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8、悲しい色

なんて、悲しい・・・。

寂しい、色なのだろう――


もう、目覚める事のないお母さんの顔をみつめながら、私はそう思った。


お母さんは最期、孤独だったのだろうか。

きっとお父さんと別れて、愛をもとめ続けたのだろうけれど。

結局、お母さんの手の中には愛は残らなかったのか。





吉川先輩からの電話は、お母さんが鎌倉で倒れて救急車で運ばれたという知らせだった。

何故吉川先輩がそんなことを知っていたのかというと。


先日『キャバクラチェリー』に来店してその数日後、先輩は新宿で偶然お母さんとすれ違ったらしい。

昨年部活で遅くなった時に吉川先輩が何度か家に送ってくれたことがあって、お母さんとは面識があった。


その時に、私の事を話して。

横須賀で今ユウと暮らしているから、連絡してやってくれと言ってくれたそうだ。

気まずそうに口ごもるお母さんに、自分が間に入ってもいいからよかったら連絡してくれと、吉川先輩は自分の名刺を出したらしい。


結果、その名刺がお母さんの財布に入っていたので警察から先輩に連絡が入り、お母さんの身元が分かったのだけれど。


お母さんは脳溢血だった。

そして、鎌倉学院大学病院に搬送された時には、既に手遅れでもう、心肺は停止していたという。

倒れた場所は大仏様が見える場所で、やっぱり、お母さんもここを思い出したのかと・・・ふと、思った。



「ミカ。後の手配等は任せろ。俺はお前の雇い主だ。ヤスオもな。」


オーナーがそっと声をかけてくれた。

顔を上げると、ヤスオが私の肩をずっと抱いてくれていて、1人じゃないんだと思った。



ユウはショックを受けるだろうと覚悟したが、対面したお母さんを見つめる目は氷っていて・・・表情を変えることはなかった。

弔いの間ユウは無表情で、また元にもどってしまうのかと、とても心配したが。


葬式が終わってからは、穏やかな色にもどっていた。

それも皆、富士見さん一家のおかげで、本当に感謝しなければと思っている。

結局葬式も、横須賀で行った。

何から何まで、富士見さん一家とオーナーに世話になってしまった。




葬式が終わってしばらくしての土曜日の夜、『TOP OF YOKOSUKA』での仕事が終わり。

富士見さんの家に帰ると、明日が休みのせいか皆が起きていた。

少しお腹がすいていたので、ノリコおばちゃんが作ってくれた梅シラス茶漬けを食べていた。


本当にノリコおばちゃんは陽だまりのような人だ。

温かくて、そばにいてとても安心だし、心からくつろげる。


大好きだ。


そんなふうに思いながらお茶漬けを食べていたら、ヤスオが帰ってきた。


「お、ミカコ。旨そうなもん食ってるじゃねぇか。」


梅シラス茶漬けを見ながらヤスオがうらやましそうな顔をした。


「なんだい、ヤスオもたべるのかい?」


でも、ノリコおばちゃんがそう聞くと、ヤスオは首を横にふった。


「いや、いい。ちょっと、ミカコ半分食わせろ。」


いきなり、ヤスオが私のお茶漬けをとりあげた。


「ええっ、私のだよ?」


意味不明な行動に、お茶漬けが美味しかったこともあり腹が立った。

いくら恋人でも、こういうのは許せない。


「もうっ、ひどい!」


私のムカついた顔を見ながらヤスオが笑う。

そして、富士見さんもゲラゲラ笑う。


「ミカちゃん、ヤスオは単にミカちゃんの食いかけが食いたいだけだ。ホントだせぇよな。」


バレたか、そう言いながらヤスオがチラリと私を見た。

目があって、ドキン、とした。

なんか、こういうのって・・・甘い・・・色だ。


かぁ、と顔が赤くなる。


そんな私を見てヤスオが。


「照れてんじゃねぇよっ。」


と、ぶっきらぼうに言ってお茶漬けをかき込んだ。

その様子をノリコおばちゃんがニヤニヤしながら見ていて。


「ミカちゃんは本当に可愛いねぇ。あー、ヤスオにはもったいない。」


「おー、俺があと、20年若きゃぁなぁ・・・いてっ・・・あでっ。」


ノリコおばちゃんの後に続いて富士見さんが言った冗談に、ヤスオが蹴りを入れた。

そして、ノリコおばちゃんも頭を叩く。

そして、ノリオさんが、とーちゃん!と叫んで、怖い顔で睨みつけてる。


その様子がおかしくて、私は思わず噴き出した。

ケラケラ笑っていると、4人が、私を見てホッとした顔を向けた。


え?

何?


分からなくて首をかしげると。

お茶漬けを食べ終えたヤスオが私の頭をなでて。


「よかった。笑ってくれて・・・これからも、俺らが一緒だ。な?だから心配すんなよ?」


「・・・・。」


「そうだよっ、もう私ら、ミカちゃんとユウが可愛くてしょうがないんだよっ。もう、あんたたちのいない生活は考えられないんだよっ。いいかい?他人行儀な事考えんじゃないよっ。」


「・・・・。」


「そ、そうだぞっ。ユ、ユウはっ俺の弟っ。ミカちゃんはっ・・・ヤスオの嫁さんっ。ミ、ミカちゃんにっ振られたらっ、ヤ、ヤスオ・・・多分もう嫁さんこないだろうしっ。だから、ふ、振らないでやってくれっ。」


「あああっ!?ノリオっ、なんで俺がミカコに振られンだよっ。ミカコは俺にホレてんだよっ。」


「お、お茶漬けっ、横取りする奴は、ふ、振られるとおもうっぞっ、気をつけろっ!」


「ああっ!?「あー、うるさいねっ。ちょっとは黙りなッ。真面目な話してんだよっ。父ちゃん、早く話をしなよっ。」


ノリコおばさんがくだらな過ぎる兄弟喧嘩を止めた。


って、話?

何か話があるのだろうか。


そう思ったら、今のノリコおばさんの言葉で全員が真面目な顔に戻った。



「おら、ミカコ・・・泣くんじゃねぇよ。」


少し困った、優しい声でヤスオが私を抱きしめた。


「うっ・・・・えっ、ぇっ・・・・・うっ・・・。」


そのヤスオの優しさでまた、涙があふれてきた。


話とは、ユウを富士見さんとノリコおばさんの養子にしたいという申し入れだった。

本当は、私も同じように養子にしたいのだけれど、そうするとヤスオと兄妹になるから、と。

だから、できれば早く・・・高校を卒業したら、ヤスオと籍を入れてほしいと言われた。


「お前、大学行ってやりたいことあるって言ってただろ?別にやりたいことがあれば、やればいい。だけど、お前もユウも・・・家族にしたいんだよ。それだけだ。お前とユウが、ここへ来てから、俺らスゲエ、嬉しくて楽しいんだよ。ユウはかわいいしな・・・戸籍上、認知もされてないだろ?やっぱ、小学校入るまでにはそういうのもちゃんとしたほうがいいと思ってな?あー、悪ぃけど、拒否権ねぇぞ?もう、ユウには了解もらってっから。こんなエロジジイだけど、ユウは好きなんだと。」


こんな私に、こんな温かい言葉をくれた。

私は、甘えてもいいのだろうか。

いや、正直な気持ち・・・甘えたい。

この、陽だまりの中で・・・一緒に生きて行きたい。





疲れていたのだろうか。

それとも、泣きすぎたせいか。

いつの間にか眠っていて気がつくと、4畳半のヤスオの部屋だった。

傍らには、ヤスオが私を抱きしめるように、眠っていて。

近すぎる顔には、少しひげが伸びていて。

ヤスオの胸に顔をうずめると、男らしいヤスオの匂いがした。


「ん・・・目ぇ覚めたか?・・・まだ、早いだろ?」


私がモソモソ動いたせいか、ヤスオも目を覚ましたらしい。


「ごめん、起しちゃった?」


「ん?・・・いや、大丈夫だ。今日中に、俺の当座の荷物運ばなきゃなんねぇからな・・・まあ、ゆっくり寝てらんねぇし。」



そう、結局・・・。

ユウは養子に入る事になって、富士見さん宅に住む事になったのだけれど。

私まで住むには、狭すぎて。

今建設中の9月に竣工するマンションに、もともと引っ越す予定で。

そこはヤスオの部屋を富士見さんちの並びに用意してあったので、とりあえずそれまでは私が住んでいる8畳のワンルームマンションの社員寮に私とヤスオが住む事になった。

ユウと離れるのは不安だし心配だけど。

食事は富士見さんの家で食べることにしてあるし、マンションからもそう遠くないので、とりあえずそうすることに決めたのだった。


しかも、結局。

ヤスオに仕事を減らせと言われて。

『TOP OF YOKOSUKA』以外の仕事は辞めることになった。

本当は、『TOP OF YOKOSUKA』の仕事がヤスオは気に入らなかったようだけど。


私の音楽の先生になって、子供達に歌の指導をしたいという夢を話したら、渋々了承してくれたのだった。

そんなことで、何だか私とユウは。

いつの間にか、この街で幸せを掴んでいたのだった。






でも、そう思ったのはつかの間で。

1人、ここを去ろうと思って駅にやって来たら――



「ユウ、何でここにいるの?」


悲しい色をまとった、ユウが・・・私を待っていた。






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