【第50話】 誰がために鐘は鳴る その3
「大丈夫? 痛いところはなぃ? おなかも減ってるだろうけど、あと、ちょっとの我慢をしてねぇ。おいしい物を食べさせてあげるからぁ。それじゃ、ママのところに行こうねぇ」
ローズマリーは子供をあやす様に少年に話しかけると、その体をひょいっと抱き上げこちらへ戻ってきた。
「はい! 母子の感動の対面。約二ヶ月ぶりですねぇ。ママも君も話したいこと山ほどあるのだろうけどぉ、ちょっと待っててねぇ。バルトさん、ママをその椅子に座らせてもらえますぅ?」
母親を拘束していた天使バルトは頷くと、剛がさっきまで座っていた椅子に母親を座らせた。
「ありがとうございます。そしたらぁ、念のためにロープで拘束してもらえますぅ?」
バルトは了承の頷きを見せると、椅子の付近にある道具箱からロープを取り出し、手際よく拘束していった。
その間に口は自由だったおかげか、母親が溜め込んでいた言葉を一気にはき出した。
「はなして! はなしてよ! あなたたち、一体、何が目的っていうの! セーレまでそんな目に合わせて、絶対に許さないんだから! 今すぐ私とセーレを自由にしなさい! これは犯罪よ! セーレ、ママが絶対に助けてあげるからね!」
甲高い声が陰湿なこの部屋に木霊する。
「ママ、ママぁ」
地面にたたきつけられた際にどこかを痛めたのか、声は掠れ今にもその命が尽きそうな姿に剛は思わず、力いっぱいに伸ばす少年の手を母親へと導いてあげたくなった。
「剛くん、なにぼうっとしてるのよぅ? この子の体調がさっきのトラブルのおかげでギリギリだから予定を早めるわよぅ」
「予定を早める?」
ローズマリーの声に我に返った剛は鸚鵡返しに質問する。
「そぅ、本当は凜ちゃんをヒゲンカ草に食べさせる予定だったんだけどねぇ。そんなことしてたらその子の体持たないし、先に食事を取らせなきゃ」
ローズマリーの言葉に剛は少なくともショックを受けた。
もちろん、ヒゲンカ草のそばにまで凜を運んで来たのだ。
その意味も凜の体がどうされるのかも、想像ついていたがあらためて言葉で宣告されると動揺している剛がいた、
「俺は新しい恋に生きるんだ」
自分にそう言い聞かせ、ローズマリーに指示を仰いだ。
「剛くんはこの子が倒れないように支えてもらえないかしらぁ。ちょっとぉ、待ってねぇ。豊艶なる朱の御印よ。審体の魂底へ、その意識を沈ませよ! 【狂い裂く不死の肉体】」
ローズマリーが詠唱すると少年の体が薄い赤色の光に包まれた。
数秒でその光は消えると、ローズマリーは少年を地面に下ろし「はい」と剛に預けてきた。
剛はふらつく少年を両手でしっかり押さえつけると、観察気味に少年の体を見る。
見た目的には変化はないようで、だとすると、あの魔法は肉体に働きかけず精神に働きかけるものだったのだろうか。
実際のところ、この少年の肉体はすでに限界を超えているだろう。
まだ、小学生の低学年くらいの歳に見える。
育ち盛りのその年齢に対して、この体はあまりにも衰弱しているのが少年を支える手を通して、イヤでも伝わってくる。
ローズマリーもそれを見兼ねて食事を取らせることにしたのであろう。
となると、残念ではあるが実験されるのはあの母親の方か。
少年は実験の結果は見ての通りの木乃伊状態だ。
母親はあの椅子に座らされたということはヒゲンカ草の餌食となるのだろう。
それが終われば次は、凜の番か。
「しょうがねえだろう?」
口癖を漏らし、正面を向く。
わずか十メートル足らずの位置に少年の母親が椅子に座らせている。
男の本能というべきか剛はつい視線を母親の上半身から下半身へと視線をスライドさせる。
その際にふと、左太ももに星型の印が目に入った。
「ローズマリー様、あの印はなんですか?」
剛の質問にローズマリーは肝を冷やした表情で恐る恐る質問に質問で返してきた。
「た、剛くん? もしかして、あの印の意味を聞いているのぉ?」
「はい」
「た~け~しく~ん! ダメじゃなぃ! あの印は特別な実験体だから私の許可なく実験したらダメってず~っと前にぃ話したでしょう?」
「あ! そ、そうでしたね! 思い出しました、思い出しました」
「もうしっかりしてよねぇ。フランクさんじゃないんだからぁ」
「すみません」
正直にいえば、剛は忘れていたのが本音だが、わざわざ藪蛇を突くマネをする必要はないわけでその話は終わりにした。
とはいえ、やはり、この女性が実験されるのは間違いないわけだが、なぜこんな手間を? 実の息子の前でヒゲンカ草に食わせるのが実験目的なのだろうか?
ローズマリーは精神状態の――なんとかっていっていたのだからこれもその一環それなのだろう。
この間にも母子は励ましあいとはいっても、少年は喋る体力もなくなったのか母親の優しく安心を齎す言葉にただただ頷いている。
そのやり取りにこれから起こる悲惨な実験を知る剛は胸がチクリと痛むたびに、いつものせりふをはき出していた。
「ねぇ……お兄……ちゃん。……なにが……しょうが……ない…………の」




