1 幸か不幸か
―——ガサッ ガサッ
俺は、ごみ捨て場をひたすらに漁っている。
何でかって?
それは、俺が聞きたい所だ。
何でこんな事してるんだろうな…俺…。
「おいっ、君。そこで何してんの。」
だーかーらー、俺こそ聞きたいんですけど!
って、突っ込みいれてる場合ではなさそうだな。
一先ずどうしようか…。
―—うん。
——逃げよう。
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武綾勇翔は中卒で親の元を離れ、絶賛一人暮らし中である。
何故?と聞かれても困る。
幼い頃から漫画アニメゲームの住人だったのだから仕方ない。
いずれこうなると分かっていた。分かっていたのにも関わらずこの様である。
食事は主にコンビニ弁当やカップヌードル。勿論それらを買うために必要な金の収入源は親だ。
ろくに働くことも知らず、ただ遊んで食っての生活を続けている。
「食料の補充に行きますか。」
外出する条件は食料が不足した時と、ゲームの初回限定特典を獲得する時だけである。
リュックを背負いアパートからコンビニへと向かう。
「——さぶっ…」
「長くて厳しい旅路になりそうだ……」
目的地までは150メートルほど。彼のような引きこもりクソニートには辛い道のりだ。
BGMが鳴ると家に帰った時のような安心感がこみ上げる。
「いらっしゃいませ。」
目標地点の2列目3番棚へと向かう。
「————今日は醤油かな。」
無事クエストをクリアし、元来た道を戻る。
「冒険者勇翔ただいま帰還!」
彼を待つ者は誰一人としていない。いや、静寂だけが待っていた。
大好きな御家に戻り、購入した商品の入ったリュックを下ろそうとした。
しかし、唐突に睡魔が勇翔を襲う。
「くそっ、クエスト中に状態異常を喰らうとは…」
抵抗も出来ずに勇翔は深い眠りにつく。
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「————うっ、意識が…」
一体何時間眠りについていたのか。先程お天道様に別れを告げたばかりなのに、また再会をしてしまった。
「———ん?俺家で倒れたよな」
「……」
「————つまりこれは…」
———The異世界
辺り一面に広がる草原、暖かな気候。向こうには町らしきものが見える。
「ネット小説で異世界召喚ものばかり読んでればそうなるよな。」
始めは少しばかり疑いを持っていたが、「ヒキニートが異世界召喚する」という今では定番と化したパターンから、これは夢ではないと確信することにした。
「異世界に来たんだから、魔法の一つや二つを覚えておかないとな。」
そう言った勇翔は近くの町へと向かって行く。
「———典型的な西洋の建造物」
どうやら普通の異世界召喚ものらしい。おそらくファンタジー要素満載。職業選択で冒険者を選択し、仲の良い人たちとギルドを結成して魔王討伐と言ったところだろう。
そうなるとまずは仲間作りだ。
「————えーっと…じゃあ、あそこの赤髪ロリ系美少女に声をかけますか」
ろくに人とコミュニケーションをとった経験などないが、ここは異世界だ。何とかなるだろう。
「すみませーん」
声をかけてしまった。
「…あ?」
うわっ、見た目に反して生意気な奴だな…。こいつはパーティに入れたくないタイプだ。よし、人を変えよう。
「———ごめんなさい、人違いでした…」
きっちり謝り、別の人の元に向かおうとしたのだが——————、
「おい、てめぇ」
呼び止められてしまった。やばいどうしよう、この人嫌なんだけど。
「お前見ない顔だな、名は?」
異世界で本名出してもダサいしここはユーザー名を出すべきか———、打倒にオンラインゲーで使ってるやつを使用してもいいけどここは心機一転、新しく入力し直すか。
「————アレク・インフィニット・スレイヤーだ」
我ながらにして良いネーミング、これでいこう。
「はあ?てめぇ喧嘩売ってんのか?」
あれ、予想外だ。異世界と聞いたからそれっぽい名前にしたのだけれど。仕方ない本名で突き通すか。こいつとはここでおさらばだろうし。
「———勇翔だ」
「ふーん、ユウトねぇ。今度はホントっぽいな。」
ホントっぽいって何だよ…。異世界来たんだからもう少しクールな名前でいきたかったのによ。
呼び止められたついでと、名前を教えてやった代わりに、この世界の魔法や特殊能力について聞き出すとするか。
「なあ、あんた。俺実は魔法とかの使い方知らないからレクチャーしてくれないか?ここで実践してくれると嬉しいんだが。」
「————お前頭ホントに大丈夫か?」
———あれ、おかしいな
「ハートヘルパー呼んだ方がよさそうだな」
「————あのぉ、ハートヘルパーとは?…」
「精神疾患運送車に決まってんだろ」
なるほど、つまり黄色い救急車のことか。それを呼ばれると少し、いや凄く困るな。
「あっ、すみません悪ふざけが過ぎました。では私はこのへんで…」
———逃げる
「おい待て、こら!」
異世界召喚したのに魔法が使えない、しかもやたら現実味を帯びている。召喚場所を間違えてしまったんだな、きっと。
それにしても…
——グゥゥゥゥ
「腹減ったぁ……」
「———そうだ、購入した商品がこの中に」
リュックを漁る勇翔。中から取り出した食料はカップヌードル醤油味だ。
「———って…お湯ねーし!」
「駄目だぁ…空腹でHPが0になるぅ…」
「せめて魔法や特殊能力があれば…」
一先ず町を散策することにした。
八百屋、肉屋、魚屋、パン屋など現実世界にありふれたお店ばかりと思いきや、鍛冶屋などの異世界ならではのお店も並ぶ。
そういえば魔法が一切出てこないオンラインゲームの小説もあったななどと考えているうちに、ジョブを決める場所と思われる施設にたどり着いた。
「えっと、職の一覧っと…」
見た感じ勇翔の望むような冒険者系統の職は見つからなかった。
「どれもクソ真面目な職ばっかだな。やる気が全く起こらん。」
しかし、このままでは収入源が無くなり飢え死にしてしまうのでやむを得ず仕事を探した。
—異世界召喚から5時間—
ようやく職に就けた勇翔はこれで安心して食っていけると思っていたが、そう簡単にはいかなかった。初めての労働にして、建設関連の力仕事。
「—————これを毎日やるのかよ!」
思わず嘆く勇翔。
「貴様、この程度で喚くんじゃねぇ!」
叱られてしまった。もういやカエリタイ。
しかも血と汗を流して働いたのにも関わらず、給料は普段勇翔が週一で親からもらう金の10分の1にも満たない。お先真っ暗状態である。
仕事帰り、残り物を安く売っていたパン屋に寄り、食料を確保した。10時間近く何も口にしていなかったせいか、残り物のわりに上手く感じる。
もう少し食べたかったが、全て食べずに万が一の非常用として残りをリュックにつめる。
—————さて、今日はもう疲れたし寝るとするか。
————ん?待てよ…俺…、
「寝る場所無くねぇぇぇ!!」
仕方なく始めに召喚された草原まで戻り、夜を超すことにした。しかし、昼と違って寒さが勇翔を襲う。リュックに入れておいたパーカーを毛布代わりに羽織り、震えながら眠りにつく。
くそ、異世界め。俺はそう簡単に怖気づかないぞ。明日から徐々に仕事に慣れて、金稼いで、良い仕事にジョブチェンジして、最後はこの世界で楽園暮らしをするんだ。現実の俺みたいなクソ生活をしてたまるか。
————そう決心して勇翔は眠りについた。
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—翌日—
太陽が勇翔を照らすのと同時に勇翔を起こさせた。
「————うーん…朝か…そうだ今日から俺は変わるんだ…」
まだ寝ぼけているせいか、寝言のような口調で喋る。
異世界生活の2日目が始まろうとしている———————と、言いたいところだが何かがおかしい。上体を起こして辺りを見渡す。すると…
「———俺…」
「———————なんで…俺の部屋に」
そう、これは単なる異世界召喚ものかと思っていた。しかし俺は今、アパートの俺んちにいる。昨日の出来事はすべて夢だったのか?————そうだ、そうに違いない。
「————朝食食わなきゃ…」
昨日食べずじまいだったカップヌードルをリュックから取り出そうとする。すると中に妙なものが混じっているのに気が付いた。
「———これは」
—————それは昨日、全て食べずに残しておいた残りのパンのかけらであった。