゃって大丈夫かなぁって」
ここは人通りが少ないといっても決して、ゼロではない。
指きりしている間も、物珍しそうに見ている天使もいれば、ほほ笑ましそうに見ている人もいた。
つまり、今いるこの場は誰かが話しを聞いていてもおかしくないところなのだ。
アルくんは失念していたように頭を抱えた。
「うう~~、トウカお姉ちゃん、そういう大事なことはもっと早く言ってよ! 大丈夫かな。大丈夫だよね。トトに知られたらまた、怒られそう」
「大丈夫。私も一緒に謝ってあげるよ」
「それは絶対ダメ! このことを話したら、トウカお姉ちゃんは酷い目にあうよ。トトは怖いんだから」
「そ、そんなに怖い人? なんだ」
「怖いよ。僕の中では世界で三番目に怖い存在だよ」
バレたときを想像したのか、アルくんが身を震わせた。
大の大人さえ倒すアルくんが怯えるのを見て、私はトトさんの姿をイメージする。
きっと筋肉もりもりのマッチョさんなんだろうなぁ。
トトと呼び捨てにするくらいだから両親ではなさそう。
兄弟またはアルくんの持つ雰囲気からして裕福層なら、家令さんがいてもおかしくない。
「さ、手を握ろう」
縮こまるアルくんの手を握ると「うん」と元気な声が返ってきた。