軍靴。
「子どもの頃の記憶ですって?」と、ある老婦人が驚いて問い返した。
「そうだ、お前の子どもの頃の記憶だ。それを話せ」。
「ええ、じゃあ話しますけど」と、その老婦人はためらいながらも話し始めた。
......わたし、子どもの頃、眠るのが好きでした。子どもだから当たり前なのかもしれませんけどね。とにかく、眠るのが好きでしたね。で、夢を見るんです。それも同じ夢です。家の周りを兵隊たちが歩き回るんです。夢の中で、ええ。何人もの兵隊たちが同じ拍子で......ええっと、整列して。兵隊なんだからそりゃそうでしょうけどね。顔は見えません。でも、軍靴は見えます。というか、軍靴しか見えません......
「お前、いまでもそうだろ」。
「いったい、何のことでしょうか。わたしにはわかりません」と、彼女は、話を遮られ、少し気分を害して言った。
「お前は、いまでも軍靴の話しかしない」。
「そんなことないでしょ。わたしは......」と、彼女は、相手の足元を見て絶句した。
相手は、軍靴を履いていた。
「あ! 兵隊だ! 殺さなくちゃ! わたしが殺される前に殺さなくちゃ!」と、彼女は叫びながら、何か武器になる物を探した。
「武器なら、お前、持ってるだろ、ずっと使ってきただろ、言葉という武器を」。
彼女は、再び絶句した。
しばらくすると、彼女はまた話し始めた。いつまでも同じ話だった。いつまでも軍靴の話だった。それ以外には何も話そうとはしなかった。彼女の話を聞きたがっている相手が実在しないことを知ろうともしなかった。