【第1話】 ここはどこ?私は桃華。あなたたちはだ~れ?
「え? どこ? ここは!?」
気付けば知らない場所に立っていた。
目の前に広がるのは摩訶不思議な光景。
「なに? これ?」
そこには純白の翼を背中から、はためかせてる人々が往来している。
私の拙い知識で表すなら、その人たちを『天使』と表現するのが一番分かり易い。
次に不思議に見えるのは人間。
そう、普通の人間だ。
私と同じ人間のなにが不思議というと、みんな首輪をしている。
アクセサリーのようにも見えるけど、首輪を繋げるリードの先は天使の手の中にすっぽりと収まっている。
傍目から見ればそれは――
『人が犬を散歩させる』
そう連想せずには要られない光景そのものだ。
「なにかのイベントなのかな? けど、私がいたのは……こんな街中じゃ」
記憶に障害があるように思えた。
けど、どこかを打ったとかはなく体に異常はないみたい。
私の名前は――悠久 桃華。
高乃森高等学校一年生、年齢は十六歳。
趣味はスポーツ全般にゲームと四文字熟語やことわざを憶えること――うん! 私は私のことを憶えてる。
記憶障害ではなさそうだ。
それなら、なおさら問題が発生する。
私はどうしてここにいるのだろう?
思考が振り出しに戻る。
私が奇異と好奇心旺盛な視線を注ぐ様に、私も同じ視線を受けていたみたいで、周囲の天使の姿をした人たちからジロジロ見られていることに気付く。
視線が突き刺さる様な嫌な感じを受け、別の場所に移動しようとしたところ、陽気で明るい声を掛けられた。
「やぁ! お姉ちゃん。こんにちは」
振り向くと爽やかな笑顔を浮かべた天使の姿をした少年がそこにいた。
年の頃は十四くらいか。
私より下に見える。
綺麗に整った銀髪で、左目には燃えるような紅、右目には穏やかさを宿す青のオッドアイ。背丈は155センチくらいで、白を強調した服装も相俟って背中に生えてる翼が神々しく見えた。
日常ではよくあるあいさつだけど、少年の背後の翼は一体なんだろう? 戸惑う私のことなど、お構いなしに天使の姿をした少年は、さらに混迷へと誘う言葉を発した。
「お姉ちゃん、首輪をしていないね。野良なの? それとも、飼い主に捨てられたばかりなのかな?」
「え? ……野良? 捨てられ……なにをいっているの!?」
なに? 野良って? 捨てられたって人を犬か猫の様に表現するなんてちょっと失礼ね。
この少年の将来のためにビシって言って上げなきゃ!
「あのね、いきなり人に向かって、野良とか捨てられたとか失礼よ。それにその翼の飾りはなんなの? なにかのコスプレ? 他の人も付けているみたいだけど祭りか何かのイベントなの?」
「あはは、ゴメンね。お姉ちゃんの言うとおり、確かに初対面で失礼だったね。なんでお姉ちゃんが首輪をつけていないのか気になっちゃって、声を掛けたんだ」
怒りを含む私の声に天使の少年は驚くもすぐに笑顔で謝罪を述べた。
「それとこの翼は飾りじゃないよ。天使なら、生まれつき着いてるモノさ。人間にはないけどね。コスプレの意味は分からないけど、別に祭りもやってないし、日常風景だと思うよ?」
なにを言ってるんだろう、この少年は? 自分のことを天使とか言い始めちゃった! 会話がズレているどころか剥がれ落ちているじゃない。
もしかしたら危ない子に絡まれてるのかも? 人懐っこそうな雰囲気に騙された?
今、私の状況をRPG風に表現するならこんな感じだ。
「天使の少年? が現れた どうする? コマンド」
たたかう
ぼうぎょ
⇒にげる
どうぐ
迷わず、このカーソルに合わせるだろう。
あとは実行あるのみ!
「……あの、ごめんね。ちょっと私……急いでいるから、じゃ」
しゅたっと手を上げ、私は天使の少年から背を向けて、あてもなく走り出す。
「あ! 待って! お姉ちゃん、首輪を付けてなきゃ――」
自称天使の少年が何か叫んでるが、駆け出した私の耳に声は届くことはなかった。
――どれくらい走ったのだろう。
ふと足を止めて後方を確認する。
先ほどの少年はもちろん、誰も追いかけて来てはいない。
その事柄に安堵して、あらためて辺りを見てみた。
ついさっきまでいた街中とは一転して、人気のない場所のようだ。
全力疾走をしたせいか、肺が酸素を強く求めていた。
体の要求に従い、足を止め、呼吸を整える。
少し落ち着いたところで、ずっと気になっていることを声に出してみた。
「ここはドコだろう?」
当然、今いる場所も目まぐるしく走った道も、奇妙な少年に絡まれてた場所も何一つ見覚えのない。
記憶をたどったところで答えは変わらない。
考えを分かる範囲でまとめてみるため自問自答してみる。
私はどうやって、この見知らぬ土地へ来たんだろう?
誰かに連れられて? 自分の意思で? ――後者はNoだ。
私は自分がどこを歩いているのか分からないほど、幼くもないし、夢遊病者ではないはずだ。
何より、知らない道を来てしまったのなら来た道を戻れば良いだけのこと――だけど、戻るべき道も分からない。
それに私は……そう、私は裏山にいたはずだ。
記憶を確かめるように頷く。
うん。間違いない! となると、私はいつもの草むらでうとうと眠ってしまったのかしら? だったら、ここは私の夢の中? だとしたら納得! 天使なんか現実にいるハズがない。
夢なら楽しまなくちゃ! 天使が出る夢なんて縁起いいし、起きたらいいことありそう。
あ! また、天使だ
私が見上げた視線の先には天使が二人いた。
二人とも中年で一人はかっぷくの良い男性で背中に生えた翼を力強くはばたせて笑顔で私を見ている。
もう一人も男性だ。
粗野な雰囲気を晒しながら肥満な体を翼が全力で支えるかのごとく翼をはためかせてる。
二人とも笑っていた。
二人の天使と視線が交錯する。
イヤな視線だ。
不快感とともに、女のカンが警笛を鳴らしている。
『逃げろ!』と自分に警告を送るが、即時に『ドコヘ?』と疑問符が返ってくる。
これ以上、目的もなく此処彼処 に走り回ると今以上に迷子になってしまう。
そんな中でふと、先刻、自分でまとめた答えを思い出す。
「そういえば、これは夢……なんだよね」
そうだ。
これは夢なんだ。
夢ならどんなに酷い目にあっても目が覚めれば、全てなかったことにできる。
だって、夢なんだから。
そう認識することにより気持ちは幾分か和らいだ。
ただ、それでも私の中で鳴り響く警笛は止まらない。
あらためて辺りを見回す。
最初にいた場所より天使や人は少ないが、ゼロではない。
白昼堂々となにか危害を加えられることはないだろうと警笛を鎮める理由を脳に付与した。
それにあの二人の天使だって別に私のことなんてスルーして――くれないのネ。
そして、二人の天使が私の前に舞い降りた。