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最終章~ヤスオサイド

この人も、ずいぶんと丸くなった。

タバコをふかす横顔を見つめながら近づくと、おう、と声をかけてきた。


準備中の昼間の『TOP OF YOKOSUKA』。

今日は晴天で、見晴らしが格別だ。



「どうだ、あの後、ミカとは上手くいったのか?」


ニヤリと笑いながら、タバコをもみ消すその姿も決まっている。


「はい。俺から逃げたらどうなるか、イヤという程、体に教え込みました。」


あの日、グランドヒロセ鎌倉を出た後。

そのまま、鎌倉のラブホへミカコを連れ込んだ。

初めてなのは分かっていたから、最初は・・・と思い、ここのスイートをとったりしたんだけど、結局色々なことがあってお預け状態だった上に。

いくら、脅されたからって、俺から離れようとしたことにブチギレ、もう我慢ならなくなった。


「お前の馬並みのその体力、処女相手にぶつけたのかよ?クッ・・・鬼蓄だなぁ。そんなんじゃ、今に逃げられっぞ?」


「鬼蓄って・・・浜田さんに、言われたくないですよ。」


「はっ、確かにな・・・ククッ。」


浜田さんは、最近よく笑うようになった。

息子の丈治や綾乃ちゃんと関係がうまくいっているんだろう。


「で、結論をいうとだな。ミカの親父、中村っつったけど、条件を出して金輪際関わらねぇ事を約束させた。それと、これにも、サインさせた。」


そう言って、浜田さんは一枚の紙を俺に差し出した。

それは――


「・・・・っ!」


「ミカ、16だろ?ああ、もうすぐ17か・・・だけどよ、二十歳前だと、親の承諾がいるんだよ。そん時、中村また探すの面倒だろ?だから、先にサインさせといた。」


渡された紙は、保護者の欄だけサインされている婚姻届で。


「・・・浜田さん・・・。」


「まあ、高校卒業までは待つんだろ?でも、そん時まだ、18だから、これ使え。」


もう、感謝しかなかった。


「ありがとうございます。」


頭を深く下げて、心から礼を言った。


「いや・・・気にすんな。お前らには、俺の方こそ、世話になってっから・・・丈治が随分面倒をみてもらったしな・・・ああ、今は綾乃ちゃんが、世話やいてもらってるからなぁ・・・ククッ。」


「いや、母ちゃんもノリオも世話好きなんで、あれは。一種の趣味ですから・・・それに、最近あのオヤジが家にいついて何だかんだと手伝ってますからね・・・面倒なんてことないですよ。」


そう言うと、浜田さんが何とも言えない顔をした。

そして。


「・・・ヤスシ、最近女遊び無くなったろ?」


「あ、気がついてました?最近、ユウが可愛くて。どこも行きやがらねぇんですよ。まあ、女遊びしてきたら、ユウにそっぽ向かれたことがあって。それ以来、もう、ユウ、ユウって。うるせぇくらいで。」


笑いながら俺がそう言うと、浜田さんは心底ホッとした顔をした。


「そら、よかった・・・もう、ヤスシも・・・大丈夫だな。」


「え?」


「・・・ヤスシは、女遊びがしたくてしてたんじゃねぇんだ。」


「ええっ?」


どう考えたって、女が好きだろ、あのオヤジは。

俺は、怪訝な顔を浜田さんに向けた。


「ヤスシは・・・あんな風だけどよ・・・すげぇ、狂気を内に持ってんだよ・・・俺とヤスシが、昔暴れまわってたの知ってるか?」


思ってもいなかった話に、俺は驚きを隠せなかった。


「いや・・・ただ、オヤジは浜田さんの舎弟だって、くらいしか・・・。」


「舎弟じゃねぇよ、どっちが上とか下とかねぇよ、俺らの関係は・・・しいて言うなら、相棒だな。まあ、ヤスシは体がちいせぇから、馬力では俺がダンチで勝ってたけどよ・・・あいつ、イっちゃってんだよ。もう、頭に血が上ったら、とことんやる?みたいな・・・凶暴っつうか・・・エグイ事平気でやるし、まあ手がつけられないっていう状態で。名字がお前んとこ、富士見ふじみだろ?そっから『不死身のヤスシ』って異名がついてよ・・・ここらじゃ知らねぇもん、いなかったしなぁ・・・俺が捕まった時も、神崎組の跡取りがられて・・・んで、あいつも捕まったんだけどよ・・・まあ、主犯格じゃねぇし、すぐ出てきたんだよ・・・で、親に無理矢理身を固めろって言われて、見合いして・・・あ、それお前らの母ちゃんだけど・・・まあ色々あって、で、結婚することになって・・・って、俺その頃、刑務所なかにいたからよく知らねぇんだけど。ヤスシが前に言ってたけど、お前らの母ちゃんに救われたって・・・で、いろんな事があって・・・結局、お前らが生まれて・・・ノリオが死にそうになったりで大変だったろ?ヤスシもそれ目の当たりにして、いつまでもバカなことやってらんねぇって思って。で、大人しくなったんだよ。でもな、あいつん中の狂気っての?それは消えなくて、油断すると暴れそうになって・・・まあ、それ抑えるために女に走ったつうか・・・あいつも、そこらへん苦しかったんだと思うぞ。だけど、ガキが来たことでそれも無くなったんだな・・・よかったじゃねぇか・・・。」


浜田さんから聞いた驚愕の事実は、俺にとってかなりの衝撃で。

だけど、何となく納得できる部分もあった。


まず。

あんなに大人しいのに、商店街の奴らはオヤジをバカにしたり、タテついたりしねぇ。

オヤジが柔らかい口調でも、商店街の奴らは話をよく聞く。

それと、戸田のオッサンのあの時のビクつきよう・・・。

オヤジがミカの父親と吉川って奴に凄んだ時の迫力・・・。


はあ・・・あんま、知りたくなかった。


ゲンナリした俺に、浜田さんは。


「クッ・・・まあ、昔の事だ。あいつは、家族を大事に思ってるぞ?知ってるか?あいつ、女遊びしても、処女だけには手ぇ出さなかったんだぞ?お前らの母ちゃんが処女で嫁に来たから、母ちゃん以外の処女は抱かねぇって、義理だてしてたんだぞ?」


義理立てって・・・。

結局、他の女抱いてるんじゃねぇかっ。


「いや、義理だてって、よくわかんねぇです。」


俺がそう言うと、浜田さんは噴き出した。


「まあ、そうだな・・・結局他の女を抱いてるんだもんなぁ?・・・ククッ・・・だけど、結局ヤスシはお前らの母ちゃんに惚れてんだ。まあ、できた女だよ・・・俺も、お前らの母ちゃんとだったら、違う人生だったのかもなぁ?」


「ええっ!?・・・母ちゃんと、浜田さんですかっ!?」


浜田さんも守備範囲、広いな・・・。

俺の思考が読めたのか、浜田さんが眉を寄せた。


「悪ぃ・・・つい、話、盛っちまった・・・やっぱ、お前の母ちゃんは、無理だ・・・頑張っても俺、勃たねぇ自信がある。」


何も、そこまで言わなくても・・・。


俺は、何だか母ちゃんが気の毒になった。







改札から出てきた制服姿のミカコが俺の車を見つけ、嬉しそうに走ってくる。


って、やっぱ、若いな。

店で23歳といわれた時は、そんなもんかと思っていたが。

制服を着て、ニコニコ笑うミカコはどう考えても女子高生で・・・俺と、ひとまわり以上違うんだよなぁ。


「ただいまっ。迎えに来てくれたの!?」


「おう、たまにはドライブでもと思ってな。」


「わあっ、嬉しい!じゃあ、お昼は・・・ドライブスルーして、海でも行こう?」


「おう。いいぞ。」


今日はテスト期間、テスト最終日で。

ミカコは昼過ぎに帰って来たのだった。







「ねぇ、昔・・・江戸時代にここに初めて黒船が来たんだよねぇ?」


記念公園という名前の海が見える公園にやってきて、ミカコはコーラをストローで吸った後、そう言った。


「ああ、あの記念碑にそんなこと書いてあんな・・・つうか、お前さっきから思ってたんだけど、スカート短くねぇか?」


綺麗な長い足が見えすぎで、ムカついていた。

なのに。


「え?これくらい、普通だけど?・・・なんか、ヤスオおじさん臭い。」


「・・・・・・。」


『おじさん臭い』という言葉が、胸にズシンと来た。


「えっ、ええっ!?じょ、冗談だよっ?ヤスオ、もしかして傷ついた?ごめんっ。」


無言になった俺に、ミカコが焦った様子で声をかけてくるが。


何か、傷ついた・・・。


無言で、ポテトをかじる。


「確かに俺は『おじさん』だよな・・・お前よりひとまわり上だし・・・って、お前・・・こんな『おじさん』のどこに惚れたんだよ・・・?」


情けねぇけど、自信ってものが無くなってきた・・・。


またポテトをかじる。


だけど、そんな俺にミカコはクスリと笑って。

俺の手にあるポテトをとって、パクリと自分の口へいれた。



「私、色が見える・・・って言ったよね?」


「おう・・・。」


「ヤスオを取り巻く色が、私の求めていた色だったの・・・。」


「・・・どんな、色だ?」


こんな話は初めてする。

色って、ミカコが求めてた色って・・・好きな色ってことか?

ってことは、格好いい色、とか?


少しドキドキしながら、期待したんだが。


「生成り色。」


「は?」


「だから、生成り色。」


「・・・それって、黄ばんだ色じゃねぇかっ!?」


やっぱ、俺はオッサン扱いか?

そう思いガックリと肩を落とした俺に。


「ちがうよっ。生成り色って、私の中では最高に暖かい色なのっ。それで、この先、ずっと、その色に包まれていたいって、思ったの!!」


俺の解釈が不満だったようで、ミカコはブチギレたようにデカい声で叫んだ。


でも、それは。

思いもかけず、滅茶苦茶うれしい叫びで。

だけど、少し照れくさくもあり。

だから。


「わかった、わかった、つうか、お前・・・やっぱ、声デケェ。それ、酢、入れてないだろうな?」


そう言って、ミカコが持っているコーラのカップを指差した。


「もうっ、まだ言うのっ!?そんなもの、飲めないし!!」


俺のからかいの言葉に怒るミカコが可愛くて、笑えてくる。


だけど、あんまりからかい過ぎて、先日キスもさせてもらえなくなった事をふいに思い出し、慌てて話を変えた。



「・・・でっ、俺は生成りで・・・じゃあ。お前は、何色なんだよ?」


そういや、聞いた事がなかったな。


すると、俺の質問にミカコが困った顔をした。


「それが、自分の事はわからないの。」


「そうなのか?」


「うん。なんか、人の事ばっかり見えて、自分の事が見えないっていうのもねぇ・・・。」


そう言い、ガックリと肩を落とした。


そんなもんなのか・・・。

俺は、ふと、初対面の時のミカコを思いだした。


「青だ。」


「え?」


「初対面の時。俺がお前に持ったイメージ。お前・・・ユウのこと滅茶苦茶大事にしてるって伝わってきてよ・・・なんか、懐の深い女だな・・・海みたいに深いって、思ったんだけど・・・でも、海の色っつうより、もっと澄んでいて・・・汚れがねぇっつうの?まあ、処女だったんだから、実際汚れてなかったわけだけどなぁ・・・。」


「ええっ、じゃあ、今は汚れたって言いたいのっ!?」


「いや、処女膜が破れたって、お前は汚れてねぇけど?」


「やだっ、何でそんなにデリカシーないの!?」


「何だよっ。デリカシーって。んなもんあるわけねぇだろっ?あの親に育てられてんだっ。んなもんあってたまるかよっ。浮気親父に、ジャージ母ちゃんだぞっ。うちの母ちゃん、冠婚葬祭以外はあのジャージでどこでも行くんだぞっ!?」


「・・・知ってる。最初会った時も、ジャージの上に、ベストのダウン着てた。」


ふと思い出したように、ミカコがぽつりとつぶやいた。


って、え?


「それ、いつの話だ?」


そう聞くと、ミカコは俯いた。


「・・・考えてみたら、今、こんなに幸せなのは、母ちゃんのおかげかも。」


「え?」


「本当なら、私とユウは鎌倉で電車を降りるはずだったの。でも、鎌倉から乗ってきた母ちゃんの持っている色があまりにも暖かくて・・・つい、母ちゃんについて横須賀まできちゃったの。これも、縁かなぁ・・・鎌倉は・・・縁が無かったんだね。私、昔鎌倉へ家族3人で旅行した事があって・・・それが楽しかったから、来たんだけど・・・。」


「じゃあ、お前の母ちゃんが鎌倉で倒れていたっつうのは・・・。」


「うん、きっと・・・お母さんも思い出していたんだと思う。」


ミカコの母ちゃんは、男に裏切られて借金背負わされて捨てられたんだそうだ。

多分亡くなったのは、そのショックと心労が原因だったんだろう。


勿論、浜田さんが調べてくれて、その母ちゃんの男にはきっちりと制裁を加えた。

サラ金で金作らせて、慰謝料もとった。

まあ、ミカコんち売った金くらいは戻ったと思う。

いざって時に渡そうと、ミカコの通帳をつくって入れてある。

まあ、詳しい事は言うつもりはねぇけど。




俺は、ミカコの頭をゴシゴシと撫でた。

悲しいことなんか忘れちまえ、俺が幸せにしてやる、そんな風に思いながら。

だけど、こいつは――


「もうっ、ヤスオッ、髪の毛グチャグチャになるっ。」


そう言ってデケェ声で、反抗してきやがる。


「お前、最近反抗的だよな・・・。」


最初は、あんなに大人しかったのによ。


「ええっ、前の猫をかぶっていた私の方がよかった?今の私じゃだめなの!?」


そう言って、俺の顔を覗きこんでくる顔が滅茶苦茶可愛いって、知ってんのか?


はあ、ダメだっ。





「・・・何で、キスするの?」


「さあ?」


可愛くてたまんねぇからなんて、言えるかっ。

だけど。


「ふふっ。ありがと。」


ミカコが笑った。


「あ?何がだ?」


「だから、今私のこと可愛いって思ってくれたのと、さっきは俺が幸せにしてやるって思ってくれたことへの、お・れ・い。」


「・・・・・。」


そうだった、こいつは・・・。


「ぷっ。」


固まる俺を、生意気にもミカコが笑いやがった。


くそう。


「何だよっ。自分の色は見えねぇくせに、偉そうに笑いやがって。」


ポテトをかじりながらそう言うと、ミカコがゲラゲラと笑いだした。


「あははは・・・拗ねないでよっ・・・じゃあ、ヤスオが私の色を決めてよっ。」


「青、青でイイじゃねぇか。」


面倒でそう答えた。

だけど、ミカコは気に入らないようで。


「えー、青、っていっても、いろいろあるじゃない?」


「青は青だろ?んな、青の種類なんてしらねぇよ。」


まったく、女ってのは面倒くせぇなぁ。

そう思ったのが、バレタのか。

ミカコがむぅっとした。


ヤバい・・・。


「そういうと、またデリカシーがないっていうところへ話が行くけど?」


「あー、処女膜の話か。」


「もうっ、本当に、デリカシーないっ!」


そう言って脹れるミカコがあまりにも可愛くて、思わず笑いがこみ上げた。



そうだな、いつまでもそうやって俺の傍で。

汚れのない、くったくのない、お前でいてくれよ――


そんな気持ちになって。

それが、ミカコにも伝わったのか。

笑う俺の顔を、嬉しそうに見つめた。


その笑顔を包む色は、まるで・・・・。




「バージンブルーだ。」






【完】







ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。これにて『バージンブルー』完結です。が、ブルーシリーズはまだ続きます。

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