7、恵まれた生活
驚いたことに、オーナーは、横須賀で二十数件店を持っていた。
月、水、金の夕方6時~10時まではオーナーがもっている店の1つの『みのり』という小料理屋で働き。
土曜日は『カフェド横須賀』という店で朝7時から午後3時まで働き、夜は『TOP OF YOKOSUKA』というホテルのバーラウンジで歌を歌うことになった。
私はもともと、映画音楽が好きで。
というのは、中学の時の音楽の先生が色々な映画音楽を聞かせてくれたから。
だから、昔なつかしい洋画の曲は大体マスターしていて。
ピアノも幼稚園の頃に習っていて・・・両親が離婚してからはやめてしまったけれど、隣の家のお姉ちゃんがピアノを習っていたから教えてもらったり、中学に入ってからは、その映画音楽が好きな先生が個人的にピアノを教えてくれたので、大体の曲は弾き語りができた。
高校の部活でも、練習では伴奏をしたりしていたのでまだ指はなまっていなくて、本当に助かった。
助かったと言えば、ユウを託児所に預けなくなった事。
富士見さんのところでユウを預かってくれることになって。
というより、富士見さんの奥さん・・・ノリコおばさんが、ユウを一目見て。
「あらー、可愛い子だねっ。今日からうちの子だよっ。」
と言いだし。
もう、すごい可愛がりようで。
本当に、印象のとおりの人で。
とても温かくて、ユウばかりか、私まで大好きになってしまった。
ユウはますます元気になり。
富士見さん、ノリコおばちゃん、ノリオさん、もちろんヤスオに可愛がられて。
心の氷色がとけて、やわらかい澄んだ水のような色に変っていた。
そして私は、横浜三崎高校に復帰できたのだった。
なんでも、戸田さんと横浜三崎の理事長が知り合いらしく、すんなりと戻ることができたのだった。
お給料も2人で充分やっていけるくらいもらえて、社員寮もそのままなので、本当に恵まれた生活をさせてもらえた。
もちろん、ヤスオとの付き合いも続いていて。
私が仕事のある月、水、金、土はそのまま富士見さんの家にユウと泊らせてもらって。
火、木は仕事帰りに私の部屋にヤスオが来て泊って。
日曜日は、3人でゆっくりすごした。
だけど、中々ヤスオと2人っきりにはなれなくて。
まだ、キス以上の進展はなかった。
時々、ヤスオがキスをしながら切ない色を出しているのを見て、ヤスオが我慢しているのがなんとなくわかった。
でも、私は初めてで、どうすればいいのかなんてわからなくて・・・。
そんなある日。
「え?熱海・・・ですか?」
日曜日。
前日『TOP OF YOKOSUKA』の仕事で富士見さんの家に泊り、朝ごはんを皆で囲んでいた時に、ノリコおばさんが今度の土曜日店を休みにして温泉に行くから、ユウもつれていっていいか、と聞いてきたのだった。
富士見さんと、ノリコおばさん、ノリオさん、ユウで行くらしい。
ヤスオは店があるから、行かないということだ。
「熱海のっ、ゆ、遊園地があるっ、ホテルだっ。ユ、ユウと一緒にっ、ジェットコースターのるんだっ。なっ、ユウッ。」
ノリオさんが楽しそうにユウに話しかけている。
ユウは嬉しそうに頷いている。
「熱海はユウの好きな刺身も旨いしなぁ。いいだろ?ミカちゃん。」
富士見さんもニコニコ笑いながら聞いてきた。
「ユウ、おねぇちゃん一緒に行けないけど、大丈夫?」
つい最近まで私べったりだったユウが心配で、確認をする。
だけど・・・満面の笑みで頷く、ユウ。
・・・・大丈夫らしい。
何か、物凄く寂しくて、がっくりうなだれていると。
ヤスオがゲラゲラ笑いながら、お前の方がさびしいんだろと核心をついてきた。
全くその通りだったけれど、何か悔しいので無視をした。
すると、耳元に口を寄せて。
「大丈夫だ。俺がいるだろ?土曜日、覚悟しとけよ?」
なんて、とんでも無いことを言いだして、焦っていたら。
ニヤニヤ笑う富士見さんとノリコおばさん。
って、え?
もしかして・・・。
チラリとヤスオをみると・・・やっぱり。
何かを仕組んだらしい・・・。
覚悟を決めないといけないようだ・・・。
土曜日。
仕事が終わって。
いつもなら、富士見家に行くのだけれど、今日は皆温泉に行っているからいなくて。
ヤスオにバイトが終わったら、そのまま『TOP OF YOKOSUKA』で待ってろと言われている。
ボオー・・・っと、カウンターに座っていたら。
「どうだ?仕事は慣れたか?」
後ろから艶のある低音が聞こえた。
振り返ると、やっぱりオーナー。
と。
珍しく、息子さんの丈治さんと奥さんの綾乃さんもいた。
2人とも富士見さん一家とはとても親しくて、よく富士見さんの家で会う。
丈治さんは情熱的でとても優しい色をもっていて、綾乃さんは正しい色と甘える色、そしてごくわずか、寂しい色も持っている人で・・・だけどこの人の色は凄く澄んだ高貴な色をしている。
そしてこの2人で共有する空気の色は・・・甘すぎる色で・・・うう。
「あ、オーナー。はい、随分慣れました。本当に有難うございます。あ、丈治さん、綾乃さん今晩は・・・今日も、仲がいいですね?」
甘い2人につい、そんなことを言ってしまい・・・次の瞬間、滅茶苦茶後悔した。
「あ?お前、何言ってんだ?お前らこそ、今日はラブラブすんじゃねぇのかぁ?ヤスオのやつ、わざわざ温泉旅行の金まで出して他のやつらおっぱらって、今日はここのスイートとったぞ?気合いはいってぞ?まあ?バージン頂くんだしなぁ?・・・ククッ・・・気合いも、そら入るわなぁ?」
「・・・・・・。」
オーナー、今、何でそんなこと言うんでしょうか。
絶対に、オーナーって。
ドSだ!!
って、ゲラゲラ笑っている丈治さんもきっと、ドS!!
「浜パパッ。ダメです。そんなこと言ったら、ミカちゃんが可哀想です!丈治もっ。ヤスオ君に怒られますよっ。」
うん、綾乃さんだけが味方だ。
そう思って、綾乃さんに感謝の目を向けていたら。
突然、私の携帯が鳴った。
見ると。
吉川先輩からの着信で―――