聖餐祭と拾い物
「ねーねー、これ何」
「黙って食え」
皿の上のものをフォークでうりうりとつつくリセに、オースティンはため息とともに言葉を返す。
食い物、と言えなくもないそれはあちこちが焦げていて、元の食材がなんだったのか、もはや判別できない。
だから嫌だったんだ、と内心オースティンは呟き、リセが食べようとしないそれをぐさりとフォークで突き刺すと、口に放り込んだ。じゃりっと苦いものを噛んで、思わず眉が寄る。
誰だ、聖餐祭は家庭料理で日々の食事に感謝する日だなんてことをリセに吹き込んだのは。
いくつかの顔が浮かび上がる。たぶん、となりのばあさんだろう。リセを孫娘みたいに可愛がっているから。
基本、料理の才能のないオースティンは、三食を外食か日持ちのするパンで過ごしてきた。聖餐祭でさえ、パンと泥水のようなコーヒーがあればよかった。
……リセを拾うまでは。
「とにかく食え。……お前が食いたがったんだろ」
大皿に盛ったそれを、フォークを握ったままリセは睨みつけている。睨めば何か別のものに化けるのならそれでもいいが、睨んだところでそれはそれだ。
「むー……」
これで懲りてくれればいい、と作るたびに思う。
ちなみにこうやって記念日に料理をするのは、三回めだ。
それはつまり、リセを拾って三年が経ったということで。
「あの時はもっと美味しかったのに……」
なんて頬を膨らませるリセも、ガリガリの浮浪児にはもはや見えない。
すんなり伸びた手足、ふっくらした頬に背中まで伸びた黒髪。くりっとした黒目にこの辺りでは珍しい褐色の肌。時折子供とは思えない表情をするのもひっくるめて、近所では知らないものはないくらいの有名人だ。
引きこもりで人見知りのオースティンとは違う。
「あの時は……」
言いかけてオースティンは言葉を濁す。
「あの時は、何?」
唇を尖らせるリセに、オースティンはさらに眉を寄せた。
思い出したくもない記憶が顔をのぞかせそうになって、苦々しい思いとともに焦げた何かを口に詰め込む。
「いいから食え。食わないなら二度と作らない」
「やだっ。聖餐祭は家で作った料理じゃなきゃダメなんだからっ。お店だって全部閉めちゃうし」
「テイクアウトすりゃいい」
「だーかーらー」
「……そんなに食いたきゃお前が作れ」
これ以上は聞いてられん、とオースティンはリセの言葉を遮った。
「……え」
リセの動きが止まった。しばらく経っても動く様子がなくて、訝しげにオースティンが顔を上げると、リセは目をキラキラさせ、頬を紅潮させていた。
「……どうした」
「いいの?」
「なにが」
「だから、料理。しても、いいの?」
そういえば、まだ子供だからとキッチンに入るのは禁じてたことを今更ながらに思い出した。
が、一度口から出た言葉は覆せない。
「……俺がいる時ならな」
「大丈夫、そもそも一人じゃ火、つけられないし」
そうだった、リセには魔力がない。
この国の人間は、大小の差はあれど魔力核を持っている。生活においては微量の魔力を必要とするものが多く、魔力核のないリセには火をつけることすら不可能なのだ。
だから禁止してたことを、これも今更ながらに思い出した。
渋々頷くと、リセは嬉しそうに微笑んだ。
「やったっ、明日の朝ごはん、楽しみにしてて」
「……わかったから早く食え」
そうでなくとも聖餐祭の日はいろいろ忙しいのだ。リセに構っていられる余裕はあまりない。
苦そうに顔をしかめながらも皿の中のそれを口に運ぶリセを見ながら、オースティンはやはりため息をつくのだった。