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9、手持ちの駒

約10年ぶりに会ったお父さんには、もう優しい色は見えなくなっていた。

ただ・・・正視できないほどの卑しい色で、覆われていた。




グランドヒロセ鎌倉のスイートルーム。

そこで待っていたのは、お父さんと、吉川先輩だった。


お父さんは楽器の輸入販売の会社をやっていて。

私が小さいころは会社もうまくいっていたらしく、今思えば裕福な暮らしをしていた。


だけど今、目の前にいるお父さんには、そんな雰囲気は全くなく。

見えるのは、焦りと、困窮と、卑しい色だけで・・・とても目を見る事なんてできなかった。



「お前が俺に対してどう感じているかなんて、わかっているぞ。だけどなぁ、お前は俺のいう事をきくしかないんだよ。いうこと聞けば、そのガキくらい面倒みてやるからな?」


そう言うお父さんは、もう私の事を娘なんて思っていないのだろう。

ただ、使えるものは使う――

自分の手持ち駒の1つにしか、思っていないのだろう。





朝起きて、当座の荷物を私の社員寮の部屋へ運んだヤスオは。

携帯の充電器を忘れたことに気がつき、一度家に戻った。

私は、その間に少しでも片づけておこうとヤスオの荷物をあけ、クローゼットに衣類をしまい始めたのだが。

携帯が鳴ったことで、手を止めた。

その携帯は、知らない番号で・・・。


何故、その時出てしまったのだろうかと後悔したが。

でも、その電話に例え出なかったとしても、この今の状況のお父さんでは、何らかの形でコンタクトを取ってきたに違いないはずだから、遅かれ早やかれのことだったと思うが。


要は・・・吉川先輩のお父さんの所有する楽団で、今回大量に楽器を買い替える予定があり、その購入先としてお父さんは営業をしていた。

でも、競合する会社が多数あり、契約をとるのはかなり厳しいという現状でかなり焦っていた。

丁度お母さんが鎌倉で倒れ警察から吉川先輩の方へ連絡が入った時は、競合する会社がプレゼンテーションを行う日で、お父さんは廊下に並べられた椅子に座り待機していた。

そこへ、プレゼンの立ち合いをしていた吉川先輩が顔色を変えて部屋から出てきた様子を見て、とっさに後を追った。

そして、電話の内容を盗み聞きし、私と吉川先輩が知り合いだとわかり。

後日吉川先輩を訪ね私の話をしたところ、事前に調べた通り吉川先輩は私に好意をもっていて、私が横須賀を出て吉川先輩に世話になるというのなら、お父さんの会社との取引をするという提案を出されたそうだ。

世話になるとは・・・つまり、生活の面倒をみてもらうかわりに・・・そういう関係になるということで。

お父さんは、それを私に平然と頼んできた。

勿論、そんな酷い話、聞けるわけがない。

即答で断った。


だけど。


「吉川先生の坊ちゃんから、お前が横須賀で世話になっている人がいるって言っていたが。その人がいるから、この話はうけられないのか?・・・だけど、その横須賀の人、お前の恐ろしい本性を知っているのか?」


「お、お父さんっ!?」


「知ったら、お前のこと嫌になるだろうなぁ・・・どうする?お前がこの話断ったら、俺言うかもなぁ?」


「・・・・・。」


もし、私が・・・自分の事を、私が見るように見られていたら――

やはり、嫌だと思う。


いや。

私ばかりか、ユウまで、嫌われてしまうかも。

そんなの、ダメ!


小さい頃。

何も分からないで、感じるがままを口にしていたら・・・。

皆、気味悪がって、誰も周りに寄って来なくなった。


お母さんも、お父さんも・・・絶対にソレを言うなときつく私にいいつけ、引っ越しをして。

それから、私は自分の感じた気持ちを誰にも言う事はなくなった。


その後は・・・相手の色が見えるから、私にとっては好都合で。

人との付き合いが、色を見ればスムーズに運び。

だからまだ16なのに、ホステスもできたのだと思う。


でも。

そんな、相手を見てのつき合いは本当のつきあいではなくて・・・。

いつも神経をとがらせた状態で、とても居心地が悪かった。



せめて、ユウだけは――

あんなに可愛がってもらっているのだから。

私のことが知られなければ、このまま可愛がってもらえるだろう・・・。



もう一度、ユウを抱きしめたい。


そう思ったけれど、きっと離れられなくなるから。

お父さんの電話を切った私は、ひとり駅へ向かった。



だけど、駅にはユウがいて。


「おいて、行かないで!」


ユウからはそんな悲鳴のような色が放たれていた。


確かめた事はなかったけれど・・・多分、ユウも。

相手の色が見えるのだと思う。

いや、多分・・・その力は私よりも強い、そんな気がする。

でも、感情の色を一番強く感じるのが、私の事で。


何となく、わかっていた。

ユウが喋らないのは・・・きっと、私の心が氷っていたからで。


だから、あの。

陽だまりも、心地がよくて――



「おいていかないよ。」


そう言って、私はユウの手をとった。








吉川先輩が近づいてきて、私の髪をそっと撫でた。


「大丈夫。これからは、俺が面倒を見てあげるからね?」


優しい声でそう言う吉川先輩は・・・表面はとても優しいのに。

とても情欲が強くて、優しさより自分の意思を通す色があらわれていて。

そんなところも、私は彼を受け入れられない原因の一つだった。

そう感じると。


思い出すのは、あの生成り色――




幼稚園の頃。


私とお父さんとお母さんで、鎌倉へ旅行をした。

冬でとても寒かったけれど、とても楽しかった。


寒い寒いという私に、お父さんはマフラーをかけてくれた。

それは、生成り色のざっくりとした手編みのマフラーで、お母さんが編んだものだった。

お父さんはそれを気に入っていて、いつも冬になるとしていて。


初めて首に巻かれたそれは、とても暖かかった。


今全てを失って、思い返すと。

その暖かさは、ただのマフラーの暖かさではなくて。

お母さんが、お父さんを思って編んだ幸せな気持ちと。

それを嬉しく思う、お父さんの気持ちと。

お父さんが私を心配してくれた、優しい気持ちが。


マフラーにプラスされた暖かさが・・・心を覆う温かさになったのだと―――




「お姉ちゃんっ!!」


マフラーの事に思いを馳せていたら、ユウの叫び声が聞こえた。

いや、それは実際の叫び声ではなくて。


頭の中に響いた叫び声で――



「ユウッ!?」


ハッとして、ユウを呼ぶと。

お父さんに腕をつかまれ、出口に向かうところだった。

それを追おうとしたが。


「大丈夫。ちょっと別の部屋でテレビでも見ててもらうだけだから・・・って、もし美歌子ちゃんがユウ君の前でも平気っていうのなら、ここにいてもらってもいいけど?どうする?」


後ろから吉川先輩に抱きしめられ、耳元でそう囁かれた。

その瞬間、全身に鳥肌がたった。


「っ・・・・ユウ・・・お利口だから、短い針が3で長い針が12のところへ行くまで、他の部屋でまってて?お姉ちゃん、このお兄さんと大事なお話があるの。お利口だから、ね?」


震える声で、ユウにそう言った。

ユウの事だから、私の気持ちが痛いほどわかっているだろう。


「嫌だっ。おねぇちゃん、嫌だよぅ!!」


頭の中に響く声。

待ってて、という言葉に、初めてユウが反抗した。


だけど。

無情にも、お父さんはユウを抱え上げ、部屋を出て行った。



「・・・・・・。」


ユウの気持ちを考えると堪らなくなって、ユウが出て行ったドアを見つめていたら。


「・・・・っ!!」


首筋に、吉川先輩が唇を這わせた。


「ベッド、行こうか?」


違和感と嫌悪感に固まってしまった私の体を軽々と抱き上げ、吉川先輩は上機嫌でそう言った。


「あ、あの・・・。」


「うん?悪いけど、シャワーは後でね?先に、美歌子ちゃんを頂くから。」


否応もなく大きなベッドに寝かされ、すぐに吉川先輩がのしかかってきた。



ぬめぬめとした唇が私の唇を覆う。

ちっとも、気持ちがよくない、嫌悪感だけのキス。

何もかも諦めた無抵抗な私に、激しく舌を使う吉川先輩。

サマーニットのすそから、湿ったような手が入ってきた。

下着の上から、胸を触られる。


まだ、ヤスオにも触られた事がない場所・・・。


そう思うと、涙が頬を伝った。

だけど、無情にもセーターは捲りあげられ・・・下着があらわになった。


それを見つめる吉川先輩の瞳の情欲の色――


それは、私が求めている色ではなくて。


だから、もう・・・これ以上は何も見たくはなくて。

私はそっと。

目を閉じた。



と、その時。

私に覆いかぶさっていた、吉川先輩の重さが消え。



バキッ――



凄い衝撃音が聞こえたと思ったら・・・捲りあげられていたセーターをいきなり下げられ、ガッ、と。

凄い力で、抱きしめられ・・・よく知っている、男らしい匂いに私はつつまれた。


目を開けると。

心配と、怒りの色で部屋は溢れかえっていた。


ユウを抱く富士見さん、ノリコおばさん、ノリオさん・・・。

お父さんの腕をつかんだ恐ろしい形相のオーナーに、グランドヒロセの広瀬社長・・・そして、険しい顔の戸田さんまでがいた。


あと、私を抱きしめている・・・怒りの色一色の、ヤスオ。


「ど、どういうことだよっ。中村社長っ。話が違うじゃないかっ。中村社長のところとは、話はなかった事にしてもらうからなっ。」


床に転がり、左頬を腫れあがらせた吉川先輩が、怒鳴った。

吉川先輩も怒り一色だ。


だけど。


「・・・どういうことだ?」


地をはうような恐ろしい声で、ヤスオが問うてきた。






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