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エクストリームガールズ!!  作者: 井村六郎
春期始動編
6/40

第六話 愛奈vs友香~ドッジボール大戦争~

「では皆さん手を合わせて……」


『ごちそうさまでした!!』


 給食の時間、浩美先生の合図で全員が手を合わせ、ごちそうさまの挨拶をしました。


「今日の給食も美味しかったね―! 昼休みは何して遊ぼっか?」


 愛奈ちゃんは勇子ちゃんと、楽しそうにお喋りをしています。


「何でもいいけど、疲れて午後の授業、居眠りしないようにね?」


「大丈夫だよ。だって五時間目の授業、浩美先生の国語だもん」


 愛奈ちゃんは別に他の授業を疎かに聞いているわけではありませんが、浩美先生の授業は特に食い入るように聞いています。居眠りなんて絶対にしません。


「あれ? 友香は?」


「友香ならあそこよ」


 愛奈ちゃんが友香ちゃんを探すと、勇子ちゃんが壁を見ている友香ちゃんを見つけます。そこはただの壁ではなく、様々なプリントを貼ってあるはず掲示板で、友香ちゃんはそこに貼ってある給食の献立表を見ていました。


「友香ったら、もう明日の給食の献立見てるよ。あたしも見るけど」


 そう言って、愛奈ちゃんは掲示板に駆け寄ります。


「……なんか、友香の様子がおかしいんだけど」


 愛奈ちゃんは気付いていませんでしたが、勇子ちゃんは友香ちゃんが全身からオーラのようなものを放っている事に気付きました。


「友香。明日の献立は何?」


 愛奈ちゃんが訊いても、友香ちゃんは答えません。


「どれどれ?」


 仕方なく、横から割り込むように献立表を見ます。



 その数秒後、愛奈ちゃんの全身からも同じようなオーラが噴き出しました。



「友香。あんた……」


 愛奈ちゃんが睨み付けながら言うと、友香ちゃんはやっと反応し、同じく愛奈ちゃんを睨み付けます。

 それから、二人は同時に、献立表の隣に貼ってある、時間割表を見ました。見ているのは、明日の四時間目の、体育の授業。


「確か明日の体育って、ドッジボールだったよね?」


 愛奈ちゃんが尋ねると、友香ちゃんは頷きます。


「よし。じゃあ明日のドッジボールで決めるよ」


「……わかった」


 愛奈ちゃんの申し出に、友香ちゃんは了承しました。


「んじゃいさちん、遊びに行こっか!」


「い、いいけど、友香と何の話してたの?」


 屈託のない笑みを浮かべて戻ってきた愛奈ちゃんに、勇子ちゃんは不安げに尋ねます。


「別に、大した事じゃないよ。しいて言うなら、女と女の決闘の約束、かな?」


「そ、そう……」


(充分大した事じゃない!!)


 勇子ちゃんは思いましたが、愛奈ちゃんが見せた凶暴な笑みを前にして恐れを抱き、心の中で突っ込むだけに留めておきました。





 ◇◇◇





「はぁ……」


 勇子ちゃんは友香ちゃんと別れた後、溜め息を吐きながら帰っていました。


「あ、勇子ちゃん」


「氷華お姉ちゃん。と、竜胆兄さん」


 その途中、学校から帰ってきた氷華さんと弓弩くんに、偶然出くわします。氷華さんに対してはいつものように、弓弩くんに対しては辛辣な目を向けて、それぞれ接しました。


「そう怖い顔をしないでくれ。今日は彼女と、二人きりでデートしてきたんだ。お家まで送ってあげようと思ってね」


「……本当に?」


「本当さ。彼女以外の女の子とは、しばらく一度もお付き合いしていない」


「……ならいいけど」


 勇子ちゃんは念押しし、弓弩くんが本当に氷華さんを大事にしているか確認しました。


「ところで、何か悩み事があるみたいだね。僕で良ければ相談に乗るよ?」


「うん。まぁ大体想像つくけど」


「……実は、愛奈と友香の事で……」


 勇子ちゃんは、愛奈ちゃんと友香ちゃんが、給食の献立を見て何かの話をしていた事を話しました。


「それから二人の仲がすごく悪いの。授業中も休み時間も、下校した後もず―っと空気がピリピリしてて、もう気分が悪いったら……」


 ちなみに浩美先生はずっと緊張しっぱなしでした。


「給食の取り合いでもしてるんだろうね」


「いいじゃない。喧嘩の理由が子供っぽくて、すごく可愛い」


 氷華さんはあまり重く受け止めていませんが、勇子ちゃんとしては気が気でありません。まぁ普通の子供の喧嘩なら確かに可愛げがありますが、相手は異能者です。絶対ろくでもない事になるに決まってます。


「一応解決の方法は、二人とも決めてるんでしょ? なら二人に任せておけば大丈夫よ。喧嘩した当人同士に任せるのが一番だから」


「それはわかってるけど……」


 勇子ちゃんは知っています。あの二人は昔から些細な事でよく衝突しますが、最後には必ず仲良しに戻っている事を。だから今回の衝突も、一時の感情によるもので、どんな結果になってもまた元通りになるはずです。


「……子供、か……」


「弓弩くん?」


 弓弩が何か考え事をしています。ちなみに、今弓弩くんと氷華さんは名前で呼び合う仲です。


「いや、今思い出したんだけど、最近変質者が現れたらしいよ。何でも普段はコートで隠してるけど、その下に口では上手く言えないくらい変な格好をしていて、女性にそれを見せるらしい。子供を誘拐しようとしてる姿も目撃されたそうだ」


「やだ怖い……」


「それって変質者っていうか、もっとひどいでしょ。確かサイコパスだっけ?」


「君達は大丈夫だと思うけど、一応警戒はした方がいい。僕も見回りしてみるよ」


「ありがとう弓弩くん」


「……まぁ私達の事心配してくれてるみたいだし、お礼は言っとくわ」


 こうして弓弩くんは二人を家に送り届け、この辺り一帯を見回りしてから帰りました。





 ◇◇◇





 翌日になっても、愛奈ちゃんと友香ちゃんの機嫌は悪いままでした。それどころか、時と共にどんどん悪くなっていきます。

 そう。四時間目に近付くに従って。


「起立!! 礼!!」


 とうとう、問題の四時間目。日直が号令を出します。


「皆さん……こんにちは……」


 四時間目は体育。体育の担当をするのは、鬱田玉緒という女性教師です。

 何だか鬱になりそうな名前ですし、本人もとても暗い性格をしていますが、


「今日の授業は……ドッジボールだオラァァァァァァ!!!」


 球技が絡むと一変。生徒達の間で打造球雄と呼ばれている、ものすごく過激な性格になります。


「挨拶は終わりだオラ!! さっさと準備に取り掛かれやオラァ!!!」


(性格変わりすぎでしょ……)


 勇子ちゃんを含めた全員がそう思っていましたが、これ以上怒らせるのが怖かったので、言う通りに準備をしました。


「チーム分けは済んだかオラ!! ならさっさと試合開始だオラ!!」


 打造先生がホイッスルを吹き、試合が始まります。ちなみに愛奈ちゃんと勇子ちゃんが同じチームで、友香ちゃんは敵のチームです。


「ちゃんと手加減しなさいよ? っていうか、手加減出来るの?」


「大丈夫大丈夫! あたしに任せて!」


 愛奈ちゃんは飛んできたボールをキャッチすると、相手チーム目掛けて投げました。


「あっ!」


 相手の女の子はボールをキャッチ出来ず、アウトになります。愛奈ちゃんが投げたボールは確かに速いですが、それでも女子小学生の平均レベルです。普段の彼女なら、もっともっと速い球が投げられるはずですから。


「本当に手加減出来るのね」


「高崎流気功術、重鎖呼法だよ。この前婦警さん達と知り合った後教えてもらったんだ」


 重鎖呼法とは、身体に負荷を掛けて自分を弱体化させる呼吸法です。


「あんたのおじいちゃんっていろんな呼吸法使えるのね……」


「おじいちゃんが編み出したんじゃなくて、おじいちゃんのお師匠さんに教えてもらったんだって」


「お、お師匠さん……?」


「強くなりすぎて大変な事になったから、自分の力を抑える為に編み出したらしいよ?」


 まさか亮二さんにお師匠さんがいるとは、勇子ちゃんも思いませんでした。


「一体どんな化け物なのよ――おっと!」


 愛奈ちゃんと話し込んでいた勇子ちゃんにボールが投げつけられ、勇子ちゃんは慌ててかわします。ボールを投げたのは友香ちゃんで、首から『私は念力を使いません』と書かれたボードを提げていました。


(あっちもちゃんと念力は禁止してるみたいだし、これならフェアな勝負が出来るわね)


 さすがに授業で念力を使うほど、友香ちゃんは卑怯じゃありません。


(ただ、このまま何事もなく終わるってのは、なさそう……)


 望み薄ですね。





 ◇◇◇





 笑特小学校の裏側


「うっへっへっへっ……」


 ここに、いかにもな怪しいコートを着込んだ男性が、いかにもな怪しい笑い声を出して立っていました。


「もう我慢出来ねぇ」


 男性はそう呟くと、塀を乗り越えて学校の敷地内に入ってしまいました。


「あ~……」


 それを、やけにぷるぷるしているおばあさんが見ていましたが、


「もしもし、警察ですか?」


 突然すっくと背を伸ばし、スマホを取り出してきびきびと警察に電話しました。





 ◇◇◇





「あれ?」


 浩美先生は職員室での作業中、次の授業に必要な教材がない事に気付きました。


「……あっ」


 記憶の糸を辿り、それを六年一組の教室に忘れてきた事を思い出します。


(取りに行かなくちゃ)


 どうしても必要なものなので、浩美先生は自分の席を立ち、取りに行きました。


(一組は今、確か体育だったよね。みんなが教室にいなくてよかった)


 もし算数とかだったら、ものすごく恥ずかしい思いをする羽目になってましたね。

 どうして今回に限ってこんな大事なものを忘れたんだろうと思いながら、教室から教材を取って、帰る途中の事でした。



 廊下の真ん中に、コートを着込んだ男性が立っていました。



「……えっ?」


 浩美先生が知る限り、この学校にこんな先生はいません。何より、まだ気温が不安定とはいえ、この季節にコート?

 そう思っていると、男性はニヤリと笑いました。





 ◇◇◇





 一方体育館。

 勝負は進み、愛奈ちゃんチームには愛奈ちゃんと勇子ちゃん。友香ちゃんチームには友香ちゃんだけが残っていました。


(友香って、念力なしでも強いのね……)


 勇子ちゃんは友香ちゃんに、超能力者だから超能力に頼りっきりなイメージを持っていましたが、意外や意外。運動神経はかなり高いです。


「やるねいさちん。もっと早くアウトになると思ってたよ」


「あんたこそ。こっちはいつ手加減をやめるのかヒヤヒヤしてるんだけど」


「大丈夫だって」


 絶対に重鎖呼法を解かないよう、勇子ちゃんが念押しします。


「つまんねー勝負だなオラ!! もっと熱い勝負をしろよオラ!!」


 その時、打造先生から野次が飛びました。結構白熱していると思うのですが、先生が満足するレベルではなかったようです。


「そんな無茶な……」


「やっぱ全力の試合が見たいよね~。あたしも重鎖呼法これ結構キツいから、そろそろやめたいな~」


「ねぇちょっとやめてよ!?」


 愛奈ちゃんが洒落にならない事を言って、勇子ちゃんの気が友香ちゃんから逸れました。その隙を、友香ちゃんは見逃しません。


「しまった!?」


 友香ちゃんが投げたボールに、勇子ちゃんは当たってしまいました。


「あらら~。とうとういさちんもアウトか~」


 残念がる愛奈ちゃん。

 と、愛奈ちゃんが外野に移動する途中の勇子ちゃんに近付いて、耳打ちしました。


「出来るだけコートから離れて。いさちんだけは巻き込みたくないから」


「えっ? それどういう――」


 勇子ちゃんが詳しく訊く前に、愛奈ちゃんが勇子ちゃんの背中を軽く突き飛ばします。これで勇子ちゃんは、完全にコートから出ました。


「ほらほら、早くあっちの外野に行かないと!」


 勇子ちゃんは何か言いたげでしたが、愛奈ちゃんの言う通りなので、仕方なく背を向けて離れます。

 少し離れてから見てみると、愛奈ちゃんと友香ちゃんが微動だにせず見合っていました。


「これでやっと、二人きりだね」


 そう言うと、愛奈ちゃんの身体からオーラが噴き出しました。重鎖呼法を解いたのです。


「ふぅ……身体が軽い軽い。今なら空も飛べそうだよ」


 愛奈ちゃんはその場で、軽く何回か飛び跳ねます。

 それを見た友香ちゃんは、首から提げていたボードを外し、コートの外に放り投げました。友香ちゃんも念力を使わないという制約を、外したのです。それから、念力でボールを浮かべて、愛奈ちゃんに渡しました。


「先攻は愛奈に取らせてあげる」


「サービスいいね~。でもいいの? そんな事すると……」


 愛奈ちゃんは、何回か自分の真上にボールを投げ、キャッチ。それを繰り返し、


「一気に決めちゃうよ!!」


 友香ちゃん目掛けて投げつけました。ソニックブームを引き起こすほどで、今までとは比較にならない速度です。豪速球というのはこの事を言うのだと、周りの生徒達は思いました。

 しかし、そう簡単には終わらないのが友香ちゃんです。念力を使い、ボールの速度を緩め、片手で掴んで止めてしまいました。


「さすが友香」


「今度はこっちの番」


 友香ちゃんがボールを投げます。ボールが手から離れた瞬間に念力を使い、加速。その速度は、先程愛奈ちゃんが投げたスピードを超えます。しかも、ものすごい勢いで回転しています。もしぶつかったら、コンクリートだろうと風穴を空けるでしょう。


「友香ってさ、結構直球勝負するタイプなんだね」


 しかし、愛奈ちゃんはそれを、両手で挟んで容易く止めました。もはや人間業ではありません。


「もっとぐにゃぐにゃ曲げたりとか、そういう事するって思ってたよ」


「……じゃあ次はそうする」


「いいよ。まぁ……」


 愛奈ちゃんはボールを構え、ボールが真紅のオーラを宿します。


「次があればの話だけどね!!」


 その状態で投げました。友香ちゃんがボールに回転を加える事で、愛奈ちゃんがボールを掴めなくしたように、愛奈ちゃんもボールに気を宿したのです。不用意に触れば、手を焼かれます。


「!!」


 触って止めるのが危険とわかった友香ちゃんは、身体を射線からずらして一度回避し、念力で止めました。その際、念力でオーラを吹き払います。


「ひっ……!!」


 目の前でオーラ付きの豪速球が止まったので、当たる寸前だった外野の男子は、思わず尻餅を着きました。


「あら~。それ止めちゃう?」


「宣言通り、今度は本気で行く」


 ボールを手元に持ってきた友香ちゃんは、再び投げます。投げられたボールは、高速で右に行ったり左に行ったり、ぐるぐる回ったりと複雑な軌道を描いて、愛奈ちゃんに飛んで行きました。


「ほんと、反則級だよね。あたしは止められるんだけど」


 愛奈ちゃんの目の前に来たところで、ボールは突然後ろに回って当たろうとしますが、愛奈ちゃんは即座に反応して後ろを向き、勢いのままボールを掴んで友香ちゃんに投げ返しました。


「その反応速度の方が反則」


 友香ちゃんは手で止めず、念力で止めます。あれだけの速度で滅茶苦茶な軌道を描いて放ったにも関わらず、苦もなく対応してみせた愛奈ちゃんの反応速度と行動速度は、まさに反則級です。


「小細工は無駄だってわかった。だから、純粋な速度と手数で押し切る」


「友香は難しい言葉知ってるなぁ。意味はよくわからないけど、根比べしようって言ってる事だけ、なんとなくわかった」


 愛奈ちゃんもよく根比べなんて言葉知ってましたね。

 と、愛奈ちゃんが両足を揃え、肩の力を抜いて両手を左右に広げました。


「高崎流気功術奥義、手壁の構え。さ、どこからでもどうぞ」


 その挑発に答えて、友香ちゃんがボールを飛ばします。狙うはど真ん中。

 しかし次の瞬間、愛奈ちゃんの右手が動いて、ボールを受け止め、飛んできた速度のまま弾き返しました。


「!!」


 友香ちゃんは即座に念力で受け止め、またボールを飛ばします。今度は、左足を狙って。

 しかしまた、今度は愛奈ちゃんの左手が目にも止まらぬ速さで動き、ボールを弾き返しました。それも、友香ちゃんは念力で止めます。


「余分な力を抜いて、相手が攻撃してきた瞬間だけ力を入れて手で弾き返す。何なら後ろを狙ってみてもいいよ?」


 愛奈ちゃんは挑発しますが、友香ちゃんはそれに乗らず、正面からボールを飛ばしました。


(……ついていけない……)


 勇子ちゃんは二人の戦いを見て思いました。超能力vs超武術の、人外の勝負です。一般人には危なすぎるので、勇子ちゃんを含めた外野の生徒達は、全員少し離れた場所に避難していました。


「おおお~!! やるじゃねぇかオラ!! こういう勝負が見たかったんだオラ!!」


 打造先生には好みらしいですけど。


「ね、ねぇ松下さん。止めなくていいの?」


 そこへ、千景さんが勇子ちゃんに話し掛けてきました。


「……ああなったらもう止まらないわ。気が済むまで、好きにやらせてあげましょ」


 授業中にこんな事をするのはどうかと思いましたが、勇子ちゃんも出来る事なら、暴走した二人には関わりたくありません。なので、決着がつくまで好きにさせてあげる事にしました。


(……好きに……)


 ここで勇子ちゃんは、おかしな事に気が付きます。


(そういえば、江口ギャング団がずいぶん大人しくしてるわね)


 絶対に邪魔してくると思いましたが、いつまで経ってもそんな気配がありません。気になった勇子ちゃんは、江口ギャング団を探してみました。

 それでようやく気付きました。いないのです。江口ギャング団が、この体育館のどこにも。


「あいつら……サボったわね!?」





 ◇◇◇





 一方その頃、六年一組の近く。


「ったく、やってらんねぇぜ」


 江口くんはぼやきました。勇子ちゃんの予想通り、江口ギャング団は途中からサボっていたのです。


「まったくですよ。高崎達のあんな勝負、付き合いきれませんって」


「鬱田先生も打造モードになってて、すごく怖かったッスからねぇ~」


 甚吉くんと半助くんが同意しました。


「バカ野郎半助。先生が怖くて、江口ギャング団が名乗れるか」


「でも打造モードの鬱田先生、マジで容赦ないッスよ。逆らわない方が身の為ッス。高崎ちゃん達の勝負に夢中になってたから、たぶん僕らが抜け出した事にはまだ気付いてないはずッスよ。手遅れになる前に、早いとこ体育館に戻った方が……」


「大バカ野郎。誰にも従わねぇのが、俺達江口ギャングのモットーだろ。先生にビビってたら、江口ギャング団の名折れだぜ」


 半助くんは早く体育館に戻るよう説得しますが、江口くんは聞こうとしません。



 その時でした。



「きゃああああああああああ!!!」



 悲鳴が聞こえて、三人は立ち止まります。


「今のは……」


「浩美先生ッス! きっと浩美先生に何かあったんスよ!」


「行ってみようぜ!」


 三人は、浩美先生の悲鳴が聞こえた場所に急行しました。




 一方浩美先生は、目の前の不審者に悲鳴を上げていました。男性は浩美先生の姿を確認すると、着込んでいたコートを勢い良く開いたのです。


「……あれ?」


 浩美先生は、コートの下が全裸だと思っていました。ですが、違っていたのです。男性はちゃんと、コートの下に服を着ていました。

 いえ、やっぱりおかしいです。

 男性は全身にベルトを巻き付け、ベルトのポケットに大量のリモコンを差していたのです。

 リモコンです。テレビのリモコンやエアコンのリモコン。ラジオやDVDプレーヤーのリモコンや、ゲームのリモコンなど、とにかくたくさんのリモコンを持っていました。

 男性はズボンの両ポケットから、さらに二本のリモコンを抜き、浩美先生に見せました。


「このリモコンをどう思う?」


「え!?」


 恐らくテレビのリモコンですが、男性が期待しているのはそんな答えではないはずです。


「えーっと……」


 しかし、だからといってどう思うと聞かれても、はっきり言って答えようがありません。

 なので、


「と、とてもいいリモコンだと、思いますよ……?」


 無難に褒めておきました。


「貴様にリモコンの何がわかる!!!」


「ええっ!!?」


 なのに、喜ぶどころか逆に怒られてしまいました。


「どうせ返答に困るから、無難に褒めておこうとでも思ったんだろう? 貴様のようなリモコンに興味のなさそうな女の考える事などお見通しだ!!」


「それがわかっていて何で訊いてきたんですか!?」


「貴様が本当にリモコンに興味がないかどうか確かめる為だ。貴様にリモコンの素晴らしさを教えてやる!!」


「い、いやあああああああ!!」


 わけのわからない事を言いながら、男性はリモコンを両手に浩美先生に迫ります。




「何だあいつ……!?」


 これにはさすがの江口ギャング団も困惑しています。


「あれ、たぶん最近出たっていう変質者ですよ!」


「ヤバいッス! 早く他の先生に言うッスよ!」


 甚吉くんと半助くんは江口くんに言います。幸いに、男性がこちらに気付いた様子はありません。


「こんのバカ野郎ども!! 変質者が怖くて江口ギャング団が勤まるか!! 俺達の手で、あの変質者をぶっ倒すんだよ!! 半助!! お前が作ったアレを使うぞ!!」


「りょ、了解ッス!!」


 江口くんに言われて、半助くんがポケットからベルトを取り出し、甚吉くんに渡しました。ベルトはとても良く伸びて、甚吉くんはベルトの留め金を、外側の窓と教室の窓の枠に引っ掛けます。


「江口ギャング団随一の頭脳を持つ半助が作った超伸縮ベルトを、江口ギャング団一の力持ちである甚吉が引っ張り、そこに江口ギャングで一番頑丈な俺をセットすれば……」


 甚吉くんが引っ張っている部分に、江口くんは自分の身体を引っ掛けました。


「江口ギャング団人間パチンコの完成だ。元々は対高崎用に用意した最終兵器だが、高崎に使う前のテストと行こうじゃねぇか!」


 ニヤリと笑う江口くん。彼らも、いつもやられっぱなしではないのです。


「発射用意!!」


「江口ギャング団戦闘員元田甚吉、フルパワー!!」


 甚吉くんがさらにベルトを引っ張ります。


「今ッス!!」


 そこで半助くんが、発射のタイミングを言います。


「人間パチンコ、発射ァ!!」


 江口くんが言うと、甚吉くんがベルトのボタンを押します。すると、ベルトが強い力で縮み、それに合わせて甚吉くんが手を離し、江口くんが発射されました。


「ゴバァァッ!!」


 砲弾と化した江口くんは、男性の脇腹に頭突きを喰らわせ、浩美先生から引き離します。男性は両手のリモコンを落として、廊下に倒れました。


「どうだ!! これが最終兵器の威力だぜ!!」


「え、江口くん!?」


 浩美先生は驚きました。


「た、助けてくれたんですか?」


「そいつは違うな。俺はこの変質者に、江口ギャング団の力を見せつけてやりたかっただけさ」


 江口くんがそう言っている間に、甚吉くんと半助くんが来ます。


「これでわかったか!! 俺達江口ギャング団は、お前なんかよりずーっと極悪なんだぜ!!」


 勝ち誇る江口くん。

 しかし、倒したはずの男性が、ゆっくりと起き上がりました。


「ば、バカな!? 僕の計算なら、今の一撃で高崎ちゃんだって倒せるはずッスよ!?」


 計算が外れて、半助くんはとても驚いています。

 男性はコートをめくって、その下にあるリモコンを見ました。リモコンが一本、真っ二つに折れて壊れています。


「ジョセフィーヌ……俺の盾になってくれたんだね……」


 どうやら自分のリモコンに名前を付けているようです。


「貴様ら……よくも俺の恋人の一人を!!」


 男性は新しくリモコンを二本抜いて江口ギャング団に向け、電源のスイッチを押しました。


「「「スパァァァァァァァァァァァァク!!!!」」」


「江口くん!! 元田くん!! 亀梨くん!!」


 すると、リモコンから強烈な電撃が放たれ、江口ギャング団は気絶します。


「俺の愛を受けて生まれ変わった、エアコンのリモコンのキャサリンと、ラジオのリモコンのエリザベスだ」


「リ、リモコンを武器に改造したって事ですか!!?」


「俺もつらかった。だが、俺の愛を証明する為に仕方ない事なんだ。二人も了承してくれた」


 リモコンが了承なんてするんですかね。


「次は貴様の番だ。貴様を気絶させた後、四人まとめてリモコンの素晴らしさをみっちりと教え込んでやる」


 リモコン型スタンガンを手に、変質者が浩美先生に迫ります。


「ま、愛奈さん!!」


 浩美先生は愛奈ちゃんの名前を呼びました。





 ◇◇◇





 一方体育館では、白熱した勝負が続いていました。

 ギャラリーとなった生徒達は、固唾を飲んで見守っています。何が起きているかわからないからコメント出来ないというのもありますが。


「思ったより……しぶといじゃん……!!」


「……愛奈こそ……」


 さすがの愛奈ちゃんと友香ちゃんも、息切れが見えます。二人がここまで本気になって戦った事はありません。


「でも……これで終わり……」


 ボールは友香ちゃんが持っています。互いに余力はなく、この一球が勝負の分かれ目でした。愛奈ちゃんを仕留めれば、友香ちゃんの勝ち。逆に愛奈ちゃんが受け止めて投げ返せば、愛奈ちゃんの勝ちです。


「そうだね。これで、終わりにしよう……!!」


 友香ちゃんがどんな球を投げても必ず受け止められるよう、全神経を集中する愛奈ちゃん。残った全ての力を、念力に集める友香ちゃん。

 例え見えなかったとしても、この勝負を目に焼き付けようと、生徒達も打造先生も、沈黙して見守っています。



 そして、



「……ッ!!!」


 友香ちゃんは全身全霊のボールを、念力で投げました。


(このボール、取れる!!)


 確かに速いですが、今まで友香ちゃんが投げたボールの中では一番遅いです。友香ちゃんの念力は、もうほとんど残っていませんでした。


(勝った!!!)


 あとはこのボールを受け止めて、投げ返すだけ。念力を使いきった友香ちゃんには、もう避けられる体力はありません。



 しかし、



(っ!! 浩美先生!?)


 愛奈ちゃんは浩美先生の危機を感じ取りました。そのせいで反応が一瞬遅れ、ボールは愛奈ちゃんの腹に命中します。


『ワァァァァァァァァァァァァ!!!』


 今ここに、勝敗は決しました。生徒達が歓声を上げます。


「いい勝負だったぞオラ!! さすが六年だオラ!!」


 打造先生は二人の健闘を讃えています。

 しかし、愛奈ちゃんはそれに背を向けて走り出しました。


「お、おい高崎オラ!! お前どこ行く気だオラ!!」


「浩美先生が危ないの!!」


 愛奈ちゃんは簡単に事情を説明し、浩美先生を探しに体育館から出ます。

 愛奈ちゃんが体育館から出ると同時に、力を使い果たした友香ちゃんが倒れました。


「友香!!」


「お、おいオラ!! 誰か要を保健室に連れていけオラ!!」


 勇子ちゃんが駆け寄って、友香ちゃんを助け起こします。そのまま勇子ちゃんは、友香ちゃんを保健室に連れて行こうとしますが、


「いい。ちょっと休めば、元に戻る」


 友香ちゃんは勇子ちゃんの手を払いのけ、自力で立ちました。


「友香……」


 勇子ちゃんはそんな友香ちゃんの姿を心配そうに見ていますが、友香ちゃんは愛奈ちゃんが去っていった方向を見たまま、微動だにしませんでした。





 ◇◇◇





「さあ!! 俺達の愛を喰らえ!!」


 変質者はリモコンを浩美先生に向け、浩美先生はぎゅっと両目を閉じます。


「何してんだこら!!」


「ぶべ!!」


 しかし、リモコンのボタンを押される前に、愛奈ちゃんが後ろから変質者の頭を蹴り飛ばしました。


「愛奈さん!!」


「お待たせ!!」


 愛奈ちゃんはそのまま浩美先生をを背にかばい、笑い掛けます。


「貴様……俺の邪魔をするな!!」


「うるせぇぇぇぇぇぇ!!! 紅蓮情激波ーーーーーー!!!」


「バッベラバァァァァァァァァァァ!!!!」


 変質者はリモコンを使おうとしましたが、白熱した勝負をした後で気が立っていた愛奈ちゃんから紅蓮情激波を叩き込まれ、校庭まで吹き飛ばされました。



 数分後。


「頼む!! 俺の家に寄ってくれ!! 家にはまだ壊れていない、俺の帰りを待つ恋人達が!!」


「黙ってろこの変質者!!」


「あなたの性癖については署の方でゆっくりとお聞きしますからねー」


 おばあちゃんから通報を受けて駆けつけた桃野さんと美魅さんに、変質者は連行されました。





 ◇◇◇





 こうして変質者は逮捕され、その後、何の問題もなく昼休みに。え? 休校にはならないのかって? この程度の事でいちいち休校になんてしてたら、生徒が勉強出来ませんよ。


「あ~あ。友香の勝ちかぁ……」


 愛奈ちゃんは残念そうです。勇子ちゃんが事の真相を聞きました。


「それで、何であんた達はあんなにむきになってドッジボールしてたわけ?」


「……今日の給食のプリンだよ」


 笑特小学校の給食は、いつもデザートが一人分多めに用意されています。これは何らかの理由でデザートが足りなくなった時、食べられない生徒が出る事を防ぐ為です。

 足りている場合は早い者勝ちなのですが、愛奈ちゃんと友香ちゃんはいつも一番早く、同時に食べ終わります。片や武術使い、片や超能力者で、カロリーの消費が多いんでしょうね。で、二人ともプリンが大好物です。だから、どっちが残ったプリンを取るか決める為に、ドッジボールをしていたんです。


「竜胆兄さんの予想が当たったか……あんた達そんな理由であんな勝負してたのね……」


 勇子ちゃんは呆れてます。勝負の理由が子供すぎます。まぁまだ彼女達は小学生で、勇子ちゃんもプリンは好きだから、気持ちはわからない事はないのですが。


「まぁ勝負には負けちゃったけど、浩美先生を守れたから良しとするよ。あたしには浩美先生の方が大事だから!」


「愛奈さん……」


 浩美先生の顔が少し赤くなりました。一人の生徒にここまで好きになってもらえるのは、とても嬉しい事です。

 と、給食を食べ終えてプリンを勝ち取った友香ちゃんが、愛奈ちゃんのそばに来ました。


「どうしたの?」


 愛奈ちゃんが訊くと、友香ちゃんは答えず、念力でカップの中から、半分に切ったプリンを取り出し、愛奈ちゃんのカップに入れました。


「友香……」


「……この勝負は引き分け。だから景品は半分こ。でも次は勝つ」


 そう告げて、友香ちゃんは自分の席に戻ります。

 今回愛奈ちゃんが負けたのは、浩美先生が変質者に襲われている事を察知したせいです。その事に気を取られなければ、勝っていたのは愛奈ちゃんでした。友香ちゃんとしてもこんな勝ち方には納得出来ず、引き分けという形で納めたのです。


「ありがとう友香!!」


 愛奈ちゃんは美味しそうに、友情のプリンを平らげます。


(ほらやっぱり)


 その光景を、勇子ちゃんは安心して見ていました。いつもと同じです。あの二人は自分達の仲がどんなに険悪になっても、最後は必ず仲直りするのです。


「あ。そういえば浩美先生。今回先生を襲ってきたのって、何だったんですか?」


「えっ!?」


 勇子ちゃんから返答に困る質問をされて、浩美先生は悩み、こう答えました。


「リモコンでした」


「……何ですかそれ?」





 ◇◇◇





 一方その頃保健室で、


「リモコンが……リモコンが……」


「うぅ……」


「チャンネル……温度……」


 江口ギャング団は悪夢を見ていました。

安心して下さい。江口ギャング団も一応浩美先生を守ったので、ちゃんとプリンを三人分用意してますよ。

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