第二十話 怨霊襲撃
「いや~」
輪路さんと美由紀さんに案内されて、レイジンの世界のメイン舞台、秦野山市の街を散策する愛奈ちゃん達。
「何にもないね!」
「だから覚悟しとけっつったろーが」
暴言を吐いた愛奈ちゃんに、輪路さんは舌打ちしながら答えました。仕方ありません。秦野山市自体は、至って普通の街なのですから。
「っていうかさ、あたしは秦野山市じゃなくて、討魔協会の本部の方が行きたかったんだよね」
「そりゃあ無理だ。討魔士でもねぇ部外者を連れ込んじゃいけねぇ場所だって事ぐらい、さすがにわかる」
「ちょっと愛奈! あんた図々しすぎるでしょ!」
輪路さんが断り、勇子ちゃんが注意します。せっかく特撮番組の世界に来たんですから、作中で有名な場所に行ってみたいと思うのは当然です。よく言うところの、アニメの聖地巡礼と同じ気分ですね。
しかし、ここは空想の世界ではありません。レイジンの世界も、討魔協会も、現実として存在しているのですから、やはりそこのルールには従わないといけません。むやみやたらと、足を踏み入れては行けない場所もあるのです。
「いいじゃん! こんな機会、もうないかもしれないんだよ? っていうか絶対にない。いさちんだって、もっともっとたくさん輪路さんと思い出作りたいんでしょ?」
「う……」
勇子ちゃん、丸め込まれそうになっています。愛奈ちゃんの暴走を止めるのと、輪路さんともっと何かしたいのとで、板挟みになっています。
「あの勇子が……」
「こんな事ってあるんですね」
予想外の光景を見せられて、友香ちゃんも浩美先生も驚いています。滅多にない事ですからね。
「……あれ?」
と、美由紀さんが、辺りをキョロキョロと見回し始めました。
「どうした美由紀?」
「あの、勝希ちゃん、でしたっけ? いなくなってて……」
「……は?」
輪路さんが、愛奈ちゃん達が、周囲を見回し、勝希ちゃんを探します。しかし、どこにも勝希ちゃんの姿はありませんでした。
「おいおい、あいつも問題児か?」
「ちょっと待って下さい!」
勝希ちゃんを問題児認定しようとする輪路さんに、浩美先生が待ったをかけます。
「勝希さんは、とてもしっかりしている子です。団体行動を乱したりする子じゃありません」
「だが、実際に行方不明になってる。あんたの教育不行き届きじゃないのか?」
「ちょっと輪路さん! 先生の事を悪く言うなら、いくら輪路さんでも許さないよ!」
「あ? どう許さねぇっていうんだ? 言ってみろ糞餓鬼」
「ちょっとやめてください輪路さん!! 大人げないですよ!!」
愛奈ちゃんと輪路さんが今にも喧嘩を始めそうだったので、慌てて止めに入る美由紀さん。我が道を行く人同士が出会うと、本来こうなります。
一方、勝希ちゃんはというと、見慣れない空間に一人、閉じ込められていました。
見慣れないと言うよりは、さっきと同じ見た目ですが、人が全くいない、という空間です。
「誰だ」
さすが勝希ちゃん。この空間を作り出した者の存在に気付きます。
「ケケケケ!! 気付きやがったか!!」
勝希ちゃんの前に、カルロスと、クリエイターリビドンが姿を現しました。
「そうも殺気を剥き出しにされてはな」
「さすが、高崎愛奈のライバル、前道勝希だな」
「何? なぜこの世界の人間が、私の事を知っている?」
当然の疑問です。この世界の人間であるカルロスが、勝希ちゃんの事を知っているはずがありません。
その疑問に答える為、カルロスはあのマンガを見せました。
「何だと!?」
「わかったか? お前らの世界じゃこっちの世界が空想であるように、こっちの世界じゃお前らの世界も空想なのさ。で、こいつを読んでお前について調べさせてもらったぜ。お前、高崎愛奈って子を憎んでるんだろ?」
「くっ……」
全く予想していなかった出来事です。自分達の世界がこの世界ではマンガで、しかも自分についてこんな訳のわからないピエロに見られたとあっては、屈辱の極みです。
「だから何だというのだ。貴様と何の関係がある!?」
「それが関係大有りなのさ。お前、高崎愛奈に勝ちたくないか?」
「何!?」
そんなカルロスが勝希ちゃんに持ちかけたのは、愛奈ちゃんとの勝負に協力するというものでした。
「ふざけるな!! あの女とは私自身の力で決着をつける! 貴様などの手は借りん!」
「おやぁ~? いいのかなそんな事言って? お前、今のままじゃ勝てないってわかってんだろ?」
カルロスから言われて、勝希ちゃんは言葉に詰まりました。実質、どうすれば勝希ちゃんに勝てるのか、現時点ではわからないからです。
「素直になれよ~。いくらでも力を貸すぜ? お前が、廻藤輪路を倒してくれるならな」
勝希ちゃんを誘惑するカルロス。勝希ちゃんはそれに乗らないよう、必死に耐えています。他の事ならいくらでも耐えられる勝希ちゃんですが、愛奈ちゃんの事になると話は別です。それだけ勝希ちゃんは、愛奈ちゃんに勝つ事に執着しているのです。
「クラウンマジック・マインドミラー!!」
「!?」
その時、カルロスは勝希ちゃんに一枚の鏡を見せました。
「高崎愛奈に勝ちたい。高崎愛奈に勝ちたい」
鏡に映った勝希ちゃんを見せながら、カルロスは呪文のように一つの言葉を繰り返します。
「高崎愛奈に……勝ちたい……」
それに合わせるように、勝希ちゃんの目の焦点はブレ始め、同じ言葉を復唱します。
「そうだ。お前の憎悪を解き放て。そうすれば、俺が叶えてやるよ」
やがて鏡が真っ黒に染まり、勝希ちゃんは糸が切れた人形のように、がくりと肩を落としました。
「代わりにお前は、俺の人形だけどな」
次に意識を取り戻した時、勝希ちゃんの目は漆黒に染まっていました。想像以上に事がうまく運んで、カルロスは笑います。
「さて、それじゃあ始めるか!」
自分の思い通りに事を済ませた今、次の行動を移すのみ。カルロスは自分が展開していた結界の中に、輪路さんと愛奈ちゃん達を引き込みます。
「あっ! てめぇはカルロス!」
輪路さんは自分の宿敵の一人現れて、すぐさま木刀、シルバーレオを日本刀モードに変化させて、鞘から引き抜きます。
「うっそぉ!? あれ死怨衆のカルロスじゃん!!」
「ホントだ!! まさか実物に会えるなんて……って違う!! 何でカルロスと勝希が一緒にいるの!?」
愛奈ちゃんは生カルロスに興奮し、勇子ちゃんも同じように興奮しかけますが、勝希ちゃんの存在に気付いて思い留まりました。
「どうもどうも、初めまして、『エクストリームガールズ!!』の皆さん」
カルロスはマンガを見せながら、愛奈ちゃん達に言いました。
「ええっ!? 浩美先生あのマンガ見て!!」
「み、見てますけど、ど、どういうことですか!?」
愛奈ちゃんと浩美先生は、表紙に描かれている自分達を見て驚きました。友香ちゃんだけが、冷静にこの状況を分析します。
「こっちの世界では、私達はマンガの存在。そしてたぶん、カルロスと一緒にいるあのリビドンが、私達をこの世界に呼び出した」
「ピンポンピンポーン!! だがこいつはマンガのキャラの分身を作るだけでな、本当に呼び出す力はねぇんだ。お前らを呼び出したのは偶然だよ」
「よくわかんねぇが、こいつらがこっちの世界に来たのはお前らのせいか!! お前らのせいでしたくもねぇ餓鬼のお守りなんかさせられて、こっちはいい迷惑なんだよ!!」
「ちょっと輪路さん!!」
ここぞとばかりに暴言を吐きまくる輪路さんを、美由紀さんが諫めます。
「安心しろよ。今日お前は死んで、殺徒様の為に永遠に魂を捧げるっていう栄誉を与えてやるからよ」
「んなもんいらねぇよこのクソ野郎!!」
カルロスが吐いた嬉しくもなんともない、むしろ不快でしかない栄誉の言葉に、輪路さんは激怒しました。
「勝希さんに何をしたんですか!?」
それはそうと、勝希ちゃんの様子がおかしい事にとっくに気付いていた浩美先生。カルロスが何かをしたのは明白です。
「こいつはそこの餓鬼に対して、強い憎悪を抱いていたからな。俺のクラウンマジック・マインドミラーで操らせてもらったぜ」
カルロスはマンガを、鏡に変化させました。
このマインドミラーは、映った相手を洗脳してしまう技です。強い憎しみを抱いている者ほど効果があり、勝希ちゃんはこれに引っ掛かってしまっていたのでした。
「その子を元に戻してください!!」
「いいぜ。廻藤輪路を殺してくれたらな」
「!?」
当然、そんな事出来るはずがありません。つまり、戻す気はないと、カルロスはそう言っているのです。
「輪路さん!! カルロスの力で操られているなら、カルロスを倒せば、元に戻せるはずです!!」
「だよな。俺もそう思ってたぜ」
美由紀さんと輪路さんの考える事は、同じでした。ならば、あとは実行するのみです。
「神帝、聖装!!」
輪路さんはカルロスを倒し、勝希ちゃんを救う為、いつもの言葉を唱えました。
瞬間、輪路さんの姿が白銀の光に包まれ、見えなくなります。
次に現れた時、輪路さんはライオンを模した鎧を着込んでいました。
これぞ、輪路さんの戦闘形態、聖神帝レイジンです。作品をまたいでまさかの再登場を果たしました。
「レイジン、ぶった斬る!!」
聖神帝専用の武器、スピリソードに変化したシルバーレオを構え、レイジンは決め台詞を言います。
「すっごーい!! 生レイジンだ!!」
「すごい……すごい!!」
愛奈ちゃんと勇子ちゃんは大興奮です。
「お前らは下がってろ!! ここから先は、俺の独壇場だ!!」
レイジンはみんなを下がらせ、カルロスに戦いを挑みました。
「行け! クリエイターリビドン! 前道勝希!」
カルロスは二人に命じて、レイジンを襲わせます。
「くそっ!! 邪魔だ!!」
カルロスはちゃんと考えており、勝希ちゃんを前衛に、クリエイターリビドンを後衛に据えて、戦わせていました。クリエイターリビドンは攻撃して構わないのですが、勝希ちゃんは人間です。下手に攻撃すれば殺してしまいかねず、レイジンはうまく攻撃出来ません。
「死ね」
「ぐぅっ!?」
勝希ちゃんの攻撃をかわしきれず、拳を受けて下がりました。
「この餓鬼、思ったより強えぞ!?」
「あら~、勝希ちゃんって、レイジンにも通じるくらい強かったんだ……」
愛奈ちゃんは、今更ながらに勝希ちゃんの実力の高さに気付きました。あの時勝てたのは、浩美先生大好きパワーによる補正があったからです。それなしで勝てと言われたら、今は恐らく無理です。
「結構使えるなこいつ。死んだら死怨衆に加えてやってもいいぜ」
「んな事させるか!!」
迷惑な話ではありますが、目の前で人が死ぬのはもっと耐えられません。勝希ちゃんを救う為、レイジンは再び挑みます。
「これってさ、やっぱりあたしが行くべきだよね? 行っちゃっていいよね!?」
なんだかわくわくしながら言う愛奈ちゃん。
「何でそんなに楽しそうに言うのよ!? あんたどういう神経してんの!?」
「こういう神経してるとしか言いようがないねぇ」
勇子ちゃんからツッコミをもらいましたが、受け流しました。今日の愛奈ちゃんは強いです。
「愛奈さん!! 輪路さん達を助けてあげてください!!」
「私からもお願いします!!」
「おっけー! 浩美先生と美由紀さんのお願いなら、喜んで聞いちゃうよ~!!」
浩美先生からのお願いブーストに、美由紀さんからのお願いブーストまで掛かり、やる気満々になった愛奈ちゃんは、喜び勇んで参戦しました。
「勝希ちゃん!! あんたの相手はあたしだよ!!」
「高崎……高崎マナァァァァァァァァァァァ!!」
元々愛奈ちゃんへの憎悪を利用されて洗脳されているようなものなので、愛奈ちゃんが挑発してやるとあっさりレイジンを無視して、愛奈ちゃんの前に立ちました。
「餓鬼の力を頼るのは癪だが、これで俺の相手はお前らだけだぜ!!」
残るは、怨霊組だけです。カルロス達が相手なら、レイジンは思う存分戦えます。
「俺らだけ? そう考えるのは、ちょっと早過ぎるんじゃねぇか?」
「ああ!?」
「クリエイターリビドン!!」
カルロスは鏡を多数のマンガに変化させ、クリエイターリビドンに投げつけました。
「!!」
それに気付いたクリエイターリビドンは、自分の周囲に大量のペンを出現させ、マンガを狙って飛ばします。ペンは次々とマンガに突き刺さり、ペンが刺さったマンガは光ります。
その後、なんとそのマンガは、それぞれのマンガの主役に変化して、着地しました。
「これこそが、このクリエイターリビドンの真骨頂!! この世に創作物がある限り、いくらでも手駒を増やせるのさ!!」
実質、クリエイターリビドンは、自分の戦力を無限に生み出せるのです。クリエイターリビドンはキャラクター達に命じて、レイジンを襲わせます。
しかし、レイジンは襲ってきたキャラのうち、最初の三人を一瞬で斬り倒しました。
「それがどうした!? 所詮分身だろーが!!」
しかし、あくまでも自我のない分身であり、設定通りの力を100%発揮出来る訳ではありません。どんな強力な設定の持ち主だろうと、感情もなく言われる通りにしか動けない人形など、レイジンの敵ではないのです。
「クケケケケケ……そう言うだろうと思ったぜ!!」
言うが早いか、カルロスは駆け出しました。
「「えっ!?」」
浩美先生と美由紀さんに向かって。
「俺の狙いは最初からこっちだったんだよ!!」
そうです。クリエイターリビドンによるキャラ召喚は、最初から足止めに使うと割り切っていたのです。狙いは、浩美先生。そして浩美先生を人質に取る事で、愛奈ちゃん達に協力を取り付けさせ、レイジンを殺させる事が、真の目的だったのです。
「!!」
それに気付いた友香ちゃんが、それを阻もうと間に割って入ります。ですが、友香ちゃんもこの作品を見ているので、知っています。リビドンは幽霊である為、物理攻撃ではダメージを与えられないのです。倒すには、霊力を込めた攻撃を喰らわせる事のみ。
従って、友香ちゃんの念力では、カルロスを倒せないのです。
(それでも、足止めくらいなら……!!)
絶対に敵わない相手と知りながら、それでも浩美先生を守る為、友香ちゃんは念を集中させます。
「浩美先生!!」
浩美先生を最も強く愛する愛奈ちゃんは勝希ちゃんに阻まれ、
「美由紀!!」
この場で唯一カルロスを倒せるレイジンは、クリエイターリビドンに阻まれ、どちらも助けに入れません。
(何でよ……)
勇子ちゃんは、何も出来ません。
(何で私には、何も出来ないのよ……!!)
友達と先生と、大好きな人に危機が迫っているのに、何も出来ない。そんな無力な自分を呪いながら、待ち受ける結末を想像し、勇子ちゃんは目を閉じました。




