第四話 恋のライバル登場!? 愛奈vs謎のイケメン!!
「愛奈!」
「いさちん! 友香!」
愛奈ちゃん達の教室に、勇子ちゃんと友香ちゃんが飛び込んできました。
「どうだった!?」
「少しだけ時間が延びたって!」
二人は小声で話します。時間というのは、無論、氷華さんが妖力を制御出来る時間の事です。
あの出来事から二日経ちました。愛奈ちゃんからのアドバイスを頼りに練習してみたところ、今までほとんど延びなかった妖力の制御時間が目に見えて延び出したそうです。
「やっぱり、愛の力は偉大なり、だね!」
だからそんな言葉、どこで覚えてきたんですかね。浩美先生は教えてませんよ。
「まぁ、ここはあんたの言う通りでしょうね。それで、氷華お姉ちゃん、私達にお願いしたい事があるんだって。今日の放課後、氷華お姉ちゃんの家に来て欲しいんだけど、いい?」
「えっ? いいけど、どうしたの?」
「来てから話すって」
どうやら氷華さん、愛奈ちゃん達にお願いがあるようです。しかもここで話せないとなると、相当大事なお願いですね。
「みんなさんおはようございます!」
愛奈ちゃん達が話をしていると、浩美先生が来ました。
その時でした。
「え?」
浩美先生の頭に何か落ちて、白い粉が舞いました。黒板消しです。黒板消しが、ドアの上に挟んでありました。愛奈ちゃんは勇子ちゃん達との話に夢中で、気付けなかったのです。
「「「イエーイ!! 大成功!!」」」
やったのは、江口ギャング団の三人組です。この前大変な事になったのに、全く懲りていません。
だから、今回も制裁が加えられます。
「この!!!」
「ボブ!!」
「バカが!!!」
「バブ!!」
「死ねーーっ!!!」
「アボア!!!」
愛奈ちゃんは高速で走り、甚吉くん、半助くん、江口くんの順番で、殴り、蹴り、気功波で打ち上げて、天井に頭を突き刺しました。
「浩美先生!!」
首から下をプラプラさせてる江口ギャング団には目もくれず、愛奈ちゃんは浩美先生に駆け寄ります。
「大丈夫!? 痛いところとかない!?」
「は、はい。大丈夫です」
愛奈ちゃんは黒板消しを取って、浩美先生の頭を払います。当たったのは黒板消しですからね。汚れただけです。
「先生。ちょっとじっとしてて」
「え? あ、はい……」
友香ちゃんからそう言われて、浩美先生はじっとしています。友香ちゃんは浩美先生の顔に、右手を向けました。すると、浩美先生の頭に付いていたチョークの粉が、残らず浮かび上がりました。念力で、チョークの粉だけを取ったんです。
「ありがとうございます」
「へー。友香の念力って、そんな使い方も出来たんだ。てっきり大きくて重いものを、ものすごい速さで飛ばせるだけだって思ってた! 脳筋だし! ボハァッ!!」
怒った友香ちゃんが、念力で愛奈ちゃんを頭から天井に突き刺しました。
「先生。早く朝礼を始めましょう」
「え? でも」
「始めましょう」
「は、はい……」
友香ちゃんから無表情の圧力を掛けられて、浩美先生は怯えながら朝礼を始めます。
「そ、それでは、朝礼を、始めます……」
それにしても、天井に小学生四人の頭が突き刺さっている中での朝礼ですか……文章だけだとうまく伝わらないですけど、もし絵になったらすごい絵面です。もちろん、悪い意味で。空気は重たく、全員が緊張しています。
(友香だけは何があっても絶対に怒らせないようにしよう)
勇子ちゃんは、そう心に固く誓いました。
◇◇◇
放課後、愛奈ちゃん達は勇子ちゃんに案内されて、氷華さんのお家に集合しました。
「みんな来てくれてありがとう」
「いいよ。それで、お願いってなに?」
愛奈ちゃんは単刀直入に、自分達を呼び出した理由を訊きます。
「……実はね。小学生のあなた達にこんな相談をするのはどうかな、って思ったんだけど……」
氷華さんは少し悩んだ後、用件を話しました。
「この前言った、私が好きな人に、告白しようって思うの。そのお手伝いをして欲しくて……」
氷華さんの実年齢は五十五歳です。しかし、その年数の大半を妖怪としての生活に費やしてきたので、恋愛に関して、特に人間という異種族に対してはかなり奥手です。というわけで、氷華さんにあんなアドバイスを送った愛奈ちゃんに、協力を仰ぎたいと、そういうわけなんですね。
「おお~!! 遂にやるんだね!! やっちゃうんだね氷華お姉ちゃん!!」
「うん。やるわ」
愛奈ちゃん、興奮してます。そりゃ、興奮もするでしょう。告白といえば、女性にとって超絶ビッグな、人生のイベントです。
「で、私達は何をすればいいの?」
勇子ちゃんは、自分達は氷華さんの告白を成功させる為に何をすればいいのか、訊きます。
「……当たり前だけど、告白は私がしなくちゃ意味がない。でも、最後の一歩を踏み出す勇気がどうしても出ないの。だから……」
要するに、氷華さんは最後の一歩を踏み出す為の後押しをして欲しい、という事です。まぁ小学生に出来る事なんて、それくらいしかないですしね。
「オッケーわかった! あたし達にドーンと任せて!」
「みんな、ありがとう!」
愛奈ちゃんは自分の胸を叩き、氷華さんはお礼を言いました。
「それで、作戦の決行はいつ?」
友香ちゃんが重要な事を訊きます。予定を合わせなくちゃいけませんからね。
「みんなの都合さえよければ、明日がいいんだけど……」
「善は急げってやつだね! あたしは大丈夫だよ!」
「私もだよ。特に予定とかないし」
「私も」
というわけで、作戦の決行は明日の放課後になりました。
◇◇◇
そして、翌日の放課後。
「で、何で浩美先生まで来てるんですか?」
銀嶺高校の校門前で、三人は待ち合わせていたのですが、なぜか浩美先生も一緒にいました。勇子ちゃんが理由を訊きます。
「いえ、藤堂さんの好きな人がどんな人なのか、私も気になって……」
愛奈ちゃんがこっそり話したそうです。で、そういう話は、浩美先生も気になるみたいですね。
「あっ! みんな! 姫川先生も!」
そこに、氷華さんがやってきました。
「氷華お姉ちゃん。それで、氷華お姉ちゃんの好きな人っていうのは?」
「もうすぐ来るはずよ」
勇子ちゃんが訊くと、氷華さんは答えました。内容は教えていませんが、待ち合わせの話は付けてきているそうです。
「あっ! 来た!」
氷華さんが反応します。四人が一斉に昇降口を見ました。
氷華さんは美人です。こんな綺麗な人が好きになるなんて、一体どんな人なんだろう? きっとすごく素敵な人に違いない。四人はそう思っていました。
昇降口からやってきたのは、氷華さんの想い人、竜胆弓弩くん。氷華さんに釣り合うくらいの、超美形、イケメンくんです。
それだけならよかった。それだけなら。
弓弩くんは自分の周りに、たくさんの女子高生を侍らせていたのです。
「ねぇ竜胆くん! これから一緒に遊びに行こうよ!」
「ごめん。今日は今から大切な用事があるんだ」
「え―!? そんなのすっぽかしちゃえばいいじゃん!」
「どんな用事か知らないけどさ、あたし達と遊ぶより大切な事とは思えないな~」
「そうも言っていられないよ。大切なクラスメイトからのお願いを断るなんて、男として失格だろ? この埋め合わせは必ずするからさ」
キザな事を言ってウインクまでしてます。
『キャ―!!』
女子高生達が黄色い声を上げました。
一方愛奈ちゃん達四人は、
「「「「……」」」」
絶句してました。口をあんぐりと開けて、もう何を言えばいいやらわかりません。
「はぁ~……竜胆くん、かっこいいなぁ~……」
氷華さんは両手をほっぺに当てて、溜め息を吐いています。
「だっ、ダメですよ藤堂さん!!」
「そうだよ氷華お姉ちゃん!!」
「私でもわかるよ!! あれは絶対付き合っちゃいけないタイプの人だって!!」
「交際した女を破滅させる、典型的なダメ男」
浩美先生、愛奈ちゃん、勇子ちゃん、友香ちゃんは、弓弩くんとの交際を真っ向から否定し、氷華さんに考え直すよう言います。というか、友香ちゃんの台詞が滅茶苦茶怖いです。
「で、でも、私は竜胆くんと……」
「とにかくダメ!! あんなのダメ!! 今はあの人から離れて――」
「ごめんごめん! 待たせたね」
勇子ちゃんが氷華さんを帰らせようとしますが、時すでに遅し、弓弩くんに見つかっちゃいました。女子高生達を帰らせ、一人で氷華さんに近付きます。
「り、竜胆くん! あの……!!」
「すいません!! 何でもないんです!!」
弓弩くんに告白しようとする氷華さんを、勇子ちゃんが止めます。
「な、何するの!」
「ダメって言ったでしょ!! ダメったらダメ!!」
氷華さん完全に誘惑されてますね。目が正気じゃないです。例えるなら、食虫植物の蜜に引き寄せられた蝶々ですね。今はまだ捕まってませんが、一度捕まったら最後、骨の髄までしゃぶり尽くされて、捨てられる事は目に見えています。
一方弓弩くんはといえば、かなり困惑してました。呼び出されたかと思えば、知り合いと思われる小学生に妨害されて、弓弩くんもどうすればいいかわかりません。
ふと、弓弩くんは浩美先生の存在に気付きました。浩美先生は氷華さんと勇子ちゃん喧嘩を見て、あわあわしちゃってます。
「すいませんそこの方」
「ひゃいっ!?」
そんな浩美先生の不意を突く形で、弓弩くんは話し掛けました。
「あなたは彼女のお知り合いで?」
「えっ!? えーっと……」
浩美先生、返答に困ってます。知り合いといえば知り合いですが、そうでないといえばそうではありません。
「い、一応は……」
なので、思ったままを答えました。
「そうでしたか。いきなりで申し訳ありませんが、あなたはとても魅力的な女性です。あなたの事がもっと知りたい。あなたがどういう経緯で僕のクラスメイトと知り合いになったのか、僕の行き付けの喫茶店でお話しして頂けませんか?」
「え、えええっ!?」
「り、竜胆くん!?」
なんと弓弩くん、浩美先生を口説き落としに掛かりました。これが彼の手です。自身の容姿が優れているのを武器に、気に入った相手を甘い言葉で落とし、自分のハーレム要員に加えてしまいます。最低です。
「ちょっとお兄さん」
もちろん我らの愛奈ちゃんは、それを看過などしません。
「……君は?」
「この先生の生徒だよ。いくら浩美先生が綺麗で可愛くて素敵だからって、ちょっと見境がなさすぎるんじゃない?」
ここぞとばかりにべた褒めです。浩美先生真っ赤になってます。
「そうか、君の先生か。悪いけど、いくら君が女の子とはいえ、さすがに子供に興味はないんだ。邪魔しないでくれないかな?」
「自分だって子供のくせに。二十歳越えてない人は大人じゃないって事くらい、あたしも知ってるよ」
「……そうだね。でも、君は僕よりずっと幼いじゃないか。年上の言う事は大人しく聞くのが、年下の礼儀ってものだよ。君がやってる事は非常識だ。おっと、君には難しかったかな?」
「じゃあ会ったばっかりの人を口説くのはいいの? それこそ、『ひじょ―しき』ってやつじゃないの?」
両者、一歩も譲りません。弓弩くんが引かないと見るや、愛奈ちゃんは言う事にしました。
「大体ね、浩美先生は強い人が好きなの。あたしこう見えてもね、すっごく強いんだよ。大人の男の人が何人、武器を持ってかかってきても、簡単にやっつけちゃえるんだから。それに比べて、お兄さんはすっごく弱そう。お兄さんみたいな人って、大抵は力も弱いし、体力もないの。そんな人にさ、浩美先生が振り向くわけないじゃん」
まぁ確かにそうですね。人外の戦闘力を持つ愛奈ちゃんと、それ以外の人の強さを比べるのは可哀想ですが。
「あ、あの……」
「そうだよね? 浩美先生、強い人が好きなんだよね? あたしが強いから、好きなんだよね? ね?」
「……はい……」
愛奈ちゃんから笑顔で圧力を掛けられて、浩美先生は震えながら肯定しました。
「なるほど。あなたは、強い人がお好きと。言っておきますが、僕は彼女より強いですよ。彼女が一体どれだけの人数を相手に勝ったのかは知りませんが、僕はその二倍、三倍の人数を同時に相手にしても、必ず勝利を納めると約束します」
弓弩くんは浩美先生に、自分の方が強いアピールを始めました。
「言ったね? そこまで言うなら、勝負しようじゃん!! 今からあたしと勝負して、勝ったら浩美先生と付き合ってもいいよ!!」
「へぇ……その約束、忘れるんじゃないよ」
短気な愛奈ちゃんは、浩美先生との交際を賭けて、弓弩くんとの勝負を持ち掛けます。弓弩も、不敵に笑って勝負を受けました。
「えっ!? ええっ!?」
困惑する浩美先生。そりゃそうです。氷華さんの恋愛成就を応援する為に来たはずが、いつの間にやら自分を取り合う話に変わっていたんですから。
「ちょっと竜胆くん!? 私はあなたに大事な話が――」
「悪いけど、ちょっと黙っていてくれ。これは僕の人生を懸けた、一世一代の大勝負なんだ。今のこの気持ちを、他人からの横やりで乱して欲しくない」
今度は氷華さんが絶句しました。弓弩くん、氷華さんの事が眼中に入っていません。彼の興味は浩美先生と、自分の前に立ちはだかる愛奈ちゃんだけに向けられています。
「……悲しいかもしれないけど、あんなのに狙われなくなっただけマシ。今の氷華姉さんは恋愛に対する目が曇ってるから、しっかり磨いてから恋し直した方がいい」
「あんたえげつない事を平然と言うのね……」
友香ちゃんは立ち尽くしている氷華さんに慰めになってない慰めを言い、勇子ちゃんはそれに引きながらツッコミました。
◇◇◇
場面を空き地に移して、愛奈ちゃんvs弓弩くん、夕焼けの決闘です。
「決闘の内容を確認するよ。ルールも制限時間もなし。武器を使っても構わない。相手に負けを認めさせた方の勝ち。勝った方が、浩美先生と付き合える。いいね?」
「いいよ」
弓弩くんが決闘の内容を再度明示し、愛奈ちゃんは了承しました。
「すごい事になっちゃいました……」
「竜胆くん……何で……」
浩美先生と氷華さんは、それぞれ違う理由で震えています。どう違うかは言いますまい。
「愛奈!! 頑張って!!」
勇子ちゃんは愛奈ちゃんを応援します。友香ちゃんは無言でしたが、心の中で愛奈ちゃんを応援しているのは何となくわかります。
「あたしは素手でやる。っていうか、武器を使う戦い方なんて習ってないし。で、あんたはどうするの?」
愛奈ちゃんはいつものバトルスタイルです。弓弩くんは不敵な笑みを崩しません。
「実を言うとね、こういう決闘をするのは初めてじゃないんだ」
「えっ?」
その表情のまま、愛奈ちゃんの質問には答えず、わけのわからない事を話し始めました。
「僕は今まで、欲しいと思ったものは何がなんでも手に入れてきた。その為に戦ったのは、一度や二度じゃない。そういう修羅場をいくつも潜り抜けてきたおかげで、戦う前から何となくだが、相手の実力がわかるようになった。僕は君より間違いなく強いが、それでも手加減して勝てる相手じゃない」
どうやら弓弩くんは、愛奈ちゃんの実力の高さを、朧気ながらも感じ取っているようです。ただのクサイイケメンかと思いきや、それなりにやるようだと思った愛奈ちゃんは警戒します。
「だから本気で行くよ。心器を使ってね」
弓弩くんが左手をかざしたその時、弓弩くんの左手の中に、青く輝く長大な弓が現れました。
「なっ、何あれ!?」
勇子ちゃんは驚きます。何もないところから突然弓を取り出したのにも驚きましたが、弓が見た事もない形状をしているのにも驚きました。小学生の知識など知れたものですが、それでも勇子ちゃんが知っている中にあんな弓はありません。
「僕は心器使いっていう異能者の一人さ。心の中に思い描いた一つの武器を、現実世界に取り出す事が出来る。僕の場合は弓だ」
弓弩くんはただの人間ではなく、異能者でした。どおりでやたらと自信満々だったわけです。こんな力の持ち主が相手じゃ、一般人では勝てません。
「浩美先生のハートも射止めてみせるよ。僕の心器、ラブハートアーチェリーでね」
そう言って弓弩くんは、浩美先生の方向を見てウインクしました。
「~~~!!!」
浩美先生の背中を、ぞわぞわとしたものが走ります。自分に向けられた視線ではないにも関わらず、勇子ちゃんと友香ちゃんも顔を青くして身震いしました。
「キャー!!」
氷華さんだけ目をハートにして、黄色い声で叫んでいましたが。
「キッモ! このバカ予想以上にキモかった! 俄然負けられなくなったね!」
愛奈ちゃんは酷評しています。何にせよ、こんな人と浩美先生をくっつけるわけにはいきません。
「減らず口もそこまでだ。このラブハートアーチェリーの矢を、たっぷりと味わってもらうよ!」
弓弩くんの右手に、青く光る矢が出現し、弓弩くんはそれをラブハートアーチェリーという心器につがえて放ちます。飛んできた矢を、愛奈ちゃんは片手で掴んで止めました。
「ムダムダ。あたしは銃弾だって止められるんだよ? 弓なんか効くわけないじゃん」
愛奈ちゃんはそう言いながら、掴んだ矢を握り潰して捨てます。基本的には、弓矢より銃弾の方が速いですからね。小学生でもそれくらいの知識はあります。強盗団が至近距離で撃ったマシンガンの弾を、弾切れするまで片手で止められる愛奈ちゃんには通じません。
「へぇ、それはすごい。けどね、これは普通の弓じゃない。ラブハートアーチェリーは心器の弓だ。一緒にしてもらっちゃ困る」
しかし、それは基本的にはの話です。弓弩くんは新たな矢をつがえ、再び愛奈ちゃんに放ちます。
「!!」
愛奈ちゃんはそれ片手で弾き飛ばしました。ですが、愛奈ちゃんの表情には焦りが見えます。
「すごいすごい、これを止めたのは君が初めてだ。どうやら僕は、君の力を過小評価しすぎていたみたいだね。でもわかっただろ?」
弓弩くんは愛奈ちゃんの表情から、その心中を察しました。
ラブハートアーチェリーから放たれる矢は、普通の矢ではありません。使い手の精神力を矢に変えて放つので、まず矢切れを起こさないのが一つ。二つは、その矢を自在に変化させる事が出来る事です。弓弩は放った矢のスピードを、さっき放った矢の十倍の速度に加速させました。
「……それで? 速いだけの矢で、あたしに勝てるなんてホントに思ってるの?」
急に加速したから驚いただけで、対応自体は普通に出来ています。速いだけの矢では、愛奈ちゃんには勝てません。
「まさか。僕のラブハートアーチェリーの力は、こんなものじゃない!」
弓弩くんは再度矢をつがえて放ちます。今度は一本しか矢をつがえていないのに、大量の矢が、さっきよりも速い速度で飛んできました。
(防ぎきれない!!)
銃弾を遥かに超える速度で飛んでくる、矢の弾幕。さすがの愛奈ちゃんも一本一本掴んで止めるのは無理で、回避に徹します。
ですが、その程度の事で攻略出来るほど、心器は弱い武器ではありません。愛奈ちゃんの後ろに通り抜けた矢が、今愛奈ちゃんが避けた矢が、愛奈ちゃんを追いかけてきました。誘導弾も撃てるのです。
「追いかけてくる!!」
「狙った獲物は逃さないのが僕の信条さ。恋も、戦いもね」
「ああもう!!」
避けても無駄だとわかった愛奈ちゃんは、氷華さんとの戦いでやったように、その場で高速回転して、矢を弾き飛ばしました。
ですが、左足に力が入らなくなり、膝をついてしまいました。見ると、左足の太ももに、弓弩くんの矢が刺さっていました。
「きゃああああああ!!」
「愛奈!!」
浩美先生が悲鳴を上げ、勇子ちゃんが反射的に愛奈ちゃんを呼びます。すると、右足にも、下半身にも、上半身にも力が入らなくなり、愛奈ちゃんは倒れてしまいました。
「心配しなくてもいいよ。刺さっても死にはしない。ただ、相手の身体を痺れさせるだけさ。僕の優しさに感謝する事だね」
矢は愛奈ちゃんの左足の中へと消えていきましたが、左足自体には何の外傷もありません。肉体にダメージを与えず、ただ麻痺させる矢に変えたのです。
「さて浩美先生。これでわかったでしょう? 僕は彼女より強い。僕と付き合って頂けますね?」
「……わ、私は……」
勝利を確信し、弓弩くんは浩美先生に言い寄ります。
「浩美先生!! 行っちゃダメ!!」
ですがその直後、愛奈ちゃんから声が上がりました。見ると、愛奈ちゃんがゆっくりと立ち上がっていきます。
「あたしは……まだ負けてない!! だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
愛奈ちゃんが吼えると、その身体から青い光が噴き出し、すぐ後にいつもの赤い気が噴き出しました。
「馬鹿な!! 僕のラブパラライズアローを喰らって、まだ戦えるのか!?」
「あたしは高崎流気功術の使い手!! 気を操ってあたしの中から、あんたの力を追い出したよ!!」
気功術は体内の気を操る事で、体内の環境を操る事が出来ます。うまく使えば、毒抜きなども可能です。同じ要領で、愛奈ちゃんの中から身体を麻痺させていた弓弩くんの力を、外に排出しました。
「すごい!! 愛奈さん、そんな事も出来るんですね!!」
「なんかもうバトル漫画みたいな事になってんだけど……」
浩美先生は愛奈ちゃんが立った事に喜び、勇子ちゃんは少し呆れてます。でも、やっぱり安心してます。
「……やれやれ、作戦変更だ」
弓弩くんは首を横に振り、また矢をつがえました。しかし、これまでの矢と違って、今度の矢は赤いです。
「ラブファイヤーアロー!!」
矢を放つ弓弩くん。矢は炎の矢となり、愛奈ちゃんに飛んできました。愛奈ちゃんは片手から気弾を放ち、炎の矢を撃ち落とします。
「大人しく痺れてダウンしてればよかったものを……君が中途半端に強いせいで、痛めつけなくちゃならなくなったじゃないか」
そう言いながら、弓弩は飛び掛かってラブハートアーチェリーを振り下ろします。愛奈ちゃんはそれをかわしますが、地面が裂けました。ラブハートアーチェリーは鋭利な刃物にもなっており、おまけに心器を出している間、心器使いは身体能力が上がります。弓弩くんは接近戦も出来る弓使いなのです。
「僕を本気にさせた君の力は素晴らしい。だからこそ、君に教えてあげよう。上には上がいるという事をね!!」
離れた愛奈ちゃんに、弓弩くんは黄色い矢を放ちます。
「ラブサンダーアロー!!」
「ああああああああ!!!」
その矢は空中で複数に分裂し、雷と化して愛奈ちゃんの身体に当たりました。
「愛奈さん!! お願いです!! もうやめて下さい!!」
浩美先生は愛奈ちゃんと弓弩くんに、これ以上戦わないように言います。
「……大丈夫だよ、浩美先生」
「愛奈さん……」
しかし、愛奈ちゃんは倒れません。
「こんなやつぶっ倒して、二度と先生に近付けなくしてやるんだから!!」
浩美先生と弓弩くんは初対面です。しかし、浩美先生の為にも、ここで弓弩くんを倒し、その大きすぎる自尊心を折っておかなければなりません。
「うるさいな!! いい加減負けろよ!!」
再びラブサンダーアローを放つ弓弩くん。今度はかわしました。
「お前さえ倒せれば、あの先生は僕のものになるのに!!」
当たらなかった愛奈ちゃんを見て、弓弩くんは舌打ちします。
愛奈ちゃんは弓弩くんが今まで戦った中で、間違いなく一番強い相手です。強いがゆえに、簡単には倒せない。なかなか心も身体も折れない愛奈ちゃんを相手にして、弓弩くんは段々と、その醜い本性を表に出してきました。
「あっそう。じゃああんた、これで終わりね!!」
愛奈ちゃんも汚い心を見ていたくないので、これ以上汚いものを見る前に終わらせる事にしました。
「高崎流気功術奥義!! 紅蓮情激波―――!!!」
遂に愛奈ちゃんは、切り札の紅蓮情激波を放ちました。
「それがお前の切り札か!! だが甘い!!」
しかし、弓弩くんは真上に跳んで、紅蓮情激波をかわします。
「ラブソニックアロー!!」
すぐに二撃目を放とうとする愛奈ちゃんですが、それより早く、弓弩くんがあの速い大量の矢を撃ってきて、仕方なくかわします。弓弩くんは着地するまで矢を撃ち続け、愛奈ちゃんに追撃をさせません。
「遠距離戦闘では僕に分がある!! 溜めさせなければ僕の勝ちだ!!」
弓弩くんは今やり取りで、紅蓮情激波の弱点に気付きました。
紅蓮情激波は凄まじい威力を持つ、愛奈ちゃんの必殺技です。当たれば心器使いでも、一撃で戦闘不能に陥るでしょう。しかし威力が高い分、放つには一瞬以上の溜めが必要になるのです。ラブハートアーチェリーの速射力と連射力なら、放つ前に潰す事が出来ます。
(近付いて殴るしかない!! でも……)
あの矢の弾幕を潜り抜け、さらに斬撃まで防いで弓弩くんを殴り飛ばすのは、愛奈ちゃんにも難しいです。
(考えろあたし!! どうすれば勝てる!?)
愛奈ちゃんは弓弩くんの矢を叩き落としながら、弓弩くんを倒す方法を考えました。
「いつまで粘っても無駄だよ!! 君の得意分野は接近戦だ!! なら遠距離攻撃でなぶる!! この基本さえ押さえていれば、僕が負ける事はない!! いくら小学生でもわかるだろ!? さっさと負けを認めないと取り返しの付かない事になるぞ!!」
愛奈ちゃんを攻撃しながら、弓弩くんは早く降参するように言います。
「……基本? そうか!」
弓弩くんの言葉から、愛奈ちゃんは逆転の秘策を閃きました。一先ず足を止めて、弓弩くんの前に立ちます。
「降参する気になったかい?」
弓弩くんは矢を向けながら、愛奈ちゃんに降伏を迫りました。
「まさか。あんたに勝つ為に止まったの」
今度は愛奈ちゃんが、不敵な笑みを浮かべます。この期に及んでまだ抵抗を続けようとする愛奈ちゃんに、弓弩くんはとうとう激怒しました。
「もうたくさんだ!! 今すぐお前の息の根止めて、二度と喋れなくしてやる!!!」
高校生がすごい事言ってますよ。怒りで歯止めが利かなくなった弓弩くんは、愛奈ちゃんの顔面目掛けて、殺す気で矢を放ちました。
ですが、矢は愛奈ちゃんの顔に刺さりませんでした。
まるで金属の塊にでもぶつかったような音を立てて、弾き返されたのです。
「な、何!?」
驚いた弓弩くんは、もう一度矢を放ちます。ですが、また同じように弾き返されました。
「ど、どうなっている!?」
弓弩くんの矢は、鋼鉄すら易々と貫通するほどの、そこらの銃よりずっと高い威力を持っています。事実、愛奈ちゃんにもさっきまで通じていました。しかし、それが突然効かなくなったのです。
「高崎流気功術、牙鎧呼法!! あんたが基本って言ってくれたおかげで、この技を使う事を思い付いたの!!」
気功術の基本は呼吸法です。呼吸を整えて気を練る事で、初めて気功術は形となります。愛奈ちゃんが使った牙鎧呼法という技は、特殊な呼吸法で特殊な気を練り上げ、それを操る事で肉体を堅牢な鎧に変える技です。
愛奈ちゃんは早い段階で気功術の基本を叩き込まれており、さらに自分の感情から練り上げる気と混ぜ合わせ、しかもその気を纏う事で、通常の牙鎧呼法の数倍、いえ、数十倍の防御力を獲得しています。
「もうあんたの矢は効かない!!」
「そっ、そんな馬鹿な話があるか!!」
愛奈ちゃんの話が信じられず、弓弩くんは何度も矢を放ちます。顔に、腕に、足に、胸に、腹に、矢は命中しました。しかし、いずれの箇所にも刺さりはせず、跳ね返されてしまいます。
「ラブファイヤーアロー!!」
衝撃が効かないなら炎で。そう思った弓弩くんは、ラブファイヤーアローの炎で愛奈ちゃんを包みます。しかし、愛奈ちゃんの身体は燃えません。愛奈ちゃんは気を服にも纏わせているので、服すら燃えませんでした。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、だっけ? ぜんっぜん熱くないよ」
だから愛奈ちゃんはどこでそんな言葉を覚えてくるんですか。
「今度はこっちの番だぁっ!!」
駆け出す愛奈ちゃん。弓弩くんは矢を放ち続けますが、愛奈ちゃんの身体には一本も刺さらず、一気に突っ切ります。
「このっ!!」
弓弩くんは奥の手、ラブハートアーチェリーで斬りつけます。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
愛奈ちゃんはラブハートアーチェリーに拳を叩きつけました。素手で刃を殴ったというのに、愛奈ちゃんの拳には傷一つ付かず、逆にラブハートアーチェリーに亀裂が入っていき、
「あっ!!」
遂に砕きました。
「ぐ、ぐあああああああああああああああああ!!!」
愛奈ちゃんの拳は弓弩くんに当たっていません。しかし、弓弩くんは絶叫しながら、その場に崩れました。
それもそのはず。心器は使い手の心が、武器として具現化したものです。いわば、使い手の心そのもの。よって、心器を破壊されれば、使い手もダメージを受けてしまいます。ダメージといっても、精神的に激痛を受けるだけで、死ぬわけでも傷を負うわけでもありませんが。
とにかく、弓弩くんはもう戦えないという事だけわかって頂ければ、それで充分です。
「愛奈!! すごいわ!!」
「ナイスファイト」
勇子ちゃんと友香ちゃんは、愛奈ちゃんの勝利を喜びました。
「いやああああああああ!! 竜胆くんがぁぁぁぁぁぁ!!」
氷華さんだけは、弓弩くんが負けた事に悲鳴を上げていました。
「いい加減にしなさい!!」
「ぼはっ!!」
恋は盲目と言いますが、あまりに氷華さんが弓弩くんの事ばかり考えているので、勇子ちゃんがハリセンで頭を叩きました。ついでに友香ちゃんも、一緒に氷華さんの頭を叩きました。
「ど、どうして……」
自分が負けた事が信じられず、弓弩くんは狼狽しています。そんな彼に、愛奈ちゃんは理由を教えました。
「簡単だよ。先生の事が好きって気持ちが、あたしの方が強かっただけ」
その言葉に、弓弩くんは衝撃を受けました。
(この子の気持ちは本物だ。この子は本当に、あの先生が好きなんだ……)
「……僕の、負けだ……こんな安い気持ちじゃ、君に勝てるはずがなかった……」
弓弩くんと愛奈ちゃんとでは、好きの度合いが違います。他の女の子と同じように侍らせようという気持ちと、本当に好きだという気持ちでは、どちらが上か。考えるまでもありません。
「やったー!! やったよ先生ー!!」
「愛奈さん!!」
愛奈ちゃんは弓弩くんそっちのけで浩美先生に抱き着き、浩美先生は愛奈ちゃんを受け止めました。
それから、浩美先生は氷華さんに言います。
「藤堂さんは、どうして竜胆くんの事が好きになったんですか? きっと、かっこいいからだけじゃないですよね?」
「……それは……」
浩美先生から訊かれて、氷華さんは答えました。
「……私と似てるって思ったから……」
それは、今から数ヵ月前の事です。
妖力の制御の練習をしていた氷華さんは、その帰りに、たまたま弓弩くんがラブハートアーチェリーの特訓をしているところを見ました。
それはもう、いつものチャラチャラした振る舞いからは想像も出来ないほど必死で、まるで氷華さんと同じでした。
「あの人も、自分の力を使いこなす為に必死になってる。あの人となら、きっと仲良くなれるはず。ううん、なりたいって……」
「だったらその気持ちを、しっかり伝えなきゃ駄目です。今がチャンスですよ」
浩美先生も大人です。詳しい事はわかりませんが、弓弩くんが愛奈ちゃんと渡り合えるくらい強くなる為には、きっとすごく努力したんだという事はわかります。けっして、チャラいだけのイケメンではないという事がわかりました。
「……竜胆くん。私はあなたの事が、好きです。私と付き合って下さい!」
氷華さんはとうとう、弓弩くんに告白しました。
「……今の僕は薄汚れてるよ。こんな汚い姿になった僕と、本当に付き合いたいだなんて思うのかい? こんな、弱くてカッコ悪い僕と」
弓弩くんは決定的な敗北を経験し、愛奈ちゃんの強さの源を知って、頭が冷えています。強くなって天狗になっていた自分の鼻っ柱をへし折られて、自嘲気味です。
強くかっこいい自分を何よりも大切にしてきた彼にとって、負けて膝を着いた自分には価値がないのです。こんな姿を女性に見せる事を、彼は恐れていました。さっきの愛奈ちゃんに対する剥き出しの殺意は何だったんだって話ですが。
「今の竜胆くんだからいいんです。負けたまま終わるつもりは、ないよね? これからも頑張るんだよね?」
「……当たり前さ。負けたままリベンジもしないなんて、もっとカッコ悪いからね」
「私はそんな竜胆くんだからこそ、好きになったの。ついさっきまで忘れてた」
「物好きだな君は。いいよ。こっちからお願いする。僕と付き合ってくれ」
弱い姿を見せても離れなかった氷華さん。こんな気持ちを初めて知った弓弩くんは、氷華さんのプロポーズにオーケーを出しました。
「ありがとう竜胆くん!!」
氷華さんは弓弩くんに抱き着いて喜びます。
「……なーんか釈然としない終わり方だけど、まぁ氷華お姉ちゃんがいいならそれでいいかな。竜胆兄さん、氷華お姉ちゃんを悲しませたら許さないから」
「ああ。努力するよ」
勇子ちゃんは弓弩くんに、氷華さんに相応しい男になる事を約束させました。
◇◇◇
翌日。
「あ、愛奈さん」
「浩美先生!」
愛奈ちゃん達と浩美先生は、帰る途中でばったり会いました。今日は早上がりだそうです。
「途中まで一緒に帰ろ!」
「でも私、車で帰りますよ?」
「じゃあ乗っけてって!」
「そ、それはさすがに……」
愛奈ちゃんが浩美先生の事を好きなのは、もう学校中に知れ渡っていますが、さすがに浩美先生が愛奈ちゃんを優遇するわけにはいきません。
「こんにちは浩美先生」
「えっ、竜胆くん!?」
と、校門から弓弩くんが入ってきました。愛奈ちゃんが訊きます。
「あれ? 氷華お姉ちゃんと付き合うんじゃなかったの?」
「それはもちろんさ。だけど、君達の事も気になるんだ。というわけで、これからもよろしくね」
「一日で約束破ってんじゃねぇー!!!」
「べいば!!!」
ぶちキレた勇子ちゃんが、弓弩の顔面をハリセンで叩きました。浮気は駄目ですよ?
「何だこれ」
友香ちゃんの一言。その通りです。