3、ファーストキス
『キャバクラチェリー』に勤めて、あっという間に1ヶ月が過ぎた。
ユウも今の生活に慣れ、頻繁に笑うようになった。
ジュンさんはあれから親切になり、ちょくちょくユウにお客さんからもらったお菓子をくれる。
そして、何故か。
あの日から、マネージャーが毎日送ってくれるようになり。
申しわけないからと何度も断っても、気にするなと言われて。
で、あまりにも気が咎めて、ついお茶でも・・・と誘ってしまったのが、1週間前で。
それからは毎日、当然のように帰りは部屋へ上がるようになって・・・今に至るわけなんだけど。
肩車から始まり、すっかりマネージャーになついてしまったユウは、今マネージャーの膝の上で眠ってしまった。
「ベッドに寝かせるか?」
ユウの頬を優しく撫でながら、マネージャーが聞いてきた。
「あ、すみません・・・いいですか?」
帰宅してすぐにパジャマに着替えさせたから、安心して寝かせられる。
マネージャーがそおっと、ユウをベッドに下ろし、優しく掛け布団をかけてくれた。
「ありがとうございます。」
マネージャーは見かけによらず、子供好きだ。
一緒に迎えにいってくれる託児所でも、周りの子供たちの頭をなでたり、優しく話しかけたりする。
「マネージャーって、見かけとちがって子供好きですよねぇ?」
「あ?なんだ?見かけとちがってって・・・失礼なやつだな・・・まぁ、俺の兄貴が子供みたいで、つってもまあやっぱ、兄貴なんだけどよ。その兄貴が、子供好きでな・・・で、ガキの頃から自分より下のヤツ見ると話しかけたり、面倒みたりすんだよ。で・・・・まあ、ぶっちゃけ、はっきり言うと・・・俺の兄貴、ちょっと普通より知能が低いんだよ・・・病気もあるしな・・・で、ガキのころから下のヤツ面倒をみるんだけど、危なっかしくてな・・・体も兄貴は普通よりちいせぇし。だけど、その分、心はデカいっつうか・・・で、まあそんな兄貴が心配で、俺もずっと兄貴と一緒にいたから、何となく近所のガキ一緒に世話しているうちに、こういうの慣れてきてな。」
正直、びっくりした。
「マネージャーって、1人っ子だと思っていました。」
「あ?そうか?ガキの頃からずっと兄貴と一緒だったぞ?双子だからな・・・兄弟っつうよりもっと感覚は近いな・・・自分の半身みたいな、いて当たり前・・・つっても、兄貴の方が俺よりずっと気持のデカい男で、頭は悪ぃけど、スゲェヤツだし・・・俺、一生かなわねぇって思う。結局かーちゃんも兄貴を頼りにしてるしな。」
「ふふっ、何かいいですねぇ。」
「何だよ、お前だって、子供好きじゃねえか。お前、今まで色々あったかもしんねぇけど、スゲェユウのこと大事にしてるし、ユウみてりゃ、お前がちゃんと母親やってるってわかるぞ?」
「私は・・・特別子供好きと言うわけではないです。ユウが生まれるまでは、子供は周りにいなかったし・・・でも、ユウはやっぱり、血がつながっていますからね・・・何よりも可愛くて、大切です。結局、私の家族はユウだけですし。」
「そっか・・・。」
私の言葉に何故か、マネージャーが黙り込んだ。
そして、ユウの髪をそっとなでる。
それから何となくふと気がついたように、つぶやいた。
「前から思ってたんだけどよ、お前とユウって、あんま似てねぇな?」
うん、確かに良く言われる。
だけど、それは。
「そうですね、良くそう言われます。ユウは、父親似ですからね。」
無意識にそう答えると、ユウの髪をなでていたマネージャーの手がピタリと止まった。
「・・・・ユウは親父のこと覚えてるのか?」
それを聞かれると辛い。
ユウがあまりにも不憫で。
「・・・いえ、覚えているも何も・・・ユウの父親は、ユウがまだお腹にいる時に家を出て行きましたから・・・だから、ユウの父親は戸籍上もいません。」
そう答えると、マネージャーは驚いたように私を振り返った。
「あっ!?何だそれっ!?・・・せめて、こいつのために認知くらいさせなかったのかよっ?」
その意見が最も過ぎて、反論もできないけれど。
「本当にマネージャーの言われる通りだと思います・・・でも、暴力も酷かったですし、お腹を殴られでもしたら・・・って思ったので、私としては出て行ってくれて、正直ホッとしました。」
そう言うと、マネージャーがいきなり私を抱き寄せた。
びっくりして固まっていると。
「お前って、男見る目ないんじゃね?」
と、耳元でささやかれた。
って、男見る目がないのは私じゃなくてっ・・・と、言おうとしたのだけれど。
私の顔にマネージャーの指がかかり。
そして。
唇が・・・重ねられた。
私にとって、それは。
まぎれもなくファーストキス、だった――
唇が離れ、目をあけると。
熱いマネージャーの視線とぶつかった。
「・・・マ、マネー――「ヤスオ、だ。」
「え?」
「これから、店以外では、ヤスオって呼べ。」
「あ、あの・・・・?」
「お前は・・・本名は、ミカコだったな?」
「え、でも・・・・んっ・・・。」
突然のマネージャーの言葉に、私は戸惑い質問をしようとしたが。
再び、マネージャーの激しいキスに、それは妨げられた。
しばらくして。
ようやく、離れた唇にほっとし、荒くなった息を整えていると。
「お前、キス、ヘタすぎ。」
マネージャーが失礼な事を言ってきた。
ヘタもなにも、キスの経験なんて今までないしっ。
それに、ヘタならしなければいいのにっ。
と、不満に思ったことが顔に出たのだろうか。
マネージャーがクスリと笑う。
「怒んなよ。俺がこれからちゃんと教えてやっから。」
「ええっ!?あ、あのっ、マネージャー!?」
「ヤスオ。ヤスオって呼べ。お前、俺の女になるの何か文句あんのか?」
「も、も、文句って・・・いや、そうじゃなくてっ・・・ええっ!?女って、も、もしかして私達・・・付き合うってことですか?」
テンパる私に、マネージャーは余裕で。
「もしかしなくても、そうだ。お前、気のない男が1ヶ月近くも帰り送るなんてことすると思うか?お前だって、黙って送られてたんだ。俺の事嫌じゃねぇよな?」
「あ、あのっ・・・。」
テンパり続ける私に、マネージャーは。
「だから、好きだっつってんだろっ。お前は?」
「・・・・・・・・・好き・・・ですけど・・・だけどっ。私、店の従業員だしっ。あのっ、こういう世界は、店内の恋愛禁止じゃないんですか?」
前に、バイトしていた店はそうだった。
バレたら罰金払わされて、速攻別れさせられるか、クビか・・・かなり厳しかった。
「ああ、そこらへんはうちの店は平気。オーナーがあれだろ?殆んど店の女食ってるし。」
という信じられない言葉。
だけど、そういえば・・・初日に託児所近くで会った時・・・・思い出した。
はあ・・・。
やっぱり、無理だ。
「そうでしたね・・・初日に託児所の所で会った時も、そんな感じでしたよね?」
私がそう答えると、マネージャーは、ハッとして。
「い、いやっ、あれは・・・・っ・・・・はぁ・・・・・まぁ、俺も店の女と体だけの付き合いってあったけどよ・・・まぁ、それは・・・オーナーとの付き合いっつうか・・・いや、確かに適当に遊んでた・・・・隠したってバレるしな・・・・だけどよっ、あの日、お前を初めて送った日から、そういうことはしてねぇ・・・つうか、もうする気もねぇっ。お前を面接した時に、惚れたんだよっ。で、ユウを大事にするお前を知って、もっと惚れたっ。俺、お前にマジなんだっ。ユウも滅茶苦茶可愛いしっ。だから、俺と付き合え。腹のガキほって出て行くような最低野郎なんて忘れろっ!」
そう言って、マネージャーは温かな生成り色で。
私を強く抱きしめた――