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4、知り合い

今日は大変だった。

突然ジュンさんを指名で初めてのお客様が来店し、だけど何だかマネ・・・ヤスオの様子がおかしくて。

とても焦った様子で入店を渋っていた。

だけど、女性の方のお客様に笑顔で何かを言われた途端、ヤスオの顔が引きつり、諦めたようにいらっしゃいませとテンション低く言葉をかけた。


しかも。

そのお客様達は、一目でこういう店に来る人ではないことがわかるのに、VIP席に通した。

その上私に、ジュンさんがくるまでつないでくれと、必死の形相で頼んできた。

見れば顔色も蒼白だ。

どうしたのだろうと思ったが、私は言われた通りにした。

でも、直ぐに理由はわかった。


オーナーが飛び込んできて、放った言葉で納得した。


「俺の娘だ・・・息子の嫁・・・義理の娘だ。」




そして、驚く事に。

その義理の娘さんを守るようについてきた男性は、ヤスオの双子のお兄さんだった。

ヤスオのお兄さんはノリオさんと言って。

パン屋さんで売り物のパンをユウに食べさせてくれた、あの天使の色の男の人だった。


私はあの日すっぴんで、ジーンズの普段着だったし。

髪もこんなにきれいに巻いていなくて、ゆるくお団子にしていたから、きっと私とわからないのだろうって思っていたけれど。

ジュンさんと戸田さんが来て、オーナーが息子さんのお嫁さん・・・綾乃さんの相手をしだしたら。

ノリオさんはホッとしたような顔になり、周りをきょろきょろ見渡し始め、私に気がついた。


「あ、あんたっ・・・ユ、ユウのねぇ――「ぐ、偶然ですねぇっ!先日はありがとうございましたっ。」


ノリオさんがユウのねぇちゃんと言いそうになったところを、必死で言葉をかぶせて遮った。

ノリオさんは、そんな私を驚いた様子で私見た。

私は、ユウの事をきかれるかと思い、身構えたが。


「あ、あんたっ。声デカいなっ。お、俺も声デカいけどっ、あんたもデカいっ。女でこんなデカい声するやつ、は、はじめてだっ。しかも声、すごく、き、綺麗だなっ。」


と、笑顔で全然関係のない声の事をほめられたので、拍子抜けした。


でも。

うん、ちょっと声には自信がある。

だから、褒められて嬉しくなった。


「ありがとうございます。中学高校でコーラス部に入っていたので・・・喉にはちょっと、自信があるんです。ふふっ・・・。」


そう言うと、ノリオさんはスゲェ、スゲェと感心したようにますます褒めてくれた。

それほどでもないと思うのだけど。

一応お礼を言うと、ますます笑顔を向けられた。

その笑顔の色は澄んでいて・・・本当に、不思議な人だ。

そんなことを考えていたら。


「ノリオ、ミカと知り合いなのか?」


オーナーがこちらの様子に気がついたようで、質問をしてきた。


「う、んっ。こ、この間っ。コージさんの店で会った。」


ノリオさんがそう言うと、オーナーは納得した様子で。

コージんとこのパンうめぇだろ?と私に話しかけてきた。


不思議だ・・・今日はオーナーの闇の色が薄くなっている・・・。


だから、私はいつもより少し話しやすく。

はい、とオーナーに笑いかけた。

すると、オーナーは何を思ったか、喉の奥でクッ、と笑うと。


「ノリオが飲みに来るなんて初めてだから、相手してやってくれ。お前だと、ノリオが話しやすいみたいだからな・・・。」


そう言って、私にノリオさんの相手を命じた。

私にとっては、とてもありがたい命令だった。

なぜなら、ジュンさんを同伴した戸田さんは凄く・・・欲望の色が見えていたし、オーナーはオーナーで今は薄くなっているとはいえ、闇の色をまとった人だし・・・仕事とはいえ、この2人の相手は辛いと思っていたのだ。


だからホッとして。

ノリオさんとどんどん話が弾み、気がつけばノリオさんはとても酔っ払っていた。




営業終了時間になり、椅子から立ち上がったノリオさんは案の定ふらついたので、慌てて支えようとしたら。

腕を引かれて、後ろに押された。


え?


と思って見上げると、ヤスオ。


「マネージャー?」


私とノリオさんの間に割り込むようにして、ノリオさんを支えていた。


「・・・兄貴が酔っちまったから、つれて帰る。悪ぃけど、今日は送れねぇから。気をつけて帰れよ?」


そう言って、ヤスオは私の肩をポン、とたたくと。

軽々とノリオさんを抱え上げた。


何か気に障ったようなことをしたのだろうか――

目を合わせなかったけれど、ヤスオからはよそよそしい色が見て取れた。


気持ちが落ち込むのを感じながらも、ヤスオの後ろ姿を見送っていると。

笑顔でアンさんが店のドアをヤスオに開けてあげているのが目に入った。

慌てて私は2人から目をそらすように、後ろを向いた。


自分の気持ちが乱れていることに気付きながらも、ユウの迎えの時間がせまっていることを理由に、私はそれ以上考える事を止めた。





そして、次の日。

前日ジュンさんと同伴をした戸田さんがまた来店し、何故か私を指名してくれた。


だけど――


「えっ、美歌子ちゃん?・・・ええっ!?何で、ここに!?」


まさか、ここで知り合いに会うなんて・・・。

しかもよりによって、吉川先輩・・・。


「え、晃・・・ミカちゃんと知り合いか?」


私を指名してくれた戸田さんが驚いた顔をして、私と吉川先輩を見比べている。

戸田さんは鎌倉で大きな華道教室を経営しているという話だったけれど、そういえば吉川先輩の家も鎌倉でお母さんが華道を習っていて、一昨年師範をとったと言っていた・・・。

まさか、そこでつながるとは・・・。

せっかく、東京から離れたのに。


すると、吉川先輩が私を見つめたまま。


「戸田会長・・・今日、乗り気じゃなかったですけど、連れてきてもらってよかったです。この子が、俺の探していた子・・・です。」


「ええっ、晃が言っていた急にいなくなった女の子って、ミカちゃんだったのかぁ?いや、俺・・・晃のタイプの子がいるなーって、昨日会って思ったんだよ。お前、髪が長くて目が大きくて黒目がちで、色白のスレンダーな子好きだったろ?」


戸田さんが私を見た。


何でも、元気のない吉川先輩を・・・あえて理由は聞きたくないけど・・・励ますために、今日は一緒に飲みに来たらしい。


って、何で吉川先輩のタイプを戸田さんは熟知しているんだろう・・・。


そんな疑問が顔に出たのだろうか、戸田さんが、吉川先輩とは合コン仲間と告白した。


「と、戸田会長っ。」


吉川先輩が焦った声を出したけれど。

既に私は、ドン引き。


でも・・・。

吉川先輩が、お店の人は私の事を知っていて雇っているのか、と聞いてきた。

はあ、これは・・・訳を話すしかないのだろうか。


「あの・・・吉川先輩、訳を話しますので・・・どうか私の年齢は内緒にしてもらえませんか?」


ユウと2人食べて行かなければならないので、今店をクビになるわけにはいかない。

必死の表情だったのか、吉川先輩は頷くと、店は何時に終わるかと聞いてきた。

店が終わったらそのままユウを迎えにいかなければならないので、話している時間はない。

どうしようかと考えていたら。


「おい、ヤスオッ。VIPルーム空いてるか?俺らそっち移る。あ、ミカちゃんだけでいいから。今日は、他のコつけなくていい。」


欲望の色がすっかり消えた戸田さんが、そう言ってくれた。





VIPルームへ移ると。

何故かボーイの人ではなくて、ヤスオがお酒を持ってきた。

戸田さんが、マネージャー直々に悪いなぁなんて、軽口を叩いているのに何故かヤスオは不機嫌な色をしている。

そして、吉川先輩は、心配そうな色。


「美歌子ちゃん、りんごジュース好きだったよね?」


そう言って、わざとアルコールをぬいた物を注文してくれた。

だけど。


「・・・ミカの知り合いですか?」


ヤスオが吉川先輩を見た。


「ええ、高校のせ・・・同級生なんです。」


本当は私より吉川先輩は4歳上で、私の高校の卒業生でコーラス部のOBだ。

私が入学した時にはもう卒業をしていたけれど、ご両親とも音楽家で吉川先輩自身も音大でピアノを専攻していて。

現在大学生だけど、私達コーラス部のコーチをしてくれている人だ。


だけど、先輩なんて言ったら、歳がバレてしまうし。

慌てて同級生と言った。

後で吉川先輩には謝っておこう。





「・・・で、俺が美歌子ちゃんの同級生ってことは・・・歳を誤魔化してここで働いているってことだよね?」


不機嫌な色をまとったヤスオが部屋を出て行った途端、吉川先輩が早速質問をしてきた。


はあ・・・。


私は観念して、頷いた。


「えっ、じゃあ・・・ミカちゃんって、いくつなの?」


戸田さんが驚いたように私を見た。


「・・・16歳です。でもっ、後3ヶ月で17歳になりますしっ。見逃してくれませんか?」


「・・・いや、17って・・・じゃあ、高校生?」


「・・・1ヶ月前までは・・・本当なら2年になったところですけど・・・退学届を出しましたので、高校はやめています。」


吉川先輩が目の前にいるせいか、コーラス部の皆の顔がちらついて罪悪感がよぎる。

吉川先輩はコーチだから頻繁に部活に顔を出してくれていたし。


「いきなり、退学したって聞いて、驚いて。家まで行ったんだけど・・・。」


そこまで言って、言葉を切った吉川先輩を見て、何となく察した。


「取り壊されていました?」


頷く吉川先輩。


ああ、もう――

本当に帰る家は無いんだ・・・。


奥歯をギュッ、と噛みしめて。

そして気持ちを切り替えるように、顔を上げた。


「半年前から家を出て、恋人と一緒に住んでいた母が・・・その恋人と結婚するから家を売るって、言いだして・・・その恋人は随分若くて・・・生活力もないので、到底私も弟も引き取るつもりはないらしくて・・・半年間私はバイトをして生活していましたが、住む家もなくなるとさすがに高校は通えなくて、やめざるをえなかったんです。弟もずっと精神的に不安定で・・・いっそ東京を離れた方がいいかなと思ってここへ来たんです。でも、高校も卒業していないし、保証人もいないしこういう仕事くらいしか働くところはみつけられなくて・・・母が家を出てから六本木でバイトもしていたので、初めてってわけでもなかったから・・・でも、まだ16歳だから歳をごまかしていたんです。」


私が説明すると、吉川先輩は大きくため息をついた。

そして。


「何で、相談してくれなかったの?」


少し怒ったようにそう言った。


「そんなことできません。」


だって、吉川先輩だし。

実は、吉川先輩には去年の夏、一度告白されていた。

だけど、私はどうしてもそういう対象に見れなくて、吉川先輩の気持ちには応えられなかったのだ。

まあ、さっきの戸田さんの合コン仲間発言でもわかるとおり・・・吉川先輩は何となく、軽い色が出ていて・・・つまり、タイプじゃないってことなんだけど。

だから、頼るなんてことはできないし、するつもりもない。


「どうし――「じゃぁー、ミカちゃん。オジさんに相談してよー。」


吉川先輩の言葉を遮り、戸田さんがのんびりとした声でそう言った。


「おい、何の相談だよ?ウチの新人に手ぇだすんじゃねぇぞ?ミカは枕営業しねぇんだよ。」


今日はいつにも増して深い闇の色をまとったオーナーが、突然部屋に入ってきた。

そして、私と戸田さんの間に腰をおろし、嫌がる戸田さんを睨みつけた。


「あ?お前、昨日俺のおごりで酒飲んだじゃねぇかよ。だから、今日はお前のおごりで俺が酒飲むんだよ。おい、ミカ。山崎25年入れろ。」


オーナーがそう言うと、戸田さんが目をむいた。


「おいっ、山崎25年って・・・おま、どんだけ高い酒・・・。」


「あいにく、お前に売る酒はうちの店では、それしかねぇんだよっ。おいっ、ミカ、早く酒頼んでこいっ。」


オーナーに大きい声を出され私はビクつきながら部屋を飛び出すと、ボーイチーフのカオルさんのところへ歩き出した。


だけど。


グイッ――


突然、強い力で腕を引かれ、事務所へ押し込まれた。

驚いて顔を上げると。


「え、ヤスオ・・・?」


不安な色を隠せない、ヤスオが目の前に立っていた。

どうしたのだろう。


「どういう関係だ、あの男と。」


「だから、高校の・・・同じ部活で。」


「それだけか?前につきあっていた男じゃねぇのか?」


不安な色から、嫉妬の色に変わってきたヤスオ。

それだけ私の事を想っていてくれるのだろうか。


「つきあってない。本当に、今日は偶然で・・・まさか、戸田さんと知り合いだなんて・・・。」


私の言葉を聞いて、ヤスオがじっと私を見つめる。


「本当にあいつとは何もねぇんだな?」


私はヤスオの言葉に頷いた。

すると、ヤスオはため息をつき、私を抱き寄せた。


「悪ぃ。俺が知らねぇお前を知ってるってだけで、滅茶苦茶妬いた・・・ダセェよな。」


「ヤスオ・・・。」


「だけどよ、情けねぇんだけど・・・今まで俺の周りの女って、ウソばっかなんだよ。お前は違うってわかってんだけど、俺、お前のことあんま知らねぇし。お前、スゲェ綺麗だしよ、モテそうだし・・・ダセェけど・・・ホステスなのに、お前が男としゃべってんの見ると、イラつくんだよ。」


「・・・・。」


イラつく・・・って・・・びっくりだ。

でも、何か嬉しいけど。

そうやって、見ていてくれたんだ・・・。






値段が高いだけあって、山崎25年は美味しかったらしく。

オーナーと戸田さん、吉川先輩でボトルはあっという間に空になった。

でも、何故か私はりんごジュースだったけれど。


そして。

閉店間際に、戸田さんと吉川先輩は帰って行った。

帰り際、吉川先輩が携帯の番号とアドレスのメモを私に渡してきて。

必ず、連絡先を教えるためにも返信することを約束させられた。

弱みを握られているから仕方がない・・・。


私は着替えに戻ると、すぐに吉川先輩にメールを送った。




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