懐疑主義
「何も信じな〜いよ」
ことん、と堅いフローリングの上に寝転がってくすくす笑った。
「明日があることも。昨日があったことも。ここにこうしていることも」
何ひとーつ、信じないから。
そういって、ころごろと木目調フローリングの上を転がる。
「いい年をした大人が変なことをいうもんじゃない」
別に分別くさく振舞おうってんじゃない。理性が勝る、というか、説教臭いことを言いたがる性癖があるというか。
「それにそういうことを言い立てる時って」
曖昧に言葉を切る。ごろごろと転がっていた身体がぴたりと止まる。
「あんたっていつもそうだよね。そういうふうに理性的に現実的に振舞ってみせて。ねぇ、そういうふうにさ、リアリストを気取って見せて何か、いいことあんの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・他人にどう思われるのか。少なくともどう思われたいか、そういう理想があって。その中にどんな時でも正論を吐く、というのがあったんだ」
「自己分析も?」
冒頭の科白の楽しげな口調からはかけ離れた棘のある科白。
「バカじゃない。わかってるんだ、って思いたいんだ」
「じゃあさ、こういうふうに、おかしなことをいう人ってのは、バカなんだ?」
「そうは言ってない」
「軽蔑してる?」
「してない。するつもりも、してるつもりもない」
「それも信じないから」
それで隣りの人を真似して、ごろりと転がってみた。
ふむ、なかなか悪くない気分だ。いや、それどころか、すごく、気分がいいかもしれない。
「うん、信じない」
「でっしょ♪」
「それも信じないから」
くっくっくっ、とお互い肩を震わせる。うんうん、たまには天井の染みを眺めるのも悪くない。見慣れた部屋もこの目線から見上げれば何やら目新しい。
あ、あの棚、埃まみれ。掃除しなきゃ。
「で、そういうことを言い立てる時は?の続き?」
「信じないんでしょーが」
「信じなくても好奇心はあるの。参考意見は貴重よ。懐疑主義であっても他人の意見を聞き入れない狭量さは真の懐疑主義の精神から反してるの!」
「?」
「つまり、信じないとするその基盤を、自分の中の規範にのみ、求めるとすれば、それは結局、己の規範のみを信じるという意味になるの」
「り〜くつっぽい〜〜」
「で?」
ごろごろと転がって、迫ってくる。
だから、ごろごろと転がって逃げてみる。
ごち。
広くもない部屋の壁に肩と頭をぶつけた。痛い。
恨めしげに見上げれば、満面の笑みを返される。
やれやれ、と半身を起こし、溜息を落とせば、溜息の原因はまたもや、ごろごろと転がって、猫のように腹を天井に向け、上機嫌で両腕を頭の上に投げ上げる。
がつん。
机にぶつけやがった。
声もなく両腕を顎の下の托し込み、涙目でにらまれてもこっちの責任じゃない。
「信じないし〜」
「だから」
「何?」
「そういうふうに言うときって」
何かな。さすがにこういう科白をいうのは抵抗がある。
だけど、目の前でむくれた猫のように寝転がって、その目の奥に不安を滲ませて見上げられたら。
「信じたいもんがあるときだよね」
言うしかないじゃん。
「つーかさ」
信じてよ。
「・・・・・・・・・・・・・好きだよ」
<おわり>
勝手にしてくれ、が正しい感想です。