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エクストリームガールズ!!  作者: 井村六郎
春期始動編
12/40

第十二話 宿敵登場!! 愛奈、激闘に身を投ず

今回はギャグ要素一切なしです。

 今日は土曜日。愛奈ちゃん達いつもの三人は、特にどこかに行くでもなく、町中をぶらぶら歩いています。


「もうすぐ六月かぁ……なんか五月があっという間だった気がするよ―」


「本当ね。前はこんな風に思う事なんてなかったんだけど、何でかしら?」


「それは恐らく、十中八九浩美先生が来たから」


 友香ちゃんは、ズバリ言いました。

 考えてみると、浩美先生が来てからこの和来町では、とにかくいろんな事が起きるようになっています。そういう事に巻き込まれると、時間の進みが早く感じるのです。


「うんうん! 浩美先生が来てから、あたし毎日楽しいもん! 楽しい時間って、本当に早く過ぎるよね!」


 愛奈ちゃんは本当に幸せそうです。


「あ、皆さん」


 と、愛奈ちゃん達は浩美先生に出会いました。


「浩美先生! 散歩? 奇遇だねっ!」


「そうですね。っていうか、もう毎日顔を会わせているような……」


 休みである土曜日や日曜日も、浩美先生と愛奈ちゃんは会っています。本当に毎日会ってるんですね。


「やっぱりあたしと浩美先生は、運命の赤い糸で結ばれてるんだよ!」


「話を飛躍させすぎでしょ……」


 愛奈ちゃんの浩美先生ラブっぷりに、勇子ちゃんはドン引きです。


「あっ! 高崎!」


 すると、江口ギャング団もやってきました。


「江口! 何でこんな所にいるの!?」


「そりゃこっちの台詞だぜ! お前こそ何でこんな所にいるんだよ!?」


「あたしがどこにいたっていいじゃない!! あ~~~もう最悪!! せっかく浩美先生に会えていい気分だったのに、むしゃくしゃしてきた!! ぶっ飛ばしてやる!!」


「何を~!! 今までみたいにいくと思ったら大間違いだぜ!!」


「今日はお前への対策を万全にしてきたんだ!!」


「ぶっ飛ばされるのはそっちッスよ!!」


 愛奈ちゃんと江口ギャング団、早くも一触即発状態です。


「み、皆さんやめて下さい!!」


「浩美先生は下がっててください」


「やらせておけばいい。面白いから」


 四人を止めようとする浩美先生ですが、勇子ちゃんと友香ちゃんに逆に止められました。まぁ、浩美先生に何か出来るとも思えませんし、もし万が一にでも江口ギャング団が浩美先生を怪我させようものなら、愛奈ちゃんが激怒しますから。


「そんな……」


 それでも四人を止めようとする、優しい浩美先生。



 全員、一つの方向に気を取られていたせいで、気付けませんでした。



「きゃっ!?」


 浩美先生の後ろから、二人の黒服の男が忍び寄り、浩美先生を捕まえてしまったのです。


「な、何するんですか!? 離して!!」


 逃げようともがく浩美先生でしたが、黒服の片方が持っていた、クロロホルム付きのハンカチを口に当てられて、すぐ眠ってしまいました。

 浩美先生の抵抗が止まった隙に、二人は近くに止めてある黒い車へと、浩美先生を引き込もうとします。


「浩美先生!!」


「な、何!?」


「何ッスかあいつら!?」


「浩美先生が!!」


 愛奈ちゃん達が気付きました。愛奈ちゃんがすぐ助けに向かいます。



 しかしその時でした。



 黒いローブに身を包み、黒いフードを被った少女が、愛奈ちゃんと黒服達の間に割り込んだのです。


「あ―っ!! あいつは!!」


「あいつッス!! あいつが僕達に、祠の場所を教えた女の子ッス!!」


 江口くんと半助くんは驚きました。あの少女こそが、江口ギャング団に悪霊の存在を教えた、あの事件の黒幕なのです。


「どいてよ!!」


 とはいえ、愛奈ちゃんの知った事ではありません。今は、目の前の浩美先生です。少女をどかす為、愛奈ちゃんは拳を振るいました。



 しかし、少女は愛奈ちゃんのパンチを、片手で容易く止めたのです。



「行けッ!!」


「「はっ!」」


 自分の拳を易々と止められて驚く愛奈ちゃんを見据えたまま、少女は鋭く叫び、黒服達はそれに従って浩美先生を車に引き込み、車を発進させます。無茶苦茶な運転で邪魔な車を追い越し、かなりの速度を出していました。このままでは逃げられてしまいます。


「……!!」


 そうはさせないとばかりに車を睨み付ける友香ちゃん。浩美先生を助ける為、念力を使おうとします。

 少女は愛奈ちゃんの手を離し、愛奈ちゃんが腕を戻すより速く近付いて、右の肘鉄で愛奈ちゃんの身体を浮かし、左手の掌底を喰らわせました。


「うあっ!!」


 愛奈ちゃんは吹き飛んでビルの壁に激突。少女は友香ちゃんに接近して、拳を放ちます。


「!!」


 が、その拳は友香ちゃんに当たっていません。寸止めです。


「余計な真似をするな。私の狙いは高崎愛奈だけだ」


 ですが、友香ちゃんの意識を車から引き離すには充分でした。車はもう遠く離れていて、念力の射程外です。

 車を逃がす事に成功した少女は、宣言通り、友香ちゃんに一切の危害を加える事なく、離れます。


(私の力を知っている!?)


 この少女は、明らかに友香ちゃんの念力を知っていて妨害してきました。念力に、有効射程がある事も。


「あんた、一体誰なの!?」


 復活して戻ってくる愛奈ちゃん。あの少女がいる限り、浩美先生を追い掛ける事は出来ません。仕方なく浩美先生救出を一度諦め、少女の正体と目的を知る事にしました。


「私を覚えているか?」


 少女はそう聞き返し、フードを取ります。

 その下にあったのは、十二歳にしては整って、冷たい雰囲気を放つ顔立ちと、右が金、左が緑の、オッドアイでした。

 愛奈ちゃんは、いえ、勇子ちゃんも友香ちゃんも、江口ギャング団も、名前は思い出せませんでしたが、この非常に特徴的な顔を持つ少女の事を覚えていました。


前道ぜんどう勝希かづき。やっぱり、あなただった」


 その名を口にしたのは、友香ちゃんでした。


「お前が私の名を覚えていたとはな。先にこいつが言うと思っていたが」


 勝希と呼ばれた少女は一度友香ちゃんを見てから、また愛奈ちゃんを見ます。


「お前は私の名を忘れたかもしれんが、私は一度もお前の名を忘れた事はなかったぞ。高崎愛奈」


「……うん。覚えてるよ、今思い出した」


「では三年前、お前が私に何をしたかも、思い出したか?」


 その問いかけに、愛奈ちゃんは答えません。


「愛奈? あんた一体、この子に何したの?」


 黙っていてはわかりません。気になった勇子ちゃんは、愛奈ちゃんに訊きます。


「この子は、あたしのおじいちゃんの、友達の孫なの」





 ◇◇◇





 前道勝希。彼女は日本最大の財団、前道グループの総帥、前道真の孫です。

 そして前道真は、亮二さんと同じく、金剛さんを師とする気孔術の弟子でした。

 免許皆伝後、真は財団を作り、孫に英才教育と気孔術を施しました。

 今から三年前、和来町に戻ってきた真は、勝希を笑特小に入学させ、その一週間後、友好を兼ねて愛奈ちゃんと勝希に練習試合をさせたのです。


「私は前道真の孫として、あらゆる分野で最高の成果を残し、名声を欲しいままにしていた。あとは叔父上の友人の孫を倒せば、私は本当の意味で最高の、全てを超えた存在になる」


 勝希は、そう思って愛奈ちゃんに挑みました。


「だが私は負けた。この女は全てに勝ち続けてきた私に、唯一の敗北の汚点を刻み付けたのだ!!」


 試合は終始、勝希にとって優勢に進みました。にも関わらず、最後に愛奈ちゃんが思わぬ底力を発揮し、油断していた勝希は敗北したのです。


「決して許しはしない。私はお前に復讐を誓い、修行の為にこの町を離れたのだ」


「あ、あんたが一週間後に転校したってのは覚えてるけど、そんな事があったんだ……」


 勇子ちゃんは呟きます。


「そして大きく力を増した私は、お前に復讐する為にこの町に戻ってきた。だが、お前も力を増している可能性がある。そう思った私は、お前がどれだけ強くなったか確かめる為、その三人を利用した」


「お、俺達をそんな事の為に!!」


「リーダー!!」


「落ち着くッス!!」


 今にも掴み掛かろうとする江口くんを、甚吉くんと半助くんが押さえます。


「次にお前を私と確実に戦わせる為、お前を釣り上げる餌を探した。ここしばらくじっくり調べさせてもらったが、あの教師にご執心らしいな?」


「……あたしと戦いたいって事はわかったよ。でもさ、わざわざ浩美先生を狙う事ないでしょ? 戦いたいなら、あたしに直接言えばいいじゃん。あたしは逃げも隠れもしないよ」


 そう言って勝希を睨む愛奈ちゃんの表情と声には、明らかな怒気が含まれていました。

 自分が狙いなら、自分だけを狙えばいい。関係のない人を、それも浩美先生を狙ったという非道を、愛奈ちゃんは許せなかったのです。


「いいよ、相手してあげる。あたしが勝ったら、浩美先生を返してくれるんでしょ? ならさっさと始めようよ」


 一刻も早く浩美先生を返して欲しい愛奈ちゃんは、勝希の要求を飲み、戦う事にします。


「大切な存在を奪われて悔しいか? 頭にくるか? 私が憎いか? だがあの時、そしてこの三年間私が味わった苦痛は、そんなものではないぞ」


 勝希にとって愛奈ちゃんが自分を憎むのは、とても気分がいい事でした。憎くて憎くてたまらない愛奈ちゃんを、苦しめる事が出来る。これほど楽しい事はありません。

 しかし、このまま苦しめる事が目的ではないのです。愛奈ちゃんを完全に叩き潰し、二度と立ち上がれなくする。勝希はその為に、この町に帰ってきたのですから。


「私とてお前が憎いさ。今すぐにでも叩きのめしたい。だが、普通に勝つだけでは私の気が済まんのだ」


 そう言って、勝希はローブの下から一通の封筒を出しました。


「お前と私の因縁に決着をつける、相応しい舞台を用意した。これはその招待状だ。受け取れ」


 次に、愛奈ちゃんにその封筒を投げつけ、愛奈ちゃんはそれを受け取りました。

 高崎愛奈様へと書いてあるその封筒を開け、愛奈ちゃんは中に入っていた紙を読み上げます。きちんとルビが振ってあるので、まだ小学六年生の愛奈ちゃんでも、ちゃんと内容が読めました。


高崎たかさき愛奈まなさまのイリーガルトーナメント出場しゅつじょう決定けっていしましたこと御知おしらせもうげます。つきましては、指定してい場所ばしょ招待状しょうたいじょう持参じさんして、おください。ふるっての御参加ごさんか、おちしております』


 封筒にはチケットと地図が入っています。


「イリーガルトーナメント?」


「詳しい事はお前の叔父上にでも聞け。かつて出入りしていたそうだからな。待っているぞ、高崎愛奈」


 勝希はそう言うと、去っていきました。


「な、なんかわかんねぇけど、俺帰るわ! 付き合いきれねぇ!」


「あっ! リーダー!」


「待って欲しいッス~!」


 江口ギャング団も帰っていきます。


「愛奈」


 友香ちゃんに促され、愛奈ちゃんは頷きました。





 ◇◇◇





「うーむ……」


 亮二さんは唸っています。愛奈ちゃんから渡された手紙を読んでいるのです。勝希に浩美先生を誘拐された事も、全て話しました。


「……愛奈。お前はとんでもない催し物に招待されてしまったぞ」


「やっぱり知ってたんだね。おじいちゃん、そのイリーガルトーナメントって何なのか教えて!」


 愛奈ちゃんは亮二さん説明を求めました。この場には、勇子ちゃんと友香ちゃんも同席しています。浩美先生が拐われた以上、彼女達も無関係ではないからです。

 亮二さんは渋りながらも、話す事にしました。


「毎年東京ドームの地下で数回、不定期に開催される、異能者や武術家達のトーナメントじゃ」


「異能者のトーナメント!? そんな大会があったなんて……」


 勇子ちゃんは驚きます。そんな大会の存在は聞いた事もないからです。


「その大会で勝希に勝たないと、浩美先生を助けられないの」


「わかっておる。まったく、ここまで思いきった事をするとは……」


 亮二さんは悩んでいます。イリーガルトーナメントは表社会ではとても出来ない、裏社会での大会です。能力も、武器の使用も、何でもありのこの大会に参加すれば、命の保証はありません。

 亮二さんもさらなる強さを求めて、この大会に何度か参加したので、その危険性はよくわかっているのです。


「死ぬかもしれんぞ」


 いくら浩美先生のが懸かっているとはいえ、愛奈ちゃんを行かせたくはありません。だから、死ぬかもしれないという、実に陳腐で、わかりやすい言葉を使って、揺さぶりをかけました。


「大丈夫。あたしは絶対に死なない」


 しかし、愛奈ちゃんの決意は揺らぎません。絶対に参加して、必ず浩美先生を助ける。そんな強い意志の秘められた目で、亮二さんを見つめます。


「……わかった。ならわしはもう止めん」


 孫娘のこういう目に弱いおじいちゃんは、これ以上引き止めるのをやめました。チケットを見て、開催日を確かめます。


「開催は二週間後か。それまで、しっかり修行をして臨め。学校にはわしらでうまく伝えておく」


「はい!」


 一体どんな相手が出場するかわかりません。勝希は並み居る強敵達を打ち倒し、必ず決勝まで進出するでしょう。

 愛奈ちゃんが浩美先生を助けるには、まず他の邪魔者を全て倒さなければなりません。それが出来なければ、勝希の前に立つ事さえ出来ないのです。

 出来たとしても、勝希に勝たなければ意味がありません。さっき愛奈ちゃんは、勝希の強さを体感しました。勝希は本気を出していなかった。それは愛奈ちゃんも同じでしたが、勝希が自分より強いという事は確かです。

 今までになかった超強敵の出現。打倒する為には、すぐにでも修行を始めなければなりません。


「勇子。帰ろう」


「友香……」


「愛奈の邪魔になる。ここにいても、私達に出来る事は何もない」


 友香ちゃんの言う通りです。心配ですが、今回ばかりは全て愛奈ちゃんに任せるしかありません。


「わかったわ。愛奈。気持ちはわかるけど、身体を壊さない程度に頑張ってね。修行のしすぎで大会に参加出来なくなった、なんて事になったら、目も当てられないから」


「うん。ありがとう、いさちん」


 勇子ちゃんは出来る限りの優しい言葉をかけて、友香ちゃんと一緒に帰りました。





 ◇◇◇





 友香ちゃんと別れた帰り道。

 勇子ちゃんは氷華さんと弓弩くんに会いました。


「二人とも、何だかいつも一緒にいるね」


「藤堂さんと一緒にいると、楽しいからね。でも、再来週の土日は、残念ながら一緒にいられないんだ。予定が入ってるからね」


「ふーん」


 弓弩くんの言葉を聞いて、勇子ちゃんは興味なさそうです。


(……ん?)


 ふと、気になるワードが耳に留まりました。


(今なんて言った? 再来週? 二週間後って事?)


 愛奈ちゃんがイリーガルトーナメントに参加する日時と、ちょうど重なります。


「ねぇ。それってもしかして、イリーガルトーナメントの事?」


「あれ? なんで勇子ちゃんがその事を知ってるんだい?」


 イリーガルトーナメントの情報は、大会の運営委員会が厳正な審査の結果、選抜した人にしか与えられません。勇子ちゃんが知っているはずがないのです。


「何か事情があるんだね? ここで話すのはまずいから、藤堂さん、お家を借りてもいいかな?」


「う、うん。いいよ」


 真剣な顔の弓弩くんにお願いされて、氷華さんは二人を自宅に上げました。

 勇子ちゃんは二人に、今まであった事を全て伝えます。


「前道グループの総帥に、孫娘がいるって話は聞いた事があるけど、まさか君達の知り合いだとは思わなかった」


「私も、もう三年前に何度か会った程度の事だったから、完全に忘れてた。それに愛奈との間に、そんな事があったなんて全然知らなかったし……」


 転校してきて一週間でまた転校してしまったので、何かあったんだろうとは思っていましたが、愛奈ちゃんが原因だという事はわかっていませんでした。


「僕の場合は、応募して審査が通ったから出場するんだけど、愛奈ちゃんの場合は、その勝希って子がグループのコネを使って、審査を通したんだろうね」


 前道グループはかなり大きな財団ですし。その上勝希自身も強いので、いくらイリーガルトーナメントの運営委員会でも無視出来ないでしょう。それにこの大会、自分が申請する以外に、他者からの推薦でも審査を受けられます。


「そうまでして愛奈ちゃんと戦いたいだなんて、よっぽど愛奈ちゃんに恨みがあるのね」


「だからといって、これはあまりに大胆すぎる。愛奈ちゃんと戦う為に浩美先生を巻き込むなんて……」


「……ねぇ。私、どうしたらいいと思う?」


 勇子ちゃんは悩んでいました。

 武術も習っていない勇子ちゃんでは、愛奈ちゃんの役になど立てません。勝希を倒すのも、無理です。


「……出場は出来なくても、応援する事は出来るだろう? 浩美先生ほどじゃないけど、君は愛奈ちゃんに気に入られているようだから、君の応援は間違いなくあの子の力になる」


 トーナメントの会場には、基本的に予約した人しか入れません。しかし、出場選手などの付き添いという形でなら、部外者も入る事が出来ます。愛奈ちゃんの付き添いだと言えば、それで充分でしょう。


「大丈夫。愛奈ちゃんなら、絶対に浩美先生を取り返せる。というが、状況によっては、僕が勝希ちゃんに勝っちゃうかもね?」


 弓弩くんはウィンクして言います。

 普段なら寒気がしますが、今の勇子ちゃんにとってはとても安心出来る仕草でした。





 ◇◇◇





 週明けの月曜。

 浩美先生と愛奈ちゃんは、学校にいませんでした。二人がいない教室は、どこか寂しく殺風景です。


「松下さん」


 隣の教室から、こがねちゃんが来ました。


「今日愛奈ちゃんと浩美先生いないって聞いたけど、何か知ってる?」


「……何でそう思ったの?」


「あの二人いつも一緒にいるから。松下さんなら、何か知ってると思って」


 勇子ちゃんは考えましたが、こがねちゃんはアンブレイカブルファミリーの一員です。話しても問題はないでしょう。勇子ちゃんは土曜日に起きた事を話しました。


「それでいないんだ……その勝希って子、本当に卑怯だね! お父さんに頼んで、浩美先生を助けてもらう!」


「それはやめた方がいい。勝希が何の備えもしていないとは思えないし、下手に手を出せば浩美先生が危ない」


 友香ちゃんが割り込んできて、こがねちゃんは考え直しました。

 日長さんなら、それは可能かもしれません。しかし、友香ちゃんはまだ、勝希の本気を見ていないのです。

 それに、勝希は憎悪で暴走している人間です。下手に刺激すれば、何をするかわかりません。


「心配しなくても大丈夫よ。愛奈なら絶対、大丈夫」


 勇子ちゃんは、まるで自分自身に言い聞かせるように、そう言いました。





 ◇◇◇





 時間は流れるように過ぎていき、二週間後。

 愛奈ちゃん達は東京に着きました。幸いにも和来町は東京の近くにある町なので、それほど時間は掛からないのです。


「あの下で、浩美先生が待ってるんだね……」


 愛奈ちゃんは東京ドームを見ながら言いました。まだドームまでは距離があり、形が見えているだけですが、それでも愛奈ちゃんの決意を固めるには充分です。


「愛奈、覚悟はいいか?」


「うん」


 亮二さんの問い掛けに、愛奈ちゃんは即答しました。


「他のみんなも、いいか?」


 ここには、梨花さん、慎太郎さん、勇子ちゃん、友香ちゃん、弓弩くん、氷華さんの六人がいます。

 五人は招待されていませんが、愛奈ちゃんが勝希から渡されたチケットは、付き添いに家族や友人を連れてくる事が出来る、特別製のチケットでした。

 勝希がなぜこんなものを愛奈ちゃんに渡したのかは言っていませんでしたが、理由は明らかです。

 愛奈ちゃんは必ず、亮二さんをはじめとする知り合いを連れてくる。その人達の前で、愛奈ちゃんを叩き潰す。

 何ともわかりやすく、そして陰湿な理由です。


「ここから先、君達は今まで見た事がないような、凄惨な戦いを見る事になる。君達は、それを見る覚悟があるか?」


 トーナメントは二日間あります。なので、亮二さんはホテルの予約を取っています。今ならまだ、ホテルに戻って残りの時間を過ごすという事も出来るのです。


「君達まで、愛奈の戦いを見る事はないんだ。まだ子供の君達に、そんなものを見せたくはない」


「トーナメントが終わるまで、私達二人がついていてあげるわ。どう?」


 慎太郎さんと梨花さんは、三人にホテルで待っている事を勧めました。その為に、二人はここに来たのです。


「一緒にいさせて下さい。愛奈が、浩美先生をあいつから取り返すところを、見たいんです」


「私も」


「私だって」


 三人とも、引き下がりはしませんでした。


「……いいだろう。では、こっちへ」


「えっ?」


 愛奈ちゃんは驚きました。亮二さんが、東京ドームと真逆の方向に歩き出したからです。


「おじいちゃん。ドームはあっちだよ?」


「それは上の入り口じゃ。下の入り口は、こっちにある」


 裏社会の大会です。普通に入れる場所ではありません。入る為には、特別な入り口を使わなければならないのです。




 一行がたどり着いたのは、古めかしい公衆電話の前でした。


「愛奈、チケットをかざせ。みんな、愛奈に触るんじゃ」


 亮二さんがドアを開けます。愛奈ちゃんは言われた通り、チケットを受話器にかざしました。



 その瞬間、弓弩くん以外の一行の姿が消えました。すぐに弓弩くんもチケットを出し、受話器にかざして消えます。公衆電話のドアが、音も立てずに閉まりました。



「!!」


 愛奈ちゃんは目を見張ります。さっきまで公衆電話の前にいたはずなのに、人がたくさんいる施設の中に来ていたのです。


「チケットを持っている者だけが、あの転送装置を使ってここを出入り出来る。持っていない者は、同行許可付きのチケットを持つ者に触る事で、出入り出来る」


 そうです。あの公衆電話こそが入り口であり、ここが、東京ドームの地下なのです。


「待っていたぞ」


 すぐ近くから、聞きたくなかった声が聞こえました。勝希です。


「勝希」


「……まずは人質に会わせてやる」


 勝希が指を鳴らすと、物陰から黒服と、それに捕まっている浩美先生が出てきました。


「愛奈さん!!」


「浩美先生!!」


「おっと。それ以上近付くな」


 愛奈ちゃんは浩美先生に近付こうとしましたが、勝希が割り込みます。


「返して欲しかったら、わかっているな?」


 愛奈ちゃんは答えません。勝希を睨み付けています。浩美先生にひどい事をしたら、絶対に許さない。そう、目で訴えていました。


「心配するな。この女は人質であると同時に、客でもある。これ以上悪いようにはしない」


「本当だね?」


「この事だけは本当だ」


 勝希は浩美先生に手を出さないと約束し、次に亮二さんを見ます。


「久しぶりだな。ちゃんと高崎愛奈をここに連れてきてくれたようだ」


「孫の頼みじゃからな」


「……お前の血より私の血の方が優れている。今回はそれをたっぷり教えてやるから、楽しみにしている事だな。行くぞ」


 勝希は先立って歩き、黒服がそれについていきます。


「愛奈さん!! 今からでも遅くありません!! 私に構わず棄権して下さい!!」


「黙らせろ」


「はっ!」


 抵抗する浩美先生でしたが、黒服からまたしてもクロロホルムを嗅がされて、眠ってしまいました。


「……やめないよ」


 愛奈ちゃんはそれを追いかけず、ただ言いました。やめるわけにはいきません。


「何が何でも、勝希を叩きのめしてやるんだから!!」


 ここまでされて、ただ浩美先生を取り返すだけでは気が済みません。もう一度、勝希を倒す。あの時と同じように。


「……さて、気を取り直していこう」


 弓弩くんが、重くなった空気を変えます。


「ここから先は、僕も君と敵同士だ。もしかしたら、彼女と戦う前に僕達が戦うかもしれない」


「そうなったとしても、あたしは負けないよ」


「いい覚悟だ。じゃあ、お互い頑張ろう!」


「うん!」


 二人は握手しました。


「……何だか、素直に竜胆くんを応援出来なくなっちゃった」


 もうこれは、ただ弓弩くんの勝利を祈るだけの戦いではありません。どちらにも勝って欲しいですが、トーナメントである以上、そういうわけにはいかないのです。

 弓弩くんのチケットには同伴機能がないので、弓弩くんの戦いを見れるようになったという意味では、愛奈ちゃんに感謝ですが。


「これより、開会式を行います。選手の皆さんは、リングに集合して下さい」


 近くのスピーカーから、アナウンスが入りました。


「始まるようだ。行こう」


「うん」


 二人はリングへ、それ以外のメンバーは客席に行きました。





 ◇◇◇





 東京ドーム地下リング。


「みんなー!! 普通じゃない戦いが見たいかー!!」


 リングの上に、スーツとマスクを着用した男がいて、マイクを片手に叫びます。

 それに合わせて、観客達が歓声で応えました。


「よーし!! これから始まるのは、イリーガルトーナメント!! 普通の戦いに、満足出来なくなった人間の為の大会だ!! 優勝者には王者の栄光と、賞金三千万円をプレゼント!! 欲しけりゃ戦え!! 奪い合え!! 第八十七回、イリーガルトーナメントの開催だーーー!!!」


 軽く解説が入り、また歓声が上がります。


「しょ、賞金!?」


「裏社会の人間を釣り上げる為のエサじゃよ。金が絡めば、基本的にどんな人間でも動く」


 勇子ちゃんは驚きましたが、確かにその通りです。これは普通の大会ではありません。といっても、命懸けの戦いのご褒美が、たった三千万円程度というのは、安すぎる気がしますが。


「こんな汚い世界、本当ならまだ見せたくなかったんだけどね」


「見ずに済むなら一生見ないのが一番よ」


 慎太郎さんと梨花さんは、強制的にこの世界に愛奈ちゃん達を引きずり込んだ勝希に怒りを感じています。

 まぁ、こちらの目的は浩美先生です。その点は無視すればいいのです。


「司会はこの私、黒野黒蔵がお送りします!! ではここで前回の優勝者である、前道勝希から開会の挨拶だ!!」


「!!!」


 勇子ちゃんはリングを注視します。見ると、壇上に勝希が上がっていました。イリーガルトーナメントは前回の優勝者が出場する場合、開会の挨拶をする事になっているのです。


「私がこの大会で優勝した時、裏社会のレベルもこの程度なのかと思った。はっきり言って、失望したよ。ここにいる連中のレベルも、同じようなものだろうと思っている。もしかしたら、私が強くなりすぎたのかもしれないがな」


 誰も、勝希が言っている事に反論しません。全員、黙って聞いています。

 それは、開会の挨拶だからしっかり聞こうという、お行儀のいい理由では決してありません。

 勝希の言葉が真実だからです。ここに出場している選手達は、とある理由から勝希が強すぎるという事を知っています。


「お前達の目的は栄光か? 金か? どちらにせよ、私の存在が絶対的な壁となる事を知っておけ。せいぜい、私を楽しませろ。以上だ」


 勝希は挨拶を終えました。

 はっきり言って、この挨拶は自己アピールと挑発だけです。しかし、その強さを知っているゆえに、反論はありません。そして勝希自身、ここに集っている者達は眼中にありません。

 一人を除いて。


(あんたがどんなに強くても、あたしは絶対に勝つ。絶対に!!)


 裏社会最強を決めるトーナメントが、今、歓声と共に幕を開けました。

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