【第39話】 人間(ペット)の生存権
「幸運にもクローディアは俺たちと同じ異界人の日本人の女性に助けてもらったらしい。その女性は、とある裕福層の天使に拾われて、そこで家族を作り幸せに暮らしていたそうだ」
普段のちゃらんぽらんな言葉とはガラリと変わって、真面目な口調でリーダーが話す。
「行く充てのないクローディアをご主人の天使にお願いして自分の娘として育てる許可をもらったみたいでよ」
「話を聞く限り、主従関係を除けば、いいはなしに聞こえるけど?」
「ちょっ、ま~てって。おま、すぐに自分の結論出す癖あるよな! 話は最後まで聞けってーの!」
うっ! あまりこの人に言われたくないけど、たしかに私の悪い癖だ。
気を付けよう。
「で、クローディアもその人を母親のように慕って、その旦那さんもこっちの世界の人なんだけど善い人で、その人の娘さん、クローディアの妹にあたる娘もイイコでまぁ、首輪を着けていること以外は順風満帆だったわけよ」
こっちで結婚までして、子供まで持つ方がいることに私は驚いた。
住めば都という言葉もあるし、首輪や環境に慣れれば私もそうなってしまえるのだろうか?
「ちゃけば幼かったせいか首輪に抵抗なかったみたいだしな」
アルくんが私を保護してくれたように、天使にも庇護欲があるのがよく分かる話だ。
妹もアルくんのような天使にクローディアみたいに保護されていれば多少は安心できる。
「ここまではイイオハナシだなーの感想だよ。誰が聞いてもな! ここからおまえの大好きなアルフェルが出てくる。言っておくがこれは嘘偽りない。脚色なしのノンフィクションだぜ!」
「アルくんがクローディアに関与している?」
リーダーの語気が少し荒っぽくなるのも加えて、なにか嫌な予感がした。
聞かない方がいいという私の本能が叫んでいる気がする。
理由はなんとなく気付いている。
リーダーの話に続きがなければ、クローディアは『理想郷の鐘』にいないのだから。
「覚悟は決まったか? ……話すぜ」
私はこくりと頷く。
話を聞かなくては作戦を理解することは出来ないのも合わせて、彼らがなぜアルくんを憎むのか。
その一端に触れる機会でもあるのだから。
「クローディアが十四歳のころの話だ。なんでもない日に母親と妹と一緒にご主人様と買い物に行っていたときだ。本当になんでもない一日だったはずなんだってよ。アルフェルがお忍びで町に来なければな」
「アルくんが?」
「そう。アルくんが! だ! アルフェルたちご一行様に余所見でもしていたのか、運悪く妹の方がアルフェルとぶつかっちまった。御付きはもちろんアルフェル自身も激オコでよ。それに気付いた母親はすぐに止めに入った」
なんだろう? 怒ったという描写が私と彼では凄く酷く格差があるように感じられる。
スラングな言葉だからではなく、それは怒りの感情がそのまま言葉に乗せられている気がして。
「ご主人様の天使も腰を低くして娘を許して欲しい。ペットを許して欲しいってな」
「アルくんなら許して」
「アルくんなら許してくれたってか!? なわけないだろう!」
突き刺すような鋭さで私の声を切り裂いた。
「クローディアの母親はな、アルフェルに殺されているんだよ! しかも、残虐なやり方でな! まるで、子供が軽い気持ちで命を扱うのと同じさ。蜘蛛の巣に捕まえた綺麗な蝶を取り付けるかのようにな!」
「アルくんがそんなことするはずがない!」
反射的に大声でリーダーの言葉を打ち消すように叫んだ。
「……あいつは母親と妹を部下に捕まえさせると、元から用意してあったのかデッカイ檻の中に母親と妹を放り込み、そして……檻の中にいた腹を空かせた犬たちの餌食にされちまった」
リーダーと繋いでいる右手が痛む。
それは私の手を無意識にだろう強く握ってきている。
離すことはできない。
もとより私の力では振り解くことさえできない。
それでも彼に痛みを告げなかったのは、彼の言葉が真実だと認めたくなかったから。
痛みと同時に伝わる彼の怒りを本物と認めてしまえば、私が知っているアルくんは――。
「クローディアはアルフェルの部下に羽交い絞めにされて泣き叫ぶ妹を、娘を守ろうとして奮闘する母をただ眺めているしかできなかった」
「うそよ! アルくんがそんなこと許すはずがない! あなたが言っているのは出鱈目よ!」
「マジモンなんだよ! クローディアはガチでマジで目の前で命の恩人の母親をその娘を犬に食われてんだよ!」
剥き出しの感情が声になり、私を穿つ。
「八歳の妹の喉笛に喰らいつき、小さな体を左右に激しくぶんぶん振り回される妹を! それを守ろうと必死で魔法を唱えようとしても声にできない母親を今でもあいつは悪夢でみるんだよ。分かるかよ!? おまえに俺の無力さが!」
私はなにも言えなかった。
うそだと告げたい! けど、慟哭にも似た彼の言葉には耳を防げない何かがあって、それをうそだと否定することが私にはもうできなかった。
「…………わり。私情混じっちった。……アルフェルのそのときの笑い声が忘れられないんだとよ、クローディアは」
握られた手の痛みが次第に和らいでいくのを感じた。
「そして、お優しいご主人様は抗議はするもアルフェルからの人間を壊した弁償でホクホク。人間の旦那さんはご主人様から新たにもらった人間の女に喜び、幸せに暮らしましたとさ」
「……クローディアはどうなったの?」
「母親を殺した天使と一緒にいられないと家出したさ。最初はご主人様も父親も悲しんではいたけど、さらに裕福になった家、新しい家族と入れ替わるように捨てられていく母たちとの思い出の品々、そんな家に嫌気が差してね」
「でも、それは」
「ああ。首輪を外し、外に出ればどんなに危険かはもう体験してるから分かるよな? クローディアは天使に捕まった。弱り目に祟り目ってやつでとんでもないひでえヤツのところで奴隷のように使役されてたのよ」
クローディアの生い立ちが本当だとすれば、それはとても饒舌に尽くしがたい惨状だ。
本当に、本当にアルくんがそんなことをしたのだろうか?
とても彼ら嘘を言っているようには思えない。
でも、なにを信じればいいか今の私には――分からない。
リーダは私の思案は構わず言葉を続けた。
「俺に会うまで! そう俺に会うまで!」
「はい! ストップ! そこまでよ、もう時間もないわ。そのお花畑もちょっとは分かったみたいだし、リーダー、まとめて頂戴」
「ちぇ! これから俺の大活劇なのによ。まぁ、いいや。えっと、なんだっけ。いいか、とにかく俺たちの命令には絶対なこと。俺の側から離れないこと。んでもって」
「ん~」となにかを思い出すようにリーダーがうなる。
「なんだっけな~。あ! 香霧は屋敷の外で待機。一時間して俺たちが出なかったらアジトに一度戻ること」
香霧さんが頷く。
「ルーファスとソフィアちゃんは予定通り、囚われた人間の解放。多分、戦闘になるからヨロ。俺と桃華は『人間接待』を直接たたく!」
「「了解!!」」
喋ることができない香霧さんに代わってか、二人が裂帛の気合が入ったような返事をした。
「着いたよ」
遅れて、香霧さんの声が聞こえる。
それは目的地に辿り着いたということであり――。
「ところでよ。桃華は天使も人も殺してはダメって言ってたが、これから向かうところはクローディアの話よりひどいところなんだぜ。それでもおまえは殺してはダメって言えるのか見せてもらうわ」
ぼそりと私の耳元でリーダーが囁いた。




