【第54話】 出来ない約束
「頼むからまだ町から出てくれるなよ」
青い空をまるで弾丸のような速さで飛ぶアルフェルは切実な祈りを込めて呟く。
トトからもらった共鳴のアミュレットのおかげで、桃華がこの町にまだいることは左腕に付けた銀色のアミュレットの輝きが伝えてくれる。
だが、輝きの反応は鈍く光るだけである。
一度、魔力を全力で挿入してみたがアミュレットの輝きに変化はなかったことを考えると距離が特定範囲まで近づかないと効果がないか、それとも壊れているのかのどちらかだろう。
「それにしても、しまったなぁ」
頭に血が昇っていたこともあり、肝心な情報。
『桃華がどれくらい前に誘拐されたのか』を聞くのをすっかり忘れていたのだ。
これがあるとないとでは大きく変わる。
このアミュレットが町に対となる金のアミュレットがあるから輝いているのか。
それとも、もう町から離れているが距離的に金のアミュレットの反応を拾えているのか。
前者なら町の探索に時間をかけることが正解だが、後者なら探索に時間をかけるなど愚者の行いだ。
その判断要素を補うための情報をアルフェルは取りこぼしていた。
「まずいよ。本当に~」
共鳴のアミュレットの性能自体はアルフェル自身、トトに説明されるまでもなく知っていた。
本人も桃華に送ろうと思い、つい昨日購入の手続きを踏んでいたのだ。
故に同じ共有のアミュレットが存在しても、同じ波長の信号を送受信できるのは購入した時の対となる品だけである。
だからこそ、この二点だけに集中したらいいだけの話なのだが、端的情報が足りなく、時間の猶予の問題もあった。
そうこう考えているうちに、桃華と初めて出会った町の上空に来た。
アミュレットに魔力を流すも反応に変化はない。
眼下にはあまたの天使たちが町を往来し、周囲には空中散歩中の天使や遠くには警備員らしい天使も見えた。
人探しとあらば人海戦術がもっとも効果的であり、王子であるアルフェルの命とあらば大多数の動員も見込めるが、桃華は秘密裏に匿っているのに加え、アルフェル自身あまり表立って行動したくないこともあり、必然この手は使えないと悟る。
「保護員にまで話が伝わったら、本末転倒だしなぁ。兄さんにまでばれたらそれこそ、面倒になるし」
結局、誰にも頼ることはできないこと。
また、桃華をさらった集団のことを考えればいずれにしても、無理だとあらためて断念する。
「よく考えれば、『いない者』」がいれば、この町からの脱出も容易だし、捜索を頼んだところで無辜の民が犠牲になるのは明白だ。それだけは避けないと……ああ、けど、時間が!」
町中をいくら浮遊しようとアミュレットに変化は訪れず、時間だけが無慈悲に過ぎていく。
変化がないことは町中にいることが濃厚なのだろうが、それもあと幾猶予があるのか分からないアルフェルにとっては焦燥感だけがジリジリと募っていく。
そんな中でふと、ある天使が目に留まった。
地上で泣きじゃくる幼い天使の女の子だ。
付近に親らしい天使も見つからず、咽び泣きながら歩く姿は上空からでも不思議と目に付いた。
「なんだろう? すごく気になる」
ただの迷子かな? と、思うもなぜか無視できない要因に思えたアルフェルは地上へ降下し、その少女へ話しかけた。
「ねぇ、きみ、どうしたの? お母さんは?」
天使の少女は突然、空から降りてきたアルフェルにビックリするも、おどおどと言葉を口にした。
「あ、あのね? お母さんはおうちにいるんだけど、ミルね、おうちに帰れないの」
「ミルちゃんっていうのか。かわいい名前だね。僕はアルフェル。ミルちゃんはどうしておうちに帰れないのかな?」
ミルは落ち着かないのか、しゃくり上げながらたどたどしく答えた。
「あのね、ミルがね、おうちに帰ろうとしたらね。ひっく、笑い声が聴こえてきたの。そしたらね、ミルがね、すん、のぞいてみるとね、だれもいなかったの。こわかったの! こわいの!」
アルフェルと会話している間、収まっていた涙が思い出した恐怖のせいかみるみると目尻に再びたまっていく。
「ミルこわくておうちに帰れないの! あそこ通らないと帰れないのに! お母さんにもう会えないの~っ! びぃえ~~~~~んんんん」
かわいらしい顔が歪み、小さい体からは考えられないほどの大声量の泣き声を聞きながらもアルフェルは落ち着き払い、笑顔を浮かべてミルの頭を撫でた。
「ミルちゃん、大丈夫! お兄ちゃんがその怖いことを追い払っておうちに帰れるようにしてあげるよ」
ミルは頭を撫でられた安心感かアルフェルの言葉によるものか、はたまた両方か。
泣き声は次第にトーンダウンし、さめざめと涙を零した瞳は既に下ではなく、上目使いでアルフェルを見ていた。
「ふぇ? ほんと? お兄ちゃんが何とかしてくれるの? ミル、おうちに帰れるの?」
無垢で疑うことも知らぬ瞳で真っすぐにアルフェルに問いかける。
「うん! 任せておいて。ただ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん! いいよ! なんでも聞いて」
泣き顔から一転して笑顔でミルは応じる。
「その誰もいないところから声が聞こえたところに例えば、最近おかしいことなかったかな? 見たこと人間が見かけたりとか」
「うーん、そんな人間はミル知らない。けど、シャレットおばさんたちを最近、あまり見なくなったかな。お母さんは旅行をたくさん行くようになったからって行ってたけど」
アルフェルは犯人の尻尾を掴んだ刑事のようにほくそ笑む。
「ありがとう、ミルちゃん。とてもよく分かったよ。それで笑い声が聞こえた場所はどこか分かるかい?」
「うん! 分かるよ! おうちへの道だもん。 ここをま~っすぐにいくとね。茶色のおうちと青の三回建てのおうちがあるの。そのおうちとの間に道があってね。そこから笑い声が聞こえてきたの」
褒められて役に立ったのがうれしいのか、意気揚々とミルは声を弾ませる。
「ありがとう。ところでシャレットおばさんのおうちはどっちかな?」
「青いおうち! 三階建ての方、すっごい大きいおうちなんだよ!」
「青いおうちの方だね。じゃあ、お兄ちゃんがミルちゃんを怖がらせた悪者を退治してあげるね」
「ホント!」
ひまわりを想起させるような笑顔をミルは浮かべて喜ぶ。
「ホントさ。そうだな、ミルちゃんは今から一時間ほどしたらおうちに帰っても大丈夫なようにしておくから、それまでこれでどこか遊んでもらっていいかな? 友達の家でもいいよ」
アルフェルは財布からこの世界の通過である千パニを取り出す。
「こんなに? けど、もうおうちに帰らないとお母さんに怒られちゃう」
困った顔をするミルにアルフェルにも困惑が移る。
「そうか。困ったな~。……そうだ! じゃあ、僕がミルちゃんのお母さんに話しておくよ。それでいいかい?」
アルフェルの言葉にパァっと笑顔に戻るのを見て、泣いたり落ち込んだりころころと表情変えて忙しい子だなと思う。
「ホント! ぜったいぜ~ったいの約束よ。お母さん、怒らせると怖いんだからお願いね」
「うん、約束だ」
「うん、ありがとう! お兄ちゃん。私、公園で遊んでるね」
「うん! いってらっしゃい。気をつけてね」
出会ったときとは反転したかのように元気に走り出すミルの背中を見送りながら、アルフェルはポツリと呟く。
「できない約束しちゃったかも」




