第三十六話 夏休み最後の思い出
「なぁ高崎。これどういう事か説明してくれよ」
江口くんは当然の疑問を口にします。江口ギャング団はビッグコズミックワンダーランドに行こうと思ったら、わけもわからず戦争に巻き込まれて、そのままここに突撃しちゃったので、詳しい情報が欲しいのです。
「あいつ宇宙海賊の船長。倒すべし。以上」
「なるほど、わかった」
「今のでわかったのかよ!?」
愛奈ちゃんの大雑把すぎる説明と、それに納得出来てしまった江口くんに、勇子ちゃんはツッコミを入れました。いくら忙しくて詳しく説明している暇がないとはいえ、今の説明のし方はあんまりです。
「とにかくあいつを倒せばいいって事はわかった」
「たぶん滅茶苦茶強いと思うッスけど、これだけのメンバーがいれば大丈夫ッスよ!」
甚吉くんと半助くんも理解出来たようです。まぁぶっちゃけ、ファギマが敵であり、倒さなければならないという事だけ、最低限わかっていればいいですからね。
とはいえ普通に考えればこの戦力差、愛奈ちゃん達の勝利は決まったも同然です。
「そいつはどうかな? 言ったはずだぜクソガキ。全力を出すってな!」
確かにこのまま戦えば、いくら能力を全開にしたファギマといえど、敗北は必至です。それはファギマ自身も、よくわかっていました。
しかし、全力を出したのは能力面だけです。モノタイタンズとしての全力は、まだ出していません。そのモノタイタンズとしての全力とは、こういう意味です。
「来い!!」
ファギマはリモコンを取り出し、スイッチを押しました。すると、上から現在のファギマそっくりの、ロボットが落ちてきたのです。
「こいつは俺のトレーニング用ロボット、アナザーファギマだ。有事の際には、外敵撃退用の兵器としても利用出来る。トレーニング用だからってバカにしない方がいいぜ? こいつの戦闘力は、俺と全く同じだ!」
ファギマの全力に耐えなければならないし、ファギマにダメージを与えられなければならないので、並大抵の性能ではトレーニングに付き合えません。
ファギマの能力に合わせたチューンナップを何度も重ねていった結果、性能も、外見すらも、ファギマと同じになってしまったのです。
これが、ファギマの全力。モノタイタンズの技術力を総動員した全力です。こうして愛奈ちゃん達は、必然的にファギマを二人、相手にする事になってしまいました。
「……いくらわしでも奴ら二人を同時に相手取るのは無理じゃな……」
金剛さんはどうするべきか考えていました。ファギマの相手は、自分でなければ無理と考えていたからです。しかし、この状況は想定外です。
「おじいちゃん」
「愛奈ちゃん」
と、愛奈ちゃんが金剛さんの隣に並び立ちました。
「本物の方はあたしがやるから、おじいちゃんはあっちのロボットを何とかして」
「良いのか?」
「もちろん。だってあたし、あいつとやりたいから」
愛奈ちゃんが倒したいのはあくまでもファギマであって、そのそっくりさんではありません。だから愛奈ちゃんは、ここは本人の方を譲って欲しいとお願いしました。
「……わかった。危なくなったらすぐ逃げるんじゃぞ」
金剛さんはそう言ってから、目にも止まらぬ速度で、アナザーファギマに殴り掛かりました。アナザーファギマはそれを受け止め、壮絶な殴り合いに発展します。二人は戦いながら、壁をぶち抜いて隣の部屋へと消えていきました。
「お前の相手は俺か」
「散々バカにされたのに、大人しく引き下がるなんて無理だからね。あたしはやられたら絶対にやり返すタイプなの」
愛奈ちゃんはファギマと睨み合います。
「それは構わない。だがいいのか? 俺はお前の弱点に気付いたぞ」
「は? 弱点? あたしにそんなのあるわけないじゃん」
愛奈ちゃんの弱点に気付いたらしいファギマ。しかし愛奈ちゃんは、自分に弱点があると知らないようです。
と、ファギマはまた気付きました。
愛奈ちゃんの隣に、突然真っ白な少女が現れたのです。
(なんか出てきた!!)
(あの子、何だか愛奈さんの中から出てきたような……)
勇子ちゃんと浩美先生達も、少女に気付きました。
「……おい。お前の隣にいるそいつは誰だ?」
「え?」
ファギマが指摘すると、愛奈ちゃんもまた少女の存在に気付きます。少女も、愛奈ちゃんを見ました。
「あんた誰?」
愛奈ちゃんは少女に問い掛けます。少女は答えました。
「あたしはあんたの弱点だよ」
どうやら、この少女は愛奈ちゃんの弱点らしいです。
「……そうなんだ」
「そうだよ」
愛奈ちゃんは妙に納得しているような口ぶりです。素っ気ない言葉を交わし合う二人。
次の瞬間、二人はファギマの左右に移動し、
「「超絶奥義、紅白双神撃!!」」
「ぐはああああああ!!!」
ファギマの顔を蹴り上げました。
「なんか技出したーーー!!」
勇子ちゃんがツッコミを入れます。流石、愛奈ちゃんの弱点といいますか、本体と息のピッタリ合った連携です。弱点って何でしたっけ?
「くそっ! 調子に乗るな! 俺が言った弱点ってのはそっちじゃねぇ!!」
ですよね。ファギマは再生能力でダメージを回復すると、二人の愛奈ちゃんを押しのけるようにして浩美先生に向かっていきました。
「お前さえ先に殺せば、もうそいつはパワーアップ出来ねぇ!! 死にやがれ!!」
「きゃああああ!!」
ファギマは爪を振りかざします。浩美先生は両手で顔を覆いました。
「浩美先生!!」
叫ぶ愛奈ちゃん。しかし、愛奈ちゃんの弱点が、瞬間移動のような速度で浩美先生とファギマの間に割り込みます。
「あ……あ……」
浩美先生は手をどけると、声にならない声を出しました。愛奈ちゃんの弱点は、ファギマの鋭い爪に心臓を貫かれていたのです。しかし、ファギマの腕を両手で掴んで止めており、爪は浩美先生に届いていません。愛奈ちゃんの弱点は、身を挺して浩美先生を守ったのです。
「あたしの弱点!! よくもあたしの弱点を!!」
「ぐわっ!!」
愛奈ちゃんは動き、ファギマの顔を横に蹴り飛ばします。その衝撃で、ファギマの腕は愛奈ちゃんの弱点から抜けました。
「愛奈さんの弱点さん!!」
崩れ落ちる愛奈ちゃんの弱点を、浩美先生が抱き上げます。
「あたしは愛奈の一部。だからあたしも、愛奈と同じ望みを持ってる。浩美先生の腕の中で死ねて、よかった……あえっ」
「愛奈さんの弱点さん!!」
愛奈ちゃんの弱点は、涙を流す浩美先生の腕の中で、アへ顔をして息を引き取りました。
「愛奈さんの弱点さんーーー!!」
「貸して、浩美先生!!」
愛奈ちゃんは泣きじゃくる浩美先生の腕から、愛奈ちゃんの弱点の死体を奪います。
「こらあたしの弱点!! 何勝手に死んでんのよ!!」
それからその上にマウントを取り、顔をひっぱたき始めました。
「死ぬなっつってんの!! おいこら起きろ!! 起きろこのバカ!!」
いくらひっぱたいても起きないのがわかると、アへ顔の中心に拳を叩き込み始めます。拳の衝撃で、床に少しずつ亀裂が入って行っていました。
「おい高崎!! お前何自分の一部を痛めつけるみたいな真似してんだ!!」
「そうだぞ!! やめろ!!」
「高崎ちゃんやめるッス!!」
江口ギャング団が愛奈ちゃんを止めに入りますが、愛奈ちゃんはその手を払いのけ、殴るのをやめません。
「起きろ!! 死ぬな!! 目を開けなさいよあたしの弱点!!」
しかし、いくら殴っても愛奈ちゃんの弱点は目を覚ましません。
「はああああああ……!!」
その時、愛奈ちゃんの右手が、闘気で赤く輝きました。
「必殺奥義、猛炎爆裂掌!!!」
愛奈ちゃんは闘気をみなぎらせた右手を、愛奈ちゃんの弱点の傷口に叩き込みます。炎のような闘気が傷口から全身に流れ込み、愛奈ちゃんの弱点は爆発して木っ端微塵に吹き飛びました。
「うわっ!」
「ぶっ!」
「うぎゃっ!」
「がはっ!」
吹き飛んだ五体は、江口ギャング団とファギマに飛んでいって命中します。
「お前やりたい放題にもほどがあるだろ!!」
「何をやっているんだあいつは……」
あんまりな光景を目にして勇子ちゃんはツッコミ、勝希ちゃんはドン引きしてます。
「……自分の弱点が死んだのに、何ともないのかゾイ?」
「え? ぐはっ!!」
半蔵さんから指摘されて、愛奈ちゃんは血を吐きました。
「今頃かよ!!」
「ごめんこれケチャップ」
「バカかお前!!」
愛奈ちゃんはケチャップを取り出してネタばらしをし、勇子ちゃんはツッコミを入れました。
「舐めてんじゃねぇ!!」
「うわぁっ!!」
飛んできた愛奈ちゃんの弱点の破片を投げ飛ばしてから、ファギマは光線を愛奈ちゃんに命中させます。
「こいつマジで強いね!」
愛奈ちゃんのせいでちゃんと戦ってない為わかりづらいですが、ファギマは浩美先生大好きパワーでブーストを掛けても、なお倒し切れていません。なので、今までで一番強い相手です。
「こうなったら……勝希ちゃん、友香! 力を貸して! 江口ギャング団も! みんなの力を借りて、もっと強い技を出すから!」
「了解」
「私もか? あまり関わりたくないのだが……」
友香ちゃんは無表情で承諾しましたが、勝希ちゃんはちょっと嫌そうです。理由はもちろん愛奈ちゃんの戦い方が異次元過ぎて面倒になったからですが、このままでは勝てそうになかった為、協力する事にしました。
「何で俺らまでやらなきゃなんねーんだよ!?」
「リーダー! たぶん高崎ちゃんがやられたら、次は僕達の番になると思うッス!」
「俺らじゃあの化け物倒せませんよ。こうなったら高崎に協力するしかないです」
「くそっ! 本当に勝てるんだろうな!?」
江口ギャング団も、渋々ながら協力しました。
「……私を誘わなかった辺り、なんかすっごく嫌な予感がするんだけど」
勇子ちゃんは、何やら嫌な予感を感じていました。だって、技の発動に勇子ちゃんを誘わなかったんですもの。勇子ちゃんにはこれが、別の役回りがあるからだと思えてならないのです。そう例えば、ツッコミ役とか。
「高崎流気功術究極超絶奥義、喧嘩御輿アタック!!!」
出てきたものは、先程のアレと同じくらいショッキングなものでした。
全員が法被を着て、勝希ちゃん、江口ギャング団が、突如出現した御輿を担ぎ、友香ちゃんが御輿の上に乗ってうちわを振り回し、愛奈ちゃんが御輿の真ん中に埋まって顔だけを出している状態です。
「その御輿どっから出したんだよ!! 何で喧嘩御輿なんだよ!! お前のポジション何だよ!! っていうか私はやっぱりこんな役回りなのかよ!!!」
勇子ちゃんツッコミ四連発です。あと、もっと言えば気功術全然関係ないです。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
「うおー」
突撃する六人。勝希ちゃんなんかは、もうやけくそになって叫んでます。友香ちゃんはいつも通りです。
こんなツッコミどころ満載な奥義を前にして、ファギマが取った行動は、
「…………」
右手から放つ無言のエネルギー波でした。
「「「「「ぐわああああああああああああああ!!!!!」」」」」
「ぐわー」
御輿は完全に粉砕され、六人は吹き飛びます。まぁ、こんな事されたら正直反応に困りますし、これは妥当な反応だと思いますよ。
「遊びは終わりだ」
そう告げたファギマの顔は、間違いなく怒っています。これだけ悪ふざけをされて、怒らないはずがありません。
「死ね!!」
ファギマは全身にエネルギーを纏って愛奈ちゃんに接近し、みぞおちにボディーブローを喰らわせました。
「がっ!」
吐血する愛奈ちゃん。しかし、ファギマの攻撃はまだ終わりません。今まで散々ふざけられて、こんなもので許すはずがありません。
「はっ! はああああああ!! はぁっ!!」
そのままの勢いで、五回連続でボディーブローを喰らわせ、さらに顎にアッパー喰らわせて、愛奈ちゃんを高く打ち上げました。
「死ね!! 死ね!! 死ね!!」
それでもファギマの怒りは治まりません。打ち上げられた愛奈ちゃんを、空中を飛んで追い掛け、連続で殴り、蹴り飛ばし、飛ばした先に回り込んでさらに殴り、
「死にやがれぇっ!!」
「うわああああ!!」
組んだ両手の拳で打ち下ろし、愛奈ちゃんをうつ伏せになるように床に叩き付け、
「おおらぁっ!!」
「がああああ!! あああああああっ!!!」
さらに愛奈ちゃんの背中にエルボードロップを極めました。ファギマの怒涛の猛連撃を受けて、愛奈ちゃんは苦悶の絶叫を上げます。
「なんだ、まだ死んでないのか」
ファギマは愛奈ちゃんの髪を掴んで持ち上げました。
「まぁいい。なら死んで地獄に落ちる前に、生き地獄をたっぷりと味わっていけ!!」
それから、愛奈ちゃんの顔面を床に叩き付けました。
一方金剛さんは、ファギマの分身とも言えるロボット、アナザーファギマと激戦を演じていました。
「命令実行。排除。排除」
「魂無き人形に、わしは倒せん」
機械音声を発しながら殴り掛かってくるアナザーファギマの拳を、金剛さんは冷静に、自分の拳で跳ね返していきます。
「対象の危険レベルを検証。危険レベル、Aランクに認定。戦闘レベルMAXで迎撃します」
その音声とともに、アナザーファギマが口から光線を吐きました。金剛さんは両手を交差させてガードしながら、後退します。あらゆる攻撃に耐えられるスーツが、ボロボロになっていました。アナザーファギマの打撃と光線のせいです。闘気を込めて強化しても、これほどのダメージが入るのですから、もしスーツがなければ、金剛さんはかなりのダメージを受けています。
その直後、アナザーファギマが、今までの数倍の威力の拳を繰り出してきました。
「ファギマは言うておったな。貴様の力は、自分と同じじゃと」
金剛さんは、それを片手で止めました。その手には、さらなる闘気が込められています。
「ずいぶんと強くなりおったらしい」
それから、アナザーファギマの顔面にもう片方の手で拳をねじ込みました。アナザーファギマの身体が、金剛さんから少しだけ離れます。
「アンブレイカブルアーツ・スーパーソニックラッシュ!!」
それから、アナザーファギマの全身に、人間の目では視認出来ないほどの速度で、連続の拳を打ち込みました。金属のボディーがひしゃげ、へこみ、内部のコードや回路が露わになります。
「損傷軽微。自己修復開始」
アナザーファギマも、オリジナルのファギマと同様に、自己再生能力を持っています。金剛さんから受けたダメージを、即座に回復し始めました。
しかしこのアナザーファギマ、どうやら自己修復中は動きが止まるようで、攻撃してきません。
「させるか!!」
金剛さんはこれをチャンスと見て取り、アナザーファギマの顔面に跳び蹴りを喰らわせます。これでアナザーファギマは頭部を完全に破壊され、吹き飛びました。
「…………」
アナザーファギマを見つめる金剛さん。頭部を破壊された以上、もう立ち上がってはこれないはずです。しかし、金剛さんは何か違和感を感じていました。何というか、まだ生きているような、これからまた立ち上がってきそうな、まだ倒し切れていないような、そんな気持ち悪さです。
いつまで見ていても、アナザーファギマの状態は変わりません。しかし、金剛さんがアナザーファギマに背を向けた、その時でした。
「!!」
金剛さんは直感で飛び上がり、宙返りしながらファギマを見ます。機能を停止していたはずのアナザーファギマの右腕から、鋭利な槍と化したコードが伸びており、先程まで金剛さんがいた床を突き刺していたのです。やはり、アナザーファギマはまだ壊れていませんでした。
「人間で言うところの脳を破壊されても死なんとはな……」
その辺りは、流石ロボットといったところでしょう。もし気付かなかったら、金剛さんは串刺しにされていました。
ですが、金剛さんがアナザーファギマの不意討ちに気付けたのは、気功術師として長年戦ってきた経験のおかげです。それは、ロボットのアップデートなどとは比較にならないほど、大きく重い成長でした。
「その心意気は買おう」
頭を破壊されてなお向かってくるアナザーファギマを討つ為、金剛さんは着地し、闘気を右手に集中します。
「敵性体のエネルギー急上昇を確認」
結果としてアナザーファギマに時間を与えてしまい、完全に回復されてしまいますが、構いません。
「おおおおおおおおおおっ!!!」
金剛さんは全力の闘気を纏わせ、アナザーファギマに殴り掛かりました。アナザーファギマもまた、エネルギーを纏わせた拳を放ちます。
二つの拳は激突し、拮抗しますが、
「はああああああああああっ!!!」
金剛さんは強引に拳をねじ込んで、アナザーファギマの腕を完全に破壊します。しかし、この程度ではまた再生されてしまいます。
「ぬん!!」
金剛さんは拳をさらにねじ込み、アナザーファギマの胸に突き刺しました。
「アンブレイカブルアーツ・エクスプロージョンフィンガー!!!」
胸の中で拳を開き、纏わせた闘気を解放します。この内側からの攻撃には、さしものアナザーファギマも耐えられず、爆発四散して沈黙しました。もう、復活してくる気配はありません。
「紛い物は倒した。あとは、本体じゃな」
オリジナルファギマを倒す為、金剛さんは急ぎました。
◇◇◇◇
「死ね!! 苦しめ!! 苦しんで悶えて、俺を楽しませてから死ね!!」
ファギマは愛奈ちゃんを、滅多打ちにしています。殴り、蹴り飛ばし、頭を掴んで床に叩き付け、愛奈ちゃんに一切の反撃を許しません。
「むぅ……」
半蔵さんは困っていました。もし愛奈ちゃんが倒されれば、ファギマは今度は自分達に向かってくるからです。いくらDr.エクスカベーターといっても、金剛さんほど頑丈ではないので、ファギマの相手はとても出来ません。
「愛奈さんが殺されちゃう……!!」
浩美先生は、両手で口を覆う事しか出来ません。
(ちょっとどうすんのよこれ!? こうなったら、私が浩美先生を守らないと……!!)
絶望的な状況に、勇子ちゃんはスーパーハリセンを持つ手に、自然と力を込めます。
そんな時でした。
「浩美先生」
友香ちゃんが這いつくばりながら、浩美先生のところまで来たのです。
「要さん!! 無事だったんですね!!」
「無事じゃない。結構重傷」
友香ちゃんはボロボロでした。彼女だけでなく、勇子ちゃん以外全員ボロボロです。琥珀くんは自転車にいろいろ積んでいるせいで変形を解けず、とにかく戦えるメンバーがいないのです。
「私達が助かるには、愛奈に賭けるしかない」
「でも、愛奈さんじゃ勝てませんよ!? 私が応援しても……」
「たぶん、応援のレベルが足りないんだと思う」
「えっ……?」
友香ちゃんは、応援のレベルという、何だかよくわからない言葉を口にしました。
「つまり、もっと愛奈がやる気を出すような応援をすればいい」
なるほど。確かにそれなら、応援のレベルと言えます。
「愛奈さんがやる気を出すような……」
浩美先生は考えました。
愛奈ちゃんは子供です。子供が一番やる気を出す状況と言えば、それは恐らくご褒美をもらえる事でしょう。
ちゃんとやり遂げれば、それに応じたご褒美をあげる。子供に限らず大人も喜びますが、子供はもっとです。
愛奈ちゃんが一番喜んでやる気を出すご褒美。それはやはり、浩美先生に何かしてもらう事です。そして、浩美先生にしてもらって一番嬉しい事は……
それを思い浮かべて、浩美先生は顔を真っ赤にしました。ですが、思い浮かべるだけでは駄目です。それを口に出して、愛奈ちゃんに伝えなければなりません。
恥ずかしいです。恥ずかしすぎます。しかし、教え子の命が懸かっている状態ともあれば、そんな事は言っていられません。
「そろそろ生き地獄から解放してやるよ。飽きたからな」
ファギマは猛ラッシュをやめて、愛奈ちゃんの胸ぐらを掴みました。手足も首も、だらんと垂れ下がっていて、もしかしたら意識を失っているのかもしれません。そんな愛奈ちゃんに一切の容赦なく、ファギマは拳を振り上げました。全力の拳を叩き込んで、頭を砕くつもりです。
「愛奈!! しっかりして!! 逃げるのよ!!」
勇子ちゃんは呼び掛けましたが、明らかに避ける気力を失っている愛奈ちゃんは反応しませんでした。
「浩美先生!!」
もはや一刻の猶予もありません。友香ちゃんは浩美先生に、愛奈ちゃんを応援するよう促します。
「…………愛奈さん!!」
浩美先生は愛奈ちゃんに呼び掛けました。愛奈ちゃんは、まだ反応しません。
「頑張って下さい!! 頑張ってその人に勝ったら、ご褒美に……き、き、キス!! してあげます!!」
顔を真っ赤にしたまま呼び掛ける浩美先生。これが浩美先生が考えた、愛奈ちゃんが一番やる気になるご褒美です。
「無駄だ。そいつはこのガキが起きてる時に聞かせてやらねぇと。気絶してる時に聞かせたって、意味ねぇよ!!」
まだ反応しない愛奈ちゃん。そんな愛奈ちゃんにとどめを刺す為、ファギマは拳を振り下ろしました。
気絶しているなら、どんな声援も届かない。確かにそうでしょう。
しかし、応援したのは姫川浩美で、応援を受けたのは、彼女を心から愛している、高崎愛奈です。
ファギマは高崎愛奈という存在を、一般的な常識の尺度でしか見ていませんでした。
それがまさしく、彼の敗因となったのです。
愛奈ちゃんの身体から闘気が溢れ、ファギマの拳を、胸ぐらを掴む手を、弾き飛ばしました。
「な、何!?」
愛奈ちゃんの身体が浮き上がり、そしてゆっくり着地します。
そこで一度闘気が途切れ、さらに愛奈ちゃんの髪の毛が桃色に染まりました。それから再び、今までとは桁外れの強さと勢いの、紅い闘気が溢れます。
閉じていた目を、ゆっくりと開ける愛奈ちゃん。彼女の瞳も、髪と同じくらいの桃色に染まっています。
「こ、これは、まさか……」
いつしか部屋に辿り着いていた金剛さんが、目を見開いて驚いています。そしてそれは、半蔵さんも同じでした。
今までと明らかに雰囲気の違う愛奈ちゃんの姿。金剛さんと半蔵さんは、過去にその力の感覚を見ていたのです。
愛奈ちゃんはファギマを見据えて、ゆっくりと呟きました。
「私は全てを超越する」
「「!!」」
その呟きを聞いて、金剛さんと半蔵さんは再び驚きます。それが、ただの呟きでないと気付いていたからです。
「き、貴様!!」
ファギマは挑みます。よくわかりませんが、このままでは愛奈ちゃんに倒される。とにかく、何かをしなければ。そう思った結果の突撃です。
しかし、謎の覚醒を遂げた愛奈ちゃんに、その突撃は無意味でした。ファギマの腕が伸びるより速く、愛奈ちゃんが突撃し、ファギマの顔面を殴り飛ばしたからです。
「ごはぁっ!!」
そこから愛奈ちゃんは、今までやられた分を倍返しにするかのようにファギマを滅多打ちにします。
「うおおお……!!」
ファギマは、再生能力が追い付かないほどのダメージを受けています。
「クソ……もうスターライトコアなど知った事か!! 俺の全エネルギーをぶち込んで、この宙域もろとも貴様を、無に還してやる!!!」
両手を広げて、エネルギーを集中するファギマ。愛奈ちゃんがいる限り、目的のスターライトコアは手に入りません。自分のものにならないならと、全てを消滅させる道を選んだのです。
「マキシマムバスター!!! 吹っ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
両手を前に向けて、エネルギーを解き放ちました。
それと同時に愛奈ちゃんは飛び出し、エネルギーの中を突っ切ります。
「何!?」
それから拳を放ち、腕がファギマのみぞおちを貫通しました。
「ば、バカな……!!」
エネルギーの放出が止まります。信じられないものを見たファギマの目が、大きく見開かれていました。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
愛奈ちゃんは腕にファギマを突き刺したまま、空中高く飛び上がります。それから高速で何度も宙返りし、ファギマを床に叩き落としました。
「あたしを地獄に落とすとか言ってたよね?」
空中にいるまま、愛奈ちゃんは両手を腰溜めに構え、闘気を集めます。
「地獄に落ちるのは……」
真っ赤な闘気は一層輝きを強め、
「お・ま・え・だあああああああああああああああああああああああ!!!!」
愛奈ちゃんはその輝きを解き放ちました。
「ぎえええええええええええええええええ!!!!!」
超強化された紅蓮情激波を受けるファギマ。しかし、それだけでは終わりません。闘気とファギマは宇宙船の床をぶち抜いて落ちていき、やがて次元の壁を破壊して落ちていきました。
地獄。
「ん?」
罪人の魂を裁いていた閻魔大王は、自分の上の空間に裂け目が出来た事に気付きます。
そしてその裂け目から、ファギマと闘気が落ちてきて、
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」
閻魔大王はそれに巻き込まれました。
「愛奈さん!!」
闘気を解いて降りてきた愛奈ちゃんに、浩美先生は抱き付きます。とても感動的な場面ですが、浩美先生がバニーガール姿なので、なんか締まりません。
「勝ったよ、浩美先生」
愛奈ちゃんはそんな浩美先生を、優しく抱き締めます。
その時、爆発音が響き、宇宙船全体が激しく揺れ出しました。
「この震動……この宇宙船が崩壊しようとしておるのか!?」
金剛さんは、宇宙船が爆発寸前である事に気付きます。勇子ちゃんは愛奈ちゃんに訊きました。
「愛奈!! あんた余計な事してないでしょうね!?」
「あー……もしかしたら今のでなんか壊したかも」
その通りです。愛奈ちゃんは何がどうなっているのか正確に把握していないので、地の文の私が説明させて頂きますが、この船長室は宇宙船の頭頂部、つまり真上に存在しており、動力部は宇宙船の真ん中にあります。それなのに、真下に向かってファギマを撃ち下ろしてしまったので、動力部も一緒に消し飛ばしてしまったのです。
動力部を失った乗り物は、爆発するのみ、です。
「このバカー!!」
「だって仕方ないじゃん!! 勢いに任せてやったんだもん!! あいつが相手じゃ加減なんか出来ないよ!!」
「二人とも喧嘩してる場合じゃない」
「そうだ。この場は一刻も早く脱出しなくては……」
友香ちゃんと勝希ちゃんの言う通りです。せっかくファギマに勝ったというのに、ファギマの置き土産に巻き込まれて死んだなど、笑い話になりません。
「みんな、早く琥珀の宇宙船へ!!」
「江口くん達も早く!!」
「お、おう!!」
金剛さんが脱出を促します。半蔵さんの宇宙船はとても動かせそうにないので、浩美先生は江口ギャング団にも琥珀くんの宇宙船に乗る事を勧めました。
「琥珀!! 脱出じゃ!!」
「はーい!」
全員が乗ったのを確認してから、金剛さんはコックピットの琥珀くんに呼び掛け、琥珀くんは宇宙船を発進させます。
間もなくして、モノタイタンズの旗艦は爆発し、宇宙の藻屑と消えました。
「ふう……何とか間に合ったね」
今まで自分がいた場所が、跡形もなく消え去ったのを見た愛奈ちゃんは冷や汗をかき、それから安堵しました。船長が敗れた今、もうモノタイタンズは烏合の衆です。
「あ!」
琥珀くんは窓から外を見て、指差しました。金剛さんが見ると、たくさんの艦隊が転移してくるのが見えます。連邦の艦隊でした。
「まったく……ようやくご到着か」
来るのが遅すぎると、金剛さんは溜め息を吐きます。とはいえ、連邦の艦隊が到着した以上、モノタイタンズはもうおしまいです。
間もなくして、連邦とモノタイタンズの残党の撃ち合いが始まりましたが、船長を失った宇宙海賊など敵ではなく、すぐに全艦撃墜され、ビッグコズミックワンダーランドを攻めていた船員も殲滅。
こうして、しつこくスターライトコアを狙い続けていたモノタイタンズは、その執念と欲望によって、己の身を滅ぼしてしまったのです。時にはきっぱりと諦める事も必要だという事を、愛奈ちゃん達は学んだのでした。
◇◇◇◇
「皆さん、本当にありがとうございました!」
帰りの日。ジョイさんはビッグコズミックワンダーランドの全スタッフを代表して、愛奈ちゃん達にお礼を言いました。本当はもっとちゃんとしたお礼をしたかったのですが、愛奈ちゃん達が確保していたのはお盆だけです。帰らなければなりません。特に勝希ちゃんが。
「それにしても、とんだ宇宙旅行になっちゃったわね……」
琥珀くんの宇宙船の中、勇子ちゃんは溜め息を吐きました。
「まったくだぜ!」
「来ていきなり帰る事になっちゃったから、全然楽しめませんでしたもんね」
「まぁまぁ。モノタイタンズの全宇宙征服計画を阻止出来たから、良しとして欲しいッス」
半助くんは、江口ギャング団の宥め役に徹しています。ビッグコズミックワンダーランドは壊れた施設の復旧や事後処理などで、しばらくテーマパークとして運営出来ませんから仕方ないです。
「……おじいちゃん?」
「ん? いや、何でもないゾイ」
半蔵さんは険しい顔をしていましたが、半助くんに話し掛けられて、元の顔に戻りました。
「でもちょっと楽しかった。勝希は?」
「有意義な休日になった」
友香ちゃんが勝希ちゃんに感想を訊くと、勝希ちゃんは素っ気ない返事をします。
「こがね、大丈夫か?」
「うん。何とか……」
「無理は禁物だよ」
「帰ったらゆっくり休みましょうね」
石原家はこがねちゃんの容態を気遣いました。本調子でない状態で、大規模な戦闘に参加させられましたからね。ちょっときつそうです。
「師匠も奥様も、あまり無理はなされないで下さい。もう若くないのですから」
「何を言うとるか! まだまだ若いもんには負けんわい! だっ! あだだだ……ぎっくり腰が……」
「こらこら」
亮二さんに心配された金剛さんは張り切り、腰を痛めてしろがねさんに笑われていました。
「弓弩くん。どこも痛まない?」
「うん。君がいてくれたおかげで、頑張れた。ありがとう」
「弓弩くん……」
甘い空気を漂わせるカップル。
「今日はお誘い頂いて、ありがとうございました」
「いえいえ」
「これからもウチの愛奈と仲良くしてやって下さい」
会釈し合う尚子さんと梨花さん。そして、慎太郎さん。
「浩美先生」
それらを尻目に、愛奈ちゃんは浩美先生に話し掛けました。
「はい。何ですか?」
「……あの、ご褒美の、事、なんだけどね……」
浩美先生からのご褒美のキスを、愛奈ちゃんはもらっていません。理由は、愛奈ちゃんが拒否したからです。この前浩美先生のほっぺにキスした愛奈ちゃんですが、あれも相当勇気がいった事ですし、浩美先生からしてもらうのはもっと勇気がいる事のようです。押すのには強いけど、押されるのには弱いタイプですね。
「……もうちょっと、あとでも、いいかな……?」
「……はい、いいですよ。心の準備が出来た時で、いいですから」
浩美先生も、愛奈ちゃんも、顔が真っ赤です。
結局地球に戻ってからも、愛奈ちゃんと浩美先生は、キスをしませんでした。
波乱のお盆休みを生き残ったエクストリームガールズ。夏休みももうすぐ終わりです。さらなる波乱に満ちた日常が、幕を上げようとしていました。
◇◇◇◇
ビッグコズミックワンダーランドから帰還したその夜、金剛さんはしろがねさんと二人きりで話をしました。
「何ですか改まって」
しろがねさんは金剛さんに訊ね、金剛さんは話します。
「……愛奈ちゃんは、近いうちに心想が使えるようになるかもしれん」
「心想!? あの魔術王と同じ力ですか!? そんな、どうして……」
「ファギマとの戦いの中で、その兆候があった」
金剛さんは愛奈ちゃんが見せたあの桃色の輝きを覚えています。その時に感じた力が、昔対峙したある男の力に、とてもよく似ていたのです。
「近々愛奈ちゃんに、大きな試練が与えられるだろう。わしらも用心せねばならん」
「……はい」
しろがねさんは頷きました。
今回で、夏の物語は完結です。次回からは秋の物語が始まりますので、お楽しみに!




