第十四話 激闘!! 愛奈vs勝希
前回までのあらすじ
とうとう幕を開けた裏社会の祭典、イリーガルトーナメント。一回戦で思わぬ強敵と当たり、苦戦を強いられる愛奈だったが、辛くも勝利する。
そして、一同は勝希の強さを再認識するのだった。
「竜胆くん。大丈夫?」
氷華さんと弓弩くんは、医務室にいました。ここには弓弩くん以外にも、手当を受けている人がたくさんいます。
「ああ。心器使いは傷の治りが早いし、それにそこまで大きなダメージは受けていない」
医者の話だと、今夜一晩休めば、明日には充分復帰出来るそうです。
しかし、弓弩くんの表情は複雑でした。勝希はとてつもなく強かった。もし彼女が本気で戦えば、弓弩くんは五体満足ではいられなかったでしょう。
彼女に敵として認識されなかった事。そして彼女の本気を引き出す事すら出来なかった事が、弓弩くんを苦しめていました。
「また彼女にリベンジがしたいよ。次があればの話だけど」
弓弩くんは呟きました。
「お兄ちゃんどうだった?」
医務室の外。愛奈ちゃん達は空気を読んで、弓弩くんと氷華さんを二人きりにしていました。氷華さんが出てきたので、弓弩くんの容態を聞きます。
「しばらく休めば大丈夫だって」
「よかった……」
「それにしても、勝希があんなに強くなってるなんて……愛奈、あんた本当にあの子に勝てるの?」
愛奈ちゃんの努力を、勇子ちゃんはよく知っています。しかしいざ勝希の強さを目の当たりにすると、どうしても不安になってしまうのです。
「まっかせといていさちん! あたし絶対勝つから!」
そんな勇子ちゃんの気持ちを知ってか知らずか、愛奈ちゃんは胸を張って言いました。どうしてそんなに自信があるのかはわかりませんが、弱気になっても仕方のない事です。気持ちで負ければ、戦いにすらなりません。
「じゃあ竜胆くんの事はお医者さんに任せて、私達はホテルに行きましょう」
「愛奈。明日はいよいよ決勝戦だから、しっかり休むんだぞ」
「うん!」
一日目のイリーガルトーナメントの日程は、全て終了しました。ここにこれ以上いても仕方ありません。梨花さんと慎太郎さんの提案で、一同はホテルに戻る事にします。
「おじいさん。愛奈ちゃんは勝てると思いますか?」
友香ちゃんは、誰にも気付かれないよう、こっそり、亮二さんに訊きました。
「……愛奈を信じるしかない」
愛奈ちゃんが勝てるかどうか、それは亮二さんにもわかりません。
ここまでくると、あとは愛奈ちゃんの修行の成果と、気持ち次第でした。
◇◇◇
浩美先生は、勝希の執事に連れられ、愛奈ちゃん達が泊まっているのとは別のホテルに、監禁されていました。
「勝希様が手荒い真似をなさった事を、どうかお許し下さい。明日の決勝戦の結果がどうなろうと、必ずご無事にお帰ししますので、ご安心下さい」
「は、はい……」
その姿には、先程までのボケていた様子など、微塵も感じられません。一流の執事、といった感じです。
「……あの子のおじいさんは、何と?」
「あなた様の安全を確保した上で、それ以外の全てを好きにさせよと、仰られました」
勝希の叔父、真は、勝希が何を考えてこんな馬鹿げた真似をしたのか、知っています。しかし、真の言葉でも、勝希の憎悪を消し去る事は出来ませんでした。
もはや勝希の憎悪を消し去るには、愛奈ちゃんと戦うしかありません。ならばせめて、浩美先生の安全だけは確保させようと、執事達に命じているのです。
「勝希様はまだまだ子供です。とはいえ、それなりの身分の家に生まれたならば、しかるべき器量を身に付けなければなりません。私は愛奈様が、勝希様の目を覚まさせて下さると信じています。それまでは私が対処致しますので、どうかもうしばらくのご辛抱を」
執事もまた、愛奈ちゃんに希望を託しています。一礼した後、執事は部屋から出ていきました。
「……愛奈さん……」
浩美先生は窓を見ながら、自分を助け出してくれるヒーローの名前を呼びました。
◇◇◇
「ねぇおじいちゃん~!! お願いするッス~!!」
夜、半助くんが、半蔵さんに交渉していました。
「僕達もイリーガルトーナメントを見に行きたいッスよ~!! 愛奈ちゃんが勝希ちゃんに勝てるように応援したいんス~!!」
「ええいうるさいゾイ!! 今アンブレイカブルファミリーを倒す為の装備を造っとるゾイ!! あっち行っとるゾイ!!」
イリーガルトーナメントの詳細について半蔵さんから聞いたので、江口ギャング団も行きたいのです。しかし半蔵さんは作業中であり、半助くんがどんなに頼んでも邪見にするばかりです。
「大体何ゾイ。お前達の代わりに、その勝希とかいう子が愛奈を倒すんじゃろ? 至れり尽くせりだゾイ」
「それじゃ駄目なんス! 僕達は僕達の手で、愛奈ちゃんに勝ちたいッス! おじいちゃんだって、おじいちゃん以外の人が、アンブレイカブルファミリーを倒すって聞いたら、どう思うッスか!?」
それを聞いて、半蔵さんの手が止まりました。
「……確かに嫌ゾイ。わかったゾイ! お前達をイリーガルトーナメントに連れていってやるゾイ!」
「やったぁ!! おじいちゃんありがとうッス!!」
アンブレイカブルファミリーの事を引き合いに出されては、ドクターエクスカベーターとして弱いです。というわけで、半蔵さんは半助くん含む、江口ギャング団を、イリーガルトーナメントに連れていく事になりました。
「リーダー!! おじいちゃんからオーケー、もらってきたッス!!」
「でかした!! それでこそ江口ギャング団の半助だぜ!!」
半助くんは外で待っていた江口くんに報告し、江口くんは半助くんをねぎらいます。
「それで、どうやって行くんだ?」
甚吉くんが訊きました。今からでは、新幹線でも飛行機でも、間に合いません。そもそもチケットがないので、会場に入れません。
「おじいちゃんの話だと、自分はイリーガルトーナメントの運営委員の一人と友達で、いつでもイリーガルトーナメントに観戦に行ける転送パスを持ってるそうッス。だから明日の朝、また来なさいって言ってたッスよ!」
「そうか! じゃあ江口ギャング団、一旦解散だ。明日の朝、またここに集合な!」
「「はい!」」
江口ギャング団もまた、イリーガルトーナメントの観戦に行く事になりました。
◇◇◇
翌日。
「いよいよだね」
愛奈ちゃん達はホテルを出発し、地下の入り口へ。
「ん?」
ふと、亮二さんは、水滴が頭に当たった事に気付きました。
間もなくして、大雨が降り始めます。
「雨、か……」
今が梅雨だから、と、何も知らない人ならそう思うかもしれません。
しかし、このイリーガルトーナメントの事を知る亮二さんは、予感していました。
今日の勝負は荒れる、と。
イリーガルトーナメントもいよいよ大詰め。目的の勝負を前に控え、愛奈ちゃんも勝希も気合いが入っており、眼中にない雑魚を次々と片付けます。
「来たね、決勝戦」
そして、遂に最後の試合。
「愛奈、しっかりね!」
「ここまで来たら勝つしかないぞ!」
「うん!」
両親からエールを受けて、愛奈ちゃんはリングに向かいます。
「せいぜいあの女を応援してやる事だ」
浩美先生に捨て台詞を吐き、勝希もリングに向かいます。
「さぁ~皆様!! 遂にこの時がやって参りました!! ただいまから、決勝戦を開始致します!! まずは選手の入場です!! 赤コーナー!! 並み居る強敵達を全て倒した、期待の新人!! 高崎愛奈!!!」
黒蔵が紹介し、まずは愛奈ちゃんが入場しました。
「続いて青コーナー!! 同じく圧倒的な実力で、出場選手達を寄せ付けなかった現チャンピオン!! 今回も優勝なるか!? 前道勝希!!!」
次に、勝希が入場します。
「さすがにすごい熱気だな……!!」
「やっぱり決勝戦になると、今までの試合とは違うね」
すっかり回復した弓弩くんと氷華さんは、沸き立つ観客達を見て、ちょっと引いていました。それだけたくさんの人が、この試合を見るのを楽しみにしていたという事です。
今回は決勝戦なので、リングから少し離れた所に、イリーガルトーナメントの運営委員達も座っています。全員が険しい面持ちで、リング上の二人を見ていました。
「……この時が来るのをずっと待っていた」
勝希は愛奈ちゃんの顔を見据えて呟きます。
「あたしもだよ。あんたを倒して、浩美先生を取り返すこの時を、ずっと待ってた!」
「返して欲しければ、私を倒すしかない。それはわかっているな?」
「もちろん!」
勝希は愛奈ちゃんを倒す為に、愛奈ちゃんは浩美先生を取り戻す為に、それぞれ、譲れないものの為に構えました。
「試合、開始!!」
宿命の戦いのゴングが鳴り響きます。
「はぁっ!!」
「!?」
先に動いたのは、愛奈ちゃんでした。目にも止まらぬ速度で接近し、勝希の顔面に拳を放ちます。
勝希は驚いた様子でそれをかわし、お返しとばかりに愛奈ちゃんの横腹目掛けて拳を喰らわせようとしましたが、拳を振り抜く前に、愛奈ちゃんに片手で止められました。充分な威力が乗っていない拳では、愛奈ちゃんにダメージが与えられません。
今度は愛奈ちゃんが、勝希の顔を蹴り飛ばします。
「っ!」
距離を取る勝希。しかし愛奈ちゃんは素早く追いすがり、胸板に拳を、みぞおちに膝蹴りを喰らわせ、最後に回し蹴りを勝希の顔面に喰らわせて吹き飛ばします。
「なっ、何あの動き!?」
「今までの試合と全然違う」
勇子ちゃんと友香ちゃんは、愛奈ちゃんの強さに驚いています。
最初の試合で若干苦戦している感じだったので、こんな事で勝希に勝てるかと不安でしたが、それは一気に吹き飛びました。
「……なるほど。貴様、今までの試合は、手を抜いて戦っていたな?」
勝希は、なぜ愛奈ちゃんの動きがここに来ていきなり変わったか、その理由を早くも見抜きました。
単純に、本気を出していなかったからです。勝希が愛奈ちゃん以外眼中にないように、愛奈ちゃんも勝希以外は眼中にありません。
だから、勝希にだけ、注意して戦っていました。自分の手の内を知られれば、それだけで不利になります。勝希に自分の実力の全てを把握されないよう、また、勝希が油断するよう、本気を出さない程度に、わざとギリギリの戦いを演じていたのです。
「油断してたでしょ? 油断大敵、火がぼんぼんだよ!」
「ぼうぼうだよ!! 微妙に間違えて覚えてる!!」
愛奈ちゃんのボケに、すかさず観客席から、勇子ちゃんのツッコミが飛びました。
「まだまだ行くよ!!」
このまま一気に、勝希を倒しきります。愛奈ちゃんは全身から闘気を放出し、勝希に飛び掛かりました。
「真紅螺旋撃!!」
拳には、螺旋状に回転する闘気を纏っています。
勝希は両手を交差し、それを受けました。
「やぁっ!!」
さらに腹目掛けて、闘気弾。
「赤燕!!」
吹き飛んだ所へ、足を振って闘気を飛ばします。これも命中。
「やあああああああああああああ!!」
さらに闘気弾を連射。
「紅蓮情激波!!!」
最後に紅蓮情激波を喰らわせました。
「高崎選手怒濤の連続攻撃!! 前道勝希何も出来ない!! これは決まったかーーー!!?」
大興奮で実況する黒蔵。確かに、これは決まったとしか思えません。
しかし、
「ふん。確かにこの二週間、何もしてこなかったわけではないようだな」
決まっていませんでした。勝希はさしてダメージを受けておらず、リングから落ちてもいません。
「まだまだこれからだよ!! もっともっと、たくさん闘気をぶち込んであげるから!!」
「闘気を使えていい気になっているようだが、それが出来るのは自分だけではないという事を知るべきだ」
勝希の言葉に、愛奈ちゃんは驚きました。
「えっ!? あんたも出来るの!? あたしと同じ事が!?」
「同じではない。闘気は闘気だが、貴様のそれとは性質が違う。今からそれを見せてやろう!!」
そう言うと、
「おおおおおおおおおおおおおおおお……!!」
勝希は踏ん張り、声を上げます。勝希の声が強まるに従って、リングが、この地下全体が、揺れ始めていました。
「おおおおおおおおおあああああああああああああああああああああ!!!」
やがて、勝希の全身から闘気が吹き出します。しかし、愛奈ちゃんの真っ赤な闘気とは違い、勝希の闘気は真っ黒です。
「はっ!!」
勝希はすかさず、その真っ黒な闘気で、闘気弾を放ってきました。
「はぁっ!!」
愛奈ちゃんも闘気弾を放ち、迎撃します。しかし、愛奈ちゃんの闘気は、勝希の闘気を止められませんでした。簡単にかき消され、威力も減衰していません。
「くっ!!」
仕方なく、愛奈ちゃんは腕を交差させ、それを受け止めました。しかし、想像していた以上の威力に耐えきれず、愛奈ちゃんは弾き飛ばされ、リング上に叩きつけられてしまいます。
「どうだ高崎愛奈!! これが、私が貴様を倒す為に身に付けた力、暗黒闘気だ!!」
勝希は自分の闘気について、声も高く教えます。
「ま、まさかとは思っていたが、暗黒闘気とは!!」
「おじいさん、あれが何だか知っているんですか!?」
震える亮二さんに、勇子ちゃんが尋ねました。
「心悪しき者が、想像を絶する修行の果てに会得するという、より攻撃力の高い闘気。まさか実在するとは……」
暗黒闘気については、金剛さんから内容を聞かされていました。が、実物を見たのは、これが初めてです。
「私は貴様を憎み続けた。憎んで憎んで、憎んで修行を続けていた時、突然この力が目覚めたんだよ」
愛奈ちゃんが浩美先生への愛で闘気を身に付けたように、勝希は愛奈ちゃんへの憎悪によって、この暗黒闘気を身に付けました。
この歳でそれだけ浩美先生を好きになった愛奈ちゃんも大概ですが、それ以上に暗黒闘気を身に付けるほどの憎しみを持つ勝希も、また異常です。
「さぁ、早く立て。まだやれるんだろう?」
勝希は不敵に笑い、愛奈ちゃんを挑発します。
前道勝希の復讐劇は、ここからが真の始まりでした。




