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エクストリームガールズ!!  作者: 井村六郎
夏期激闘編
26/40

第二十六話 ある夏の日の出来事

「そんな事があったんだ……」


 愛奈ちゃん、勇子ちゃん、友香ちゃんの三人は、友香ちゃんの家に集まって、昨日、愛奈ちゃんが体験した死亡、復活についての詳細を、聞いていました。

 勝希ちゃんはいません。前回の愛奈ちゃん死亡騒動でキャンセルにしてしまった予定を取り戻さなければならないので、とても忙しいのです。


「今話題の異世界転生ってやつ? まさか自分がそんな事になるなんて思ってなかったから、すごくびっくりしたけど、一番びっくりしたのは、生き返ってみたら火葬炉の中にいた事だよ」


 普通生き返るなんて思いませんからね。


「危ないところだった。もし生き返るのがもう少し遅かったら、焼死体になって生き返るところだったから」


「ホントだよね。まぁそれくらいは、神様が何とかしてくれるだろうけど」


 友香ちゃんは遺体の火葬が終わる前に、火だるまになる程度で生き返ってくれた事に安心しています。

 仮に身体がほぼ炭になっていようと、生き返るついでに治してくれるでしょう。制約なしに生き返らせるのはタブーですが、死体の傷をどうこうしてはいけないとは、言っていませんからね。その神様を愛奈ちゃんは前回殺したわけですが。あ、生き返らせたのは女神様か。


「しかしよく帰ってこれたわね。そんな事になったら、普通は帰ってなんてこれないでしょうに」


 勇子ちゃんの言う通りです。大抵の異世界転生者は、元の世界に帰る事を諦めてますからね。普通に考えて、そんな事は絶望的ですし。中にはそもそも帰還自体を考えず、むしろ転生した事を喜ぶ人もいますが。


「生き返る方法がわかってたからね。他の人も諦めずに方法を探して生き返ればいいのに……そんなに元の世界に未練がないのかな?」


 そんな人はいないでしょう。愛奈ちゃんほど自分の世界に未練がある人は、珍しいと思いますけどね。

 ともあれ、愛奈ちゃんは執念の帰還を果たしました。騒動の元凶となった、願い星の保有者たる神様も、もういません。これで当分は、愛奈ちゃんが死んだり、異世界転生したりする事はないでしょう。またいつもの日常が帰ってきたのです。


「暑い。冷房もっと強くする」


「ごめんね友香」


「あたしは平気だけどなぁ」


「私達はあんたと違って鍛えられてないの」


 お金持ちの友香ちゃんの部屋に、エアコンが付いていないはずはありません。もちろん、冷暖房完備です。エアコンを付けてもらっているだけでも御の字なのに、友香ちゃんは愛奈ちゃん達の事を考えて、冷房を強くしてくれました。


「ところでさ、二人はこの夏休み、どっかいくの?」


「私は特にないわ。そんな事にお金使うくらいなら、冷房代に回すわよ」


「おお。流石いさちん、ドケチだねぇ」


「うっさい。友香は? お金持ちだから、リゾートでも何でも行き放題なんじゃないの?」


「そうでもない。お母さんもお父さんも仕事が忙しいから、どこにも連れて行ってもらえない」


 友香ちゃんのおうちは、海外に別荘もあるのですが、仕事目的の滞在地として使われるのがほとんどで、休暇目的に使われる事は稀です。

 お金持ちはお金持ちとしての自分を維持する為に、しなければならない事がある、という事ですね。


「私に出来るのは、この家を避暑地として二人に提供する事だけ。愛奈は? 旅行の予定とかある?」


「どうせ夏休み全部を修行に使うつもりでしょ? で、宿題は私達に手伝ってもらうとか?」


「やだなぁ。あたしはそこまで修行バカじゃないよ」


 愛奈ちゃんだって、夏休みくらい楽しみたいのです。宿題もやるつもりですし。


「これはまだ先の話だけどさ、こがねちゃん達がお盆に旅行に行くんだって。その時に、あたし達も一緒に連れて行ってくれるって言ってたよ」


「えっ? 私達も?」


 これは意外です。てっきり愛奈ちゃんだけ連れて行くものだと思っていましたが、勇子ちゃん達や勝希ちゃん、浩美先生、氷華さんや弓弩くんも一緒に連れて行ってくれるそうです。


「浩美先生と一緒に行くんだよ!? あたし今から楽しみで楽しみで……だからみんなには、お盆の間予定を空けておいてって、そうお願いするように言われてるの」


「いいよ。お盆も特に何もない」


「私も別にいいけど……何だか悪いわね……」


 勝希ちゃんは、愛奈ちゃんが行くと言えば、全ての予定をキャンセルしてでも付いてくるでしょう。浩美先生にも、既に夏休み前に電話で連絡済みです。

 やけに気前のいい話で、迷惑にならないかと、勇子ちゃんは心配していました。


「賑やかなのが好きな人達だからねぇ。気にしなくていいと思うよ? あたしも全然気にしてないし」


「いやあんたは気にしなさいよ。遠慮なさすぎでしょ」


「でも、せっかくだからみんなで思い出、作りたい……」


「……思い出か……」


 石原家の人々が、家族も友達も、みんな大切にするという事はよくわかっています。彼らも、出会った友人達との思い出を作りたいのです。

 そう思えば、彼らの気持ちを無下にするわけにはいきません。遠慮なく、甘えさせてもらう事にしました。


「わかったわ。お姉ちゃん達には、私から連絡する。それで、行き先はどこ?」


「当日まで内緒にしてって、お願いされてるんだ。絶対びっくりするところだから、楽しみに待ってて!」


 どうやら、サプライズにするようです。気合いの入りようが違いますね。


「……それにしても暑い。もっと冷房強くする」


「確かにそうね……悪いけどお願い」


 友香ちゃんがまたエアコンのリモコンに手を伸ばし、設定温度を下げます。




 それからまた談笑が始まったのですが、


「暑い!」


 勇子ちゃんが言いました。室内温度はじわじわと上がり始め、勇子ちゃんは汗をかいています。


「もうこれ以上下がらない」


 友香ちゃんがリモコンを見ると、設定温度は最低まで下げてあり、その上でパワフルモードにしてありました。


「何なのこの暑さ……全然涼しくない……」


「地球温暖化……恐るべし……」


 あまりの暑さに、勇子ちゃんと友香ちゃんはダウンしてしまいました。


「もう! 二人とも、若いくせにだらしないよっ!」


「あんた……暑くないの?」


「全然! 二人とも鍛えが足りないから、この程度でダウンしちゃうんだよ!」


 愛奈ちゃんはピンピンしています。


「ほら! 今からあたしと一緒に修行修行! あたしみたいに鍛えれば、火葬炉で燃やされでもしない限り、暑さは感じなくなるよ!」


「嫌よそんな修行するなんて!」


 確かに、愛奈ちゃんの異常な修行に付き合わされるなんてまっぴらごめんです。というかこの暑さの中で修行なんてしたら、熱中症で死にかねません。


「も―仕方ないなぁ……何かいい手は……」


 かといってこのままだと、室内熱中症になってしまいます。どうすれば二人を助けられるかと思案する愛奈ちゃん。

 そして、ある方法を思い付きました。


「そうだ! 海に行こう!」


「……海ぃ?」


 それはいい方法です。海で遊べば、この暑さを和らげられます。

 ただ、その方法には問題がありました。


「あんた、自分が何言ってるかわかってる?」


「だから、海に行こうって言ってるじゃん」


「どうやって行くのよ!?」


「シー!!」


 怒った勇子ちゃんはスーパーハリセンで愛奈ちゃんにツッコミを入れ、なけなしの体力を使いきって倒れました。

 そうです。海に行くには、外に出なければなりません。室内ですらこんなに暑いのに、外に出たら一体どんな事になるか。


「大丈夫だよ。あたしの闘気は、守る為に身に付けた力だって、二人も知ってるでしょ?」


「「えっ?」」





 ◇◇◇◇




 愛奈ちゃん達が話し込んでいる頃、町のある一角では、


「どうしよう……」


 浩美先生が困っていました。

 彼女の目の前には、車が一台。これはもちろん、浩美先生の車です。今日はとても暑いので、熱中症を避ける為に車に乗っていたのですが、あまりに暑すぎてエンジンがオーバーヒートしてしまい、車が動かず立ち往生していたのです。

 業者には連絡しましたが、なんと同じような事故が相次いでおり、業者の車もオーバーヒートして、駆けつけられないようなのです。


「停止版は立てたからいいけど、このままここにいたら倒れちゃう……」


 周りを見てみれば、涼を求めて近くの建物に駆け込む人が大勢見えます。


「でも、あんまりここから離れるわけにも……」


 離れたら離れたで迷惑になりますし、浩美先生は困っていました。


「暑い……」


 こうしている間にも、気温はどんどん上がっていきます。近くに偶然あった温度計を見ると、46度を示しています。

 異常な気温に、浩美先生は汗を流しながら困惑していました。いくら待っても、事態は好転せず、暑さで意識が遠くなり始めます。


「もう……駄目……」


 とうとう、倒れてしまいました。



 意識を失った浩美先生の近くに、赤いゼリー状の物質が現れ、浩美先生を取り込んで消えていきました。





 ◇◇◇◇





 友香ちゃんの家の玄関。

 愛奈ちゃんと勇子ちゃんは、友香ちゃんから水着を借ります。お金持ちなので、使っていない水着が何着もあり、水着自体は問題ではありません。


「うわ……」


 しかし、勇子ちゃんは嫌そうな声を漏らしました。思っていた通り、外は凄まじい熱気に満たされており、そこかしこで陽炎が揺らぎ、湯気が立ち上っています。

 焦熱地獄というものが存在するなら、まさしく今の和来町がそれでしょう。

 そんな中にあって、勇子ちゃんと友香ちゃんは平気でした。理由は、赤い闘気に包まれていたからです。

 愛奈ちゃんは闘気でバリアを作り、それで外の熱気だけを完全に遮断しているのです。名付けて、『紅命護包(こうみょうごほう)』。

 地面の熱も遮断し、中に籠る熱気も、愛奈ちゃんの配慮で外に排出される為、二人は完璧に守られます。

 ちなみに、愛奈ちゃんもサンダルだけ、紅命護包で守っています。理由は、アスファルトまでが恐ろしい熱を持っていて、愛奈ちゃんは無事でもサンダルが溶けてしまうからです。

 っていうか愛奈ちゃんは無事なんですね……。


「私、アスファルトから湯気出てんの初めて見た……別に濡れてるわけでもないのに……」


「……溶けたアスファルト踏んだ。気持ち悪い」


「流石にこれはおかしいでしょ」


 愛奈ちゃんも、いい加減おかしいと気付き始めたようです。この熱気、温暖化やヒートアイランド現象などという言葉では片付けられません。

 町のどこかで、何か起きているのかもしれません。それを解決する事が出来れば、熱気を和らげる事が出来るかも……。


「まず町の中心まで行ってみようよ」


「いいけど、あんた、闘気はもつの?」


「大丈夫大丈夫。いざとなったら頭の中で浩美先生を思い浮かべて、浩美先生大好きパワー(仮)を掛けるから」


「(仮)って……」


「愛奈に任せればいい」


 もはやどこからツッコミを入れればいいやらわかりませんが、本人が大丈夫と言っているから大丈夫なのでしょう。異世界でも、魔王と対決するまでは、それで何とかなってましたし。

 友香ちゃんも何とか出来れば出来たのですが、流石に彼女の念力も、気温には作用出来ません。それは念力ではなく、炎熱操作能力の領分です。




 三人は和来町の中心部まで来ました。


「誰もいないね~」


「暑すぎるから、みんな建物の中に避難してるのよ」


 どんなに悪天候でも、サラリーマンの一人くらいは歩いているはずなのに、今日に限ってはそんな人が誰もいません。完全に、三人だけの空間が出来上がっていました。


「愛奈、友香。何か感じる?」


 辺り一帯が熱を持っている事くらいしかわからない勇子ちゃんは、感受性の強い愛奈ちゃんと友香ちゃんに、異変が起きていないかどうかを訊ねます。


「むぅ……なんか変な気配があるね~」


「でも、いまいち実体が感じられない。蜃気楼みたいに、ぼかされてる感じ……」


 何かがあるのは間違いないそうですが、それが何なのが、どこに原因があるのか、そこまではわからないようです。


「どうするの? これじゃどうしようも……」


「おや? 面白い団体さんがおるのう」


 勇子ちゃんが何も思い浮かばず、手をこまねいていると、声が聞こえました。

 愛奈ちゃん達が振り向くと、そこには麦わら帽子をかぶって、黒グラサンとアロハシャツと短パンを着用し、首からウクレレをぶら下げている、とてもナウい感じのおじいさんがいました。


「ここは危ないから、早くお帰り。熱中症になったら大変じゃ」


「……あ―……気遣ってくれるのは嬉しいんだけどさ、おじいちゃん大丈夫なの?」


 おじいちゃんは愛奈ちゃん達を気遣いましたが、逆に愛奈ちゃんの方がおじいちゃんを気遣いたくなりました。

 薄着で日除けもしていますが、それでもご老体が出歩いて大丈夫な環境ではありません。今もまだ気温は上がり続けていて、近くの温度計は、もう66度を表示しているのですから。あ、今67度になりました。


「ああ、おじいちゃんは大丈夫じゃよ。何せわしは、仙道を極めておるからの」


「仙道……って事はおじいちゃん、仙人なの!?」


「その通り。正義のヒーロー『センニンジャー』のリーダー、センニンレッドじゃ。おっと、それは秘密じゃった。歳を取ると口が軽くなってのぉ……すまんが、今のは忘れてくれ」


 お年寄りってお喋りする時間が長いですからね。何にせよ、このおじいちゃんは暑いところでも平気なようです。


「今ここは危ないって言ってたよね? 町で何が起こってるか知ってるの!?」


「ああ知っておるぞ。龍脈が乱れとる」


「龍脈?」


「大地に張り巡らされとる気の流れの事じゃ。これが乱れるとな、いろいろ厄介な事が起こる」


「厄介な事? それってどんな?」


「おっと、これも秘密じゃった。あー、その―……まぁいろいろじゃ。いろいろな」


 はぐらかされました。っていうかこのおじいちゃん、さっきから秘密を喋りまくってますけど、ちょっとボケ始めてるんじゃないですかね?


「愛奈。ここはこのおじいちゃんに任せた方がよくない?」


 勇子ちゃんが愛奈ちゃんに耳打ちします。胡散臭いおじいちゃんですが、今起きている何かについての事情はよく知っているみたいですし、任せても問題ないでしょう。


「っていうか、関わり合いになりたくない。あの人、関係を持ったら絶対に面倒な事になるタイプの人間よ」


「うーん……でもこのままだと浩美先生が……」


 愛奈ちゃんはしっかり、浩美先生の事を心配していました。この暑さで、浩美先生もきっと苦しんでいるはずです。


「……浩美先生……」


 ふと、愛奈ちゃんは今、浩美先生がどういう事になっているか、想像しました。

 ここから愛奈ちゃんの妄想。





「ああ……暑いです……」


 自分の部屋で、エアコンと扇風機を総動員して、涼を得ようとしている浩美先生。しかし、冷房機具をフルパワーにしても、部屋は全然涼しくなりません。


「これ、邪魔ですね……」


 浩美先生は服を脱ぎ始めました。まず上着を脱ぎ、次にスカートを脱いで、下着だけになります。

 それでもまだ、汗は引きません。


「本当に暑いです……じゃあ、これも脱いじゃいましょうか……」


 浩美先生は両手を背中に回し、ホックを外しました。薄い拘束具が外され、抑圧されていた魅惑の果実が解放されます。その果実はぷるんと震えて、大きく熟れた魅惑の形を、わがままに主張しました。


「ああまだ暑い……仕方ないですね……」


 浩美先生は、自分の身体の恥ずかしい部分を守る、最後のガーディアンへと、手を伸ばしました。




 妄想終了。


「……じゅるり」


 愛奈ちゃんは顔を真っ赤にし、よだれをすすりました。


「愛奈? ねぇ愛奈? あんた何考えてんの?」


「浩美先生の事! 今から行けばまだ穿く前に間に合うかも!」


「だから何考えてんのよ!?」


 浩美先生の家に向かおうとする愛奈ちゃんを、勇子ちゃんが止めます。闘気のバリアの中にいますが、触ろうと思えば触れます。


「私は、あのおじいちゃんに協力した方がいいと思う。この暑さじゃ、体力がない浩美先生は命に関わる」


 友香ちゃんは正論を言いました。このまま駆け付けたところで、愛奈ちゃんには浩美先生を闘気で守るくらいしか出来ません。

 それよりはおじいちゃんに協力し、異変の早期解決を図った方が得策です。


「それもそうね……すごく嫌だけど、協力した方がよさそう」


「……うん。やっぱり浩美先生は、いつもの浩美先生が一番だよ!」


 だから何を考えてたんですかね……とにかく、三人はおじいちゃんに話し掛けました。


「うーむ……お嬢ちゃん達みたいなちっちゃい子を巻き込みたくはないんじゃが、実は正直今ちょっと困っとってのう……仕方ない。お願いしようかの」


「あたし達は何をすればいいの?」


「どうやらお嬢ちゃんは、闘気を使えるようじゃな? 気孔術の心得があるのかの?」


「そうだけど……」


「お嬢ちゃんの闘気を貸して欲しい」


 気孔術は仙道に通じる部分があり、相性がいいのです。そして、今おじいちゃんは強力で大量の闘気を必要としていました。


「実は今この町を包んでおる熱気はな、紫外線ではなく龍脈が原因じゃ。つまり上から暑くなっとるわけではなく、下から暑くなっとるわけじゃな」


「うん。さっき言ってたね」


「この熱気はな、自分の姿を隠す為の、言ってみればカモフラージュとしても作用しておるのじゃ」


「カモフラージュって、何かいるの?」


「うむ。こやつの力は思っていたより強くてな、そのカモフラージュを引き剥がす為に、もっと強い闘気が必要なんじゃ」


「わかった! じゃあ思いっきり使っちゃって!」


 愛奈ちゃんはおじいちゃんに背中を向けます。おじいちゃんは左手を愛奈ちゃんの肩に置き、右手を人差し指と中指を立てて口元に当てて、何か小声で、早口で呟き始めました。


「……うっ! おおぅ!」


「愛奈!? どうしたの!?」


 おじいちゃんが何かを始めてすぐ、突然愛奈ちゃんが奇声を発したので、勇子ちゃんが心配になって訊ねました。


「あたしの闘気が……吸われてる!」


「ちょっと大丈夫なの!?」


 おじいちゃんが闘気を使うと言っていたのは本当のようです。勇子ちゃんはさらに心配になりましたが、友香ちゃんが勇子ちゃんの口を片手で押さえました。

 おじいちゃんは愛奈ちゃんの闘気を借りて、仙人の呪文を唱えているのです。集中力を途切れさせないよう、黙らせました。


「……はっ!」


 呪文を唱え終わったようです。愛奈ちゃんとおじいちゃんを中心に、大きな波紋のようなものが発生しました。

 波紋が消えて数秒後、愛奈ちゃんは気付きます。


「……ん?」


「どうしたの?」


「……なんか、もう大丈夫な気がする」


 そう言うと、愛奈ちゃんはバリアを解きました。


「ちょっ!?」


 勇子ちゃんは慌てましたが、バリアの外の気温が、下がっている事に気付きます。

 暑い事は暑いのですが、先程のような滅茶苦茶な暑さではありません。見ると、温度計の数値も30度まで下がっていました。


「ひとまず助かったわね」


「うん。ひとまずは、ね……」


「うむ。ここからが本番じゃ」


 勇子ちゃんは安心していますが、愛奈ちゃんとおじいちゃんはそうではありません。友香ちゃんも何かが起こる事を察して、無言で神経を尖らせます。

 愛奈ちゃんとおじいちゃんの連携プレーで、姿を隠す為の技を解除されたそれが、じわじわと現れました。


「龍脈というのはな、人間でいうところの、血管のようなものなんじゃ」


 それを見ながら、おじいちゃんが説明します。


「血管がおかしくなると、病気になるじゃろ? それと同じでの、地球の血管である龍脈が狂うと、病気として出てくるものがあるんじゃ」


 正確に言うと、それは病気ではなく、膿のようなものです。今目の前に現れたそれは、まさに膿という表現が相応しい、濁った赤いゼリー状の物体でした。


「わしらはそれを、タタリと呼んでおる。タタリはその状況に合わせた災いをもたらす存在じゃ」


 タタリは意思を持つ災厄です。出現と同時に、自分が現れた地域に災いをもたらします。例えば今は夏なので、異常な猛暑という形で。そしてその災いをもたらしながら、潜伏して姿を隠すのです。


「あっ! 浩美先生!」


 愛奈ちゃんはその体内に、浩美先生が取り込まれている事に気付きました。


「こやつがここまで強い力を持っておったのは、これが原因じゃったか……」


 タタリには手近な人間を取り込み、力を増すという性質があります。このタタリは浩美先生を取り込む事で、おじいちゃんでも消し去れないほど強いカモフラージュを作り出していたのでした。


「タタリだか何だか知らないけど、浩美先生は返してもらうよ!」


「待てお嬢ちゃん」


 浩美先生を救出しようとする愛奈ちゃんを、おじいちゃんが止めました。


「ここからはわしの……いや、わしらの出番じゃ」


「えっ? わしら、って?」


「言ったはずじゃ。わしはセンニンジャーのセンニンレッドじゃとな!」


 おじいちゃんは首から下げていたウクレレを外すと、地面に叩き付けました。

 それから、短パンのポケットからホイッスルを出し、吹いたのです。


「いや今の動作何!? 何でウクレレ壊したの!?」


「特に意味はない」


「ないのかよ!!」


 すかさずツッコミを入れる勇子ちゃん。特に理由のない暴力がウクレレを襲いました。


「しいて言うならノリ、かの?」


「ライブとかでギター壊すやつ?」


「そうそう」


「ノリかよ!!」


 友香ちゃんの例えは的確です。このタイミングでそういう事をするのはどうなんですかね。

 しかし、気分を高めたいというのは本当でしょう。これからやる事を考えれば。

 空が光り、別のおじいちゃんが瞬間移動してきました。

 それも、一人二人ではありません。次々とおじいちゃんが現れ、その人数は和来町の空を埋め尽くすほどになりました。


「あれは全員仙人じゃ。そして、わしを含めて全部で千人おる」


「千人!? もしかして、仙人と千人を掛ける為に、わざわざ千人集めたとか?」


「その通り。いや~探せば結構いるもんじゃなぁ」


「頭おかしいんじゃないの!?」


 思わずツッコミを入れる勇子ちゃん。いや、普通に考えておかしいですもん。


「うっ……」


 タタリの中の浩美先生が呻きました。浩美先生の生気を吸い取り、力を増しているのです。それはさながら、人間という細胞を食いながら拡大していく、地球のガン細胞のようでした。


「浩美先生!!」


「いかんな。茶番をやっとる場合ではない」


 おじいちゃんも、真っ赤な服を纏った仙人に変身し、空の仙人達に合流します。


「センニンレッド!」


「センニンブルー!」


「センニングリーン!」


「いや名乗るの!?」


 勇子ちゃんは耳を疑いました。戦隊ヒーローならお馴染みの名乗り口上ですが、人数が千人もいるとなれば話は別です。


「センニンブラック!」


「センニンイエロー!」


「センニンピンク! 以下略!」


「略した!」


 と思ったら六人で終わりました。当然ですね。


「長生きの力、ここに見せる!! 仙道戦隊!!」


『~~~~~~~~!!!』


「何て言ってるかわかんねーよ!! 戦隊ヒーローなんだから合わせろよ!!」


 本当は「センニンジャー!」とかっこよく名乗りたかったんでしょうけど、全員が名乗るタイミングが微妙にずれてしまったせいで、ただのうるさい雑音になってしまいました。残念。


「タタリよ! 我らの力で貴様を浄化してくれる! いくぞみんな!」


 レッドの合図で、全員が手をタタリに向けます。


「仙道全開!!」


『~~~~~~!!!』


「だから合わせろよ!!」


 本当は「センニンフラッシュ!」と叫んでいますが、タイミングがずれたせいで以下略。

 しかし、千人がかりでの大技は伊達ではありません。仙人達から放たれた光を浴びたタタリは一瞬で浄化され、浩美先生は解放されました。


「浩美先生!!」


「愛奈さん? 私、どうなって……」


 愛奈ちゃんが浩美先生を助け起こします。


「これにて一件落着!! 一同撤収!!」


「いや~暑いのう」「帰りに居酒屋でも寄っていかんか?」「いいのう!」「昼間から飲むんか?」「いいじゃろ別に。わしら仙人じゃし」


 センニンレッドの号令で、仙人達は帰っていきます。なんか、オフ会にでも行くような雰囲気ですね。


「……よくわかりませんけど、あの人達のおかげで助かった事はわかりました」


「浩美先生大丈夫!?」


「はい。大丈夫です」


 タタリに取り込まれはしましたが、ちょっと疲れただけで後遺症などは残っていないようです。

 と、センニンレッドだけは帰らず、一人だけ戻ってきました。変身(?)も解きます。


「あれ? おじいちゃんどうしたの?」


「タタリはやっつけたんだから、もう帰るって思ってたけど……」


「まだ仕事は終わっとらん。龍脈を修復しなければならんからな」


 おじいちゃんはこの町にタタリの気配を感じ、仲間を誘導する先見隊として来ました。しかしそれだけでなく、龍脈の修復もしに来たのです。

 タタリは災厄を振り撒き、龍脈の修復を阻害する存在ですが、龍脈が乱れた直接の原因ではありません。一刻も早く原因を究明、改善し、龍脈を修復しなければ、何度でも新しいタタリが生まれてしまいます。


「実はな、タタリは龍脈の乱れ方で、形状がある程度変わる。あの濁りよう……恐らくあのタタリ、どこか穢れた場所で生まれたはずじゃ」


「それって、どこかわかる?」


「タタリ本体が消えた今ならな」


「あたしも連れて行って! また浩美先生が狙われたりしたら大変だから!」


「……では来なさい。良い社会勉強になるじゃろう」


 愛奈ちゃんが行くと言うと、心配になった勇子ちゃん達も行く事になり、おじいちゃんはみんなを連れて歩き出しました。




 ◇◇◇◇




 タタリと戦った場所からそう遠くない場所に、誰にも使われていない廃ビルがあり、おじいちゃん達はそこに入っていきました。

 そして、入ってすぐのところで、愛奈ちゃん達は息を呑みます。


「こりゃ思った以上にひどいのう……」


 そこには、壊れたテレビや冷蔵庫、電子レンジやパンクしたタイヤ、よくわからない液体が入った瓶などが、大量に捨ててありました。


「何、これ……」


「あたし知ってる。これ、不法投棄ってやつだよね?」


 勇子ちゃんは絶句し、愛奈ちゃんがおじいちゃんに訊きます。


「そうじゃ。この不法投棄が積もり積もって、タタリを生み出すほどの穢れになったのじゃ」


 ここは元々、龍脈の流れ的に、ビルを建ててはいけない場所でした。潰れた後もいつまでも残しており、どうせ誰も来ないだろうと不法投棄をしてしまったのでしょう。それが、タタリを生み出す決定打となってしまったのです。

 おじいちゃんは術を使って、人がいないかどうかを確認すると、ビルも廃材も、全て浄化しました。龍脈は人間のように自然治癒を持っていて、乱れの原因を取り除いてしまえば、勝手に治るそうです。


「これで大丈夫じゃ。しかしな、こんな大々的な投棄でなくとも、わずかなゴミのポイ捨てでさえ、タタリを生み出す要因になってしまうのじゃ。ゴミはゴミ箱へ。常に清潔に保つ事が、地球に対する礼儀じゃぞ」


 おじいちゃんはそう言い残すと、どこかへ去っていきました。





 ◇◇◇◇




 翌日。


「それじゃ、レッツゴー!」


「「「おー!」」」


 愛奈ちゃん、勇子ちゃん、友香ちゃん、浩美先生は、海に遊びに来ました。ですが、遊ぶ前に持ってきたゴミ袋に、浜辺のゴミを入れていきます。


「綺麗にしないと、みんな安心して遊べないもんね」


 タタリが出るかもしれない場所でなんて、怖くて遊べません。だから、昨日と同じ事が起きないように、綺麗にします。

 それから愛奈ちゃん達は、海で楽しく遊びました。


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