第二十五話 悪夢の襲来!! 高崎愛奈、死す!!
今さらと思われる方もおられるかもしれませんが、この作品は三人称視点で書かれています。苦手な方はご注意下さい。
「愛奈ー」
前回から夏休みが始まった笑特小学校。今日はその初日です。
「いつまで寝とるんじゃ。もう10時じゃぞ」
おやおや、愛奈ちゃんはまだ起きてこないみたいですね。まぁ昨日はいろいろありましたし、愛奈ちゃんも疲れたんでしょう。
「今日は朝ご飯を食べて、それから12時まで修行すると言っとったじゃろうが。初日からもう計画頓挫か?」
愛奈ちゃんを起こしにきた亮二さん。
「起きろ愛奈!」
掛け布団を引き剥がして、容赦なく愛奈ちゃんを起こそうとします。
「……愛奈?」
しかし、何だか様子がおかしいです。愛奈ちゃん、白目を剥いて口を開けて眠っています。
まさかと思った亮二さんが、愛奈ちゃんの首筋に片手を当てて、脈を測りました。
「し、死んどる!!」
主人公、連載25話目にして、まさかの死亡。
◇◇◇◇
「……あれ?」
気が付くと、愛奈ちゃんは、白髭を蓄えたおじいちゃんの前に立っていました。
「初めて会うの。わしは神じゃ。そしてすまんなお嬢ちゃん。お前さんは死んでしまった」
「……え?」
信じられない事を言うおじいちゃん。愛奈ちゃんはその言葉を疑った後、
「ほげ!!」
おじいちゃんの顔面を殴り飛ばしました。
「ごめんね~おじいちゃん。あたしは理由がある人以外にボケられるのが大嫌いだからさ~」
「ボ、ボケではない! 本当に死んでしまったんじゃ!」
「もう一発いっとく?」
「だからボケではないというに!」
あまりにも必死に言うので、どうやら本当に愛奈ちゃんは、死んでしまったようです。
「え!? マジなの!? 何で!? あたしどうやって死んだの!?」
確かに愛奈ちゃんはとても強いので、滅多な事で死んだりはしないはずです。なのに、これはどういう事なのでしょうか。
「実は地球時間でいうところの昨日の夜、願い星という小石を落としてしまってのう」
「願い星?」
「どんな願いでも一つだけ叶える、神の奇跡が詰まった石じゃ」
「すごいね。で、それと何の関係があるの?」
「慌てて探したんじゃが、見つけた時にはもう願いが叶えられておった。その願いが、お前さんに死んでもらう事だったんじゃ……」
愛奈ちゃんはいろいろと規格外な存在ですが、神様の奇跡には敵わなかったようです。
まぁ浩美先生大好きパワーでブーストが掛かっていれば、それすら何とかしちゃうんですけどね。掛かっていなかったので抗えませんでした。
「そんなお願いしたやつがいたの!? 誰かわかる!?」
「うむ。江口君という子じゃった」
「またあいつか!! もう怒った!! とっちめてやるからあたしを生き返らせて!!」
「そうしたいところなんじゃが、死者蘇生にはいろいろと制約というものがあっての、同じ世界に生き返らせる事は出来ないんじゃ。わしはその制約を破れん。というかそもそもそんなに偉くないし」
「ふざけんな!!」
「ごぼし!!!」
怒った愛奈ちゃんに、神様はまた顔面を殴られました。
「……そうだ! さっき言ってた願い星ってやつ、まだある!?」
「あ、あるにはあるが……」
「それ使って生き返らせてよ!」
どんな願いも叶えるというのなら、死んだ人間も生き返らせられるはずです。神様を頼れない以上、こっちを使うしかありません。
「願い星を創るのは、簡単な事ではないんじゃ。もしもの時の為に、しっかりと貯蔵しておかねばならん。悪いが死人一人を生き返らせる為に使うわけには……」
「紅蓮情激……!!」
「待て待て!! それをどうする気じゃ!?」
「誰も助けられない神様なんかいらない!! 生き返れないっていうなら、せめて同じ事が起きないよう、あたしがあんたを消し去ってやる!!」
「待て待て待て待て!!」
愛奈ちゃん殺る気満々です。神をも恐れぬ不敬とはこの事ですね。
愛奈ちゃんにとって一番怖いのは、浩美先生に嫌われる事なので、それに比べれば神殺しなど、赤ちゃんが蟻を踏み潰すのと同じくらい、何も感じません。怒ってもらえてる分、蟻よりマシでしょうか。
「も、元の世界に生き返らせる事は出来んが、別の世界に生き返らせる事は出来る!!」
「浩美先生がいる世界じゃなきゃ、何の意味もないよ!!」
「最後まで聞け!! まだ話は終わっとらん!!」
「えっ?」
どうやら、まだ話に続きがあるようです。
「実はな、今ある世界に、魔王と呼ばれる存在がいるのじゃ」
「魔王?」
「うむ。そやつはどうも、数多の世界を侵略し、支配しようとしておるらしい。我々神としても、死んだ人間に力を与えて戦わせるという方法で対抗しておるんじゃが、片っ端からやられるばかりじゃ」
「そんな事しなくても、あんたが直接戦えばいいだけじゃないの?」
「わしらの力は強すぎて、魔王ごと世界を滅ぼしかねないんじゃ」
「ふーん」
「そこでじゃ。お嬢ちゃんにはその世界に転生して、魔王を倒して欲しい。そのお礼として、どんな願いでも一つだけ叶えるという報酬が用意してあるんじゃ。元の世界に生き返らせて欲しいという願いも、もちろん叶えられる」
神様の話だと、何もないのに人を生き返らせるのはルール違反だそうですが、生き返らせるというルールが設定してある状態なら、生き返らせても大丈夫だそうです。
「オッケー! じゃあすぐその魔王がいる世界に生き返らせてよ!」
何だか調子のいい話ですが、生き返ってまた浩美先生に会う為です。愛奈ちゃんは快く引き受けてくれました。
「ありがたい。あの魔王には本当に困っておったんじゃ」
神様はお礼を言います。ぶっちゃけ神様の為に引き受けたんじゃないんですけど。
「では早速お前さんに力を」
「あーそういうのいいから」
「ん? いらんというのか?」
「いらないいらない。あたしが元いた世界と同じ身体で生き返らせてくれればいいから」
「なんと。今からお前さんが転成する世界は、お前さんがいた世界とはまるでちがう世界じゃぞ?」
「いいのいいの。変にいろいろつけられるより、素のあたしのままの方がやりやすいから」
「子供なのに欲がないのう。わしが今まで転生させた者達は、全員力を要求してきたぞ。中にはチートをくれなきゃ転生しないと、脅してきた者もいたくらいじゃ。みんな負けてしまったが」
「えへへ」
まぁ実際には、
(このおじいちゃんにこれ以上何かして欲しくないよ。今度はどんなドジ踏まれるか、わかったもんじゃない)
というのが本音です。愛奈ちゃん、あんまりこの神様の事、信用してません。現状は従うしかないから従ってるだけで、他にいい方法が見つかれば、すぐ乗り換えるつもりでいます。
「よし、では転生させる。無事魔王を倒し、元の世界に帰れるよう祈っておるぞ」
「任せといて!」
(神様のくせに祈るとか、神様としてどうなの? やっぱり大した事ないね)
愛奈ちゃん、無邪気な笑顔を振りまきながら、内心は滅茶苦茶黒いです。だって、本当なら紅蓮情激波で消滅させているくらい、この神様を恨んでいるのですから。
(見てなさいよ。元の世界に帰ったら、あたしを浩美先生から引き離したこの落とし前、きっちりつけてもらうんだからね!)
黒い怒りを燃やしながら、愛奈ちゃんは光に包まれ、魔王がいる世界へと転生しました。
「……ものすごく恨んどったのう……」
愛奈ちゃんの恨みは、神様に筒抜けでした。
「まぁ今回の件が解決すれば、失敗は帳消し。それどころか昇進間違いなしじゃ」
この神様も、負けず劣らず黒いですね……。
◇◇◇◇
その頃、愛奈ちゃんの世界。
愛奈ちゃんが死んだ事は町中に知れ渡り、お葬式の準備が執り行われていました。
「愛奈……あんた何で死んでんのよ!!」
「この……親不孝者……!!」
愛奈ちゃんの遺体を前に、梨花さんと慎太郎さんは悲しんでいます。享年12歳。あまりにも早過ぎる逝去でした。ちなみに病院では、原因不明の突然死という診断結果です。
「避けられぬ最期は必ず訪れるもの……しかしこの老いぼれより先に死ぬとはな……」
亮二さんも悲しそうです。絶対に自分が先に死ぬ、自分は愛奈ちゃんに看取られる側だと思っていたので、完全に予想外でした。
「こんにちは」
そこへ、勇子ちゃんが訪ねてきます。友香ちゃんも一緒です。
「おお、二人ともいらっしゃい」
「愛奈はこっちよ」
慎太郎さんと梨花さんが、二人を呼びました。
愛奈ちゃんの顔は、最初亮二さんが見つけた時のままです。
「すごい顔してる。まるで生きてるみたい」
「死ぬ時まで締まらないわね、あんた」
友香ちゃんの言う通り、すごい顔です。
「……つい昨日まで生きてたのに……」
勇子ちゃんの脳裏に、愛奈ちゃんとの思い出が蘇ります。
春、初めて愛奈ちゃんに会った時、愛奈ちゃんは友達の印にと、四つ葉のクローバーをくれました。
夏、暑くて外に出たくないと言ったのに、プールに連れ出されました。
秋、愛奈ちゃんの家でお月見をしました。
冬、愛奈ちゃんに雪玉をぶつけられて、お返しに愛奈ちゃんの顔面に雪玉を投げ返しました。
「……ほんと、あんたって意外といいやつよね。そんなあんたが……どうして……」
よくよく考えてみれば、愛奈ちゃんの行動は年頃の少女のそれそのものです。少なくとも、浩美先生に会うまでは、どこにでもいる、ありがちな、気のいい小学生女子でした。
こんな、意味のわからない死に方をするような子ではありません。そう思うと、勇子ちゃんの右目から、涙がこぼれ落ちました。
「勇子ちゃん!」
「……氷華お姉ちゃん」
そこへ、氷華さんと弓弩くんが来ました。今日は夏期講習があったのですが、弓弩くんの力で先生を眠らせ、無理矢理抜け出してきたのです。
「大変でしたね。御悔やみ申し上げます」
「ああ、これは御丁寧に……」
頭を下げる弓弩くんと、下げ返す慎太郎さん。
「この目で見ても信じられないわ……」
「あの……実はこれ、愛奈ちゃんが仕掛けたドッキリとかじゃ……」
「これがそうだったら、どれだけよかったか……」
二人は梨花さんに確認しますが、残念ながらドッキリではなく、本当に死んでいます。
と、
「高崎!!」
家の表にリムジンが停まり、中から勝希ちゃんが飛び降りてきました。
「起きろ貴様!!」
愛奈ちゃんを発見した勝希ちゃんは、その勢いで愛奈ちゃんの胸ぐらを掴み、揺すり起こそうとしています。
「起きんか!! 貴様のせいで今日予定していた会議は全てキャンセルになったんだぞ!! 責任を取れ貴様!!」
起きないので、怒りながら愛奈ちゃんの顔面を殴りました。
「お前を超えるのは私だ!! このような形で決着をつけるなど、私は断じて認めん!! どうせいつもの悪ふざけだろう!? 私には通用せんぞ!! 負けを認めてさっさと起きろ!!」
何度も何度も、何度も、殴り付けます。それだけ愛奈ちゃんとの因縁が、あまりに呆気ない形で終わった事を信じられないでいるのです。
周りの人々は、それを止めません。もしかしたら、愛奈ちゃんがこの荒療治のおかげで、息を吹き返すかもしれないと思っていたからです。
しかし、これが愛奈ちゃんの悪ふざけではない事に気付き始め、勝希ちゃんの殴る力がだんだんと弱まってきました。
「……何故だ……」
気付けば、勝希ちゃんの両目の目尻に、涙が浮かんでいます。
「何故だ!! 高崎愛奈ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! うあああああああああああああああああああ!!!!!」
やがて殴るのをやめて、大声で泣き始めてしまいました。その有り様はあまりにも悲痛で、誰もが彼女から、目を背けていました。
◇◇◇◇
一方その頃、異世界に転生した愛奈ちゃんはというと。
「失敗したあああああああああああああああ!!!」
両手で頭を抱え、天に向かって叫んでいました。
今いる場所は、魔王の脅威など微塵も感じられない、草原のど真ん中。そう、愛奈ちゃんは魔王のいるところに転生させて欲しいと、言っていなかったのです。
てっきり、魔王城の目の前に飛ばしてもらえると思っていたのですが、よく考えれば、何人もの転生者が返り討ちにされている相手なのです。すぐに死んでしまわないよう、魔王城から離れたところに転生するよう配慮するのは、当然の事でした。
「こっちは早く生き返らせて欲しいっていうのに……でも魔王城を見つけるのは、そんなに難しい事じゃなさそう」
愛奈ちゃんはある方角を見ました。その方角から、勝希ちゃんの暗黒闘気に似た、黒く強い気配を感じます。
恐らく、これが魔王の気です。この気を追っていけば、魔王に辿り着けるはずです。
「よーし! 気を取り直して……待っててね、浩美先生!」
転生していきなり大チョンボをしてしまった愛奈ちゃんですが、元の世界への早期帰還を目指して、全速力で駆け出しました。
ここは山の入口。
「お願いです! 通して下さい!」
二人の女性が、震えながら、目の前5人組の山賊達に懇願していました。
「おっとそうは行かねぇなぁ」
「こっちはもう、丸二日も獲物にありついてねぇんだ」
「お前達には俺達の獲物になってもらうぜぇ」
「自分達の不幸を呪うんだな!」
下卑た笑みを浮かべながら、女性達との距離を詰めていく山賊達。周りに助けてくれる人はおらず、絶体絶命です。
その時でした。
「お、おい! 何だあれ!?」
山賊の一人が、何かに気付きました。女性達の遙か後方から、ものすごい砂煙を立てて、何かがこちらに向かってきます。
もちろん愛奈ちゃんです。
「そーこーをーどーけーーーーー!!!」
『ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!』
叫びながら走ってきた愛奈ちゃんは、進行方向にいた女性と山賊を真上に跳ね上げ、ソニックブームで吹き飛ばしました。人殺しーー!!
「だからどいてって言ったのに……」
聞いてもよけられなかったと思いますけどね。愛奈ちゃんは呟きながら、魔王の気配目指して、一直線に走り続けました。
ついでに目の前の山を突っ切り、粉々に破壊しました。この世界の測量士さんは大変ですね。
「お前は破壊神か!!」
「勇子?」
「あ、ごめん友香。何だか無性にツッコミたくなって……」
元の世界。場所を葬儀場に移して、勇子ちゃんがツッコミました。何で異世界の愛奈ちゃんの所業がわかったんですかね……。
ここは、港町。
魔王が住む土地は海に囲まれた島になっており、魔王城に行くにはここから船に乗らなければなりません。
「聖女様。本当に行かれるんですか?」
「無論です」
港には、聖職者の装いをした女性がいて、一人の船乗りと交渉していました。
内容は、もちろん魔王がいる土地に船を出してもらう事です。しかし、行き先が危険な土地である事はわかりきっているので、誰も船を出したがりません。
今交渉している相手は、この港町で二番目に優秀な船乗り達の船長です。ですが、交渉は難航していました。
「実は、先にこの港町で一番の船団が出発してるんで、そいつらが戻ってくるまで待ってもらえませんかね?」
「今この世界の人々は、魔王に苦しめられているのです。もうこれ以上、苦しみを長引かせるわけには参りません!」
船長は絶対に生きたくないという顔をしていますが、聖女は一歩も引きません。
そんな交渉をしている間に、
「邪魔邪魔邪魔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!』
愛奈ちゃんが走ってきました。山を突っ切ってきた時よりも、さらに勢いを増していた愛奈ちゃんの走りにより、聖女も船長も、停泊していた全ての船も、港町ごと消し飛びました。ここまで来ると災害ですね。大迷惑です。
「浩美先生の為なら!! 例え火の中水の中ーー!!」
そう叫びながら、愛奈ちゃんは海の上を走るという信じられない所業を成し遂げました。
「おい! 何か来てぎゃああああああああああ!!!!!」
魔王城への海ルートを守るモンスター達も、走るだけで、文字通り蹴散らしていきます。っていうか飛べるんだから飛んでいけば……いや、どのみちソニックブームが発生するから、被害は同じか。
「急いでいる人には道を譲る! 常識だよ!」
「あんたに常識を語る資格なんかないわよ!!」
「勇子。うるさい」
「あ、ごめんなさい」
お葬式の最中、また勇子ちゃんがツッコミを入れました。だから何でわかるんですかね……。
ここは、魔王城がある島。名前は、サタンアイランドと呼ばれています。そのままとか言わない。
「いよいよですね、勇者様」
「ああ」
そこを行くのは、魔法使いと僧侶と戦士と剣士と盗賊と狩人。そして、数百を超える兵士の軍団を連れた、勇者です。
ちなみに、この大軍団、勇者以外全員女性です。何かおかしい気がするって? その違和感、気のせいじゃありません。
なぜなら、勇者が転生者だからです。この勇者は転生する際、この世界で最強の身体能力と魔力、男性を女性に性転換させる能力と、催眠能力をチートとしてもらいました。
神様から魔王の強さについて聞いていた勇者は、絶対に生き残る為に、ある城を訪れ、王様を洗脳して兵士を全員借り受けたのです。その時全員女性に性転換させ、洗脳で好感度をマックスにしました。
それから強そうな人を見つけては、洗脳で仲間に加えていきました。戦士と剣士は、元々男性でした。彼らも能力で性転換させ、好感度をマックスにしてあります。
(これだけ念入りに準備したんだ。絶対に生き残って、ハーレム王国を作ってやる!)
性転換能力は、魔王を倒した後、城に戻って王となり、欲望にまみれた余生を過ごす為です。兵士を借りた王様? 当然追放するつもりです。性転換が使えようと、おばあちゃんなんていりません。
「みんな行くぞー!!」
『おー!!』
掛け声を上げる勇者達。目指す魔王の城は、もうすぐです。
しかしその時、
「そこのけそこのけ!! あたしが通るーーー!!!」
『ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!』
愛奈ちゃんが走ってきました。進めば進むほど邪悪な気が強まっており、魔王は近い。それがわかってテンションが上がっている愛奈ちゃんのスピードは、今までよりもさらに上昇しており、勇者軍団は吹き飛ばされました。
特に勇者は、愛奈ちゃんの突撃をモロに喰らってしまっています。
他の人々はソニックブームで、愛奈ちゃんに当たる前に吹き飛ばされ、重傷を負いはしましたが、死んではいません。
しかし勇者は、なまじ強くなっていたせいで、ソニックブームに吹き飛ばされなかったのです。ソニックブームには耐えられても、それを遙かに上回る愛奈ちゃんの突撃には耐えられず、木っ端微塵にされてしまいました。
後に魔王以上の脅威となり、この異世界に恐怖を振り撒く存在になるはずだった勇者は、魔王と対峙する前に、別の転生者によってその生涯に幕を下ろしました。
被害は同じかと思ってましたけど、違いましたね。今回はいい方向に被害が増えましたが。
「ん? 俺達、何してたんだ?」「ここどこだよ?」「怪我人がいる! 手を貸してくれ!」
勇者が死んだ事によって洗脳が解け、女性になっていた人々も元に戻りました。完全にラスボス撃破後の演出ですね。
余談ですが、ここに来る途中で愛奈ちゃんが、勇者の帰りを待っていた船団を消し飛ばしてしまい、兵士達は仕方なく魔王の船団を奪って帰りました。
「おおっと!」
ここまでノンストップで走り続けてきた愛奈ちゃんが、ようやく立ち止まりました。
立ち止まったのは小高い丘で、行く手に高い壁に囲まれた大きな街が見えます。街の中心に、天まで届きそうな城があります。
邪悪な気配の源は、そこから感じられました。いよいよ、魔王城に辿り着いたのです。
「よーし! このままあのお城に突入して、一気に魔王まで……」
再び駆け出そうとして、愛奈ちゃんは思いとどまりました。
あそこは魔王の拠点です。中はモンスターだらけで、魔王と戦う以上、当然それらも相手にしなければなりません。
そんな時間はない。愛奈ちゃんはもう、さっさと元の世界に帰りたいという気持ちが、極限まで高まっていました。
だから、自分に出来る最短のショートカットを、取る事にしたのです。
愛奈ちゃんは助走なしで膝を深く沈め、真上に高く飛び上がります。それから右手に闘気を集中し、闘気の玉を作って、
「爆撃ィィィィィーーッ!!」
魔王城目掛けて投げ付けました。闘気の玉は魔王城に直撃し、城下町もろとも、跡形もなく消し飛ばします。
なんとこの子、ラスボスを拠点ごと消滅させるという禁じ手を、何の躊躇いもなく実行しました。確かにこの方法なら、取り巻きの相手をしなくて済みますけど。
「ドラマも何も感じねーよ!!」
「黙れ。見送りぐらい静かにしろ」
勇子ちゃんがツッコミ、勝希から注意されました。もう完全に吹っ切って、愛奈ちゃんを見送る事に決めたのに、こんな事されたら怒りますよね。
「勇子ちゃん。今日は一体どうしたの?」
「本当にどうしたのかしら?」
氷華さんから心配されましたが、勇子ちゃんにも何が起きているのかわかっていません。
「そういえば、浩美先生はどうしたのかな?」
弓弩くんは、浩美先生がいつまで経ってもお葬式に来ない事を心配しています。
本来なら、浩美先生が一番最初に来ているはずなのに、何故か今回に限って、まだ来ません。もうお葬式も終わりかけているというのに。
ちなみに今、
「……もう! お葬式が終わっちゃう!」
浩美先生は渋滞に巻き込まれていました。夏で気が緩んでいたのか、事故を引き起こした車があって、足止めを喰らっていたのです。
こんなところでも不幸属性が発動するとは、もはや天才ですね。
「進み出した!」
しかし、長かった事故処理も終わったようで、やっと進み出しました。
「愛奈さん……!!」
浩美先生は火葬場に急ぎます。
視点は異世界に戻ります。
「神様! 魔王は倒したよ! さあ早くあたしのお願いを叶えて!」
魔王を倒したはずなのに、何も起こりません。愛奈ちゃんは空に向かって神様を呼び、催促します。
「貴様か。我の城を破壊したのは」
その時、頭に二本の角を生やし、黒いマントに身を纏った、筋肉質の初老の男が現れました。
「……もしかして、あんた魔王?」
「いかにも。我が魔王、クロノサタンだ」
なんと、巨大な城を城下町ごと完全に消滅させる闘気弾を撃ち込んだというのに、魔王は死んでいませんでした。
「何よ! 死んでなさいよね! こっちは急いでるんだから、ゆっくりあんたの相手してる暇なんてないの!」
「我を眼中にないと申すか。いい度胸だ! 我の城を消し去ってくれた礼をたっぷりしてやろう!」
この扱いに怒ったクロノサタンは、愛奈ちゃんがやったように、魔力弾を放ちます。
「だから、あんたの相手してる暇はないって、言ってるでしょ!」
愛奈ちゃんは島を一つ吹き飛ばす魔力弾を、片手で空へと弾き飛ばし、クロノサタンの顔面を殴り飛ばしました。
「ぐおっ! ククク……なかなかやるな。久々に楽しめそうだ!」
「ああもう! 弱いくせに鬱陶しいなぁ!」
クロノサタンが放つ炎や雷を、闘気で相殺しながら、愛奈ちゃんは戦います。
◇◇◇◇
お葬式の日程は全て終わり、いよいよ火葬が始まります。この葬儀場は隣に火葬場があって、お葬式が終わってすぐ、火葬が出来るのです。
「……それにしたってお葬式から火葬までの流れが早すぎない?」
勇子ちゃんは疑問に思いました。その呟きは誰にも聞こえなかったようですが。
「こがねお姉ちゃん。どうして愛奈お姉ちゃんは起きないですか?」
「愛奈ちゃんはね……愛奈ちゃんはね……うっ……」
「無理して教えなくてもいいよ。琥珀には、まだ早い話だから……」
こがねちゃんは琥珀くんに、愛奈ちゃんが死んだ事を教えようとして、嗚咽を漏らしています。そんなこがねちゃんを、鉄雄くんが優しく慰めます。
「まさかこんな事になるなんてねぇ……」
「人生、何があるかわからないものだよ」
「左様。人生とはわしらが思っておる以上に、容赦がないものじゃ」
「可哀想に……」
どんな命でも、消える時は消える。そんな人生の無情さを、石原家の大人組はしみじみと感じています。
「うおおお……すまねぇ高崎ぃ……まさかお前が、本当に死んじまうとは思わなかったんだぁ……!!」
「絶対死なないやつだと思ってたから、リーダーは冗談のつもりで言ったんだよ……!!」
「高崎ちゃん。今回は素直に謝るッス!! 本当にごめんなさいッス……!!」
全ての元凶である江口ギャング団が、漢泣きに泣いています。
昨日の夜、町をぶらぶらしている時に願い星の前に立った江口君は、イライラしていたので、それがどんな願いも叶える奇跡の石だと知らず、ただの小石だと思って、愛奈ちゃんに死んで欲しいと軽く願いながら、蹴飛ばしました。
冗談のつもりだろうと、願いは願い。その願いは叶えられてしまい、愛奈ちゃんは死んでしまったのです。
(もしアンブレイカブルファミリーが全滅したら、わしも孫と同じ気持ちになるかもしれんゾイ)
半蔵さんは自分の孫の気持ちを汲んで、頭を撫でてあげていました。
「お待たせしました!」
今にも愛奈ちゃんが火葬されるという時、やっと浩美先生が到着しました。
「浩美先生! やっと来た!」
「愛奈さんは!?」
「こっち」
勇子ちゃんと友香ちゃんに導かれ、浩美先生は愛奈ちゃんの顔を見ます。流石にこの時ばかりは、普通の寝顔に直してあります。
「愛奈さん……」
浩美先生は思い詰めた顔をして、愛奈ちゃんを呼びました。当然ながら、返答はありません。
「守って下さるって、約束して下さったじゃないですか」
愛奈ちゃん守ってもらった今までの騒動が、脳裏に浮かびます。
「戻ってきて下さい! 愛奈さんがいないと私は……私は……愛奈さん!」
浩美先生にとって、愛奈ちゃんはもう、なくてはならない存在になっていました。愛奈ちゃんがいない世界など、とても考えられません。
「愛奈さん!!」
浩美先生への好きという気持ちで、今まで何度も信じられない奇跡を起こしてきた愛奈ちゃん。今回もきっと、奇跡を起こして生き返ってくれるはず。そう思って、浩美先生は愛奈ちゃんに呼び掛けました。
◇◇◇◇
転生者高崎愛奈と、魔王クロノサタンの、一対一の孤独な戦いは、激化の一途を辿っていました。とはいえ力の差は大きく、愛奈ちゃんは無傷でしたが。
「……はっ……!」
戦いの最中、愛奈ちゃんは聞いたのです。
「呼んでる……浩美先生が……あたしを!!」
大好きな人が、自分の死を信じられず、呼び戻そうとしている声を。
愛奈ちゃんは両手を、腰溜めに構えました。
「これで終わらせる。あたしの大切な人が、あたしの世界で待ってるから!!」
「何をわけのわからない事を――!!」
そこから先の言葉を、クロノサタンは紡げませんでした。愛奈ちゃんの闘気の圧倒的な強さに、思わず黙らされたからです。
今までも、元の世界に帰りたい一心で、浩美先生大好きパワーブーストを掛けていました。それが、元の世界からの浩美先生の呼び掛けで、更なるブーストが掛かったのです。強くならないはずがありません。
「く、くそったれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
勝てない、と本能で感じながらも、それを認められなかったクロノサタンは、破れかぶれの突撃を仕掛けました。
「紅蓮情激波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!!!」
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
そんなものが通じるわけもなく、クロノサタンは紅蓮情激波の直撃を受け、今度こそ消滅しました。
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
愛奈ちゃんは、無傷だったのに突然ボロボロになって、血にまみれた右手の拳を突き上げます。
その時でした。
「ありがとう勇者様。よくぞ魔王を倒してくれました」
青く輝く、女神が現れたのです。
「私は女神、カナ=エール。魔王に封印されていましたが、あなたが魔王を倒してくれたおかげで、こうして復活出来たのです。さあ、あなたの望みを、どんな願いでも一つ叶えましょう。私を解放してくれたお礼です」
(願いを叶えるって、こういう意味だったんだ……)
何にせよ、愛奈ちゃんはようやく、自分の願いを叶える事が出来ます。
「あたしを元の世界に生き返らせて!」
「わかりました。ではあなたを、元の世界に復活させます。違う世界から、ご苦労様でしたね」
カナ様が片手をかざすと、愛奈ちゃんの身体が青い光に包まれて、消えていきます。愛奈ちゃんは、自分が元の世界に戻っていくのを感じていました。
(長く苦しい戦いだった)
実際には、愛奈ちゃんがこの異世界に来て、まだ30分ぐらいしか経っていないんですけどね。
まぁ愛奈ちゃんにとっては、浩美先生がいない世界で暮らすなど苦痛でしかないので、長く感じたのでしょう。
やがて愛奈ちゃんは、青い光とともに、この異世界から消えました。
「お嬢ちゃんよ。感謝する」
自分の領域から、愛奈ちゃんをこの世界に転生させた神様は、お礼を言っていました。
◇◇◇◇
愛奈ちゃんの世界。
浩美先生の呼び掛けも虚しく、愛奈ちゃんは火葬炉に入れられ、火葬が始まりました。
「無理な事を言ってごめんなさい。愛奈さん……私、愛奈さんがいなくても、頑張ります」
もう無駄だとわかった浩美先生は、これから先、愛奈ちゃんの守りがなくても、全ての障害に立ち向かっていく事を、火葬炉で焼かれている愛奈ちゃんに宣言しました。
「浩美先生!」
そんな浩美先生に、勇子ちゃんが言います。
「愛奈の代わりにはなれないかもしれないけど、私が浩美先生を守ります! それが、私が愛奈の為に出来る事だと、思うから……」
「……松下さん。ありがとうございます」
勇子ちゃんも勇子ちゃんなりに、愛奈ちゃんの為に何かしたいのです。愛奈ちゃんが一番望んでいるのは、浩美先生を守る事なので、自分がその役目を引き継ごうと思ったのです。
浩美先生はその気持ちを汲み取り、勇子ちゃんにお礼を言いました。
「私も一緒に……っ!?」
勇子ちゃんだけでは不安なので、友香ちゃんが自分も引き継ごうと宣言しようとした時、突然頭痛を覚えました。
「……火葬を止めて! 今すぐに!」
「何?」
「早く!」
友香ちゃんは、何かを感じたようです。勝希ちゃんが聞き返すと、友香ちゃんは焦っていました。
上手く事情が把握出来ませんが、勝希ちゃんは役員に言って火葬を止めようとします。
その時でした。火葬炉の中から、ゴンゴンと、何かを叩く音が聞こえたのです。
続いて、ゴガッ! という大きな音が聞こえました。
みんなが驚いて火葬炉を見ていると、さらに大きな音がして、火葬炉の扉が内側から開け放たれました。
「ここどこ!? めちゃくちゃ暑いんだけど、エアコン効いてないの!?」
そして中から、髪と肌以外火だるまになった愛奈ちゃんが出てきたのです。
「ま、愛奈さん!?」
「あ! 浩美先生! それにみんなも! ここ暑いね! 七月ってこんなに暑かったっけ?」
「そりゃあんたが燃えてるからよ!!」
「え? うわっ! ホントだ!」
勇子ちゃんから指摘されて、驚いた愛奈ちゃんは、手で払って死装束の火を消しました。
一番驚いているのは、愛奈ちゃんの復活を目の当たりにした皆さんなんですけどね。中には泡を噴いて気絶している人や、お経を唱えている人もいます。
「愛奈! あんた生きてたの!?」
「あ、お母さん。いや死んでたよ? 死んで異世界に行って、魔王を倒したご褒美に生き返らせてもらったの!」
「やっぱり。私の未来予知が当たった」
梨花さんと友香ちゃんに、笑顔で簡潔に説明する愛奈ちゃん。友香ちゃんは未来予知で、愛奈ちゃんが復活する未来を見たから、火葬炉を止めるよう言ったのです。
「何だかよくわかんねぇけど、生き返ってくれてよかったぜ!」
「俺達江口ギャング団としても、こんな決着のつけ方は嫌だったからな!」
「よかったッス!」
江口ギャング団は喜んでいます。
しかし、それを見た愛奈ちゃんの顔付きが変わり、素早く近付いて江口君の右手を掴むと、
「よくも殺してくれたな!!!」
「ああああああああああああああああああ!!!!!」
思いきり投げ飛ばしました。江口君は火葬場の屋根を突き破り、どこかに飛んでいきます。
「「リーダ――――!!」」
残された二人は、慌てて江口君を追い掛けていきました。
「よし、とりあえずあたしの恨みは晴らした!」
「な、何があったんだ……」
「わしらが知らん何かじゃよ」
若干引いている慎太郎さんの肩を、亮二さんが叩きました。
「……ふん、生きていたか」
「だから死んでたって。生き返ったの」
「どちらでもいい。私も、このような決着は望んでいなかった。これで心おきなく、貴様を叩き潰せるというわけだ」
「ふふん! 負けないんだからね!」
勝希ちゃんは小躍りしたい気分を抑えて、憎まれ口を叩きました。それに気付いている氷華さんと弓弩君は、隠れるように笑っています。
「愛奈ちゃん、生き返った! 本当によかった!」
「ああ、本当によかった!」
「よかったです!」
石原家の年少組は喜び、年長組も嬉しそうに頷いています。
ともあれ、愛奈ちゃんは完全復活しました。もう何も、心配する必要はありません。
「あ。ヤバいヤバい、肝心な事忘れてた」
と思ったら、愛奈ちゃんにはまだ何か、懸念事項があったようです。
「浩美先生、あたしの事応援して」
「えっ? 何でですか?」
「いいから」
「は、はい。それじゃあ……愛奈さん、頑張って下さい!」
「来た! きたきたきたきた、キタぁぁぁぁぁぁ!!」
よくわかりませんが、浩美先生は愛奈ちゃんを応援します。浩美先生の応援でブーストが掛かり、真紅の闘気が溢れます。
「高崎流気孔術奥義、紅蓮情激波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
愛奈ちゃんは火葬場の外に飛び出し、空に向けてフルパワーの紅蓮情激波を放ちました。
極大の闘気は空間の壁に穴を空け、時空の壁を貫いて、ある場所へと一直線に飛んでいきます。
その場所とはすなわち、今回のミスで愛奈ちゃんを死なせ、あまつさえ浩美先生がいない異世界へと転生させて、自分達の勝手な案件を解決させようとした、憎い神様がいる領域。
「ん? ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
気付いた時にはもう遅い。最愛の人の声援という最強の後押しを受けた愛奈ちゃんの闘気は、神の力すらも凌駕し、神様を魔王と同じように消滅させました。
「これでよし! 大して偉くないって言ってたし、別に倒してもいいよね!」
空間の穴が塞がり、最後の元凶に落とし前を付けさせた手応えを感じた愛奈ちゃんは、満足そうに頷きました。
「ちなみに勇子がツッコミまくっていた理由は、愛奈が異世界でやっていた事を私が潜在意識下で教えていたからです」
「お前の仕業か!!」
「ゴッド!!」
勇子ちゃんはスーパーハリセンを床に叩き付けました。
◇◇◇◇
愛奈ちゃんの紅蓮情激波は、神様を消滅させてからもまだ威力が残っており、時空の狭間を飛び続けていました。
そしてそれは、そこにいた一人の男に、片手で受け止められ、握り潰されます。
「この短期間でずいぶん強くなったじゃないか」
ジーパンとジャケットを着用した、若い男です。
「でもこの程度じゃ、まだまだお姫様の騎士にはなれないよ」
そう言う男の顔は、とても楽しそうでした。




