【第2話】 笑顔の裏に潜むもの
二人の天使の顔に浮かぶのは、先ほど同様に笑顔だ。
笑顔を浮かべる相手から不快感を抱かされるのは初めてで、どうこの感情を処理すべきか戸惑う。
そんな私の心境を知ってか知らでかかっぷくの良い方の天使が話しかけてきた。
「こんにちは、カワイイお嬢ちゃん。さっきからキョロキョロしているけど迷子かい?」
見た目30代前半くらいかな? 笑顔と優しそうな声も相重なって、緊張が多少解けた気がした。
なんだか良い人そう。
もう一人のオジサンはなにかブキミだけど――この人にここがドコか聞いてみよう。
「えーと、迷子といえば迷子なんですけど、あの……ココってドコなんでしょうか?」
かっぷくの良い天使は私の質問に穏やかな雰囲気を漂わせて答えてくれた。
「ここは『フェイコフ』って町だよ。お嬢ちゃんはどこから来たんだい?」
フェイコフ? 聞いたことがない地名だ。
夢なのだから、知らない町が出てきても仕方がない。
「私は日本の宮崎から来たんですけど、あっ! ジャパン! ジャパンです」
慌てて言い終えてハッと気付く。
もとより、この天使たちは日本語を喋っているのに地名からして外国っぽかったから英語で言っちゃた。
ハズいなぁ。
夢だからこそ、私の主観によるご都合主義に決まってるのに。
恥ずかしがる私とは打って変わって、今度は天使たちが困惑していた。
「日本? 宮崎? ジャパン? 聞いたことないね。ドコか遠い田舎かな?」
「いやいや、世界の日本ですよ? たしかに宮崎は知名度低いですけど」
日本が分からなかったらおじさんが今、喋っているのは何語ですか? と、ツッコミたい。
日本を知らないなら別の言語を喋るなら、まだ話しも分かるのに、私の夢だから私基準なんだろうけど。
しょぼ~んと勝手に落ち込む私の言い分にかっぷくのいい天使はさらに困惑するが、もう一人の天使の声が事態を一転させた。
「アニキー、早くコイツさらっちまおうよ~。オデ、早くノルマをこなして帰りたいよ~。上玉だしボスも喜んでくれるよ~。早くしないと、もし飼い主から逃げて来ただけならトラブルになるよ~。だから早くさらおうよ~」
肥満な天使が大声を上げる。
不吉な内容が含まれた声に思考がフリーズしていく。
思考のフリーズは解けていくがその先は決して熱い演出でもなく、反りてBad End確定レベルな不幸な演出の予感を彷彿させる。
ちょっと、アンタがやろうとしていることはノルマをこなすどころか、カルマをこなす行為だよ! とツッコミたいけど自重。
だって、夢でも怖いモン。
「そうだな。さっさとさらってメシでも食いにいくか! こんだけ若くてかわいいんだから、ボスからボーナスも出るだろ。飼い主や保護員共が来る前にさっさと仕事を終わらせちまおう」
さっきから上玉とかかわいいとか褒め言葉が飛び交っているのにうれしくないのはどうしてだろう? むしろ、このシチュエーションでは最っっっっこぉぉぉぉおおに身の危険を感じることしかできないんですけど! 美しいは罪っていうけど、この罰は秤の釣り合いがまったく取れていないと思いますよ、神様?
それにしても周りの天使や人のスルーっぷりは何なの? こんなかわいい女の子が誘拐されそうなのに大人も子供もお姉さんも全力でスルー。
周りの人も天使の格好をした二人の行動どころか私にも興味はなさそうに歩いてく。
チラ見程度はしても、厄介ごとに関わりたくないのか、それともこれがこの街での日常なのか。
分かるのは私に対して興味がないということだけ。
この異様ともいえる状況のせいか私は助けを求めるのを躊躇ってしまった。
迷う間にも二人は徐々に私との距離を詰める。
私は後退るも靴の踵がコツンと壁に当たり、それは絶体絶命を直覚させる感触となった。
焦燥感が過る中、ふと妹のことを思い出す。
幼い頃に行方不明になった妹、このまま見知らぬ地で私も行方不明になるのだろうか? そんなことを思い浮かべていた。
そう観念にも諦観とするしかない状況を受けいれかけていた。
けど、そんなのは――
冗談じゃない! 私がココで行方不明になったら、誰が妹を探すの! お婆ちゃんやお爺ちゃんだって心配する。
だったら、諦めず逃げなきゃ! 周囲は助けてくれそうもないし、人間は首輪で拘束されているし。
「ここはサイアクな街で、これはサイアクな夢だ!」
私の突然の叫びと激しいけんまくに二人も思わず、たじろいた。
その隙を見逃さず私は走り出す。
二人は虚を衝かれたのか反応が遅れた。
その一部始終を見ていたのか周囲の人間も驚いた表情を見せた。
「なんだ。私のこと見えてないわけじゃなかったのね。一部の人間にしか見えない透明人間の設定かと思い始めていたわ」
私のことに無関心なのかと思えば実のところ、興味持っていそうな人たちもいたみたいだ。
その存在が実にいやらしく感じる。
たしかに少人数なら止めに入っても、返り討ちか酷い目にあう可能性の方が高かっただろう。
けど、少ないとはいえど、私が窮地に陥っている間、両手で数え切れるほどくらいは天使も人も通り過ぎていった。
一人が声を掛ければ、状況も変わったかもしれない。
警察のような存在がいれば、呼んでくれるだけでもうれしかった。
けど、その様子は見られない。
薄気味悪い街ね。
この街を抜けるために颯爽と駆け抜けた。
あの二人の天使から逃げ切ることは勿論のこと、この街から受ける印象から逃げたいという恐怖が疲労を押し退ける燃料となり、ただ前へと足を動かした。
――走り続ける私の眼前にひらひらと白い羽が舞い落ちる。
バッサバッサと何かが空気をたたく音が聞こえる。
空を見上げるという行為がこんなにも怖いことだと思ったのは生まれて初めてかもしれない。
恐怖心を抱いたまま走ることを選んだが、その心中が開くかのごとく、恐れは具現化した。