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エクストリームガールズ!!  作者: 井村六郎
夏期激闘編
29/40

第二十九話 前道勝希の休日

「よし、完成だ」


 勝希ちゃんは、次の会議に提出する資料を、完成させました。これで、取り急ぎ作らなければならない資料は、全て完成した事になります。あとは、会議で提出するだけです。



 勝希ちゃんは四年前、お父さんとお母さんを、テロリストの襲撃で亡くしています。お父さんは前道グループの次期総帥となる人で、ちょうど真さんから総帥を引き継ぐ日、乗っていた車をテロリストに爆撃されたのです。

 その車にはお父さんだけでなく、会議に出席しようとしていたお母さんも一緒に乗っており、即死でした。

 僅か八歳という若さで、両親を失った勝希ちゃん。その時から既に英才教育を受けていた彼女は、他の同年代の子よりも強く、ショックを受けました。そして同時に、まだ充分な時もないまま、前道グループ総帥の座を受け継がなければならないという重圧は、より重くのしかかってきました。

 幸い、まだ引き継ぎは延期になりましたが、勝希ちゃんは一日も早く叔父や父に恥じない総帥になろうと、見習いという形で日夜頑張っています。

 前道グループに勝希あり。全ての人間に、自分の存在を刻み込む為に。その為にも、彼女は戦い続けなければなりません。


「じい、いるか」


「はいお嬢様。ここに」


「明日の会議の予定を教えてくれ」


 今日の業務は全て終わった直後ですが、もう明日の日程を確認します。


「明日の会議はありません」


「……は?」


 予想外の答えに、勝希ちゃんは執事さんを見ます。いつも会議や会談、会食などの予定がすし詰めだというのに、ない? あり得ない事でした。


「なら明後日の会議は?」


「ありません」


「明明後日は?」


「一週間先まで何もありません」


「……お前またボケが進行していないだろうな?」


「ご安心下さい。お嬢様の大切な日程を忘れるほど、私は耄碌していません」


 何と、勝希ちゃんの日程はありませんでした。執事さんの話によれば、一週間先まで何も予定がないそうです。


「まさか叔父上が何かしたのか?」


「いいえ。ですが、こういう事もたまにはあります」


「そういうものなのか?」


「はい」


 勝希ちゃんにとって初めて経験する事ですが、いつまでも終わらないように見えて、突然何もなくなってしまうのは時々ある事です。


「せっかくですので、夏休みの宿題に取り組まれては? 高崎様方は、お盆までに全ての宿題を終わらせると張り切っておられましたが」


「それならもう終わらせた」


 プリントなら夏休みの始めに全部やってしまいましたし、読書感想文は本を選んで読んでいる暇がなかったので、昔読んだ名著の内容を思い出しながら書きました。


「……いや、一つだけ残っていたな」


 と、勝希ちゃんはまだ、一つだけ終わらせていない宿題があったのを思い出します。


 読者の方はなんとなく想像がついているかもしれませんが、自由工作です。パッと思い付く作品が思い付かなかったので、今まで放置していましたが、向き合う時が来ました。来てしまいました。


「しかし、自由にと言われてもな……」


 今も思い付いていません。


「でしたら、休息を兼ねて思索なされては?」


「……そうしよう」


 落ち着いて考えれば、いい作品が思い付くはずです。というわけで、勝希ちゃんは明日、休みながらゆっくり考える事にしました。




 一方その頃、


「えっ? 宿直ですか?」


 浩美先生の家に、鬱田先生から電話が掛かってきていました。


「はい。夏風邪を引いてしまって……」


 電話の内容は、明日鬱田先生は宿直の当番だったのですが、風邪を引いて出勤出来なくなってしまい、浩美先生に代わってもらおうとの事でした。


「それは大変ですね……わかりました。お引き受けします」


「ありがとうござっ! ごほっ! ごほっ!」


「ご用件は承りしたから、早く休んで下さい」


「本当にすいません……」


 鬱田先生は咳き込みながら、電話を切ります。


「……宿直か……」


 頼まれた事を断れない性格なので、引き受けてしまいましたが、実は浩美先生、まだ宿直の当番になれておらず、苦手でした。


「……苦手だとか、言ってる場合じゃないわよね」


 鬱田先生は自分を頼って連絡してくれた。それなら、全力で引き受けよう。浩美先生は、そう決めました。


「……とりあえず、今日宿直の先生に、交代の連絡入れなくちゃ」


 浩美先生は宿直の日程を調べ始めました。連絡先を調べる必要はありません。校長先生に至るまで、全員覚えていますから。


「もしもし、姫川です。明日の宿直の件でお伝えしたい事が……」


 浩美先生は、明日の宿直が交代になった事を伝えました。





 ◇◇◇◇





 翌日。


 勝希ちゃんは朝の鍛錬を終わらせ、自室の椅子に座ると、足を組み、机に頬杖を付いて、何を作ろうかと考えます。


(さて、何がいいか……)


 手始めに、ワライショッピングに行って、工作用に何か買って来ようかと考えましたが、すぐ却下しました。


(子供すぎるものしかないだろう)


 一企業の御曹司が作るものとしては、あまりに幼すぎると考えたのです。それなら、ジオラマなどでも作ろうかと考えましたが、やはり却下します。


(作成に時間が掛かりすぎる)


 今の休日の状態が、いつ緊急出勤に変わるかわかりません。それに、あと数日でお盆です。休日週間には、お盆も含まれているので、あまり時間は掛けられないのです。それに、オリジナリティーにも欠けています。


(何かないか……私が作ったとわかる、私にぴったりな工作が……)


 目を閉じてゆっくり考えますが、いくら考えても答えは出ません。気晴らしに、好物のグレープ味のサイダーを飲みます。


 と、部屋のベランダの外から、何か叩く音が聞こえてきました。


「ん?」


 ベランダを見る勝希ちゃん。


 そこには愛奈ちゃんがいて、笑顔で手を振っていました。


「ぶっ!?」


 驚いてサイダーを吹き出してしまう勝希ちゃん。ちなみにここは、勝希ちゃんの家の二階です。


「勝希ちゃんおは~」


「高崎!? 何をしている!?」


 慌てて窓を開けた勝希ちゃんに、愛奈ちゃんは笑顔のまま、朝の挨拶をしました。


「いやね、今ちょっと宿題の事で行き詰まっちゃっててさ~」


「……それで私に助けを求めて来たというわけか」


「そうそう! 自由工作何にしようか悩んじゃっててね~」


 愛奈ちゃんも勝希ちゃんと同じ悩みを抱えていました。


「私は忙しいのだ。大体、なぜ私を頼る? 松下と要を頼ればいいではないか」


「二人のところにはもう行ってきたよ。それで断られたから、勝希ちゃんを頼って来たの」


「それは気の毒だったな。だが私もお前に構っている余裕はない。帰れ」


 きっと勇子ちゃんと友香ちゃんも、勝希ちゃんと同じで余裕がなかったに違いありません。そして勝希ちゃんも余裕がないので、愛奈ちゃんを追い返そうとしました。


「お願いだよ勝希ちゃん~! もう他に頼れる相手がいないんだよ~!」


 愛奈ちゃんは勝希ちゃんに泣きついて、帰ろうとしません。


「ええい離せ! お前のお気に入りの浩美先生はどうした!?」


「いなかったの! それに浩美先生にだけは頼りたくないの! びっくりさせたいから!」


「くっ、面倒な奴め……!」


 このままでは、いつまで経っても宿題が進みません。ちょっと強引ですが、無理矢理追い返す事にします。


「いいから、帰れ!!」


 怒った勝希ちゃんは、片手から暗黒闘気を出しました。至近距離からいきなり撃たれたので、愛奈ちゃんは避けられずに吹き飛びます。


「何すんの!!」


 愛奈ちゃんは空中で一回転してその場に留まり、怒って同じように闘気を飛ばします。


「む!!」


 勝希ちゃんは吹き飛び、部屋の中へ。机やらベッドやら巻き込んで、部屋の中がぐちゃぐちゃになりました。


「……貴様、死にたいようだな……!!」


 勝希ちゃん、完全に怒って飛び出してきました。


「いいだろう!! そこまで私に構って欲しいというのなら、望み通り相手をしてやる!!」


「前にも言ったよね? あたしは戦うのが好きなわけじゃないの。それに、宿題を手伝ってもらいたくて来たんだってば」


「黙れ!! ここまで私を怒らせたのだ。ただで済むと思うな!!」


 もはや会話が成り立ちません。勝希ちゃんの心の中は、せっかくの休日と宿題を邪魔された事に対する怒りしかないのです。


「もうしょうがないなぁ……」


 愛奈ちゃんは溜め息を吐きました。




「誰のせいだと思ってるのよ!?」


 宿題をやりながら、なぜか勇子ちゃんがツッコミました。


「あれ、今の何?」


 しかし理由には気付いておらず、宿題を再開します。




「ちょっと組み手しようよ。気晴らしになるって」


「いちいち癪に触る女だな貴様は!!」


 勝希ちゃんは怒りに任せて、愛奈ちゃんに暗黒闘気の弾を飛ばしました。


「ふん!」


 愛奈ちゃんはそれを片手で受け止めて、握り潰します。


「ふっふーん! あたしだって今までのあたしじゃな」


「はぁっ!!」


「ごはぁっ!!」


 勝希ちゃんの手加減ナシの暗黒闘気を受け止めて天狗になっていた愛奈ちゃんは、直後に手加減ナシの蹴りを喰らって、山の中に墜落しました。


「あたたたたた……不意討ちなんてひどい……」


 頭をさすりながら起き上がる愛奈ちゃん。


「ふっ!」


「わっ!」


 しかし、気付けば目の前に勝希ちゃんが迫ってきており、慌てて脇に飛び退きます。


 勝希ちゃんが放ったのは、暗黒闘気を纏わせた手刀です。黒い炎のような暗黒闘気によって強化された手刀は、愛奈ちゃんのすぐ後ろにあった木を、一撃で叩き斬りました。


「ちょ、ちょっと! あたしを殺す気!?」


 鋭利な刃物で綺麗に真っ二つにされ、研磨までされたような切り口を見て、愛奈ちゃんは青ざめながら反論します。もしかわせなかったら、今頃愛奈ちゃんは首なし死体になっていました。


「すまんなぁ。本気でやらねば申し訳が立たんと思ったんだよ」


 謝る勝希ちゃんの表情からは、一切の罪悪感が感じられません。本当に殺すつもりでした。


「そっちがその気なら……!!」


 愛奈ちゃんも同じく、手刀に闘気を纏わせます。


「付け焼き刃の技で私に敵うと思うか!!」


 次の瞬間、勝希ちゃんの手刀に纏わり付いている暗黒闘気が、二メートルほどの長さに伸びました。


「前道流気功術、闇黒刃!!」


「そ、そんなんアリ!?」


 勝希ちゃんは暗黒闘気の刃を振りかざし、愛奈ちゃんに襲い掛かります。それはさながら妖刀のようで、周囲の木々を次々と切り倒していきます。


「くっ! ううっ!」


 愛奈ちゃんは手刀で、闇黒刃を防ぎます。どうやら愛奈ちゃんの闘気は、浩美先生大好きパワーでブーストが掛かっていなくても、勝希ちゃんの暗黒闘気を防げる程度には強くなっているようです。


「ほう。あの女の声援なしでも、少しはやるようになったか。なら二つでどうだ!!」


 勝希ちゃんはもう片方の手にも闇黒刃を発動し、二刀流で斬り掛かりました。


「こっちも二つ!!」


 愛奈ちゃんももう片方の手に闘気を纏わせ、闇黒刃を防ぎます。


 しかし、勝希ちゃんの暗黒闘気は愛奈ちゃんへの怒りでどんどん出力を増しており、それに比例して闇黒刃の鋭さも、勝希ちゃん自身のスピードも、どんどん上がっていきます。


「うっ!」


 このまま勝希ちゃんの間合いにいると細切れにされると思った愛奈ちゃんは、バックステップで離れます。勝希ちゃんはその場から動かず、闇黒刃を伸ばすという方法で、その回避に対応してきました。


「うわわっ!!」


 振り回される闇黒刃に敵わず、愛奈ちゃんは闘気と牙鎧呼法で身を守ります。


 勝希ちゃんは一通り闇黒刃を振るった後、首の動きだけで、愛奈ちゃんに後ろを見るよう促しました。愛奈ちゃんが恐る恐る振り返ってみると――、


 ――そこには木があり、表面に『殺』と刻まれていました。


 今の攻撃は愛奈ちゃんを狙ったものではなく、背後の木を狙っていたのです。つまり勝希ちゃんはその気なれば、この字を愛奈ちゃんの身体に刻みつける事も出来たわけです。


「……ほ、本気なんだね……」


 愛奈ちゃんの顔が再び青ざめます。


 しかし、勝希ちゃんはそれ以上、愛奈ちゃんに攻撃しませんでした。自分が刻みつけた字を、黙って見ています。


「……使えるかもしれん」


「えっ?」


 どうやら何か思い付いたようで、闇黒刃を解除すると、愛奈ちゃんを無視して飛んでいってしまいました。


「ま、待ってよ!」


 そんな反応をされると気になります。愛奈ちゃんは慌てて勝希ちゃんを追い掛けました。




 さて、勝希ちゃんは今しがた自分が量産した丸太の中心にいます。その中から手頃な感じのものを見つけると、再び両の手刀に暗黒闘気を纏わせました。ただし、今度は闇黒刃ではなく、短い手刀です。


「……ふう」


 勝希ちゃんは深呼吸をして、意識を集中させました。


 そして――、


「……ッ!!」


 ――両腕を目にも止まらぬ速度で動かし始めたのです。あまりの速さに、腕が消えて見えます。


 しかし丸太には、妖刀じみた手刀による傷が、着々と付けられていました。


「……完成だ」


 そして、手が止まった時には、勝希ちゃんの目の前に、木彫りのビルが出来ていました。


「それ、何?」


 愛奈ちゃんがひょっこり覗いてきて、訊ねました。


「前道グループの本社ビルだ」


 なんと、勝希ちゃんは前道グループの本社ビルを、木彫りで作ったのです。もちろん本社ビルはこの町にはありません。この町にあるビルは支社で、勝希ちゃんが主に出勤しているのはここです。しかし、本社にも何度か足を運ぶ機会があったので、形をよく覚えています。


「決めたぞ。自由工作はこれにする」


「え、これ提出するの?」


 愛奈ちゃんはちょっと引いています。学校の宿題に出すのが、自分のグループのビルの木彫りというのは、何というかぶっ飛んでます。


「これはあくまで練習用だ。もっといい素材を用意して、それで改めて作るとしよう。今から発注しても、素材が届くのは盆の後になるだろうが、まぁ題材が決まっただけでも良しとするか」


 なんかずれた事を気にしています。違う、そうじゃない。


「……じゃああたしも、それにしようかな」


 結局、愛奈ちゃんはパクる事にしました。


「好きにしろ」


「ありがとう勝希ちゃん! じゃ、あたしはこれで」


「待て」


「え?」


 帰ろうとしたら、勝希ちゃんに呼び止められました。


「言ったはずだぞ。私を怒らせてただで済むと思うなとな」


「え……ええええっ!?」


 勝希ちゃんの怒りは、まだ収まっていなかったのです。勝希ちゃんの全身から、また暗黒闘気が立ち上り始めます。


「あ、あたしのおかげで決まったようなもんでしょ!? だったら機嫌直してよ!!」


「それとこれとは話が別だ。そろそろ私とお前、どちらが上か、白黒はっきりさせようと思っていた」


「それならこの前のイリーガルトーナメントで決まったじゃん!!」


「馬鹿か貴様は。あの時は、あの女の声援のおかげで勝てたようなものではないか。ゆえに、あの勝負は無効だ」


「何その屁理屈!?」


「黙れ!! 勝負から逃げようとしても、そうはいかんぞ!!」


 愛奈ちゃんは呆れていますが、満更屁理屈ばかりというわけでもないんですよね。事実、浩美先生が応援するまでは、勝希ちゃんが勝っていましたから。


「あの時の戦いの決着、今こそつけてくれる!!」


 勝希ちゃんの身体から、さらに高濃度の暗黒闘気が噴き出します。


「仕方ないなぁ……何度やったって、あたしが勝つよ!!」


 もう話し合いは出来ないとわかって、愛奈ちゃんも闘気を漲らせました。自分は強いと証明する為にも、負けるわけにはいきません。


「それで良い。行くぞ、高崎愛奈!!」


「受けて立つよ、前道勝希!!」


 互いに強く啖呵を切り、アクション映画のラストバトルのような戦いが始まりました。





  ◇◇◇◇





 浩美先生は、笑特小で仕事をしながら、宿直としての役目を果たしていきます。この学校での勤務にも大分慣れてきたので、仕事をこなす彼女の動作には一切の淀みがありません。


「ここまでは、ね……」


 そう、昼の仕事は何も問題がないのです。問題は、夜の仕事です。


 浩美先生は職員室の時計を見ました。時刻は、18時。暗くなり始める時間です。もう少ししたら、辺りは真っ暗になってしまいます。


 浩美先生が宿直の仕事を苦手としている理由は、学校に泊まらなければならないからです。


 今は夏休み。自分以外、誰もいない学校。そこで迎える夜。朝まで帰る事は許されない。このシチュエーションだけで、気の弱い浩美先生にとっては、もう逃げ出したくなるほど不気味でした。


 しかし、教員である以上、避けては通れない試練です。何も起きない事を祈りながら、浩美先生は仕事を続けました。




 時刻は21時。


 戦々恐々としながらパソコンと格闘していた浩美先生は、時計の針が指す時間に気付きます。見回りの時間です。


「……行くしかない、わよね……」


 とうとうこの時が来てしまったかと思いながら、机の下に置いてある懐中電灯と、スタンガンを取り出します。これらは元々宿直室にある物なのですが、見回りに備えて持ってきていたのです。


 重たい腰を上げて、出口の扉を開ける浩美先生。まず、左右の確認をします。懐中電灯の明かりが照らす先には、誰もいません。とりあえず、不審者や幽霊が侵入している様子は、なさそうです。


 ほっとする浩美先生。しかし、本番はここからです。何か起こったらすぐスタンガンを出せるよう警戒しながら、ゆっくりと歩を進めていきました。




 一階は一通り回りましたが、特に異常はありませんでした。これから二階を回るわけですが、浩美先生の表情は、引きつっています。なぜなら、二階には音楽室があるからです。


 音楽室といえば、勝手に鳴るピアノや、目が動くベートーベンの肖像画など、学校の七不思議で有名な場所です。浩美先生は子供の頃、たまたまやっていたホラーアニメを見てしまい、しかもそれが人を死に至らしめる音楽室のお化けの話だったので、トラウマになっていました。


(お願いだから、勝手にピアノを鳴らしたりとかしないで下さいね……?)


 心の中でお願いしながら、二階への怪談にパンプスの美脚を掛ける浩美先生。



 ポーン♪



「……」


 音が聞こえました。一瞬何が起きたのかわからなくなり、浩美先生は思わず足を止めます。



 ポーン♪♪



 また聞こえました。間違いなく、ピアノの音です。さっきより一段高い音です。


(うそうそうそうそ!!)


 恐ろしくて心臓が口から飛び出しそうです。しかし、宿直として何が起きているのかを確認しないわけにはいきません。浩美先生は勇気を奮い起こして、二階に足を進めます。


 歩いている間もピアノの音は鳴り続けており、浩美先生の勇気をへし折ろうとします。それでも、それでもと、愛奈ちゃんの学校である笑特小を守る為、音楽室の前に立ち、思い切って扉を開けました。


「音田さん!?」


 浩美先生は驚きました。そこにいたのは、六年一組の生徒、音田響子さんです。


「こんな時間に何してるんですか!?」


「ごめんなさい浩美先生。もうすぐピアノの発表会があって……」


 音田さんはピアノが大好きな女の子で、ピアノ教室に通っているほどなのですが、家にはピアノがなく、学校のピアノで個人練習をしているのです。


「それなら昼間にすればいいのに……」


「少しでも練習したいの。勝手に忍び込んでごめんなさい」


「……音田さんで安心しました。あんまり遅くならないうちに帰って下さいね?」


「はい先生」


 自分の生徒が音の原因だった事に安堵し、浩美先生は音楽室を後にしました。


「……もう大丈夫ですよ」


 浩美先生が音楽室から離れるのを待ってから、音田さんはベートーベンの肖像画に話し掛けます。


「では、レッスンを続けようか。あんまり遅くならないうちにね」


 肖像画は音田さんに笑い掛けました。




 次に浩美先生が差し掛かったのは、美術室です。ここも有名な怪談スポットで、笑特小にはある怪談が伝わっていました。


 叫ぶ石膏像。夜になると、誰もいないはずの美術室から、誰かが叫ぶ声が聞こえる。美術室には、拷問の末になくなった人間を模した二体の石膏像があって、それになくなった人間の魂が乗り移り、夜になる度に生前の苦痛を思い出して叫んでいるのだ。という怪談です。


 そんな怪談があるので、音楽室の時と同様、浩美先生は緊張しながら向かっていました。


 と、その時、


「あうっ!! ああうっ!!」


 叫び声が聞こえてきました。美術室からです。


「!!」


 浩美先生は一瞬立ち止まりましたが、もしかしたら誰か怪我をして苦しんでいるのかもしれません。浩美先生は急いで美術室に駆け込みました。


「大丈夫ですか!?」


 そこで見た光景は、


「えいっ! おらぁ!」


「あんっ!! もっと!! 痛っ!! もっとぉ!! あう!!」


 男子が下着姿になった女子を鞭で叩いており、それを別の女子がスケッチしているという、異常すぎる光景でした。


「な、何をしてるんですか!?」


 驚く浩美先生。当然のツッコミです。


「あ、浩美先生」


 三人はそれぞれの作業をやめて、浩美先生を見ました。


 鞭を持っている男子は、恵寿野(えすの)武夫(たけお)くん。叩かれていた女子は、摩沿(まぞ)理津子(りつこ)ちゃんです。恵寿野くんはサディストで、摩沿ちゃんはマゾヒストであり、二人はよくお互いの家に遊びに行って、SMプレイをしています。


 スケッチしていた女子の名前は、芸来(げいらい)描子(びょうこ)ちゃんです。絵を描くのが好きな子です。


「夏休みの自由工作で、ちょっと過激な絵を描いて提出したいなって思ってたら、二人が夜の学校でSMプレイするって聞いたから、それを描こうと思って来たの」


「私達、最近マンネリ気味で……夜の学校で武夫くんに思いっ切り責められたら、すごく気持ちいいだろうなって思って……」


「こいつすげぇ変態だろ? でもおかげで俺、今すげぇ楽しい」


 ピシャッ!


「ああん!! いぃ!!」


 恵寿野くんが鞭で摩沿ちゃんと叩きました。


「三人とも闇が深すぎます!!」


 ごもっともです。


「そんなSMプレイなんてやっちゃ駄目です!! 今すぐやめて下さい!!」


 不健全どころの話じゃない小学生達を止めようとする浩美先生。


 その時でした。


「ちょっとちょっと先生。せっかく楽しんでるんだから、止めないであげてくれる?」


「今ちょうど、俺達がSMプレイの何たるかを教えてたんだからさ」


 暗がりに隠れていて見えなかったところから、全裸の男女が現れたのです。


 いえ、ただの男女ではありません。石膏です。この教室に安置されているはずの石膏像が、ひとりでに動いて喋っていたのです。


「あ……あ……」


 叫ぶ石膏像の噂話は、本当でした。浩美先生は数秒、声にならない声を出して狼狽えた後、


「きゃあああああああああああああああああああ!!!!」


 悲鳴を上げて泣きながら逃げ出しました。


「あ、浩美先生逃げちゃった」


「逃げたなら別にいいじゃないか。それより、まだまだ全然なってないぞ。もう一度お手本を見せるから、鞭貸して」


「うん。どうぞ」


「ありがとう。鞭で打つ時はもっと腰を入れて、こう!」


「あああん!! いいっ!! いいわよあなた!! もっとぉ!!」


 男の石膏像は鞭を受け取り、四つん這いになった女の石膏像のお尻を叩き始めました。




 一方、笑特小の真上の、遙か上空。


「ずいぶんと腕を上げたではないか。まさかここまで持ちこたえるとはな」


 愛奈ちゃんと勝希ちゃんが向かい合っていました。早朝から今まで、二人はずっと戦っていたのです。


「だが、これで終わりだ!!」


「馬鹿にしないで!! 勝つのはあたしだよ!!」


 二人の身体は、もう限界です。これ以上戦えないと思った二人は、一気に決着をつける為、残った闘気と暗黒闘気を全開にしました。


「魔黒情滅!!」


「紅蓮情激!!」


「「波ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!」」


 二つの赤と黒の波動がぶつかり、いつかの決戦の時のように互いを消し去ろうと荒れ狂います。


 しかし、以前と違って、今回は両方とも消滅しました。


「はぁっ!!」


 先に動いたのは勝希ちゃんです。拳に残留する暗黒闘気を凝縮し、愛奈ちゃんの胸板に叩き込みます。


「がはっ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 愛奈ちゃんは吐血しましたが、勝希ちゃんは構わず、拳を下に向けながら、愛奈ちゃんと一緒に落下します。




 美術室から遠くに逃げてから、浩美先生は気付きます。


「あっ! 恵寿野くん達が!」


 美術室には、まだ恵寿野くん達が残ったままです。急いで戻ろうとする浩美先生。


 その時、校庭で爆発が起きました。


「な、何!?」


 驚いて校庭を見る浩美先生。


 土煙が晴れると、そこには愛奈ちゃんと、その胸に拳を突き立てている勝希ちゃんがいました。


「きゅう……」


 愛奈ちゃんは目を回して気絶しています。


「私の勝ちだな。あの女の声援さえなければ、貴様などこんなものだ」


 拳を離す勝希ちゃん。こんなものと言いつつ、かなり苦戦したんですけどね。


「愛奈さん!! 勝希さんも!!」


 そこへ、浩美先生が駆けつけてきました。


「む、浩美先生?」


「浩美先生!?」


 勝希ちゃんが浩美先生の存在に気付き、愛奈ちゃんも飛び起きます。浩美先生の姿を見た瞬間に愛奈ちゃんの全身の傷が完治し、闘気も回復しました。


「貴様なぜここにいる!? 貴様のせいでせっかく高崎に勝ったと言うのに、全て台無しになってしまったではないか!!」


「そんな事を言われても……第一、それはこっちの台詞です」


 突然責められて、浩美先生は困っています。


「あ、そうです!」


 浩美先生は、美術室の事を二人に話しました。




 事情を聞いた二人は、浩美先生と一緒に、警戒しながら美術室を訪問します。


「……誰もいないよ?」


 しかし、美術室には誰もいませんでした。石膏像も本来あるべき位置に戻っており、動き出す気配がありません。


「あれ?」


「浩美先生怖がりだから、あんまり怖くて幻覚でも見ちゃったんじゃないの?」


「……そうかもしれません」


 愛奈ちゃんに言われて、浩美先生は自分の記憶を疑い始めました。確かに、夜の学校の美術室で、小学生が石膏像と一緒にSMプレイをしているとか、それをスケッチしている女子がいるなんて、非現実的すぎますからね。



 一方その頃、三人は学校の裏手にいました。


「危ない危ない。もう少しで見つかるところだったぜ」


「まだ完成してないのに……悪いけど、明日またお願いね」


「わかった。んじゃ、理津子。続きはまた明日な」


「うん♪」




「浩美先生、このまま今夜泊まるの?」


「はい。仕事ですから」


 道中で、自分が今日宿直の当番を代わった事も、伝えてあります。それを聞いて、少し考える愛奈ちゃん。


「……よし! じゃあ今夜、あたしと勝希ちゃんで一緒にいてあげる!」


「えっ!?」


 このまま無事に宿直が果たせるか心配になった愛奈ちゃんは、朝まで一緒に当番に付き合う事にしたのです。


「おい高崎。お前がこの女に付き合うのは勝手だがな、私を巻き込むな」


「いいじゃん。ここから帰るの、大変でしょ?」


 愛奈ちゃんの見立てでは、もう勝希ちゃんは歩くのがやっとで、今にも倒れそうな感じでした。


「私にはじいがいる。今すぐ連絡して」


 スマホを取り出す勝希ちゃん。すると、愛奈ちゃんが勝希ちゃんの言葉を遮り、スマホを取り上げました。


「何をする!?」


「もう夜も遅いよ? 執事さんの迷惑になるじゃん」


「む……」


 確かに、もう時刻は22時を過ぎています。今からリムジンを走らせて学校に来てもらうのは、迷惑です。


「……仕方ない、お前の提案に乗ろう。だが、今夜泊まるという連絡だけは入れておかなければならん。返せ」


「そういう事なら」


 愛奈ちゃんはスマホを返します。それだけは伝えておかないと、心配されてしまいますからね。ただでさえ突然窓から外出して、今まで連絡など全く入れていませんから、心配しているはずです。


 勝希ちゃんはスマホで執事さんに電話を掛けて用件を伝え、すぐ電話を切りました。


「というわけで、いいよね?」


「……はい。お願いします」


 浩美先生は少々困り顔で、愛奈ちゃんにお願いしました。愛奈ちゃんや勝希ちゃんが一緒なら、何も怖くありません。それに、正直言って、ちょっと愛奈ちゃんに会いたいな~、って思ってたんです。


「まったく、お前のせいでとんだ休日になってしまった」


「いいじゃん。勝希ちゃんも、いい息抜きになったんじゃないの?」


 勝希ちゃんは今日、全く休めませんでした。しかし、愛奈ちゃんと本気でぶつかり合ったおかげで、少し気張らしが出来た気もするのです。しかし、それを口にするのは癪だったので――、


「……うるさい」


 ――とだけ答えておきました。浩美先生はそれを見て、くすりと笑います。


「あ、あたしも家に電話しなきゃ」


「それなら、私のを使って下さい」


「さんきゅー浩美先生」


 浩美先生は愛奈ちゃんにスマホを貸して、電話が終わると返してもらいます。


(……愛奈さんが使った、私のスマホ……)


 浩美先生はスマホをポケットにしまって、気付かれないように握り締めました。




 その夜、浩美先生は二人の教え子と、賑やかな夜を過ごしました。


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