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パーラーOyake

(完結中編)パーラーOyake ☆彡夏のメニュー☆彡

作者: 葛柴 桂




[☆彡 ACT 1 ☆彡]



「あづい……」

 ちゃりん、とエプロンのポケットから出した百円玉を入れると、古びたクーラーがしぶしぶ冷たい風を吹きだした。

 ここはパーラーOyake。

 とある土地のとある場所、とある大きめの離島に佇む小さなパーラーである。

 若き金髪碧眼の店主・アカハチはこの店を建てた時、懐が寒かった。それでもそこは離島の温かさで、色々な人が色々なものを持ち寄ってくれて、この小さなプレハブ小屋のパーラーは形になった。

 だから、アカハチは文句は言えないのだ。閉鎖したバックパッカー宿がただでくれたクーラー……三十分に一度、百円玉を投入しないと動かないこの中古のクーラーには。

「あ゛ーーまどろっこしい!! この島の温度と湿度がどれだけあると思ってんだよ! おかしいだろ三十分で百円って!!」

 思わずきれいな金髪を覆う手ぬぐいをむしり取り、カウンターに叩き付ける。

 苛々が最高潮に達しようとしていたアカハチの耳に、聞こえてくるものがあった。


 ♪ イゼナこめどころ~

  ♪ イゼナこめどころ~

   ♪ おいし~い イゼナ(まい)~♪


「……歌?」

 昔ヤマトの地で聞いたことがある、スピーカーから流れてくる、ピーとかチーとか雑音が時々入る歌。そう、おいもを売るときに聞こえてくるような……。


 ♪ イゼナ~

  ♪ イゼナ~

   ♪ イゼナ~はおいしいよ~ (((まい)(まい)))♪


「……このっ……、歌のセンス……っ」

 何度もリフレインする歌に、思わずアカハチは耳を押さえる。

 だが、頭の中に直接響くような歌は、ただでさえ暑さで弱っていたアカハチの精神を確実にむしばんでいた。

「あ゛ーーーー!!!! だからさっきから何なんだよ人の店の前で!!」

 勢いよく硝子戸を開けたアカハチの目の前では……リヤカーにスピーカーを積んだ、人の良さそうな中年男がニコニコと笑っているのだった。

「はははは。イゼナ米どころ☆彡」

 大きなしゃもじを上げた男はさわやかな笑みをこぼした。

「~~……訪問販売なら結構です!!」

 ぴしゃ、と硝子戸を閉めようとする眼前で、男が片足で戸を押さえる。

「いやあ、暑いからねえ、イライラもするよねえ。さあ、イゼナのおいしいお米を食べなさいよ」

「はあ!?」

 唖然とする中、男は傍らにあったリヤカーの上からおひつを取り上げ、可愛らしい茶碗に白いご飯をよそった。茶碗に踊るのは「おこめをたべよう☆ イゼナ米」のプリント文字。

「どうぞ?」

 微笑みながら小首を傾げる男に抗えず、アカハチはしぶしぶ箸を取り上げる。

 そして口に運んだ一口は……。

「う……美味い!!」

 箸がかつかつと動く。

「南国の太陽を一身に受けた瑞々しい味わい……! ふわっと広がる米本来の甘さ……! この米は……一体……!?」

 ご飯粒を口の端につけたままのアカハチに、男は含みのある笑みを浮かべて言った。

「イゼナ米どころ☆彡」


 

 じーわ、じーわ。

 蝉の声が響く中、アカハチは男と向かい合っていた。真剣な「びじねす」の話をするためである。

「あんたは……一体何者だ……」

「ふふ、私はただのイゼナ島の農民さ」

 アカハチの大きな手が、ばん、とテーブルを叩いた。

「とぼけるな! あんなうまい米を作れる奴が只者のはずはない! 何が望みだ! なんで俺の店の前でお米の歌を歌ってたんだ!」

「はははは☆彡」

「……ってアンタさっきからそれイライラする!!」

 ──と。

 ハーフパンツを履いたアカハチのふくらはぎに、ふわふわしたものが触れた。

 驚いて見下した先に居たのは……小さな赤茶色の犬。そして続いたのは、のんびりした、浸み入るような美声(ベルベットボイス)

金丸(かなまる)さーん、だめっすよお、勝手にうろうろしないでくださいよお」

 唖然として見やった先のパーラーの入り口には、すらりとした青年が立っているのだった。ベルトのようなもので、体の前にサンシンを下げている。

「おっ、やっぱりお前は優秀だな! ちゃんとにおいで金丸さんを見つけたな、偉いぞ」

 にこにこと赤い犬を抱き上げて頬ずりする青年は、すっかりリラックスしてパーラーの丸椅子に腰かけた男──金丸──を睨んだ。

「もお、勘弁してくださいよ! オイラ、離島はよくわかんないんすから!」

「はははは、黒糖食べるかね?」

 出されたさんぴん茶に添えられた黒糖の小鉢を、金丸は青年の鼻先に突き出す。

「まーたそうやってお茶を濁す……ってうわやべえ、この黒糖マジ美味いっすね!?」

「当たり前だ、それはハテルマ産の黒糖だ! っていうかアンタ誰だ!」

 苛々と叫ぶアカハチに青年は人差し指を振ってみせた。

「おっとおニーニー、オイラのこと知らないの? オイラはさすらいの美形で美声の犬連れ吟遊詩人! (あか)(いん)()様だぜえ」

 今にも噛みつきそうなアカハチの目の前で、金丸と赤犬子は肩を組んだ。

「私たちは、」

「オイラたちは、」

「イゼナのお米☆彡 を広めるための旅をしてるのさ!」

 ねー、と顔をみあわせて笑う二人の男に、アカハチはとがった声を返した。

「……だから、それと俺の店のなんの関係があるんだよ」

 ふふふふ、と金丸は笑った。

「私たちのミッションは、イゼナのお米の素晴らしさをこのリウクー全土に、そしてひいてはヤマトに、世界中に広めてゆくことなのだ」

 うんうん、と横で赤犬子と赤犬が頷いている。

「良さを知ってもらうには、まずは食べてもらうのが一番だ。だから、こうして各地で有望なビジネスをオペレートしているフレッシュなヤングに、こうしてプロモーションのためのビジットをしているのさ」

「……横文字並べて煙に巻こうったってそうはいかねえぞ。要は食材の訪問販売だな!?」

「はははは☆彡」

 アカハチはため息をつくと立ち上がった。

「あのさあ……悪いけど、見ればわかるだろ? この三十分で百円のクーラーとか、ヒビの入った裸電球とか……。俺の店にはそんなブランド米を仕入れる余裕は、まだないんだって」

 すんませんけど帰ってください……そう言って背を向けたアカハチの背中に、蠱毒のような金丸の声が被さった。

「最初の三ヶ月は無料でいい」

「えっ……」

 思わず振り返るアカハチに、金丸は畳み掛ける。

「気に入らなければお代は結構。気に入ってくれたら、私たちのお米を店で使ってくれればいい。しかもビジネスが軌道に乗るまでは35%オフだ。悪い話じゃないだろう?」

「……そういうことなら……」

 さ、と横から赤犬子が書類と朱肉を出した。

「拇印でオッケーっすよ!」

 そしてアカハチは結んでしまったのである。パーラーOyakeを揺るがしかねない、その契約を。





 じーわ、じーわ。

 朝から大合唱の蝉の声などもろともしない、涼風のような声が響いた。

「アカハチ~い? 試作品届けにきたよお~?」

 硝子戸を何度も叩く音にもまるで気づかず、アカハチはカウンターに肘をついて頭を抱えていたのだった。

「お米……イゼナのお米の良さを活かすためのお米メニュー……お米……」

「アカハチ? なにぶつぶつ言ってるの?」

「ってうわあびっくりしたあ!?」

 弾かれたように目を上げた先には、艶のあるきれいな黒髪の美青年が、黒目がちの瞳で覗き込んでいるのだった。

「何だマツーかよ……あ、そっか、合鍵渡してたもんな」

 そうだよう、と青年──マツーは子供のように口を尖らせた。

「ひどいや。今日は僕と新メニューの打ち合わせをする約束してたじゃないか」

 マツーはアカハチの幼馴染で、親友である。

 話せば長いが、端的に言えば都会の就職で失敗したマツーは、地元に帰ってきて小さな菓子工房を開いた。

 生来の製菓センスと見目麗しい容姿が相まって、今やマツーは島の有名店・「菓子工房 なーたFOODS(フーズ)」の名物店長である。立地の良さも相まって行列の出来るほどの人気店に成長したなーたFOODSではあったが、マツーの夢はそれで終わらなかった。

「僕が作ったお菓子を、お前のパーラーで出すんだ。そうしたら、僕もお前もWINWINだものね」

 本当はそれにかこつけてマツーは忙しい店から逃げて来たいのだと分かってはいたが、理由はどうあれ、この親友以上の親友と一緒に居られる時間が増えるのは大歓迎だった。

 だから今日も、新メニューの「ロハスな雑穀プレート(ハテルマ産もちきび使用)&さめのソテー ~なーたFOODSのスペシャルスイーツ三種類盛りを添えて~」の打ち合わせをすることになっていたのだ。

「“くんぺん”と“黒糖アイスクリーム”と“ミルクゼリー”の三種類にしようと思うんだ」

 そう言って笑っていた親友のことなどすっかり忘れて、アカハチは米メニューの開発にいそしんでいたのである。カウンターの上にころがった鉛筆の傍らの、びっしりとレシピが書きこまれたノートを覗き込んだマツーの端正な顔が陰った。

「アカハチ? “おこめをたべよう☆ イゼナ米”って……どういうこと……?」

 ノートを取り上げてぱらぱらとめくるマツーの顔が、紙のように白くなってゆく。

「僕たちの……ハテルマ産もちきびは……?」

 アカハチは弾かれたように立ち上がった。

「だって、金丸さんの好意に甘えてばっかじゃしょうがないだろ? 早くこの店軌道に乗せて、どんどん米メニューを売りださないと! 俺、色々考えたんだ。この店をイゼナ米のアンテナショップにしてさ……!」

 マツーの黒目勝ちの瞳が潤み、頭一つ背の高いアカハチを見上げた。

「そっか……。アカハチは……僕たちの果てのうるまのもちきびより、お米を選んだんだ、ね……」

「おい、そういうんじゃないって! ただ俺は、やっぱり米の消費量を増やすのは大事かなって……」

 伸ばされた手を振り払うマツーの瞳から涙が零れた。

「もういいよ! 勝手にしなよ! 僕は離島と言えばロハス! ロハスと言えば雑穀だと思うもの! 僕は一人でもちきびごはんを炊いて食べるからっ……! アカハチなんかっ……大っ嫌いだ!!」

「マツー!!」

 走り去ろうとするマツーを、アカハチが後ろからがば、と抱きしめた。

「……離してよ!」

 咽ぶようなマツーの声に、アカハチは声を被せた。

「ごめんマツー……。俺、やっぱり間違ってた。三ヶ月間無料お試しに目がくらんでたんだ。やっぱり俺達を支えてくれるのはもちきびごはんだ……」

「アカハチ……」

 振り返ったマツーはアカハチと見つめ合う。その時間は多分、ほんの僅かのことだったのだ。それでも、その時だけは全ての音も、動きも働きを止めていた。

 アカハチは猛然と拳を握りしめる。

「俺は決めた! 俺は金丸さんと正々堂々勝負する! ハテルマのもちきびごはんがイゼナの米に負けないことを証明して、この契約を解除してもらうんだ! 俺達の友情は米の力には屈しねえぞ!」

 高らかな鬨の声が、小さなパーラーの外まで響き渡った。



「ちっ……面倒なことになったな」

「そっすねえ~」

 車が行き交う道路の向こう側から、金丸と赤犬子がパーラーOyakeを見つめていた。

 二人の瞳は、暗い。

「人心を掴むにはまず胃袋から……。この地の民をイゼナのお米無しには生きられない体にして、平和的にヤイマを手に入れようと思ったが……」

「ったく、金丸さん……いや、尚円(しょうえん)さんもワルっすねえ」

 ふふふふ、と金丸は笑いを漏らした。

「私はね、かねがね苦々しく思っていたのだ。離島と言えばロハス、ロハスと言えば雑穀……。そんな疲れた都会人の夢に付き合うのはこれまでだ。私がもう一度蘇らせよう。このリウクーを支えてきた米の栄光を……!」

 深く頷いた赤犬子と赤犬に、金丸はどこか狂気じみた笑いを投げた。

「さあ赤犬子くん、景気づけに歌ってくれ。私たちの栄光のテーマソングを……!」

「うっす! 作詞作曲:赤犬子(依頼:金丸/尚円王)! 歌うっすよおいらの魂の叫び! 聞いてください“イゼナこめどころ”!」


 ♪ イゼナこめどころ~

  ♪ イゼナこめどころ~

   ♪ おいし~い イゼナ米~♪

 

 ♪ イゼナこめどころ~

  ♪ イゼナこめどころ~

   ♪ おこめ~で クーデタ~ 

  

 ♪ おこめ~で クーデタ~ クーデ・ターー (リフレイン)♪



 ──これが歴史に残る、ヤイマvsシュリの穀類対決の幕開けであった。






[☆彡 ACT 2 ☆彡]



「あーやだやだ、都会暑い都会うざい! 僕は人が沢山いるところは好きじゃないな!」

「……ここが都会なら、お前は本島には行けぬな」

「うるさい黙れ! 僕が行く必要なんてない! 用があるならそっちから来い!」

 小さなローカルバスの中で、ぎゃいぎゃいと騒ぐ男たちに乗客たちが微妙な視線を向けていた。

「二人ともやめてくださいよう。観光客の皆さんも、地元の皆さんも微妙な顔してるじゃないですかっ」

 ね、と足元を見やる声の主に返ってきたのは「めーーい」……のどかな山羊の声。

「ほらっ、ピン()も呆れてるじゃないですかあ」

 何とかなだめようとする年若い少年と白い山羊を無視して、二人の男の口論はヒートアップする。

「大体、この僕がなんでわざわざミャークまで迎えに行ってやったと思ってるんだ! おまえがいい年して飛行機怖いとか言うからだろうが!」

「……何故、あんな鉄の塊が飛ぶ……?」 

「僕はすっごく恥ずかしかったぞ! 道中ずっとお前の手を握る羽目になってさ!」

 ふ、と相手の男が笑う。整った顔に走る十字傷に、はらりと柔らかい髪が落ちた。

「まんざらでもなさそうだったな」

「なっ……」

 言葉を受けて、くせ毛の大きな瞳の男は絶句する。なめらかな肌をした頬が、みるみる朱に染まって行った。

「はいはい、豊見親(とぅゆみゃ)様も用緒(ようちょ)さんも車内の温度上げないでくださいね! クーラーに迷惑ですよ!」

 のどかなバスのアナウンスが三人の会話を遮る。

 ──シラホ~ シラホ~

「あっ、ちょっと途中下車していきませんか!? 私、サンゴの生態に興味が……」

「だめ。間に合わなくなるだろ」

 ぷ、と少年と山羊がふくれる。

 ──オーハマ~ オーハマ~

「私、例の遺跡見てみたいなあ! あの像も見たことないし! ちょっと降りていきましょうよ!」

「だめだ。間に合わなくなる」

 むうう、と少年と山羊がふてくされる。

「……よいかオゾロ。せっかくだから色々な場所を見たいというお前の気持ちも分からんでもない。だがこれは我が社の“社員研修”──名目は“視察”だ。大切な経費を使っている以上、遊ぶわけには行かぬ」

「豊見親様……」

 目を潤ませて黙り込んだ少年・オゾロの頭を、くせ毛の男──用緒ががしがしとかき混ぜた。

「ったく、オゾロも苦労するよな! こんな堅物の社長サンの会社に入っちゃってさ」

「苦労なんかしてないですよ! 私、本当に嬉しいんです! 新卒で、尊敬する豊見親様の“忠導(ちゅうどう)Construction”に入社できるなんて……私、こんなに幸せでいいのかな……」

「あー、もう、車内でべそべそ泣くなって!」

「だってっ……用緒さんは社員でもないのについて来てるじゃないですかっ……。私も用緒さんと一緒で、豊見親様が大好きなんですっ……!」

 呆れたようなアナウンスが三人の男の会話に割り込んだ。

 ──ばすたーみなる~ ばすたーみなる~

「……着いたようだな。ここから先は歩きだ」

 豊見親と用緒とオゾロと山羊は顔を見合わせて、決意と共に頷く。

 時は正午。この島の夏は、暑い。



 ぱあん、ぱあん、とささやかな打ち上げ花火が上がっていた。

 日曜日のファーマーズマーケットの駐車場には、離島のイベントには類を見ないほどの人々がひしめき合っている。


「ハイサイみなさんコンニチハげんきですかーー!」

 マイクの声に、こんにちは~、と群衆から元気の良い声が返ってくる。

「はいっ、いい返事ですね! 空は快晴、容赦ない太陽(ティダ)! 最高の決戦びより! 皆さんお腹すかせてますか~!?」

 は~い、とまた声が返ってくる。

「はいっ、またまたいい返事ですねっ! ではではルールを説明しますよしちゃいますよっこちらのプレートを見てくださいっ!」

 野外に設けられた簡素なステージの上では、琉装の男が大げさな身振りと共にマイクを振り回していた。


「……説明が、長い!!」

 ステージの裏では、これまた琉装の男が腕を組んで舌打ちをしているのだった。

「いやいや蔡温(さいおん)、いけませんねえ。 もう若くないんだから、もっと気持ちに余裕を持ちなさい。血圧が上がりますよ」

尚敬(しょうけい)様! 私はあなた様が野外で熱中症になりやしないかと心配なんですよ!」

 囁き交わす二人のことなどお構いなしに、表のステージからはハイテンションのアナウンスが聞こえ続けている。

「ルールは簡単っ! まずはこちらはサイド・ヤイマ! ナウでヤングな金髪店長が経営するパーラーOyakeの渾身のメニュー・”美食(ミシュク)・ししか(どん)”! 島にんじん・オクラをはじめとする島野菜を、太陽の恵みをたっぷり受けた真紅のトマトソースで煮込んだラタトゥイユ風! これがハテルマ産もちきびを使ったごはんにかかった時のロハスなおいしさたるや半端じゃない! しかもハテルマ産黒糖を使った滋味あふれる豚の生姜焼き添え!」

 おお~、と群衆から声が上がる。

「そして対するはサイド・シュリ! シュリって言ってもボスの出身は農業畜産どんと来いの本島北部! 米・肉・野菜を産出する地域のリソースの豊富さは半端じゃない! 困った時は猫を使え! 猫の形の型抜きご飯がえっネタかよと思われがちだけど一口食べれば違いが分かる! リウクーの大地に育まれたお肉とお野菜が、ふんわり甘いつやつやお米の上でマリアージュ! 隠し味はイゼナの黒糖と輝く鬱金(うこん)! 夏はやっぱり”いぜにゃ☆彡カレー”!」

 おおお~、と再び群衆がどよめく。

「うわ~おいしそうだなあ☆彡 っと思った方の列に並んでね! 両方食べてもOKだ! そして応募用紙にこっちがナイス! と思ったメニューの名前を書いて箱に入れれば投票完了! 見事勝利の陣営に投票してくれた方から抽選でペア一組様に、任意の行き先が選択可能な国内往復航空券をプレゼント!」


 ハイテンションに拳を振り上げる司会の姿を、豊見親、用緒、オゾロの三人組と山羊は遠くから見守っていた。

「やるなあの司会……。説明は長いけど、都会に行くには飛行機に乗らざるを得ない離島の民の心を一瞬で鷲掴みにした……」

「全くだ。そして確かに猫はかわいい……。シュリ陣営はこの国の民の異常な猫好きを巧みに利用した。この戦い、あるいはヤイマが不利かもしれぬ……」

 ふん、と用緒が鼻を鳴らす。

「またお前の過保護が出たな。コネで入って来たくせにさっさと退職した眞與(まよ)クンの事、今もそんなに気になるんだね。わざわざヤイマくんだりまで応援に来ちゃってさ」

 やめてくださいよう、とオゾロが割って入る。

「そんな事よりはやく並びましょうよ! 私、早くカレー食べたいです! ねこ、かわいいなあ!」

「……お前、今の話聞いてた!?」



「──そして司会進行は! EDO上りは伊達じゃない! オマージュ大好き天才舞台芸術家! このチョークン=タマグスクがお送りします!」

 わあー、と歓声が上がった。

「そしてそしてなんとなんと! 今回のデュエルに投票してくださった皆さんの中から特別賞として一名様に! 私の劇場“Theatre Cho-coon”の次回公演S席ペアチケットをプレゼント! でも旅費は自腹でお願いしますだってサイオンがケチでうるさいから!!」

「あ……あいつどさくさに紛れて私をディスりおった!!」

 そして、頭から湯気を出さんばかりの勢いでハチマチをむしり取った蔡温の横では──「ああ、冷たいぜんざいが食べたいなあ……」尚敬がふらりと倒れたのであった。



「おいマツー! もちきびごはんが足りねえ! どんどん炊いてくれ!」

 はいっ、と必死の声を返したマツーは野外の小さな厨房でとてとてと走り……そして何も無い所でころん、と転んだ。

「うう……いたいよう」

「あ~! おまえは何でこう言う時にドジっ子なんだよ! 畜生っ、役に立つ人手が足りねえ!」

 どさくさにまぎれてひどいことを言ってみたものの、アカハチは途方に暮れていた。

 ファーマーズマーケットの駐車場には、今やどちらのブースにもひしめき合う群衆の長蛇の列が出来ていた。

 往復航空券が良かったのか、皆新しいものに飢えていたのか、はたまたお手頃価格のワンコインが効いたのか……客足は途切れることはなく列はどんどん伸び続け、下ごしらえをしていた肉も野菜ももちきびごはんももはや底をつこうとしていた。

「お客様を待たせるわけにはいかねえ……! マツーは役立たずだし、俺はどうしたら……」

 歯噛みをしたアカハチは拳を握りしめる。その時──目の前にどさりとファーマーズマーケットの買い物袋を下ろした姿があった。

「食材は買い足しておいた。お前は野菜を切れ。私はこの治金丸を抜く……!」

「お前は……仲宗根豊見親!」

 反射的に飛び退ったアカハチを、豊見親は鋭く目で制す。

「今は私怨は忘れろ。我らサキシマの民は力を合わせねばならぬ。お前は切るのだ……そのチャタンナーチリーで野菜を!」



「おやおや……ついに宝刀が出たようだ」

 白いコック帽をかぶった金丸が薄い笑みを浮かべた。目の端には隣のブースで煌めく二振の宝刀の煌めきが映っている。

「治金丸で豚肉を切り、チャタンナーチリーで野菜のカッティング……さぞかし味がしみておいしいことだろう。だが、そんな小手先の技で、一介の農民から第二尚氏を打ち立てたこの私のバイタリティに敵うと思うかな……?」

 ぱち、と金丸が指を鳴らすと、一生懸命巨大な寸胴鍋をかき混ぜていた赤犬子が怯えた目で振り返った。

「金丸さん……本当にやるんすか……?」

「赤犬子君。政治とは非情なものだ。既存の態勢をひっくり返す米のクーデター……! そのためにはやらねばならん……さあ、やるんだ、我らの理想の実現のために……!」


 ハウリングするひどく耳障りな音が会場に響き渡った。並んでいた客たちも、高速で野菜を刻んでいたアカハチも、刀で華麗に肉を切っていた豊見親も皆、手を止めてその方向を見た。

 少し前にチョークンがハイテンションで叫んでいたステージの上に、赤犬子がいた。

 ゆらり、と赤犬子がサンシンを構える。

「なんだ……この禍々しい気は……?」

 ただならぬ気配を感じたアカハチは思わず身構える。豊見親も肉汁の付いた治金丸を構え直していた。

「油断するな……! これから起こるのは、この世のものならぬものの顕現……!」

 そして──


『『『 ♪ イ゛ゼ゛ナ゛の゛お゛米゛は゛お゛い゛し゛い゛よ゛♪ 』』』


「こっ……これはっ……」

 思わず両耳を抑えたアカハチが体を折り曲げる。

「おのれっ……! これがシュリの秘術・“デスボイスのオモロ”っ……!!」

 片手で顔を覆った仲宗根豊見親も、がくりと膝をつくのを必死でこらえていた。

 ワイヤレスマイクで増幅されたデスボイスが人でひしめき合う駐車場に響き渡る。


『『『 ♪ イ゛ゼ゛ナ゛の゛お゛米゛に゛投゛票゛し゛て゛よ゛♪ 』』』


「ぐっ……この声を聞かないためならどんなことでもしたい気分になって来た……っ!」

 アカハチは震える手でボールペンと投票用紙を握りしめる。目の前では、顔をゆがめた群衆がわれ先にと投票用紙に書き込んでいた。ぶるぶると震えるアカハチの手首を、蒼白の顔の豊見親が掴む。

「耐えるのだ……! おまえが負けたらパーラーはどうなる! 私の眞與を悲しませるつもりか!!」


『『『 ♪ イ゛ゼ゛ナ゛の゛お゛米゛に゛投゛票゛し゛て゛よ゛♪ 』』』


「くっ……」


『『『 ♪ イ゛ゼ゛ナ゛の゛お゛米゛に゛♪ 』』』


「畜生っ……!!」

 アカハチも豊見親も、もはや精神力の限界に達しようとしていた。


『『『 ♪ イ゛ゼ゛ナ゛の゛お゛米゛に゛♪ 』』』

『『『 ♪ イ゛ゼ゛ナ゛の゛お゛米゛に゛♪ 』』』

『『『 ♪ イ゛ゼ゛ナ゛の゛お゛米゛に゛────♪ 』』』


 頭の中で爆発するデスボイスに、アカハチと豊見親が折り重なるように倒れようとした、その時――。

 駐車場に、清らかな白い光が満ちた。

 どこからか、メランコリックなピアノの伴奏が響いてくる。

「え……まさかこれは……」

 視線を巡らせた先、駐車場の入り口に佇む優美な後姿があった。

 どこからか白い光の筋が当たるとともに、その姿がゆっくりと振り返る。

「あ……なんかピンスポがフェードインした……」

 

 ♪ リウクーは 一つ 

    シュリも ヤイマも ない ♪ 

 

 ワイヤレスマイクを通して清らかな歌声が響く。その姿が優雅な歩みを進めると共に、駐車場の群衆たちが割れて一本の道を作っていった。


 ♪ あなたの大地 わたしの大地 

    ケラマも ミャークも クメジマも ~~ ♪


 握手やハイタッチを求める群衆に応えながら、その人物──純白のてろんとした袖の、スパンコールを散らしたシャツとラインの入った白いズボン、そしてひざ上まである長いブーツを履いた優美な姿──がやけに大きな宝冠を片手でおさえながらステージに近づいていく。こみ上げる胸の高鳴りを押さえながら、アカハチは思わずつぶやいていた。

「俺これ知ってる……! 客席から登場して会場を練り歩いた後、曲のサビでステージに上がるやつだ……!」


 ♪ リウクー 平和の 大地

    リウクー 愛に満ちた 大地

   わたしの あな~たの えいえんの~  

    RI U K U ~ ♪

    

 ついにステージの真ん中にたどり着いたその姿は、くるりと優美に振り返り、なめらかな手の振りと共に噛みしめるように言葉を継いだ。後ろで甘いピアノの伴奏が鳴っている。

「──父上、私には分かっていました。あなたが目指した米の新政権。愛と夢、栄光に満ちた米の新政権を……。だが、あなたのやり方は間違っていた」

 二階席のあたりに手を伸ばし、ぐっと握りしめると台詞が続く。

「赤犬子のオモロは人を幸せにするためのもの。そしてお米もまた、人を幸せにするためのもの……! そしてその幸せの形には、米ももちきびも関係ない……!」

 いつの間にかふらふらとステージの前に出て来ていた金丸の肩が震えていた。

「息子よ……私が……私が間違っていたというのか……?」

 ステージの上の姿は首を振り、優しく手を差し伸べる。

「人は過ちを繰り返し、それでも幸せを求めずにはいられないのです。さあ行きましょう、私と共に──新しいRIUKUを目指して……!」

 優美な手が金丸を引き上げ、ステージの中央でポーズを取った二人はまるで美しい彫像のように彼方を見つめた。まるで狙ったかのように音楽が盛り上がる。


 ♪ (※サビ)えいえんの~ /えいえんの(※追いかけ ※裏声) 

    RI U K U ~ 

     (Ah―― Ah―― Ah―――― ※コーラス)  ♪  


 いつの間にか駆け寄って来ていたマツーと用緒も、目をきらきらさせ、胸の前で両手のひらを組み合わせながらステージを見つめていた。

「見える……ないはずなのに野外ステージのせりが上がって行くところが!」

「僕にも見えるよ……! ドライアイスの白い靄……!」

「悔しいが……これがスターオーラと言うものか……」


 わあ~、という割れんばかりの歓声と拍手に、アカハチも我にかえった。

 いつの間にか、傍らでは司会をしていた琉装の男がハンカチでしきりに涙を拭いながら、もう一人の琉装の男をぽかぽかと叩いている。

「サイオンサイオンサイオン! 見たかね見たかね見たかね!! これが新しい作・演出だよ!! これこそが新しいクミオドーリだよ冊封使もびっくりだ!!」

「お前は普通のテンションで喋れないのか! っていうかこういう演出は止めておけ!」

「なんだと! 尚家の血を引くロイヤルな天才演出家を愚弄する気か! 私は(ダンス)奉行だぞ!」

「うるさい! お前に俸給は出さん!」

 ぽかぽかと殴り合いを始めた二人の向こうでは、金丸が先ほどの歌う男に諭されている。

「さあ父上、帰りましょう。母上が怒っていますからねえ」

「ううう、おぎやか怖いよう……」

 まあまあ、おいしいおにぎりでも握って差し上げたらどうですか、などと言う優美な姿にアカハチは思わず声をかける。

「あっ……あの、お名前は……」

 男は微笑み、こぼれんばかりのスターオーラを振りまいて、言った。

尚真(しょうしん)……。ただの王様、さ」

 金丸の肩を抱いて去って行く後ろ姿を見ながら、アカハチは思わず呟く。

「本物の……トップさんだったんだなあ……」


  



 決戦から数日――。

 アカハチはパーラーの手描きのメニューボードに文字を書き加えて行く。

「まあ……こんなもんでいいだろ」


 ──ロハスな穀物プレート(ハテルマ産もちきび {とイゼナのお米 使用) &さめのソテー ~なーたFOODSのスペシャルスイーツ三種類盛り {くんぺん・黒糖アイス・弥勒(ミルク)ゼリーを添えて~ ──


「考えてみたら、最初からブレンドすりゃ良かったんだよな。たしかにそっちの方が美味いし」

 結局、アカハチと金丸の対決はうやむやになった。投票用紙が詰まった投票箱を、赤犬子の犬が咥え去って海に放り込んでしまったからだ。わずかに会場に残った投票用紙は、オゾロの山羊が残らず食べてしまった。得意そうに笑う子犬と山羊を見て、アカハチも金丸も、みんなも笑った。

 ししか丼もいぜにゃカレーもどちらもおいしかった。それで十分だとアカハチは思う。

 アドレスを交換したアカハチと金丸は、定期的にもちきびと米を送り合う相互協定を結んだ。これからは互いの土地の特産品を活かしたメニュー開発に協力し合うことにもなった。

「リウクーは一つ、か……。まあ、あの歌の言ってたことも間違いでもないのかもな」

 壁の時計が時を告げる音の向こうから、開店を待つ客の声が聞こえてくる。

「私は食べぬぞ! 我が一族は鮫は食さぬ! その手を離せ、私は帰る!!」

「ったく、ガタガタうるさいなあ。魚は僕のスイーツと交換してやるから静かにしろよ」

 途端に静かになった硝子戸の向こうの影に、アカハチはクスリと笑う。

「まあ、借りもできちまったしな。百円くらいはおごってやるか」

 クーラーに百円玉をちゃりん、と入れると涼しい風が頬を撫ぜる。

 ほんわり踊るやさしい香りは、お米ともちきびが炊けた香り。

「ぃよしっ、今日もやるかあ!」

 太陽(ティダ)は満開、空は快晴。

「今日も開店、パーラー Oyake!」




 < おしまい >



 ~このおはなしはフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係はありません~  

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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりです。ロータスです。 感想を書かざるを得ない、まさかの続編…… あと出てきて欲しいのは、伊波普猷氏ですね(柳田國男氏でもOK!)斜め上カーブ変化球?でもし、東恩納寛惇氏が出てき…
2018/07/15 21:41 退会済み
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