第十三話 修羅の宴!! イリーガルトーナメント、開催!!
前回までのあらすじ
愛奈達の目の前で、浩美先生が何者かに誘拐される。首謀者はかつて愛奈との試合に負けた、転校生の前道勝希だった。
勝希は愛奈にリベンジする為、裏社会のトーナメント、イリーガルトーナメントへの招待状を渡す。
先生を取り戻す為、愛奈はこの大会に出場するのだった。
試合はA~Hの八つのブロックに分かれて行われます。最後に勝ち残った二人だけが、決勝戦に進めるのです。
愛奈ちゃんはAブロック。勝希と弓弩くんは、なんとHブロックです。
「まさか、竜胆くんがいきなりあの子と戦う事になるなんて……」
氷華さんは不安そうな顔をしています。弓弩くんも氷華さんも、まだ勝希の実力を見ていないので、完全に未知の相手です。
「大丈夫さ。僕だってこの二週間、何もしてこなかったわけじゃない」
ですが、弓弩くんも特訓を、この日に備えて頑張ってきました。
「そういえば、竜胆お兄さんはどうやってこの大会の事を知ったの?」
友香ちゃんが、素朴な疑問をぶつけます。確かに、それは気になります。
「もう引っ越したんだけど、同じ心器使いの友達がいてね、その子に聞いたんだ。今頃、どこで何をしているのやら……」
友達とは疎遠になってしまって、今ではもう会っていません。
「それより、愛奈ちゃんを応援しよう。勇子ちゃんは、愛奈ちゃんが気になるんだよね?」
「……はい」
勇子ちゃんはリングを見ながら、静かに頷きました。
「竜胆くん、大丈夫かしら……」
浩美先生は、客席に用意された特別なスペースにいます。そこは、勝希が試合を観戦する為の席で、浩美先生はご丁寧にも、檻の中に入れられていました。
「意外だな。高崎愛奈以外の人間も心配するのか」
すぐそばには、仰々しい玉座のような椅子が用意してあって、そこに勝希が座っています。隣には、やけにプルプルしている執事のおじいさんがいました。
「当たり前です。こんな恐ろしい大会……」
「まぁ誰をどう思おうと勝手だがな、この試合だけは高崎愛奈を応援してやった方がいいぞ? 何せ、相手が相手だからな」
「えっ?」
一方リングでは、黒蔵が選手の紹介をしていました。
「ではまずAブロックの試合だ!! 赤コーナー!! イリーガルトーナメント初出場!! 歳はなんと勝希と同い年だ!! どんな戦いを見せるのか!? それでは入場お願いします!! 高崎愛奈!!」
愛奈ちゃんは紹介に合わせて、愛奈ちゃんはリングに上がり、観客席に、主に浩美先生に向けて、両手を振ります。
「続いて青コーナー!! イリーガルトーナメントで通算五年間、不敗を貫いてきた前々回チャンピオン!! 今大会で勝希へのリベンジなるか!? それでは入場お願いします!! 遠野幸平!!」
次に、ローブを纏った一人の男が、リングに上がりました。
「ぜ、前々回のチャンピオン!?」
浩美先生は、先程黒蔵が言った言葉に耳を疑っています。
「そうだ。私はあの男を倒し、前回の優勝者となった」
勝希は、五年もの間優勝を続けていた幸平を倒し、その不敗伝説を終わらせたのです。
「何が不敗の男だ。実際に戦ってみたら、弱すぎて楽しむ暇もなかったぞ。あの程度の使い手を、五年も破る者が現れなかったとは、この大会のレベルも大した事はない」
勝希は自分が幸平と戦った時の感想を口にします。
「とはいえ、高崎愛奈がどれほど腕を上げたか、確かめるのにこれ以上の適任はない。私は運がいいぞ」
自分にとっての雑魚が、他者にとってはそうでないかもしれない。何せ、幸平は元チャンピオンです。この男を倒せば、実質愛奈ちゃんは勝希に挑む権利を得たも同然なのです。
「見せてもらうぞ。高崎愛奈」
「……愛奈さん……」
勝希は椅子の隣に置いてある机に手を伸ばし、机の上のグラスを手に取ると、中の液体を飲みました。
◇◇◇
「へぇ、驚いた。あんた元チャンピオンなんだ? じゃあ勝希に勝つには、あんたに絶対に勝たなきゃいけないって事だね!」
幸平と対峙する愛奈ちゃんは、早くもこの試合の意味を理解していました。
「そうだ。だが、お前が前道勝希に挑む事はない。奴を倒すのは俺だ!」
しかし、幸平もそう易々と勝たせるつもりはありません。自分をチャンピオンの座から引きずり降ろした勝希に対しては、かなりの憎悪を抱いているのです。
「前道勝希という例がある。子供といえど、容赦はしない!!」
「容赦してもしなくても、勝つのはあたしだよ!!」
幸平はローブを脱ぎ捨て、愛奈ちゃんも構えを取ります。
「ルールは簡単!! 武器、能力の使用はオーケー!! 先に戦闘不能になった方が負け!! リングから落ちても負け!! そしてもちろん、死んでも負けです!!」
「最後やばい事言わなかった!?」
ルールを説明する黒蔵の、最後の敗北条件に勇子ちゃんが反応しました。
「言ったはずじゃ。これは裏社会の大会じゃと」
亮二さんが、冷酷に告げます。そう、ここでは相手を殺す事も許されているのです。
「試合、開始!!」
審判が無情にもゴングを鳴らし、戦いの始まりを告げました。
「喰らえ!!」
先に動いたのは幸平。愛奈ちゃんに向かって駆け出します。と思ったら、走りながら服のポケットに手を突っ込んで、
「毒手軍手!!」
毒を塗った軍手を嵌め込み、愛奈ちゃんの顔面目掛けて手刀の突きを放ちました。
「は!? 何それ!?」
いろいろとツッコミ所がありすぎる技に、勇子ちゃんが反応します。
「はっ!」
愛奈ちゃんは当然それをかわして、顔面に拳を打ち込みます。
「ごぶっ! な、なかなかやるな! だがこれならどうだ!」
幸平は軍手を投げ捨て、新しい武器を取り出しました。
「レーザーブレード!!」
「いやいやおかしいでしょ!!」
毒手からいきなりレーザーブレードです。
「えい」
「あっ」
愛奈ちゃんは手刀でレーザーブレードを叩き落とし、
「そりゃあああああああ!!!」
「ごはぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
みぞおちに膝蹴りを喰らわせました。
「ふ、ふふふ……まだまだこれからだ!」
「……なんであんたがこの大会で優勝出来たのか、わかった気がするよ。こんな風に、変な武器ばっかり使うからでしょ?」
大会の王者だと聞いたので、相当すごい人間だと思っていた愛奈ちゃんでしたが、拍子抜けです。
「そこであたしも、この大会に備えて武器を使った戦い方を研究しました」
「武器を使った戦い方!?」
「行くよ!! あたしの新技!!」
愛奈ちゃんはポケットに手を突っ込み、
「三色ワッペン!!」
赤、青、黄の三つのワッペンを投げつけました。
「何その技!?」
勇子ちゃんもツッコミました。
「なんの鬼瓦ガード!!」
「何そのガード!?」
幸平も鬼瓦を出してガードしました。ワッペンは鬼瓦からそれて、幸平の顔と足に当たりました。
「防げてないし!!」
「ごふっ!!」
なぜか鬼瓦を見ただけの愛奈ちゃんが吐血しました。
「ええっ!? 今のどこにダメージ受ける要素あったの!?」
勇子ちゃん、ツッコミが大忙しです。
「さらにあやとりカウンター!!」
幸平は鬼瓦を捨ててから紐を取り出し、
「東京タワー!!」
「ぐあああああっ!!!」
東京タワーを作ってみせ、それを見た愛奈ちゃんは血を吐きながら派手に吹っ飛んで倒れました。
「だからその攻撃のどこにダメージ受ける要素があったの!?」
「何だこの戦い……」
あまりにツッコミ所満載の戦いに、慎太郎さんもツッコミを入れています。
「なかなかやるね」
口元の血を拭いながら起き上がる愛奈ちゃん。
「お前もな。鉄壁の鬼瓦ガードが、防ぎきれなかった!」
すると、幸平も吐血して膝を折りました。
「だから何でダメージ受けたの!?」
「すごい戦いしてる」
「いろんな意味でね」
今度は勇子ちゃん、友香ちゃん、梨花さんのトリプルツッコミです。
と、愛奈ちゃんと幸平が、いきなり何の淀みもなく立ち上がりました。
「遊びはここまでにしよっか」
「そうだな」
「遊んでたのかよ!!」
どうも今までの茶番劇はわざとだったようです。
「なぜ俺が最初から本気を出さなかったかわかるか? お前の実力を計る為だ。それはお前も同じだったようだが、俺とお前ではその意味が全く異なる」
そう言った瞬間、幸平の首からしたの服が弾け飛びました。いえ、服だけではありません。皮膚もです。自分の身体を隠すものが全て消え去り、その下から大きく隆起した銀色に輝く肉体が現れました。
「奴の正体はサイボーグ戦士だ。わざとふざけた戦い方をしながら相手の能力を探り、それに合わせた戦法を構築する」
「サイボーグ戦士!?」
勝希が幸平の正体を、浩美先生に説明します。
「ここは、奴とその協力者達がサイボーグ技術を向上させる為の実験場だったんだ。私が奴を倒すまではな。だが、私を倒して実験を再開するつもりらしい」
「そんな……!!」
あの男がこの大会の頂点になったからには、何か理由があるのだと思っていましたが、予想以上にとんでもない理由で浩美先生は愕然としています。
思えば強豪が参加し、武器の使用も人殺しも可で、優勝すれば研究資金ももらえるイリーガルトーナメント。サイボーグ戦士の性能実験として、これ以上適している場所はありません。
「さて、どうなるか見物だな」
勝希はボトルからグラスへ、紫色の液体を注ぎました。
「これがあんたの奥の手か……まぁ何でもいいよ。あたしがあんたを倒すって事は、変わらないんだから!!」
愛奈ちゃんは一回り大きくなった幸平の胸元へと、飛び蹴りを放ちます。
しかし、先程以上の威力を込めて放った攻撃は、全く効いていませんでした。
「無駄だ。俺の身体は、戦った相手の実力に合わせて進化する。今までの攻防の間に、貴様の攻撃を無効化する進化は済んだ!!」
幸平は愛奈ちゃんの足を払いのけて、右拳を愛奈ちゃんに向けます。すると、手首から先だけがジェット噴射で飛んできて愛奈ちゃんに命中、爆発しました。
「うああああああ!!」
愛奈ちゃんは撃ち落とされます。右手首は、何事もなかったかのように再生しました。
「エクスプロージョンロケットパンチだ!! だが俺の武装はこれだけではないぞ!!」
今度は左手を前に向けて、
「バーストファイヤー!!」
「ああああああああああ!!!」
強烈な火炎放射を放ちました。
「まだまだ行くぞ!!」
次に両腰からガトリングを、両肩からミサイルランチャーを出現させて、愛奈ちゃんを攻撃します。
「これはすごい!! さすが元王者!! すごい弾幕だ!! 高崎選手近付けません!!」
黒蔵の言う通り、弾幕が厚すぎて、愛奈ちゃんは回避に手一杯です。紅蓮情激波を撃つ暇がありません。
(それなら!!)
直後、幸平の弾幕が命中しました。
「牙鎧呼法!!」
しかし、愛奈ちゃんは牙鎧呼法を使っていたので、ダメージはありません。
「ちっ!」
幸平は一度止めていた弾幕を、火炎放射を加えて再び張ります。
「お前の戦い方は、全て見切ったと言っただろうが!!」
幸平の目には、相手の能力や戦い方をスキャンする機能があります。それで紅蓮情激波の存在も、牙鎧呼法が使える事も知っています。
攻撃し続ければ紅蓮情激波は撃てませんし、火炎放射を続ければ、呼吸が出来ないのでいずれ牙鎧呼法の効果が切れます。
「!!!」
しかし、ここで愛奈ちゃんは勝負に出ました。
時間を掛ければ、それだけ愛奈ちゃんが不利になります。なら、短期決戦を仕掛ける。
愛奈ちゃんは弾幕を、牙鎧呼法の効果が残っている間に突っ切ったのです。
「はあああああああああ!!!」
そのまま、拳を繰り出しました。
「大した度胸だ。だがな、お前の攻撃は効かないとわからないのか!!」
愛奈ちゃんの拳は命中しましたが、やはりダメージはありません。
「知・る・かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかし、愛奈ちゃんの拳に闘気が宿り、さらに拳を押し込みました。
「それも読み通り。それでも貴様の力では、この超強化人工筋肉は貫けん!!」
当然この技も、幸平はスキャンしています。計算通りの力なら、幸平にダメージは与えられません。
計算通りの力なら。
愛奈ちゃんの拳が当たっている超強化人工筋肉が、少しずつ悲鳴を上げてきていました。
「な、何!?」
あり得ない事です。幸平の脳に移植されているコンピューターの計算は完璧で、これまで外れた事はありません。
それなのに、
「うううりゃあああああああああああああ!!!」
愛奈ちゃんの拳は、超強化人工筋肉を突き破りました。
「ぐああああああああ!!!」
幸平がダメージを受けて、バランスを崩します。
「高崎流気功術奥義、紅蓮情激波―――!!!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!」
そこにすかさず紅蓮情激波を叩き込み、愛奈ちゃんは幸平をリングの外まで吹き飛ばし、壁に叩きつけました。
「あんたの計算がどれだけ完璧でも、あたしは勝つ。あたしには、負けられない理由があるから!」
「リングアウト!! 高崎選手の勝ち!!」
審判が、愛奈ちゃんの勝利判定を下します。
「いったぁぁぁぁぁぁぁ!! Aブロックの勝者は高崎選手!! 今回のイリーガルトーナメントも大荒れだぁぁぁぁ!!」
これには黒蔵も大興奮です。
「「やったぁ!!」」
「うむ! さすがわしの孫じゃ!」
勇子ちゃんと氷華さんは手を合わせて、亮二さんは頷いて、それぞれ愛奈ちゃんの勝利を喜びました。
「やった! 愛奈さんが勝った!」
浩美先生も喜んでいます。
「……ふん。こんなものか」
しかし、勝希は不機嫌そうでした。
「奴も確かに強くなってはいたが、それでもこれだけ苦戦するようではな……」
どうやら、愛奈ちゃんの強さは勝希が満足するレベルに、達していなかったようです。
「私と奴の力の差は、あまりに開きすぎてしまったらしい。思った以上に、私の復讐は簡単に終わりそうだ」
浩美先生の睨む視線にも構わず、勝希はボトルの中身をグラスに――
注ごうとして、中身がもうなくなっている事に気付きました。
「……じい。サイダーがなくなったぞ」
「は。では取り替えて参ります」
「グレープ味だぞ。私はサイダーはグレープしか飲まんからな」
今まで勝希が飲んでいたのは、サイダーのグレープ味でした。まだ子供なので、ワインは飲めません。執事はプルプルしながら空のボトルを持っていき、勝希はその後ろ姿に念押ししました。
「……何だ」
勝希は、浩美先生の視線が、怒りから戸惑いに変わっている事に気付きます。
「な、何だか、思っていたより可愛い子だな、って……」
「……そう思っていられるのも、今の内だ」
勝希はグラスを机に置きました。
◇◇◇
あれから数試合終わりました。
「あいつはどこまで行ったんだ……」
そろそろ勝希は試合に出る為、移動しなければならないのですが、執事はサイダーを取りに行ったきりまだ戻りません。
「勝希様。大変長らくお待たせしました」
「遅い」
そこへようやく執事が戻り、勝希はボトルを引ったくってグラスに注ぎます。ラベルをよく見ないで。
「……じい」
一口飲んでから、ようやく気付きました。
「これは普通のグレープジュースだ。私はサイダーの、グレープ味を、持ってこいと言ったはずだが?」
「はあ、申し訳ございません。取り替えて参ります」
「私はもう試合に出る。戻ってくるまでに用意しておけ」
そう言って、勝希はリングに移動しました。
「まずは赤コーナー!! 初挑戦!! 異能の力心器を使い、スマートかつ鮮やかに敵を射抜く、若きサジタリウス!! 竜胆弓弩選手です!! では入場をお願いします!!」
先に入場したのは弓弩くんです。
「続いて皆さん大変長らくお待たせしました!! いよいよ現チャンピオン、前道勝希選手の試合でございます!! 彗星のごとく突然参戦し、爆発のごとく圧倒的な実力で遠野選手を打ち倒した前道選手が、今回も参戦だ!! それでは入場お願いします!!」
次に、勝希が入場しました。
「えらく期待されてるね。司会も、紹介のし方が僕とは雲泥の差じゃないか」
「当然だ。お前は、竜胆弓弩、だったな」
「ああ」
「知らない名前だ。お前のような、どこの馬の骨とも知れん使い手が、よくもまぁこの大会に出ようと思ったものだな」
「そんなの僕の勝手だろう?」
「はっきり言ってやらねばわからんか? では言ってやる。痛い目を見ない内に棄権しろ」
これは挑発です。早く愛奈ちゃんと戦いたいという気持ちも込められているのでしょうが、それ以上に弓弩くんの怒りを煽ろうとしています。
「僕が負ける事を前提に物を言っているのかい? だとしたら、いくら何でも馬鹿にしすぎだよ」
「私はお前など最初から眼中にない。その身を案じてやっているだけ、感謝して欲しいものだ」
「人の命の心配より、自分の心配をした方がいい。リングアウトもルールに入ってるなら、僕でも勝ち目はある」
「愚か者め。お前の勝ち目など、万に一つもないわ!」
始まる前から火花を散らす二人。
「試合、開始!!」
審判がゴングを鳴らし、いよいよこの二人の試合が始まりました。
「ラブスリープハープ!!」
まず弓弩くんが取った一手は、相手を眠らせる音波を放つ、ラブスリープハープ。聞いた者全てを眠らせる技ですが、対象を絞り、威力を上げる事も出来ます。
「……」
しかし、勝希はゴミを見るような目で弓弩くんを見据えたまま、全く眠りません。
(効かないか……なら!!)
「ラブファイヤーアロー・バージョンハンドレッド!!」
これで決まればよかったのですが、この状況を想定していた弓弩くんは、ラブハートアーチェリーから炎の矢を連射します。
勇子ちゃんから勝希は気功術の使い手だと聞いています。ならば、戦い方も愛奈ちゃんと同じはずです。そして、そういった相手に有効な戦法も、先程見ました。
呼吸が出来ない状況を作り出す。しかも先程の戦いとは違い、広範囲に火を点けます。こうする事で、勝希は弓弩くんの真正面から飛び掛かるしかありません。
(さぁ出てこい!! 出てきた瞬間に、ラブハートアーチェリーで斬る!!)
幸平のように、悠長に攻撃を受けたりはしません。完璧な作戦です。
相手が勝希でさえなければ。
「次から次へと、小賢しいぞ弓兵!!!」
対する勝希が取った行動は、両手を数度、振るだけでした。
しかし、その速度は凄まじく、ソニックブームが起こります。多少の風では火の勢いが強まるだけですが、あまりに強すぎる突風が起これば、消えます。
ラブファイヤーアローの連射で作り出された火の海は、あっさりと消されてしまいました。
「……くっ!!」
あまりの光景に唖然となっていた弓弩くんですが、
「ラブバスターアロー!!!」
思考を素早く切り替えて、巨大な光の矢を放ちます。今回の大会に備えて編み出した、決め技です。本当はもっと弱らせてから使いたかったのですが、仕方ありません。勝希の力は、弓弩くんの想像を遥かに越えていたのですから。
「ふん!!」
その矢を、勝希は拳一発で粉々に砕きました。
「……ま、まだまだ――!!」
「もういい」
弓弩くんが次々に放つ矢を受けながら、勝希は接近し、みぞおちに拳を叩き込みます。
「これ以上付き合ったところで、私を倒せる技など出てこんだろう」
「が、あ……!!」
「時間の無駄だ」
勝希は血を吐く弓弩くんを、そのままリングの外に投げ飛ばしました。
「それで済んだのは幸運だと思え。もう少し私の機嫌が悪かったら、お前を消滅させていたところだ」
「しゅ、瞬殺ぅぅぅぅぅ!! さすがは前道勝希!! 初出場者が相手でも容赦なし!!」
黒蔵は興奮しています。
「竜胆くん!!」
氷華さんは担架で運ばれていく弓弩くんに、素早く駆け寄りました。
「予想は出来てたけど、あの子の実力は想像以上」
友香ちゃんは表情を険しくして、去っていく勝希の後ろ姿を見ています。
「弓弩お兄ちゃん、あたしと戦った時より、矢の威力がずっと上がってた。あたしなら間違いなく牙鎧呼法を使ってたのに」
愛奈ちゃんは、勝希の戦い方を見抜いていました。勝希は、呼吸法すらも使っていなかったのです。最初のラブスリープハープも、乱れた脳内の状況を修正する呼吸を使わず、ただ効かなかった。
勝希の強さは、愛奈ちゃんが思っていたよりずっと上だったのです。
(私でもわかる。勝希はすごく強い!!)
勇子ちゃんは勝希を見てから、愛奈ちゃんを見ました。
(愛奈。あんたはこんなやつに、本当に勝てるの!?)
◇◇◇
「戻ったぞ。全く、弱すぎて肩慣らしにもならなかった」
勝希は椅子に座り、よく確認もしないまま、ラベルが後ろを向いて置かれていたボトルから、グラスにサイダーを注ぎ、
「ぶ――――――っ!!!」
思いっきり吹き出しました。
「じい!! グレープ味だと言っただろうが!! これはグレープフルーツ味だ!!」
サイダーは合っていましたが、今度は味が違っていたのです。ラベルを見ればわかりますが、ボトルが同じなのでわかりませんでした。
執事はプルプルしながら、
「……はい?」
と聞き返しました。
「お前またボケが進行したな!!」
ご老体ですから。
「もういい!! 私がコンビニで買ってくる!!」
仕方なく勝希は、怒りながら自分でサイダーを買いに行きました。
浩美先生はその後ろ姿を、困惑の汗を流しながら見送っていました。




