02
「……」
「……」
本堂からの話を聞き終えた公爵たちは黙り込み、その場にやや重い空気に包まれる。
「……いや、うん。ユーリ殿が本当に無事で良かった」
公爵からの一言に、「ありがとうございます……?」と思いつつ、説明要求のために本堂に目を向ければ、何かを察したのか、眉間に皺を寄せる。
「奥様」
「何かしら?」
「この場でいいので、勇者召喚について、簡単に知る限りのことを彼に教えてあげてください。どうやら、知らされていないことがあるようなので」
「なるほどね」
本堂と夫人が何やら話している。
どうやら、勇者召喚について知るべきことを、俺が知っていないと判断されたらしい。
「勇者様。そもそも召喚された『勇者』というものに関して、一定の決まりというものがあるんです」
「決まり、ですか」
そこから公爵夫人の説明を聞くに、そもそも召喚される勇者は、この世界の理――神や世界樹といった存在により、別の世界と繋がりが作られ、そこを通じてこの世界に現れるとされている……らしい。
ただ、どのような者がそこから送られてくるのかは、召喚者がこれといった指定をしない限りは神や世界樹などが選ぶため、召喚が成功するまで、どのような人物がやって来るのかは不明。
「けれど、問題はそこからです」
神や世界樹などが選んだ者――この場では『勇者』というが――『勇者』が到達したこの世界で、召喚者もしくはその周囲で酷い扱いを受けた場合。
「その行為をするということは、『勇者』を選んだ神もしくは世界樹に対して、文句等を付けることになります」
「その勇者自身に問題があっても?」
「もし、勇者自身に問題があれば、神が繋いだ場合は神殿に、世界樹が繋いだ場合は空に向かってその事を告げれば、審査が入りますので問題はありません」
「逆に、有村君みたいな扱いを受けた場合は、完全に繋ぎ役の神様たちに文句を言う形になるだろうね。選ばれた人の中には神使みたいな人も居たみたいだし」
夫人との会話を聞いていたであろう本堂が呆れたように告げる。
「神や世界樹が決めたことに反論するなと言うわけではありませんが、もう少しやり方というものがあるはずだと言いたいところです」
「けれど、もし彼の件が聖国にでもバレたら、ハウンドリーゼルは大変だろうね」
神や世界樹を神聖視している『聖国』は、神たちが選んだであろう『勇者』を、酷い目に遭わせることを嫌う国である。
かと言って、こっちが『勇者』だからと何でも言うことを聞いてもらえるような国でもないのだが、少なくとも必要最低限の生活を送れるぐらいの生活設備や金銭は補ってくれるような所ではある。
「まあ、ハウンドリーゼルについては、そのうち否が応でもそれなりの報いは受けることになるだろうから、気にしなくていいと思うよ」
そんな言い方されると、本堂がこれから何かするのか、もうすでに何かしてきたみたいにも聞こえるんだが……
「あいつらは、受けてないみたいだけどな」
エクレリアス様の呟きに、また『あいつら』かと思う。
陛下との話の時にも、本堂の方にも何かあったんだろうなとは思ったんだが、もしかして、俺が思ってるよりも――
「別にいいよ」
本堂が返事をするように告げる。
「今さら、彼らがどうなろうが私には関係ないですし、もしこっちに関わってきたのだとしても、無視すれば良いだけのこと」
「……」
「それが、あいつらだろうが、元・旅仲間だろうが、関係ありません」
本堂はそう言うが、やられた方というのは、やった方よりもよく覚えているもので。
「そうか」
本堂の意志を確認したかのように、公爵がそっと目を閉じる。
「勇者殿」
姿勢を直した公爵が、こちらに目を向けてきたかと思えば――
「愛理のことをよろしくお願いします」
そう言って、頭を下げられる。
そして、『アイリス』ではなく、『愛理』って呼んだってことにも、意味はあるんだろう。
「えっと、俺でいいのなら……」
「レオナール様。彼を困らせないでください……」
戸惑いながらも返事をすれば、隣から本堂の悩ましそうな声が聞こえた。
「ははは、困らせたのなら悪い。だが、彼を連れてきた時点で、少なくともお前が『彼は信頼に足ると判断した』と思ったから、一緒に来たんだと思ったんだがな」
「ぐっ……」
どこか笑いつつ俺に謝罪したあと、矛先を向けられた本堂が反論できないとばかりに悔しそうにする。
けど、そうか。本堂は俺を『おそらく同郷』という理由だけで助けたと言っていたが、そこに『俺と一緒に行動していてもいい』って思える何かが無ければ、俺は武器や金銭を渡してもらった時点で、放置されてる可能性もあったわけで。
「本堂、助けてくれてありがとう」
素直にお礼を口にすれば、本堂は何とも表現のしにくい表情をする。
「……べ、別に。助けた理由は、あの時言ったし」
やっぱり、彼女には分かりやすい部分もあって、照れていることは態度をみれば明らかであり。
メイヴィール家の人たちの反応をみる限りだと、この家に居たときも、こういう反応をすることがあったらしい。
「あらあら、アイリスちゃんがそんな反応をするなんてねぇ……ふふっ」
「奥様!?」
夫人に至っては、面白がっている雰囲気がある。
「おい、勇者。アイリスちゃんはやらないからな」
「え?」
「エクレリアス?」
「エクレリアス様?」
そして、エクレリアス様からは宣戦布告される始末。
そのせいなのか、夫人が『ここで言っちゃうの?』とでも言いたげに、本堂からは睨みを利かされるエクレリアス様。
「いやだって、まだ早いよ!?」
「そんなこと言ったら、適齢期の貴族令嬢の方々が可哀想でしょう。エクレリアス様も、早くお相手を見つけてください」
あ、エクレリアス様ががっくりと肩を落とした。
本堂の言い方から、何となく伝わっていないことは、この家族のやり取りを初めて見た俺にすら分かったんだから、ずっとこのやり取りを見ているであろう公爵夫妻は、すでに彼の気持ちなど分かっているんだろう。
「ったく……」
本堂も本堂で、ここまで落ち込ませる気はなかったらしく、面倒くさそうに、何て声を掛けるべきか悩ましそうにしている。
そんな彼女に気づいてなのか、否か。ふと思い出したかのように、公爵夫人が本堂に声を掛ける。
「あら、そうだわ。アイリスちゃん、少し手伝ってほしいことがあるんだけど、良いかしら?」
「手伝いですか? 荷物を置いてからで良いのであれば、別に構いませんが」
「ありがとう。それじゃ、早速行きましょうか」
まさか今すぐだと思っていなかったのだろう。
公爵夫人から有言実行とばかりに立ち上がって促された本堂は、戸惑いながらも「それじゃ、少し出てくる」と俺に声を掛けたあと、「二人も変なこと話さないでよ」と公爵たちにも注意してから、夫人の後を追うように部屋を出ていく。
「変なこと……『変なこと』、ね」
公爵がやれやれと言いたげに苦笑しながら、息を吐く。
「ユーリ殿」
「はい」
「あの子から、あの子自身のことについては聞きましたか?」
「いえ。先程も言いましたが、俺が知ってるのは彼女の名前と、同郷かも知れないってことだけです」
公爵の問いに答えれば、「そうか」と何とか聞き取れる音量で返される。
「父上、まさか……」
「ああ、そのつもりだ。彼には知っておいてもらわないといけない。同じ『過ち』を犯さないためにもな」
そして、公爵(とエクレリアス様)から話されたのは、本堂がこの世界に来てから、俺たちと出会い、勇者一行に入るまでの出来事だった。