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エクストリームガールズ!!  作者: 井村六郎
秋期騒乱編
39/40

第三十八話 スポーツの秋!! 運動会開催!!

 行楽の秋、読書の秋、食欲の秋。秋と言えば、いろいろあります。


 しかし、この子にとっては、


「スポーツの秋だよ!」


 だそうです。腕立て伏せをしながら、愛奈ちゃんが答えました。


「言うと思ったわよ。っていうかすごいわね、それ」


 勇子ちゃんは呟きます。今の愛奈ちゃんは腕立て伏せの速度が速すぎて、何かがすごい勢いで上下しているようにしか見えませんでした。ちなみに、今いつもの三人は珍しく、愛奈ちゃんの家の道場にいます。


「はい、千回目!」


「そんなにやってたの!?」


 腕立て伏せが終わりました。愛奈ちゃんが腕立て伏せを始めてからまだ五分しか経っていませんが、どうやらその五分間で千回の腕立て伏せを終わらせたようです。


「まだまだこれからだよ! これから腕立て伏せをあと九千回、腹筋を一万回、町内ランニングを百回するんだからね!」


 鍛錬のやりすぎで、愛奈ちゃんの修行のインフレが激しいです。


「激しすぎでしょ。一体何をそんなに頑張ってるの?」


「あたしが頑張る理由は、もちろん浩美先生の為だよ! っていうかさ、いさちん忘れちゃったの? もうすぐ運動会だよっ!」


「……ああ」


 勇子ちゃんは察しを付けました。


 夏休みが終わってから、恐らく全国の小学校で一番最初にやるイベント、運動会。愛奈ちゃんはそれに向けて、今一生懸命に修行に励んでいるのです。体育の授業でも、運動会に向けた競技の練習が始まっています。


「運動会で優勝して、浩美先生に褒めてもらうんだから!」


「気持ちはわかるけどさ、あんた一人無駄に強くなったって意味ないでしょうが」


 選手一人一人のポテンシャルももちろん大切ですが、運動会は各チーム同士の団体戦です。例えば、愛奈ちゃんがトップを独走したとしても、他のチームメイトが負けてしまえば意味がありませんし、愛奈ちゃんの力に他のチームメイトがついてこられなければ、やはり意味がありません。


「それでも、何かせずにはいられないんだよね。で、思い付いたのが、修行ってわけ。はい、二セット目も終了」


「だから速いわよ!」


 会話をしながら、二千回目の腕立て伏せを終わらせた愛奈ちゃん。さっきよりもスピードが上がっています。


「勇子。好きにやらせればいい」


「いや、愛奈のやりたい事に口出しするつもりはないんだけど、ツッコミたくなったから」


 もう好きにやってちょうだいといった感じですが、それでもツッコミを入れざるを得ないのが、専属ツッコミ役の悲しいさがです。


「それより、私達も運動会の練習しなきゃ」


 友香ちゃんは言いました。そもそも、今日愛奈ちゃんの家にお呼ばれした理由は、運動会の練習をする為です。


「でも、何をすればいいの?」


「運動会は体力勝負。他のチームに差をつける為にも、まずはトレーニングで基礎体力をつける」


 運動会の種目は、玉入れや騎馬戦など、特殊な道具や人数が必要になる種目もあるので、個人練習するのが困難ですが、友香ちゃんの言うように基本的には体力勝負なので、他のチームの選手よりも体力をつけておく事は、とても大きなアドバンテージになるのです。


 ちなみに、勝希ちゃんは個人でトレーニングする為、今日の集まりを断っていました。


「私にあれをしろっての?」


 勇子ちゃんは、とてつもないスピードで腹筋をしている愛奈ちゃんを指差しながら訊ねます。


「愛奈に合わせる必要はない。私達は私達にペースで、鍛えればいい」


 愛奈ちゃんと同じレベルの修行が出来る人はかなり限られているので、そこに付き合う必要はありません。ただ、自分達に出来る事を精一杯やればいいのです。


「まずは、腕立てと腹筋を二十回。今日から毎日」


「……私からすれば充分きついんだけど」


「そんな事言ってたら、他のチームに負ける。それでもいい?」


「……それは嫌ね」


 勇子ちゃんはこれでも負けず嫌いなので、自分達のチームが他のチームに負けるという現象は、やはり許容出来ません。


「仕方ない、か。身体は動かさなきゃね」


 というわけで、勇子ちゃんも頑張る事にしました。





 ◇◇◇◇





 これは、とあるカップルが体験した話です。


「すっかり遅くなったなぁ……」


「いいじゃない。明日は休みなんだからさ」


 高校時代の同僚達と同窓会を開き、最後にカラオケで締めたカップルは、現在絶賛帰宅中。時刻はもう明け方の四時ですが、土日ですので全く問題はないです。


「そういえばさ、この峠、出るって話だぞ」


 車に乗って和来町の壱鉢峠(いっぱつとうげ)に差し掛かった時、運転手の男性は呟きました。


「出るって、何が?」


 隣に座っていた女性が訊ねます。


「お婆さんの霊だよ。この峠を車で走ってると、道端にお婆さんが立ってる事があるんだって。で、もしそのお婆さんを乗せると、乗せたやつは行方不明になるらしい」


 ありふれた内容の都市伝説です。しかし、秋とはいえこの時間帯はまだ暗く、そういう環境で話されると、かなり雰囲気があります。


「でもさ、もし見つけたとしても、乗せなきゃいいでしょ? 対処法は簡単じゃん」


 問題が起こるのは乗せた場合のみ。なら、乗せなければ何も起きません。第一都市伝説なんて真偽不明の噂ですし、そんな事があるかどうかもわかりません。


「だよな。何か見つけても、無視して通り過ぎりゃいいんだよ」


 まるで自分に言い聞かせるように言いながら、男性は車を走らせます。


「……ねぇ、あれ……」


 そんな時、女性はあるものを見つけました。


 車の行く手に、一本だけポツンと、街灯が設置してあります。


 そしてその街灯の下に、誰か立っていました。うつむいている為顔は判別出来ませんが、体型からしてお婆さんのようです。


「もしかして、お婆さんの霊?」


「……行くぞ」


 こんな時間帯にお婆さんが一人、こんな場所にいるはずがありません。人間ではない何かが、お婆さんの姿を取っている。そう感じた男性は、当初の予定通り、無視して通り過ぎる事にしました。


 男性も女性も、老婆と目を合わせないように、前だけを見ます。


 車は老婆の前を通り過ぎました。


「何だったの今の……」


「わかんねぇ」


 嫌なものを見てしまいましたが、もう通り過ぎたあとです。過ぎた事として、忘れる事にしました。


 と、思っていたら……


「ねぇ、ちょっと!」


 女性が何かに気付きます。その視線は、バックミラーに向いていました。


 まさか、そう思って男性も、バックミラーを見ます。


「ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 さっきの老婆が、甲高い奇声を上げながら猛スピードで、車を追い掛けてきていたのです。


「「ぎゃああああああああああああああああ!!!」」


 妖怪ターボばあさんの出現に、カップルは大慌て。男性はアクセルを踏み、スピードを上げます。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 しかし、ターボばあさんを振り切る事が出来ません。


「何なのよ何なのよあれぇ!?」


「知らねぇよ!!」


 大パニックです。しかし、どうにもなりません。


「……ん?」


 と、女性がまた気付きました。ターボばあさんの後ろに、何か見えるのです。


「早朝ランニングきもちー!!」


 愛奈ちゃんです。愛奈ちゃんが猛スピードで走っています。そのスピードたるや恐ろしいもので、ターボばあさんを追い抜き、カップルが乗っている車も追い抜いたのです。


「えーーーーーーっ!!?」


 これにはターボばあさんもびっくりで、目を丸くして立ち止まりました。


「ま、まだまだ! 若いモンになんぞ、負けてたまるかーー!!」


 しかしそれもほんの一瞬の事で、ターボばあさんは標的を愛奈ちゃんに変更し、車を追い抜いて愛奈ちゃんを追い掛けていきました。


「……助かった?」


「みたいだな」


 よくわからない状況ですが、二人は安堵しました。


「まてぇぇぇぇ小娘ぇぇぇぇぇ!! 取り殺してくれるわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 恐ろしい声を上げながら、愛奈ちゃんに追い付くターボばあさん。愛奈ちゃんは振り向きます。その顔は、まるで今初めてターボばあさんの存在に気付いたといった感じでした。


「死ね小娘!!」


 お前など眼中にないとでも言われているような気がして怒ったターボばあさんは、さらにスピードを上げて愛奈ちゃんに掴み掛かります。


 ターボばあさんの両手が、愛奈ちゃんを引き裂こうとした時、愛奈ちゃんの姿が消えました。


「は!?」


 気が付くと、愛奈ちゃんはターボばあさんの前方右を走っていました。かと思ったらまた愛奈ちゃんの姿が消失し、今度は前方左に現れます。愛奈ちゃんは一定の速度で走りながら、途中で急加速し、まるで瞬間移動でもしたかのような挙動を見せていたのです。


 ターボばあさんも相当な速度で走っているはずなのに、それが追い付けず、目でも追えないほどの速度で動き回る愛奈ちゃん。というか、本来彼女はマッハを遙かに超える速度で走る事が出来るので、たかだか車に追い付く程度の速度しか出せないターボばあさんでは、天地がひっくり返っても絶対に勝てません。


「おのれ小娘が!! わしを愚弄するかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 力の差がわからず、馬鹿にされているとしか感じなかったターボばあさんはさらに加速し、愛奈ちゃんを捕まえようとします。


(急加速が出来るのは貴様だけではないわ!! ぶち殺してくれる!!)


 愛奈ちゃんの意識の隙を突いた急加速。今度こそ、捕らえた。


「!?」


 そう思った時、愛奈ちゃんの姿がまたしても消失しました。今度は右にも、左にもいません。


「ど、どこに行きおった!?」


 走りながら探すターボばあさん。


 答えはすぐにわかりました。


「高崎流気功術奥義」


 愛奈ちゃんはさらなる急加速を披露し、一瞬でずっとずっと先まで走っていたのです。


「クリムゾンダッシュストライク!!!」


 姿勢を低くし、膝を沈み込ませ、全身を真紅に光り輝かせた愛奈ちゃんは、急加速で戻ってきました。その速度は、もはやターボばあさんが認識出来る速度ではありません。


 あっという間にターボばあさんを射程に捉えた愛奈ちゃんは、速度と体重が充分に乗った拳を、しわくちゃの顔面へと叩き込みます。衝撃で大きくのけぞるターボばあさん。しかし、衝撃で吹っ飛んでいくより先に愛奈ちゃんがみぞおちに拳を叩き込みました。また体勢が大きく崩れるターボばあさんですが、吹っ飛ぶより先に愛奈ちゃんが顔面を蹴り上げます。今度こそターボばあさんは、真上に吹っ飛んでいきました。


「でぇぇぇぇぇぇぇりゃああああああああああああああ!!!!」


 愛奈ちゃんはターボばあさんを追い掛け、空中で滅多打ちにします。


 そして、


「紅蓮情激波!!!」


 最後に紅蓮情激波を放ちました。


 幾十もの山河を消滅させ、次元の壁をも粉砕し、神すらも抵抗を許さずに滅ぼす、真紅の闘気。それを受けたターボばあさんは、あえなく討滅されてしまいました。


「うん! 修行の成果、ばっちり感じてるよ!」


 凶悪な妖怪を討滅し、愛奈ちゃんは満足そうです。


「あんた……運動会で何するつもりよ……」


 勇子ちゃんが自室のベッドの中で、寝ながらツッコミを入れました。





 ◇◇◇◇





「とうとうこの日がやってきちゃったか……」


 勇子ちゃんは頭を押さえています。


 そうです。今日はいよいよ、運動会の当日です。


 特訓の成果が出せるか不安なのではありません。愛奈ちゃんが暴走しないかが心配なのです。逆に言うと、それ以外の心配はありません。


 勇子ちゃんは普通を愛しています。だから普通に始まり普通に終わってさえくれれば、正直勝ち負けはどうだっていいのです。愛奈ちゃんが加速度的に人間ではあり得ない強さを身に付けて行くのを見るに従って、負けず嫌いの気持ちより何事もなく終わって欲しいという気持ちの方が強くなりました。


「あっちもなんか妙に気合い入ってるし……」


 勇子ちゃんは呟きました。


 今は運動会恒例、入場行進の真っ最中であり、赤組、青組、白組の三チームに分かれて、それぞれが考えた出し物を披露しながら、グラウンドの中央に向かっています。


 愛奈ちゃん、勇子ちゃん、友香ちゃんの三人は、赤組です。


 こがねちゃん、琥珀くんのアンブレイカブルチルドレンは、青組です。


 そして、勝希ちゃんと江口ギャング団は、白組です。


 はいおかしい所発見! 何でクラスが同じなはずの勝希ちゃんと江口ギャング団が、別のクラスの白組にいるんでしょうか!?


 答えは簡単です。愛奈ちゃんに勝つ為です。同じクラスにいては勝負が出来ないので、今回限定で白組に行くと勝希ちゃんが言い、それを真似する形で江口ギャング団も白組に移動しました。まぁこうでもしないと、白組にあまりにも望みがなさすぎますからね。


「今回こそは貴様に勝つ!」


「見せてやるぜ。俺達江口ギャング団の結束力を!」


「「はい!!」」


 勝希ちゃんも江口ギャング団も、勝つ気満々です。


「ぜんたーい止まれっ!」


 号令が掛かり、全てのチームがグラウンドの中央で止まります。


「校長先生の挨拶!」


 続いて、今回の運動会における挨拶を、校長先生が行います。


「皆さん、おはようございます」


『おはようございます!』


「今日は天気も、きれいにはれ渡り、絶好ノ運動会びよりデス」


 校長先生、またちょっと日本語が上手くなりましたね。


「あとは怪我をしないyo、きを、気、来、期、キ……」


 と思ったら、詰まってしまいました。


「まりまりまーりまり!! ノコギリ一億本飲まして殺す!! 息返して殺すまた殺す!! 塩食べる!!」


「すみません、今回はここまでのようです。とにかく皆さん、怪我のないよう気を付けて、今日の運動会を楽しんで下さい」


 元に戻ってしまった校長先生を、すかさず通さんがフォローします。


 その後、選手宣誓などの準備が終わり、チームは椅子を集めて作った簡易的な客席に戻りました。


「まず最初の競技は、二人三脚です。出場される方は、急いで準備して下さい」


「二人三脚……それって確か……」


 司会のアナウンスを聞いて、勇子ちゃんは猛烈に嫌な予感を覚えます。


「位置について、用意!」


 審判がピストルを鳴らし、二人三脚、スタートです。


「おりゃあああああああ!!」


 先頭を突っ走るのは愛奈ちゃん。二人三脚は、愛奈ちゃんが出場する競技だったのです。


「高崎さん待っ」


 一緒に走っていた女の子は、それ以上言葉を紡げませんでした。


 愛奈ちゃんは全力疾走です。女の子も当然全力で走っていますが、愛奈ちゃんに追い付けるはずはありません。そしてこれは、二人三脚です。速度と呼吸が合わなければ、どちらも転倒して走れません。しかし、人間一人が転んだ程度で、愛奈ちゃんの足枷にはなり得ず、女の子は走り続ける愛奈ちゃんに引きずられていきました。


「ぎゃああああああああああああああああ!!!」


 絶叫とすごい音を立てながら、女の子が引きずられていきます。


「よし一着! あれ?」


 次の走者にバトンが渡る時、やっと愛奈ちゃんはボロ雑巾のような無惨な姿になったパートナーに気付きました。


「もうちょっと手加減しなさいよ!! 死んでないわよねこれ!?」


 ツッコミ、というか心配する勇子ちゃん。ギャグ補正が働いているので、死んではいません。たぶん。


 続いての競技は、大玉転がしです。今回の出場者は、勇子ちゃんでした。


(これ、結構難しい……!)


 押しすぎても、押さなすぎてもいけません。まさしく、チームワークが肝要となる競技です。


「「「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!!!」」」


「ええっ!?」


 四苦八苦する勇子ちゃんの横を、ものすごい速度で追い抜いていく玉があります。ご存知、江口ギャング団です。


「今こそ俺達江口ギャング団の結束力を見せる時だー!!」


「「オーッス!!」」


 ただ、転がし方がおかしいです。甚吉君と半助君は普通に転がしているのですが、江口君だけ玉の上に乗って走るように転がしていました。


「ゴールが見えてきたぞ! スピードを落とせ!」


 指示を出す江口君。かなりの速度で転がしているので、このままだと次のチームに激突してしまいます。


「おい! スピードを落とせってば!」


 しかし、甚吉君も半助君も転がす速度を落としません。江口君は上にいるからよく見えますが、二人は玉の後ろにいる為、どの程度速度を落とせばいいのかわからないのです。二人は落としているつもりですが、江口君からすれば全く落ちていませんでした。


「落とせ! 早くおとギャーーーッ!!!」


 結局スピードは落ちず、江口君は上手く飛び降りられなくて大きく飛んでいき、柱に頭から激突しました。


「リーダー!」


「ごめんなさいッス!」


「このバカどもがーーーー!!!」


「「ぎゃあああああああああああああ!!!」」


 江口君は頑丈なので致命傷にはならず、二人に飛び蹴りで反撃しました。


「あんな転がし方してたあんたらが悪いでしょうが!!」


 勇子ちゃんは遅れて辿り着きながら、三人にツッコミを入れました。しかし、江口ギャング団の奮闘のおかげで、この種目は白組が一位を取りました。



 次は、玉入れです。


「負けられない」


 出場したのは友香ちゃん。流石に運動会では、念力は自重しています。とはいえ、素の能力も高い友香ちゃんは、空中のカゴへと正確に玉を投げ込んでいきます。


「琥珀君、頑張って!」


「はい!」


 息ピッタリの投擲で、玉を投げ入れていくこがねちゃんと琥珀君。


「ふん」


 勝希ちゃんは特にやる気もなさそうに投げていますが、そこは前道流、やっぱり一発一発が的確です。


「何がなんでも勝つぞ!」


「はいッス!」


 おや? 少し離れた物陰で、江口ギャング団が何やら悪巧みをしているようです。


 バズーカ砲でした。江口君と甚吉君が砲身を支えるようにして持ち、半助君がグリップを握っています。装填してあるのは、煙幕弾です。


「射角よし! カウント開始ッス!」


 赤組の少しだけ下を狙って、半助君が発射前の秒読みを開始します。


「……ハックシュ!」


 その時、一迅の風が吹き抜けて砂埃が立ち、甚吉君の鼻に入りました。たまらずくしゃみをする甚吉君。そのせいで、砲身が大きく傾きました。驚いた半助君は、思わず引き金を引いてしまいます。飛んでいった弾頭は、あろう事か白組の、勝希ちゃんに。


「むっ!」


 気付いた勝希ちゃんは、飛んできた煙幕弾を蹴り飛ばします。蹴り飛ばされた煙幕弾は、そのまま江口ギャング団に帰って行ってしまいました。


「ぎゃあああああああああああ!!!」


「甚吉てめぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「すいませぇぇぇぇん!!」


 しかも煙幕弾のはずが、なぜか普通のミサイルで、三人は吹き飛ばされました。


「元気、デスね」


「はい」


 笑い合う校長先生と通さん。


「元気で済ますんですか、これ」


 浩美先生の顔は青ざめていました。


 ちなみに、今回の種目は青組の勝ちです。白組の負けは江口ギャング団の誤射で白組全体の意識が削がれてしまい、それが重大なタイムラグとなってしまったのです。赤組は、単純に地力で負けました。


「負けた……」


「どんまいどんまい!」


「結構いい勝負だったわよ」


 肩を落として戻ってきた友香ちゃんを、愛奈ちゃんと勇子ちゃんが慰めます。


「構わん。私の目的はこの種目ではない」


 勝希ちゃんは負けた事を全く気に留めていません。というのも彼女の言う通り、これが彼女が本当に出場したい種目ではなかったからです。


 その後、組み体操や応援アピール、フォークダンスを挟み、休憩時間。


「愛奈、頑張っているな」


「午後の部はいよいよ、総合リレーね」


 慎太郎さんと梨花さんが、豪華なお弁当を広げます。


「うん。絶対に勝つよ!」


 お弁当を食べる愛奈ちゃん。意外に思うかもしれませんが、愛奈ちゃんがご飯を食べる量は標準的です。ものすごく力を発揮するからといって、大食いなわけではないのです。


 理由は、浩美先生への愛です。それが愛奈ちゃんに無限のエネルギーを与える為、そんなにたくさん食べなくても生きられるのです。精神が肉体を凌駕しています。


「楽勝、とはいかんじゃろうがな」


 亮二さんは予想を付けています。十中八九、白組は間違いなく勝希ちゃんをぶつけてくるからです。


「あたしもそれぐらいはわかってる。この総合リレー、荒れるね」


 激闘を予想させながら、お昼休みの時間は過ぎていきました。





 ◇◇◇◇





 総合リレー。愛奈ちゃんはアンカーとして、バトンが回ってくるのを待っていました。


「奇遇だな。貴様もアンカーとは」


 そしてそれは、勝希ちゃんも同じでした。


「何が奇遇だよ。狙ってたくせに」


「ふん。貴様の頭でもそれぐらいは理解出来たか」


 この総合リレーこそ、勝希ちゃんが目的としている種目だったのです。一番最後に行われる、最も重要な種目。そこにこそ、愛奈ちゃんが起用される。自分も同じく参加すれば、愛奈ちゃんと対決出来る。そう思っていました。


「勝つのは私だ」


「いいや、あたしだよ」


 愛奈ちゃんだって、この総合リレーを目的とした修行をしてきたのです。


(私だっているんだけどな……)


 一応こがねちゃんもアンカーなのですが、ここでは口を挟まないでいました。


 そうこうしている間に、バトンを持った最後の選手が走ってきます。選手は、赤組と白組。青組は、まだです。


 最後の選手達は、愛奈ちゃんと勝希ちゃんに、同時にバトンを渡しました。


 その瞬間、二つのソニックブームが発生しました。


 互いに全力を尽くして走る愛奈ちゃんと勝希ちゃん。二人の速度に反して走る距離はとても短い為、長期戦は不可能。となれば、短期決戦のみ。


「うりゃああああああああああああ!!!」


 とはいえ、出来る事は一つしかありません。ただ全力で走る事。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ゴールを目指して突っ走る、赤と黒の閃光。


 二つの光がゴールテープを切ったのは、同時でした。審判役は二人がゴールした事に気付かず、二秒後に慌ててゴールの証であるピストルを撃ちました。


 しかし、愛奈ちゃんと勝希ちゃんは止まりません。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」


 互いが互いを追い抜く事しか考えていなかったので、ゴールした事に気付いていないのです。


「どこ行くのよあんた達!?」


 勇子ちゃんのツッコミも耳に入らず、二人は校庭を飛び出し、どこかに行ってしまいました。


「うあ~!」


 遅れてこがねちゃんがゴールしました。


「こ、これは、どうなるんでしょうか?」


 浩美先生は緊張しています。こんな結果になるなどと、一体誰が予想出来たでしょうか?


 校長先生は、何か考えるような仕草をした後、一言だけ言いました。


「ちょん」


「赤組白組両方の選手を棄権扱いとみなし、青組をトップとします」


 下した判定は、喧嘩両成敗。チーム戦に私情を持ち込み、あまつさえ決闘までしたという事で、二人が所属するチームは連帯責任を負わされる事になりました。


「やったーーーー!!」


「こがねお姉ちゃんすごいですー!」


 こがねちゃんがゴールした事で、青組は大逆転優勝を果たしました。チームメイト達が駆け寄り、こがねちゃんを胴上げします。


「何でだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


「どうしてこんな事に……」


「残念ッス……」


 敗北した事を嘆く白組赤組の両チーム。


「……ま、当然の結果よね」


「こういうのも、私達らしいと思う」


 勇子ちゃんと友香ちゃんは、それほど残念がっていませんでした。


「愛奈さん、どこまで行っちゃったんでしょう……」


 浩美先生は、愛奈ちゃんの心配をしていました。





 ◇◇◇◇





 グランドキャニオン。


「ええい、やめだ!! やはり私はこちらで決着をつける!!」


 勝希ちゃんはバトンとたすきを投げ捨て、暗黒闘気を身に纏います。


「奇遇だね。あたしもこっちがやりやすいよ」


 愛奈ちゃんも同じようにバトンとたすきを放り投げて、闘気を纏います。


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」


 そして二人は、運動会そっちのけで殴り合いを始めました。




 いつもと同じじゃねーか!!


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